#6-4.癒しを求め楽園へ
魔王が向かった先はいつもの私室……ではなく、楽園の塔であった。
別段、先ほどのアーティの話で彼女に興味を持ったからという訳ではなく、ある意味それ以上に大事な用件からであった。
「あら、陛下。いらっしゃっていたなんて」
そこは冬の花香る空中庭園の一角。暖かな光を放つ珠が宙を浮かび、ふよふよと巡廻していく中。
多数の人形達と、それを修復する塔の娘達が集まっていた。
「やあ、すまないね君たち。手伝わせてしまって」
魔王の到着に気付いたセシリアが、作業を中断し、顔を上げたが、魔王は軽く手を挙げ「そのままでいい」とばかりに微笑む。
先の戦闘で多大な被害を被った人形兵団。
いつもならこれの修復の為魔王はしばしの間部屋にこもりきりになる所だが、昨今の事情からそうもいかず、修復の為の手が必要となってしまった。
仕方ないので、特別損壊の激しい人形はネクロマンサーに押し付け、残りを塔の娘達の中から裁縫ごとが得意な娘に手伝ってもらおうと声をかけ、こうして修復を任せる事にしていた。
人形の修理など未経験な娘ばかりであったが、人形自身が自分たちの修理方法を具体的に提示する事によってクリアできた。
修理に参加していた中でも主要なのはセシリアとエクシリア、それからセシリアの侍女であるセリエラ。
エルゼも不慣れながらちくちくと針仕事に精を出しているのが魔王の位置からも見えた。
「私どもはここで暮らしているだけですから。何がしか、陛下のお役に立てるというなら、喜んでお手伝いさせていただきますわ」
セシリアがたおやかに微笑む。その間も手の中の人形は修復が進んでいく。とても器用であった。
「すごいなセシリア。君は手先が器用なんだな」
「えっ? あ、え、ええ、その……幼い頃から妹たちに色々作ってあげたりしてましたし……」
意外な特技とでも言うべきか。
サブカルチャーに疎い魔族の娘達の中にいながら、ある程度それに理解があるセシリアの存在はとてもありがたかった。
テレテレと落ち着かなくなるセシリアに、魔王は「その調子で頼む」と笑いかけ、傍を離れる。
「えっと、ここはこうで――」
「エルゼ、どうかね?」
魔王が来た事にも気付かない様子で修復に集中していたエルゼ。
糸留めが終わり、足パーツの欠けた部分を埋め合わせる為、容器の中に入った粘体を使おうとハケを手に取ったタイミングであった。
「えっ? あ、師匠!! 着てたんですね。気付きませんでした!」
声をかけられ一瞬驚き顔を上げるも、それが師のものであると気付くや、人形をそっと置いてから満面の笑みでその足に抱きついてくる。
「やっと会えました。もう寂しくて寂しくて。最近、トルテさんとも会えてませんし――」
「……む。そ、そうだなあ。タルト殿と、またお茶会をしたいよなあ」
エルゼは、まだ知らないのだ。
この世界から、タルト皇女が消え去った事を。
それは、魔王なりの気遣いあっての事でもあり、それ以上に、エルゼにそれを伝える勇気が魔王にはなかったのもあった。
愛弟子が悲しみに暮れる姿を、魔王は見たくなかったのだ。
「はい。ですから師匠、アプリコットに行く時には、また私を連れて行ってくださいっ」
だが、そんな事も露知らず。はぐらかす魔王をよそに、エルゼは無邪気に上目遣いで懇願する。
さらりとした銀髪が大きく揺れた。
魔王は正面からその純粋な瞳を見る事が出来ず、視線を逸らしてしまう。
「――? 師匠、どうかなさったのですか?」
そんな様子に、エルゼは首をかしげる。少し不安そうに。
「いや、なんでもない。なんでもないんだ……そうだな。物事が落ち着いたら、またアプリコットに遊びにいこう」
悟らせまいと、魔王は無理な顔をする。心なく笑って見せた。
「師匠。何か辛い事があったのですか?」
ただ、どうやらそれは笑顔にはなっていないらしく。エルゼには容易に看破されてしまっていた。
「ふふ、辛い事と言うなら、忙しくてエルゼとあんまり遊べない事が辛いかな。エルゼも、タルト殿のことばかり口にするし、師匠としても寂しいなあ」
だから、魔王はおどけて見せた。
子供のように泣ければ、素直に話せれば、ただ謝れれば、無念を語れれば、それこそ楽になれただろうに。
魔王は悲しくも大人であり、子供相手に本音を話せるような、情けない様を見せられなくなっていた。
「そんな、も、もちろん私も師匠とおしゃべりしたいです。沢山遊んで、沢山サブカルチャーについてお話しましょう!! スパイごっこもしたいですし、またボードゲームもしたいです!」
魔王の言葉に、子供なエルゼはあっさり騙されてしまう。
頬を染めながら、魔王の足をぎゅーっと抱きしめた。
「そうかそうか。うん、やはり君はいいなあ。一緒にいると癒される」
そんなエルゼに、魔王は心底心が癒されていくのを感じて、その頭を優しく撫でる。
正直なところ、魔王は最近、疲れ気味だった。
目的の為に忙しなく動き、遊ぶ暇もない。心が癒されない。
気にし始めればそれほどに、時間は絶え間なく流れ続け、時代はどこまでも変わり続け、そして、『その時』は目の前にまで迫ろうとしていた。
時間がなさ過ぎる。本一冊読む時間すらもが惜しい。
考えなければならない。動かなくてはならない。
ただ一つの最適解。それを求める為に。それだけの為に。
だが、魔王は次第に、自分の心に全く余裕がないことに気付きはじめた。
そんな事を考え、そんな事をしようとし、それで自分が全く楽しめてないのはどうなのか。
自分にとって楽しくなるようにしてはダメなのかという疑問が浮かび、ではその為にはどうしたらいいかという疑問に変わる。
――このエルゼのように、思うままに人に求められるなら、どれだけ気が楽になるだろうか。
魔王には、それがとても羨ましかった。
同時に、その子供らしさを、純粋な感性を守ってやらねばならないと思っていた。
だから、魔王は笑ってみせる。
「もう大丈夫だ。エルゼと話せて。エルゼの頭を撫でられて、元気を分けてもらったからね」
「――はいっ」
そう、この笑顔。これさえ見られれば、内から力が湧いてくる気がするのだ。
楽しくやりたい、ではない。楽しくやれるようにしてやろう、と。
それができるような気がしてくる、不思議な力が、エルゼにはあった。
そのまま、一通り手伝ってくれていた娘達と話し、感謝を伝えたりした魔王は、清々しい気持ちのまま、塔を離れる事にしたのだが。
その頃にはもう、何故自分が塔に足を向けたのか。その理由をすっかり忘れ去ってしまっていた。
疲れた魔王の、穏やかな癒しのひと時であった。




