#8-3.『武器商人』カールハイツ3
「とにかく、文明ってのが育ちきらない内にやばい兵器を売り渡すってのは、その世界にとってかなりよろしくない事なんだよ」
ふぅ、と、大きく息をつき、落ち着いた様子で仕切りなおすカールハイツ。
ババリアも静かに頷いた。
「お前の言いたいことは大体わかった気がする。だが、では、ペールラインが余に売った技術の内、どれがその危険な技術に該当するのだ? カノン砲か?」
「んー、俺が知る限り、カノン砲に始まる技術は実はそんなにやばいもんじゃねぇ。今のこの世界では火薬技術があんま進歩してなかったけど、実は紀元前以前では旧兵器扱いで普通に存在してたものだし、今の技術水準でも半世紀も頑張れば十分到達できる技術なんだよなあ」
先ほどの例はあくまで自分たちの兵器との比較に過ぎなかったらしく、彼の言うところの『文明に見合わない代物』ではないらしかった。
「では何が問題なのだ?」
王の問いに、指をぴっ、とババリアに向け、カールハイツがにやける。
「ナノシグナル加工技術だ。ナイフとかソードとか、そういうのの作り方、教わっただろ? まだ大量生産までには至ってないらしいが」
「確かに、アレは材料の調達に金が掛かりすぎる故量産には至っておらぬ。それさえクリアできれば目処は立っているとも言えるがな」
指先を向けられ、ややムスっとした表情で、近くの椅子に腰掛ける王。
「アレはいけねぇ。この世界じゃ十世紀は先の原理を用いてる超兵器ですぜ。しかも材料と原理と作り方さえわかってれば今のこの世界・この時代でも量産できちまう。実際作れてるだろう?」
「まあな。数少ない対ドラゴン兵器として転用可能かどうか、その実証が求められている段階ではあるが」
「ナノシグナルは強度と切れ味による斬撃ではなく、生物そのものの生態信号を狂わせる事に特化された武器だから、殺傷力そのものを見るとそこまで異常には見えないんだよな」
あの野郎も上手くやったもんだぜ、と、カールハイツはつまらなさそうに息をつく。
「だが、アレによってつけられた傷はほぼ治癒不可能。止血すらもできないから、長い目でみるならわずかな傷が元で相手を死に追いやる事が出来る。どんな奴でも殺せる訳じゃないが、これによって傷つける事が出来る相手なら、そして、血液によって生きている生物なら百パーセント殺せちまう」
それはつまり、傷さえつけられれば勝てるという事。物理的な、解く事のできない呪いのようなものであった。
「ナノシグナルがお前の言っていた『ルール』とやらに違反するのなら、どうするというのだ? 余を殺すのか? それとも、技術を没収するのか?」
「いいや? 幸いにしてこの世界には『ドラゴンスレイヤー』っていう全世界最強クラスの斬れ味誇る天然由来のチート素材があるからな。刃物武器という観点で見れば、ナノシグナルは実はそこまでチートじみてる訳じゃねぇ。だから没収はしない。ただ、できれば量産はやめて欲しい。アレの材料は貴重すぎる。そして、危険すぎる」
没収はなし、という事で安堵したババリアであるが、同時に頬を引き締めたカールハイツの言葉に疑問も浮かんだ。
「どの材料が貴重なのだ? 危険とは一体……」
それは、看過できない単語であった。何せババリアは、ペールラインからはこの辺り、何の説明も受けていなかったのだ。
リスクがあるなどと知りもせず、量産の為材料を買い集めていたほどである。
「んー、多分だけど、陛下はナノシグナルの材料の内『青い粘石』と『黒の結晶石』の二つをペールラインから買ってたんじゃないかと思うんだが」
「うむ。よく知っているではないか」
「『青い粘石』は『クロスレイヴン』って言われてて、無加工状態のモノを長時間見ていると気が狂ったり精神錯乱を引き起こしたりする。鉱石のクセに意思を持ってて、どうにも自分を見てる奴の魂を刈り取ろうとしてくるらしい」
イカレテやがるぜ、と、苦笑する。ババリアはぎくりとし、息を呑んでいた。
「『黒の結晶石』は『ダークベアトリーヌ』って呼ばれてる。周囲百メートル程の全生物のメスに凶悪な呪いを絶えず振りまいたりする。メスしか生まれなくなる呪いな。多分この城、それからラムの街のほとんどの女は二度と男の子を産めない身体になってるはずだ」
「……男には影響はないのか?」
「結晶石に魅入られ易くなる以外の実害はないな。結晶石そのものがメスらしいから、子孫を残す為の本能として周囲のメスの生殖上のメリットを完膚なきまでに破壊するためにそうしてるらしい」
洒落にならんよなあ、と、カールハイツは小さく震えながら股間を押さえる。
ババリアもつい真似てしまう。そら恐ろしい話であった。
「無機物なのに意志があるだの性別があるだの本能だの……意味が解らぬ。お前の話は甚だ常識はずれすぎる」
正直、ババリアはこの男が現れてからというもの、未知の単語やら理解不能な異世界の話やらスケールが違いすぎる説明やらで考えるのがバカらしくなり始めてしまっていた。
ふざけてるのではないかとまで思える程に知らない事ばかりで、それが余りにも当たり前のことのように語られるので、まるで自分が無知なのではないかと感じてしまい、頭痛がしてくるのだ。
「一応この世界原産の鉱物なんだけどな、どっちも。人間世界には存在しないが」
「人間世界にはない、という事は、魔族世界にはある、という事か?」
「んだなあ。こういう凶悪すぎる資源をなんとかする為に、あっちの世界には『錬金術』っていうのが発展してる。ナノシグナルも、この錬金術によって毒素を無害化させる事によって初めて実用化できる訳だが、つまり、この錬金術ってのは超近代的な俺たちレゼボア人にとっても大切な『基礎技術』の一つであると言える」
相変わらずわけのわからない説明が続くが、ようやく一つだけ、なんとなしに知っている単語が出て安堵してしまう。
「錬金術なあ……魔族めらが扱うとは聞いた事があるが。という事は、魔族めらはお前らと同じような技術水準に至れる素養がある、という事か?」
だとしたら大問題であるが、カールハイツは余裕の表情で「いいや」と首を横に振る。
「それは不可能に等しいだろうな。魔族っていうのはどうにも封建的で保守的で懐古主義がまかり通ってる印象が強いし。既存の技術を改修・強化する能はあっても、新しいものを開発したり段階的に進歩させていくっていうのは、どうにも生物的に苦手らしいし」
ここら辺、種族ごとの個性みたいなものらしく、魔族は魔族でうまく噛み合ってはいないらしい。
「そういう意味では、やはり同じ人間ってだけで、人間世界の住民の方がはるかに俺たちの域まで到達し易いんじゃないかとは思う。だが、人間世界には資源が無い。ついでに錬金術に始まる『科学技術』が今のこの世界には非常に乏しい」
「現状、技術を大きく進歩させる為には、お前らの手を借りるでもなければ不可能、という事か」
「そうなるね。そもそも技術ってのはそういうものであるべきなんだが。あるいは、魔族と人間とで手でも組めば別だが。爆発的な勢いで技術の化学反応が起きるぜ」
カールハイツの軽い言葉に、しかしババリアは憤慨し、興奮気味に椅子から立ち上がる。
「魔族と手を? バカを申すな!! 奴らめは我ら人類の不倶戴天の敵。手を結ぶなどもっての他ぞ!!」
忘れかけていた警戒心を前に出し、また、ギロリと目の前のこの男を睨み付ける。
「ま、そうだろうと思ったけどさ。この世界の人間が魔族と手を組むなんてこと、ある訳ゃないとは俺も思うよ」
何せ、両者は数億年にまたがり戦争を続けていたのだ。
今更その呪いのような赤の連鎖を何故止められるものか。何故手など結べようものか。
戦争は終わらない。人間も魔族も、ひたすらに続く血の惨劇を日々生き抜くしかないのだ。
カールハイツもそれは解っているらしく、手を前に出しババリアをなだめようとする。
「まあ、しばらくは戦争が続くと思ってるから、俺みたいな武器商人が、陛下みたいな顧客の下に来る訳ですがね」
そう、この男は武器商人なのだ。戦争大好き、戦争なしには生きられないと言ってもいい。
だからこそ、自分の前にいる。
敬意の欠片も感じられない無礼者だが、こうして話してみれば誠意という面では確かに慇懃無礼なペールラインなどより遥かに信頼できる商売相手だとも思った。
「ならば武器商人よ。余に武器を売れ。余は、この世界でもっとも上手く、貴様らの『品』を広めてくれようぞ」
自信がある。自分の手腕は間違っていない。この男の『武器』も、何一つ問題なく売り捌いてくれよう。
王は強く睨みながら、しかし、口元を緩める。
男が歩いてくる。王の前に止まり、そして、手を差し出した。
「これが、俺たちの間の礼儀なもんで」
言いながら、同じように真似して差し出した手を取り、にやりと笑った。
「顔見せは終わりだ。陛下、どうぞ末永くよろしく」
こうして、『武器商人』カールハイツがババリア王の御用商人へと収まった。