#8-1.『武器商人』カールハイツ1
西部ラムクーヘン・ラムの街の夜。
冬ともなると、ラムの街も観光客が減り、商人達もこれから本格的になる冬に備えての冬物、そして先を見越しての春物の準備をし始めるようになっていた。
港街であるラムはこのような季節でも港には冬特有の巨大な海の幸がこれでもかと並べられ、魚商人たちによる熱狂的なセリが始まっていた。
城のバルコニーにて。セリに精を出す商人達を黒い双眼鏡で眺めながら、ババリア王は一人、その盛況さに満足げに頷いていた。
そうかと思えば、今度は繁華街に目を向け、水夫らの喧嘩を偶然見かけ、にやけながらその顛末を楽しむ。
既に老齢のババリア王の楽しみは、こうして街々を眺め、自身の手腕の確かさを実感しながら自己満足に耽る事であった。
「やはり、余の采配は間違っておらぬ。繁華街の商店数規模を広げたのは正しかった。繁華街の連日の集客増加。それに伴う税収の増加。どちらも余の決断の正しさを実証しておるわ」
双眼鏡を外し、顎に手をやりながら目を瞑る事しばらく。
悦に浸るようにほへぇ、と息を抜き、リラックスしていた。
「流石は陛下でございます。陛下の手腕。その正確さ。先見の明。私、恐縮してしまいます」
いつの間にか現れたのか、王の背後に立っていた黒いコートの男。
慇懃ににやついたいやらしい顔つきで、手をすりながら王の機嫌を取ろうとしていた。
「ゴーガインよ。余の後ろに立つ時は声をかけてからにしてくれ。余は、余人に背後に立たれることを殊更に嫌う。いかに貴様が余の役に立ってくれていようと、うっかり処刑してしまうやもしれぬ」
自分を持て囃すような男に、しかしババリア王はつまらなさそうに呟くばかりであった。
「これはこれは。いや、申し訳ございません。陛下のご機嫌を損ねるつもりはございません。以後、気をつけますので。はい」
「うむ。それでよい。何用か?」
それ以上は追求するつもりも無く、ババリアは男に背を向けたまま、視線は夜の街を見渡したまま、話を続けていた。
「はい。実は、陛下にお耳よりな話を持ってまいりました。最新の兵器の情報です」
「最新の兵器とな?」
男の、ぼそぼそとした静まり声に、王は耳をぴくりとさせた。
「はい、名を『エレメントブレイカー』と呼びまして。非常に強力な対属性兵器なのです」
「ほう。それは一体どのような?」
短くとも、男の話は王の関心を惹くに十分なものであった。
「口では説明が難しい品ですので、本日は実際にお持ちいたしました。取って参りますので、少々お待ちをば」
「うむ。はようせい。そなたの持ってくる新兵器は、中々に興味深いものが多いからのう」
「はい。ではすぐに」
突発的に起きた、名前からして強力そうな新兵器の発表会。
王は機嫌よく笑い、ひとまずは自分の元を去っていく『武器商人』の背を見ていた。
「くくく、量産が容易い兵器だと良いのだが、な」
その眼光は鋭く、老いを感じさせない。こと商売の話となるなら、王は自分ではむしろ現役だとすら思っていた。
だが、実物を持ってくる、と言って姿を消した男は、そのままいつまで経っても戻ってこなかった。
どうしたことか、と、不思議に思い、首をかしげていた王は、しかしいつまでも待たされ、段々と苛立ちを覚え始める。
そんな時であった。
「やあやあ、お待たせしたようで。すみませんねぇ」
ゴーガインとは別の、やたら明るい若い男の声が、バルコニーに響いていた。
そこに立っていたのは、ババリアも全くの初対面の男。
変わった形状の大きなつば付き帽を被り、やたら飾り物の多い革のジャケットめいたものを身につけた、どうにも見ない出で立ちの、歳も二十歳過ぎといった風体の男が一人。
王の前だというのに、やたら偉そうに腰に手などを当て、王たるババリアの顔を見て、にやりと皮肉げな笑顔を向けていた。
「……なんだ、貴様は?」
訝るように睨みつけ、その野獣のようなぎらついた眼光の男に問う。
どこぞの間者。ともすれば暗殺者やもしれぬ。警戒せねばならぬ。と。ババリアは警戒心を強める。
「新しい御用商人にございます。ババリア陛下」
だが、そんな緊張をぶち壊すように、男は口元をにやけさせたまま、礼の姿勢を取る。
それ自体はありふれたものであったが、やはり口元を締めない辺り、どこか小ばかにしたような印象を感じ、ババリアは気分が悪くなっていた。
だが、それ以上に聞き捨てならぬ事を口走ったような気がして、男を二度見する。
「御用商人だと? すると貴様、ゴーガインめの下の者か何かか?」
「ゴーガイン? ああ、ペールラインの事か。いやいやとんでもないです陛下。あんなクズと一緒にしないでいただきたい」
「なんだと?」
突然くだけた口調で話し始める男に、ババリアは驚きと共に謎の違和感を感じていた。
「陛下の前でゴーガインと名乗ってた男ですがね。あいつは死にました。ぶっちゃけて言うと、俺が殺したんですがね」
「何を馬鹿なことを、奴はさっきまでここに――」
「ええ。だから、さっき殺しました。出会いがしらに、こう、ばきゅん、とね?」
あれは上手くいったもんだ、と、男は楽しげに笑う。ババリアは、もう男の話についていけてなかった。
「……訳が解らん。まず、貴様は何なのだ?」
「ですから、ゴーガインの代わりに御用商人となったものですって。ああ!! 名前を名乗るのを忘れてました! これ、どうぞ!!」
一瞬不思議そうな顔をした男であったが、突然何か思い当たったのか、懐から小さなメモ紙のようなものを一枚、手渡す。
無理矢理手を取られ渡されたババリアは、不機嫌ながらもとにかくそれを見る。
《カールハイツ武器商会 社長取締役 サクラ=カールハイツ》
「……なんだこれは?」
「なにって、名刺ですよ名刺。ご存知ない? あの男は渡しませんでした?」
渡され読んで尚意味が解からないといった様子のババリアに、男は眼を白黒させていた。
「そんなものは知らぬ。渡された事すらないわ」
だが、ババリア王はそんなもの見たことすらなく。ただ訳の解からないこの男に、不機嫌なままであった。
「なんだって? マジですかそれ。全く、あのクズめ、どんだけお客を馬鹿にした商売してやがったんだ……もっといじめてから殺すんだった」
ちくしょうめ、と、帽子のつばをいじりながらいらだたしげにズボンのポケットに手を突っ込むカールハイツ。
「まあ、それが俺たち『武器商人』の大事な大事な挨拶代わりの紙切れなんです。そこに書かれてるのが俺の肩書き。それから下のほうのが俺の名前です。カールハイツって言います。よろしく」
砕けた口調ながら、ぺこりと腰を曲げる。
あまりに無茶苦茶過ぎてかえって礼儀正しいのか無礼なのか感覚が麻痺しかけていたババリアは、はっとしたように頭を振り、再びカールハイツと名乗った男を睨みつける。
「――名前がわかったのはいいとしよう。して、カールハイツよ。何故ゴーガインを殺した?」
「ああ、そのゴーガインっていう呼び方やめましょうや。あいつの本当の名前はペールライン。世界をまたいであこぎな商売しくさった『武器商人』の恥晒しですよ。クニじゃ賞金首にまでなってる」
主導権を握ろうと必死に問うたそれは、しかしあっさりカールハイツに奪い取られ、流れまで遮られてしまう。
こんな若造相手にいいようにされるのだ。老練な運営手腕を誇った王の面目は丸つぶれであった。