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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#9-3.シュトーレンの夜

 同日夜。帝国西部にあるシュトーレンの街。

街の門から続く大通りにある宿屋の入り口に、厳つい顔の偉丈夫が立っていた。勇者リットルである。

予めシフォン皇帝より『要人の護衛及び会談会場となるこの街の警戒』を指示されていたリットルは、皇帝らより一足早く、この街に到着していた。

先ほど滞在する為の部屋を取り、明日からの胃の痛くなる日々を考え、今のうちに酒を飲みまくる為に宿を出たところだった。

「結構でかい街だなあ。それに活気もある」

街並みは古風で、大帝国でも西部寄り、リリリア大河から枝分かれした河川の傍だけあって商人も多い。

特に山間部やサフランからの河下りルート、西部ラムクーヘンからの渡河ルートなど、様々なルートの中継地点として発展している為に、内陸部としては珍しく船商人や船大工が非常に多いのが特徴的であった。

一国家の地方都市としては規模が大きいのだが、その賑わいはアプリコットのそれとは違い、地元民のざわめき、喧騒が中心である。


「すげぇなあ……」

まだ人も多い時間帯だというのに、殴り合いの喧嘩が見えた。

片方が一方的にやられてるのではなく、どちらも腕っ節の強そうな大男同士の殴り合い、つかみ合いである。

どうにも酔っ払いの喧嘩らしいのだが、それを取り囲み観戦するギャラリーが騒ぎ立てるのだ。

「やれーっ!! 若旦那、いけすかねぇゲーツの野郎をぶっとばせーっ!!」

「負けんなよゲーツの兄キー!! あんたには銀貨50枚賭けてるんだかんなー!!」

煽られ追い立てられ、当の本人たちもすっかりその気になって本気の殴り合いをしている。

「オラァッ!!」

「ぐはぁっ」

リットルが見た時には既に始まっていたのだが、どうやらもう決着が付いたらしい。

片方が肩膝をついており、その頭をとどめとばかりに殴りつけて昏倒させ、ガッツポーズ。

「いいぞーっ、さすがダウリン商会の若旦那だっ!!」

「はははっ、弱すぎるぜゲーツっ!! こんなんなら俺のカミさんのほうがよっぽど強ぇっ!!」

勝利を誇る若い男に、周辺のギャラリーも賞賛を惜しまない。

対照に、倒れた男はというと、周りを囲む男達から鼻で笑われつばを吐きかけられたりと散々な様子であった。


 同じ中央部にしても、少々空気が違うらしいこのシュトーレンの街。

リットルはあまり関わらないようにとその場から離れようとするのだが、同じように遠巻きに喧嘩を見ていた男に気付く。

そうかと思えば、男はリットルと同じ方向に歩き始め、やがて隣り合い歩くようになっていた。


「どうも、ああいうのは好きになれないな」

杖を手に、シルクハットを被り、モノクルをかけた品のよさそうな中年紳士だった。

リットルは別に示し合わせこのように歩いているつもりでもなかったのだが、向こうから話しかけてきたのだ。

「まあ、俺もそう思うぜ。この街の夜はあんな感じなんだろうな。荒くれ者の街って感じなのか?」

だが、そのまま無視するのも居心地悪いからと、相手の顔を見ずに返答する。

「そうなのかもしれんね。いや、私はこの街の者ではなくてね。たまたま用事があってここに来ただけなのだ」

口元を緩め、中年はリットルの顔を見てくる。どうにも気さくな性格らしい。あるいはおしゃべりなのかもしれない、とリットルは思った。

「なるほど。その格好はこの街には合わんと思ったが、やはりそんな感じなのか」

街に着いたばかりの自分でもそう感じるくらいには、この街はロクでもないらしい。

いや、夜中、たまたま酔っ払いの喧嘩に出くわしただけで、実際にはそんな事はないのかもしれないが。

だが第一印象とは結構大切なのだ。二人にとって、この街とはそういうものなのだと印象づいてしまっていた。

「だが、活気があるのは悪い事とは思わんね。喧しいのは苦手だが、喧騒も賑わいである事には違いない」

「まあな。おっさんの言うとおりだ」

思うところもあり、リットルは素直にこの中年の言葉に頷いて見せた。

「お、おっさん……う、うむ。まあ、解ってもらえて嬉しいよ」

対して中年の方はと言うと、リットルの言葉にやや難しげな表情になり唸っていた。


「世の中にゃ年中葬式みたいな所だってあるらしいしな。必死になって生贄を捧げて辛うじて生き残ってる村とかよ、辺境だとままあるって聞く」

歩く速度はそのままに、頭を掻きながら。今度はリットルが話を繋げる。

「ああ。あれは辛いねぇ。宿屋や酒場、村の盛り場なんかがずーんと静まってしまっていて……酒すら楽しく飲めなかったりするんだ。村人も若者が極端に少なかったりな。特に若い娘が居ないんだ。華が全く無くなってしまってな」

中年も良く解るとばかりに話に乗っかる。眉を下げ、嫌なモノを思い出すように。

「まあ、生贄に捧げられるのって、嫁入り前の娘って相場が決まってるしな。それも綺麗どころばっかな」

魔物だか魔族だか、あるいはそのフリをした賊の類なのかは解からないが、辺境なのを良いことに好き勝手する輩というのは、大体はどれも食料と女を要求するものだった。

「全く困った物だよ。若い娘の居ない村に未来なんてないからなあ。近い将来に、その村は死んでしまう」

若い娘がいなくなった村に、若い男は居付かない。皆が人の多い街へと流れていってしまう。

折角その村に息づいていた文化が、やがて継承する事が出来なくなり、色あせ消えていくのだ。

「都会はいいよ、都会は。兵士も多い。人の関心も集まりやすい。何かあればすぐ兵隊がすっ飛んでくる。喧嘩の仲裁まではしないらしいがな」

困ったもんだ、と、リットルは笑う。中年も笑っていた。

「違いない。しかし、君は中々面白い人間のようだ」

「おっさんこそ」

悪い気はしない。夜の街である。こんな中年と出会う事もあるのだろうと、リットルは笑った。


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