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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#7-2.ブービー・トラップ

 同じ頃、玉座の間では、シフォン皇帝が勇者リットル、そしてエリーシャやトルテらを護衛していた衛兵隊を呼びつけ、極秘での指示を与えようとしていた。

「勇者リットルよ。お前にはキャロブ王の護衛の為、シュトーレンに向かって欲しい」

「キャロブ王の護衛……やはり、キャロブ王が帝都を離れたのには訳があったのですね?」

リットルとしても、突然のキャロブ王の一連の動きには思うところあったらしく、主君の命令に何かが合致していくのを感じていた。

「うむ。まだ詳しくは話せんが……これはわが国としてはとても重要な案件だ。どうか、キャロブ王の身命をなんとしても守り抜いて欲しい」

「解りました。勇者の名に恥じぬよう、主君の命を遂行しましょう」

恭しげに膝を突く勇者。シフォンは満足げに頬を引き締める。

「同時に衛兵隊の諸君には、先日キャロブ王より教えられたエリーシャ殿の隠れ家へと向かい、エリーシャ殿の不在を確認してきてほしい」

シフォンの言葉は、集まった衛兵隊をざわめかせるに十分なものであった。

「こ、皇太后様が、何故隠れ家に?」

「解らぬ。キャロブ王がそのように申していた。だが、諸君らの説明の限りではエリーシャ殿はわが妹ともどもラムに居るはずだ。故に、その勘違いを正す為にも確認が必要であると判断した」

あるいはラムに居るところをキャロブ王に誘拐されたのやも知れぬ、と、シフォンは口元を隠す。

「こ、皇太后様の不在を確認すればよろしいのですね……?」

「そうだ。居るはずがないが、居るならば保護せねばなるまい。エリーシャ殿は偉大なる先代の后殿。それがキャロブ王の世迷言だとしても、軽視する事などできるはずもない」

立ち上がり、やや大仰に、両手を広げながら説明するシフォン。衛兵らは圧倒され、息を呑む。

「では、私がキャロブ王を守るというのは、逃亡防止もかねて、という事ですな?」

「そういう事だ勇者リットルよ。もし私を謀ろうとしていたなら、シュトーレンこそがキャロブ王の墓所となる」

整った口元をにたりと崩して見せ、シフォンは悪く笑った。

「キャロブ王によれば、エリーシャ殿はシナモン北部にある、ランド=クシャという小さな村の廃教会に居るのだと言っていた。場合によってはガトーの妨害も考えられる。心して掛かるが良い」

「はっ!! 謹んで!!」

衛兵隊長はリットルと同じく膝をつき、深々と頭を下げ、命を受けた。

後ろに続く衛兵らも同じく。大した練度であった。


 こうして、秘密裏に皇帝の指示を受けたリットルと衛兵隊は、それぞれが別の時刻に城を出立する事となった。

リットルは一人大帝国西部シュトーレンの街へ。衛兵隊はシナモン村近くにあるのだというランド=クシャへ。



 この報は当然ながら衛兵隊の同志らを通し、ロザリーにもすぐさま伝わる事となる。

「つまり、エリーシャらはランド=クシャに居る可能性がある、という事かしら。少なくとも、ガトー国王はそのように吹聴したのですね?」

街の一角にある小さな公園。定期報告の合流場所に指定したロザリーが、連絡役であるチャールズの説明を受けていた。

頭には白い羽毛帽子。高価な白いコートに身を包み、胸元に紙袋を抱きかかえながら、ベンチで座っていた。

「ええ。その通りですシャルロッテ。同時に、勇者リットルが城を離れるらしいというのも情報として」

人もほとんど通らない公園であったが、二人、視線も交えずに話を進めていく。

一見、ただ隣り合っただけの他人にしか見えないこの二人は、呟くような、隣に居てようやく聞き取れるような声で囁き合う。

「つまり、今城内はいつも以上に手薄になっている。そして、エリーシャの所在、その可能性を、ようやく手に入れたという事ですか……」

「いかがしますか同志。エリーシャの居場所の可能性が割れた以上、我らはいかに――」

チャールズの懸念は、エリーシャ経由でシフォンに真実が伝わってしまうリスクである。

だが、彼はまだ気付いていないらしかった。その言葉の先にある真実を。

「もし本当にエリーシャが居たなら、それはそれで対策を考えることもできますわ。見つからないとしても何も困りませんし。キャロブ王とガトーという国が死ぬだけですわぁ」


 これらは、ロザリーにとってはまたとない報告であった。

恐らく手に入らないであろうと思った、エリーシャの居場所がわかるかもしれないのだから。

解からないとしても何の損も無く、見つけられたらしめたもの、という程度のものでしかないが、それでも戦略上は大切な一歩であった。

城は手薄であり、場合によってはリットル不在の隙を狙って何がしか痛手を与える事も可能なのだから、こちらもそれはそれで美味しい。


 ロザリーは機嫌よさげに胸元に抱きかかえた袋に手を入れ、その中身を公園にばら撒いた。

ぱらぱらとまい散る粉。すぐさま、餌を突かんとたくさんの鳥が集まってくる。

「結構ですわ。貴方がたは皇帝の指示通りランド=クシャへと向かいなさい。ただし、エリーシャを見つけたなら、その時は……わかっていますね?」

「はい。同志シャルロッテ。我らには、エリーゼ殿より与えられた『神器』がありますれば。これさえあらば、元勇者と言えどいかようにでも」

口元をにやけさせるチャールズに、シャルロッテは眉をぴくりと動かし、小さく息をついた。

「チャールズ。決して油断しないように。何があるか分かりませんから。私達としては、エリーシャはいないと。つまり、キャロブ王の妄言であったという結末が、一番望ましいのですから」


 師であるデフが妄執するエリーシャ。

その執着は、ただ、エリーシャがデフ好みだからというだけではないのではないかとロザリーは考えていた。

エリーシャは、類稀なほどの強い意志と稀有な才能を持っている。

それは、戦場での実力だとか魔法の才能だとかの即物的なものではない。

――強力なヒロイック。人をつき動かす魅力。

そこにいるだけで周囲の者を惹き付け、力を与えてしまうそのカリスマが、南部、ひいては教会組織にとって、いずれ脅威に成り得るから、というのが真実だろうと。

かつて人々に希望を与えたと言われる英雄『大賢者エルフィリース』と同じく、人を惹き付け、人に力を与え、そして、人を動かせる天賦の才。

彼女は、才能的には勇者として優れている訳ではない。指導者として優れているのだと、デフは見抜いていた。

そして、教会組織としては、勇者として優れているよりは、この、指導者として優れている存在の方が遥かに厄介であった。

指導者は民衆を統べる。民衆を動かし、そして、世界をも変えていく。

既存の世界に依存した宗教組織にとって、世界の変革は恐怖でしかなく、世に対し、存在の不確かさを浮き彫りにさせてしまう脅威であった。

だからこそ、かつての教会はエルフィリースを捕らえた。

世界の変革など教会にとっては必要ないからという理由だけで、英雄は二度と日の目を見る事無く暗い闇の中で死んだのだ。

今回のエリーシャ誘拐も、その為にやった、芽を摘むための策であったと思える。


 そのような脅威的な存在である。居ないに越した事はない。再起などされてはたまらない。

まかり間違って生き延びてシフォンの元にでも戻られれば、それだけで様々なロザリーの策が台無しになってしまう。

それだけではない。滅びかけのガトーは息を吹き返しかねないし、更にそこから西部における、教会組織にとっての有力な支持国であったラムクーヘンが攻め滅ぼされかねない。


 いや、本来ならいつそうなってもおかしくなかったのだ。

エリーシャの誘拐に失敗し、その行方が解らなくなった時点で、どこかで野垂れ死んででもいない限り、いずれはばれるだろうと思われていたのだ。

それが今までそうならなかっただけでも教会とラムクーヘンにとっては幸運であったとも言えるが、エリーシャの死が確認できない限りは、いずれ必ずそうなるであろう想像に容易い展開であった。

だからこそ、デフは調べさせたのだろう。

腹心であるロザリーを使ってまで、エリーシャの生死の確認を。その所在の調査を。

そうせずには安堵できない。大帝国が南部にとって中央、いや、人間世界最大の脅威であるという事実。これは微塵も揺らいでいないのだから。


 だが、そんなロザリーの不安など解らぬかのように、チャールズは餌に寄ってくる鳥を悠長に眺め笑っている。余裕の様子であった。

同志の緊張感のなさに、ロザリーは更に不安を募らせてしまう。

(所詮、同志などと言ってもただの捨て駒ですわね……もう少し扱い方を考えなくてはいけないかしら?)

今まで、曲がりなりにも役に立つ駒という前提で、それなりに優しく扱ってきたつもりであったが、どうにも彼らはあまり当てにならない気がしてきてしまったのだ。

場合によっては捨て駒らしく切り捨てる事も視野に入れなくてはいけないと、ロザリーは袋をぎゅっと抱きしめる。

紙でできた餌袋は、ぐしゃりと音を立て形を崩し、ロザリーの豊かな胸と細い腕に押しつぶされていく。

「同志チャールズ。貴方にこれを差し上げますわ」

ひとしきり考えた後、また紙袋に手を入れ、今度はその手をチャールズに差し出した。

「これは……?」

そのまま自然な動作でロザリーの手を取ると、何かを渡されたチャールズは、確認しながらもロザリーに問うてしまう。

それは琥珀色の石。不思議な光を放つもので、昼でなければ大層目立つであろう謎の物体であった。

「『コード・ブレイカー』と呼ばれるものですわぁ。対上級魔族用の切り札ですの。発動させれば、敵視した相手をもれなく刻み込んでくれます。エリーシャがいかに強かろうと、それを喰らってはただでは済まない筈ですわ」

お使いになって、と、また餌をばら撒きながら、ロザリーは無機質に呟く。

「このようなモノが南部にはあるのですか……解りました。必ずや、これでエリーシャを」

ごくり、と息を呑みながら、チャールズは石をズボンのポケットへとしまいこむ。

「使い方は簡単ですわ。石を地面にたたきつけるだけで結構ですの。それだけで発動します。関係のない者は巻き込みませんわ」

一通りばら撒き終わり、紙袋の中身を空にすると、ロザリーは立ち上がる。

「ありがとうございます。このようなものまで用意していただけるとは」

「構いませんわ。私たち、同志ではありませんか。では、貴方がたの活躍、期待しておりますわ。さようなら」

「さようなら、同志シャルロッテ」

反応を待たずに歩き出したロザリーに、チャールズはあえて背を向けて返す。

誰も居ない公園の、しかし、彼らなりの常識であった。


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