#7-3.白の花園
「こんな感じかしらね。どうかしら?」
「はい。大変よろしいかと。よく似合っておいでですわ」
白の世界。ミルキーレイの一室。
普段着慣れない正装を試しで着てみたエリーシャに、ラズベリィはほう、と見惚れてしまう。
黒を基調としたデコルテのロングドレス。すらりとした鍛えられた足は黒いストッキングとヒールで見事にカムフラージュされていた。
腰元右脇には白い大きなリボンがつけられており、細い腰を鮮やかに色立てる。
胸元はシンプルながら、首から飾られているブローチが華やかに引き立てられていた。
美しい亜麻色の髪は半分に分けられ、右側は幾重にも編み込み後頭部にまとめられアップになっていた。
残った髪はテールにされ、左肩を飾っている。
その先にも大き目の黒いリボンが留められ、飾る事を忘れない。
更にベッドの上にはドレスの上に羽織るイブニングケープ。これも黒を基調としている。
全体的に装飾が多いものの、幼さを感じさせないのは色調からか。
実際にラズベリィの手を借りて着ては見たものの、やはりというか、自分にはあまり似合っていないように感じてしまうエリーシャであったが、ラスベリィの反応に、まんざらでもないものを感じ始めていた。
「でも、黒っぽいから細く見えるのは良いけど、なんていうか、暗いわよね」
袖などを見てみるも、やはり黒中心というのは大人しめを通り越してダークな印象を感じてしまう。
着ている自分ですらそうなのだから、人がみたらどう思うか。
あまり自分のイメージに合わない色であると、エリーシャは思っていた。
「まあ、こればかりは仕方ありませんわ。エリーシャ様は皇太后であらせられますから。未亡人が黒のドレスを着るのは、この国の常識でしょう?」
「それはまあ、解るんだけどねぇ」
昔からの慣習。常識。そういったものが原因であった。流石にこれにはエリーシャも苦笑いするしかない。抗えない。
「大丈夫。エリーシャ様には似合っておりますわ。嫌味などではなく、立派に大人びた女性であると思えますもの」
「そ、そうかしら……?」
「ええ。誰がどう見ても美しい未亡人ですわ。若くして夫に先立たれた」
なんとも余計な一言であった。未亡人を強調してくるのも地味に腹立たしい。
なんとなく悔しくなり、手袋を外してベッドに転がり込んでしまう。
「ああっ、エリーシャ様っ! ドレスに皺がついてしまいますわっ」
「知らないわよっ!! もう、人の事馬鹿にして。どうせ私は未亡人よーっ」
エリーシャとしては珍しく、拗ねてしまっていた。腹立たしいからと腹立たしいままに行動してしまっていた。
「もう、子供みたいに……」
仕方のない方ですわ、と、ラズベリィは苦笑しながらもエリーシャの仕草を見守る。慣れた様子であった。
「いいのよ。子供みたいで。今くらいしかそんなのできないんだから。ああ、もうラズベリィに抱きついてやろうかしら。胸にほっぺたこすり付けて、子供みたいに泣き喚いて」
こちらも慣れたもので、エリーシャは気心の知れたこの侍女に好き放題言ってやる事にしていた。
「それは……流石に私の中のエリーシャ様のイメージが崩壊するのでご勘弁願えればと」
エリーシャの無茶苦茶な物言いに、ラズベリィは一歩引いてしまう。眉を下げ困り顔で、いやいやするように手を前に出していた。
「ふふっ、ま、私がこんな風に滅茶苦茶言えるのは貴方位って事よ。光栄に思いなさい」
勝ったとばかりにしたり顔で笑う主に、ラズベリィは心底負けた気分になってしまう。
そう、負けていたのだ。惚れた弱みとも言える。
ラズベリィは、この一族の『この顔』に昔から弱かった。
「はあ。エリーシャ様、意地悪ですわ。まるであの子のよう」
「私のご先祖様?」
「ええ。全く同じなんですもの。顔立ちは違うけれど、仕草からやる事から」
「なるほどねぇ」
傍に居れば居るほどに感じるその温かみ。懐かしい感覚に、ラズベリィは強い親しみを感じてしまっていた。だから逆らえない。
「エリーシャ様。私の元から離れても、どうか強く。ご自身に素直であってくださいまし」
だから、別れるのが辛かった。
傍にいたいと願いながらも、望めばそれは叶うのだと知っていても、ラズベリィは離れざるを得なくなっていた。
「やらなくちゃいけない事って、そんなに大事なの? 私の傍にいたのでは、できないことだって言っていたけれど」
魔王らがエリーシャの元を訪れた日。あの後、二人は今後の事を話し合った。
いずれ国に戻るつもりのエリーシャ。
ラズベリィは、その誘いを蹴り、傍を離れる事を決めていた。
それは一つのけじめのようなもの。それとは別に、成さねばならぬ事もあった。
「ええ。エリーシャ様が選択なさって、私にもやる事が増えました。私は裏方として、エリーシャ様のお役に立てるように動くつもりです」
離れていたラズベリィは、こつこつとエリーシャの元へと歩いてくる。その顔には、もう余裕はない。
「ですからエリーシャ様、私は貴方と別れるのではなく、ただ離れ、この心は、いつまでもお傍にあるものと思ってくださいまし」
「ん――っ」
シリアスな雰囲気は、ラズベリィの抱擁によって極まった。
エリーシャをそのままに抱きしめるラズベリィ。
勢いでエリーシャがバランスを崩し、そのまま二人してベッドに倒れこむ形になってしまう。
瞳と瞳が間近に迫り、唇が触れそうになってしまう。
「――そう。そうね」
これは同性愛ではない。
自分の胸に縋り涙をこらえる侍女に、エリーシャは温かみを以ってその後ろ髪を撫でる。
感情の昂ぶりが収まるまでそっと、動かずに。
彼女が、自分の中に、親しかったのだという自分の先祖を見ているのを知りながら。
エリーシャは、自分より年上であろうその侍女を、まるで妹のように慰めていた。
そんな彼女の様子に、縋られている自分に、どこか強い癒しと心の平穏を感じながら。
誰かに依存されている自分という存在に、彼女は強く依存していたのだった。