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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#9-4.酔っ払い達の夜

「しかしなあおっさん」

「いい加減おっさんはやめてくれたまえ。これでもアルドという名前がある」

場所は変わり、酒場である。意気投合した二人は、なんとなしに飲むことにしたのだ。

荒くれ者達が飲み騒いでいる街の中心の大衆酒場では無く、外れのほうにある、やや寂れたバーであった。

「んじゃあようアルドさん。聞いてくれよ」

「何かね? リットル」

教えてもいないのに自分の名前を知っている事に一瞬驚いたリットルであったが、酒が入っているのもあり、「まあ勇者として顔が売れてるんだろう」位にしか思わず、そのまま流す。

「俺の故郷、俺の名前を知ってるなら解るかもしれんが、ベルクハイデっていうでかい街なんだけどよ。これがまたつまらん街でなぁ。若い娘は多いんだが右を見ても左を見ても微妙っつーか。芋いのばっかで垢抜けてる子がすくねーの!!」

酔いが回って気が強くなってるのか、アルドに絡みまくっていた。

だが、アルドも気にしてはいない。楽しげに笑いながら、この気の良い青年を見ていた。

「綺麗な娘が居ないのか。それは男としては辛いな」

「だろう!? しかもショコラって王族があんま顔良くなくてよ。一人以外は皆悲しい事になっててよー。そんなんでも姫様だの后様だのだから機嫌とらないといけねーし。あれはきつかったぜ」

女に関しての愚痴は山ほどあった。ショコラはあんまり美人が多くないし、ショコラ王家は外見どころか性格までアレな人間が多かったのだ。

嫉妬は人を醜悪に化けさせるというが、まさにこれで、アルム家憎しが積もり積もって酷い有様であった。

「一人は良かったのなら、その一人に気に入られれば良かったのではないか?」

「んー、気に入られてたかは解らんが、そいつとは師弟でさ。俺が魔法とか教えてやってたんだが、あんま懐かれてる感じじゃなかったんだよな。事有るごとに突っかかってきたし、話しかけてもいつもつっけんどんでなあ。可愛げがないというか」

「その割には楽しそうに話すじゃないか。ええ?」

アルドのからかうようなにやにや笑いで、リットルも自分で気付く。

「そんなに楽しそうに話してたか?」

「ああ。とても楽しそうだった。君は、その娘を大切に思っているようだね」

からかうとは言ってもしつこくはしない。

ただ話のきっかけ程度に。彼の話を面白いほうに捻じ曲げただけであった。

「悪い娘じゃなかった。可愛い所はあったし、なんだかんだ、俺なんかの教えを忠実に守ってくれてたしな。愛着はあったよ」

「解る」

弟子は可愛いものなのだ。それが、この男にもわかるのだという。リットルはつい、嬉しくなってしまった。

「解ってくれるか。アルドさん」

「解るともさ。弟子を思う師の気持ちというのは、どこに行っても変わらん。だが、弟子の方は存外、師匠の気持ちをわかってくれなかったりする」

思うところあるのか、アルドは少しうつむき、コップを傾け一口。酒を飲み下す。

「そうなんだよな。俺が何を考え教えたって、弟子のあいつにはその一番大切なことってのは伝わらんのだ」

はあ、と、二人してため息。気の会う二人であった。


「ショコラはそんな感じだけど、アップルランドってのは本当すごくてなあ。アルドさんは知ってるか?」

「何をかね?」

どうやら話が切り替わったらしく、リットルはまた顔を上げ喋くりだす。

「他の国で美人って言われるくらいの娘が、アプリコットなんか来ると当たり前のように居やがんの。しかも垢抜けてるし服のセンスも良い。民族衣装もすごく似合ってて色気もある。なんか、この世の天国かって位美女美少女ばっかなのな」

「都会とはそういうものだろう? 確かにアプリコットは綺麗どころばかりだと思うがね」

ショコラで暮らしていた彼にとって、それは大層な驚きだったのだろうが。しかしアルドはそんな彼の様子に苦笑するばかりであった。

「でも、一番のベッピンさんって言うと、やっぱあれだよ、あいつ位しかいねぇ」

「あいつ?」

「エリーシャだよ。勇者エリーシャ。俺の勇者仲間だったんだけどなあ。一目見てうっかりときめきそうになった位に綺麗だった」

先ほどのバカ笑いはどこへやら。一転して真面目な顔でそんな事をのたまう。

「なるほど。君は彼女に惚れていた? 勇者仲間だものなあ」

「いいや、惚れる所まではいかんね。俺だってショコラじゃ名うてのプレイボーイで通ってたんだ。そりゃ確かに危なかったが、ぎりぎり惚れてはいないね」

ここら辺はリットルの意地のようなものなのだろうか。アルドは楽しげにコップの中のブランデーを飲み干す。

「くれたまえ」

「どうぞ」

よく見ているのか、アルドがコップをカウンターの上に置くと、すぐさま老齢のバーテンが手際よく次のコップを用意する。

なみなみと揺れる薄い琥珀色の液体。芳しい香りが鼻を刺激していた。


「まあ、勇者エリーシャはその美貌で抜群の知名度があるからねぇ。ただ強いだけだったら、そこまでの人気にはならなかっただろうし」

「だろうな。美貌と腕の良さ、頭の良さがあったからこそのアイドルさ。俺はそう思う」

本人的にもその美貌に関しては一定の自信があったらしいし、彼女を多く助けてきた一因だったのに違いはないだろうとリットルは思っていた。

「でも、魔族なんかと戦ってると解るけど、魔族の女も結構美人だとか可愛い子だとかは居るんだよな。種族は違っても顔が良い女ってのは、どうしても眼を惹かれちまう」

「まあ、男というのはそういうものだ。美しい娘がそこにいると誰かに言われれば、ついそちらを向いてしまう。理性ではどうにもならんものなのだろうな」

アルドにも覚えがあるらしく、これには同意してくれる。

「違いねぇ。ほんとそうだよ。俺なんかはきっと、サッカバスなんかに襲われたらひとたまりもねぇんだろうな」

がはは、と笑いながら、リットルは一杯飲み干し、コップをバーテンに差し出す。

「どうぞ」

先ほどと同じようにすぐさま次のコップを渡してくる。

リットルはそれを受け取り、また一口放り込んだ。

「良い飲みっぷりだ。やはり男は酒が飲めんとなあ」

「飲めない奴は素面で酔っ払えば良いさ。雰囲気で酔えばいいんだ。空気が読めない奴なんざ、馬に蹴られちまえば良い」

その強さに感心するアルドに、リットルは自分の持論をぶつける。

「皆が楽しめばいいんだよ。こうやって、バカ笑いして馬鹿みたいに酒飲んでよぅ。酔いどれ潰れたら朝起きて、痛ぇ頭抱えながら、それでもまた笑うんだ。楽しいぜ、きっと」

「それは魅力的だな。とても魅力的だと思うよ。ああ、そういう世界ならとても楽しそうだ」

リットルの理想。それはアルドにはとても楽しげに、幸せそうに聞こえたらしく。

中年男はその口元を優しく歪め、笑っていた。

「こうやって酒を飲む時くらい、現実なんて度外視した理想を語りたいだろう? あんたはどういう世界がいいと思う?」

ただ笑って同意するだけのアルドに物足りなさを感じ、リットルは問う。彼が何者かも知らずに。

「そうさなあ」

顎に手を当て、考えるような仕草。やがて、コップを口元に、一口ブランデーを入れ滑りを良くすると、言葉を紡ぎだす。

「私は、皆が色んなことを出来れば良いと思う。ただ一つの考えに凝り固まらず、いろんなことを考え、その可能性に眼を背けずに――過去を背に受け、今に立ち止まらず、未来を……先を想像し、そして、いつかたどり着いて欲しい」

「たどり着く? どこにだ?」

「高みだよ。女神だとか宗教だとか、そんなものに縋らずに済む様な。強者に頼らずとも済むような。そして、何者にも弄ばれる事無く、自分の道を進める様な、そんな高みにたどり着いて欲しい。『私達』は、まだ弱すぎる」

どこか遠くを見つめるような眼で語られるそれは、リットルには深遠に感じられ。

だが、この中年男の真面目に、リットルは笑ったりせず、真剣な表情になり、応える。

「そりゃいい。俺たちの運命位、俺たちで決めたいからな」

「全くだ」

静かに呟くその言葉に、アルドも噛み締めるように頷く。


「私達は、もっと自由になって良いのだ」


 最後に一言、静かに語ると、アルドはコップの中身を一気に飲み干し、立ち上がった。

「良い酒だった。こんなに楽しい酒は久しぶりだった。心行くまで語り合えた。感謝するよ」

「こちらこそ。任務の事なんて忘れちまうくらいに楽しい時間だった。女相手じゃなくこんな事を言うのも初めてだが、あんたとはいい飲み友達になれると思うぜ」

にやりと笑いながら親指を立てるリットルに、悪くない顔で懐から金貨を一枚取り出し、バーテンの前に置くアルド。

「さらばだ」

そのまま店を去っていくアルド。まだまだ店に居続ける腹積もりのリットル。

「ああ」

二人とも、「また」とは言わない。これはただの偶然の出会い。一夜の語り合いでしかないのだから。



「ふぅ」

店を出て一人になると、若干足元がふらついているのに気付く。

酒にはとことんまで強いつもりであったが、いささか強い酒を調子に乗って飲みすぎたらしい。

そんな事が気にならない位に彼との酒盛りは愉快だったのだが、それは別としても自分の節制のなさに苦笑してしまう。

「いかんなあ。アリスちゃんが傍に居ないと、自分の体調管理すら危ういとは」

歳は取りたくないものだ、と、帽子を押さえながら、魔王は歩き出そうとした。


「おじさんでも酔っ払う事ってあるのね。なんていうか、意外だわ」


 目の前には紺色の人目を惹くドレス。亜麻色の美しい髪が夜風に揺れる。

意外でもなんでもないが、エリーシャがそこに立っていた。

魔王は、酔いどれた曖昧な意識を一気に引き戻し、エリーシャに笑いかける。

「やあエリーシャさん。皇太后がこんな場所で、いいのかね?」

「気にしないで頂戴。私だってお酒くらい飲みたくなる事はあるわ。明日から忙しくなるだろうし」

それにしてもお供一人付けないのは物騒だと思いながら、エリーシャの様子を窺う。

「君がここに居るという事は、やはり会談は――」

「ええ。私も参加するつもりよ。覚悟してね。私はシフォン殿のように甘くはないから」

解りきった事ではあったが、ある意味、最も恐れていた事態の一つが発生したようなものだった。


 エリーシャはシフォンと違い、数多くの場数を踏んでいる。

政治的な判断力も、長年シブーストの傍にいた事で鍛え上げられている。加えて戦ごとに関する造詣もとても深い。

会談の相手に彼女が加わるという事は、それだけこちらの意見が通りにくくなるという事。容易には終わらないという事。

会談中、魔界の隙が大きくなる事も考え、話すべきことを話してすぱっと終わらせてしまいたい魔王にとっては、エリーシャ相手に立ち回らないといけない、というのは実に面倒くさいものであった。


「それでも、私がいなければこの会談、成り立たなくなっていたかもしれないんだもの。仕方ないわよね?」

露骨に嫌そうな顔をした魔王を前に、エリーシャはしてやったとばかりににやにや笑う。

弱みをしっかり握った上でのわざとの発言だったのだろう。

なんとも嫌な相手であった。魔王にしてみれば、自分の手口を良く解ってるようなものなのだから。

「まあ、君の協力は感謝しているよ。同時に、できれば最後まで頼りたくなかったがね」

本音でも、エリーシャにはあまり頼りたくなかったのだ。

平穏に暮らしていた彼女を、わざわざ政治の場に引きずり込むのは、それは彼女の幸せを奪うようなものだろうと魔王は考えていた。

だが、肝心のエリーシャはこのような局面でやけにノリノリで、そのような懸念などただの杞憂に過ぎなかったのだと思い知らされた。

「皆して私の事を心配するわね。私に平穏に生きろって押し付けて。でもね、そういうの、私は迷惑だわ」

ぴしりと言い放つ。人指し指を向け、頬を膨らませながら。

「おじさん。私は自分の幸せくらい自分で考える。人に押し付けられた幸せなんて懲り懲り。だって、失った時に余計に悔しいんだもの。すごく理不尽に感じちゃうわ」

辛いんだからね、と、強く睨み付ける。

「だから、私のことなんて気にせず、おじさんもやりたい事をやればいいわ。私は、貴方が魔王だからこそ、貴方に協力した」

「そうさせてもらうよ。これは私にとっても重要な、決して失敗できない事だ。お手柔らかに、なんて言うつもりはない。人間側にも全力で臨んでもらいたいと思っていたところだ」

これは一部やせ我慢のようなものだが、こういうときは見栄を張る物だと魔王は思っていたのだ。

だが、そんな魔王の真面目そうな顔に、エリーシャは満足げに微笑んでいた。

「ん。それでいいわ。なんか、おじさん、変にイラだってたっていうか、何かに焦ってたように見えたから」

微笑んで、そのまま魔王の横を通り過ぎる。店のドアに手を掛けながら、背中越しに一言。


「私は、貴方の味方なんかになるつもりはないけど。でも、頼られれば見捨てたりはしないわ。おんなじ人形愛好家だからね」


「ありがとう。やはり君は、素敵な女性だ」

「やめてよそんな、リットルみたいな事言うのは。私、年上好きみたいだから変に勘違いしてしまうわ」

その先にリットルが居る事を知ってか知らずか。

魔王の言葉に苦笑しながら、エリーシャはそのままドアを押し、店に入っていく。

魔王は、閉められたドアにわずかばかり視線を向けたが、やがてそのまま夜の街を歩き出した。

酔いの醒めた、落ち着いた足取りで。


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