#6-3.禁忌の果てに立った娘
「あの緑の帽子の子……『アイゼンベルヘルト』と言うのですが。私は『アーティ』と呼んでいますわ」
「ほう、アーティ……うん?」
赤い帽子のウィッチの話から、ようやく緑の帽子のウィッチの話に変わったと思った矢先であった。
ラミアは、緑の帽子のウィッチの名を話したのだが、魔王は強い違和感を感じていた。
「ちょっと待ってくれ。あの娘は、ウィッチなんだよな……?」
そう。ウィッチなのだ。ウィッチは種族全ての個体がウィッチという名で統一されている。
ウィッチ以外の名など無く、本来個々を表す呼び名なども存在しないはずであった。
「まあ、あの娘は特別枠ですから……」
「なんとなく、君の傍にいる時点で特別っぽい気はしたが」
魔王も、なんとなしに普通のウィッチとは違う気がしていたのだ。
どういった方向で特別なのかは解からないながらも、ラミアの副官に納まっているのだから。
赤い帽子のウィッチが格別優秀だったとして、その代役が務まらないとしても、相応に優秀な娘なのだろうなあ、程度に魔王は考える。
「何せ、あの娘は先代とウィッチ族の長との間に生まれた娘ですから」
「ほう、なるほどな、そういう……うん?」
そして、ラミアの説明は魔王にとって全くの想定外であった。というより、一瞬意味が解らなかった。
「……聞き間違いか? それとも私の勘違いか? 『先代とウィッチ族の長の間の娘』と言ったのかね?」
「ええ、聞き間違いでも勘違いでもございませんわ。その通りです」
「ウィッチ族って、長は男なのか?」
そんなまさか、と思いながらも、魔王は聞かずにはいられない。
「いいえ? ウィッチは女性単一種族ですから、何代重ねようと、どの種族と交わろうと、決して男のウィッチは生まれませんわ」
異種族と交わっても男は相手方の種族として生まれますし、と、ラミアは説明を続ける。
だが、そんなものはどうでもいい。魔王はそんな事で詰まったのではないのだ。
「だって、おかしいだろう? エルリルフィルスは女だったろうが。ウィッチとの間には子供は作れないだろうが!?」
常識という観点から見て、異常にも程があった。
同性愛の末に子供が生まれる事など有り得ない。
生殖とは、異性間ないし単一細胞の分裂によってのみ起こせる事象のはずだった。
「ええ、ですから……ウィッチ族の長に『その時』だけ男性の機能を持たせ、半ば強制的に……致したと」
「とんでも恐ろしい事をさらっと言うな!?」
「私だって別に恥ずかしげも無く言ってる訳ではありませんわっ!!」
さすがにラミアとしてもモラルに反するものではあるらしく、珍しく頬を染めながらそっぽを向く。
「とにかく!! あのアーティは、数いる先代の娘の一人なのです。実際、魔法知識に関してはウィッチ族の中でも規格外なレベルで優秀ですわ」
「先代もなんというか、本当、ろくなことをしないよなあ……」
改めて『魔王城を子供で埋め尽くす計画』を実行に移した先代の業の深さを思い知らされる。
「あの娘は、母親は当然ながら、父親まで女というアブノーマル極まりない環境で育ちましたし、ある程度同情もしていますわ」
あの子自身は極めてノーマルなのですが、と、吐息しながらのラミアの説明が続く。
「彼女を副官にしたのも、そのあたりがあっての事かね?」
「まあ、それもありますが。そうでもしないとあの子、一族から爪弾き者にされかねませんでしたし」
生まれた環境は自分では選べなかっただろうに、出自の所為でそんな人生を歩まされるというのはなんともむごいものだと、魔王は目を瞑りため息を吐いた。
「まあ、アーティが一族から排斥されそうになっていたのは、どちらかというとあの子の能力に問題があっての事なのですが」
「魔法の知識に長けている事かね? 嫉妬でもされたのか?」
「んー……いいえ。あの娘は、魔法の知識は本当に素晴らしいのですが、肝心の魔法の扱いが……なんというか、とてもウィッチとは思えないほど稚拙と言いますか」
突然振って湧いた違和感に、魔王は閉じていた目を見開き唖然とする。
「なあ、ウィッチは一族で知識や経験が共有されるから、かなり早熟な段階で一族の魔法の全てを習得するのではないのか?」
「習得はしてますわ。ただ、実地部分は実際に魔法を発動させる本人の能力が左右しますから……」
覚えるだけならある程度賢ければ覚えられるが、それを扱えるか否かはそれとは別問題、という事だった。
「それは……そういう例は他にもあるのかね?」
魔法が下手なウィッチなど聞いたこともない魔王にとって、それはとんでもない事のように思えるのだが。
思いのほかラミアが冷静なのもあり、長い歴史の中にはそう珍しくもないことなのだろうかと、魔王は一瞬落ち着きを取り戻す。
だが、魔王のささやかな期待とは裏腹に、ラミアは静かに首を横に振った。
「残念ながら、アーティのような例は他に見た事がございませんわ。そもそも種族の特性上、こういった事は有り得ないはずですから。考えられるとすれば、やはり、同性間で作られた事による遺伝異常……障害。あるいは、突然変異なのかもしれませんね。とびきり悪い方向の」
やはり、と、魔王はぐったりする。
魔王という奴は、本当にろくなことをしないなあ、と、呆れて脱力してしまっていた。
「ああ、もういい。なんか、疲れた」
「そうですか? ああ、それと伝え忘れていた事が一つ」
「まだ何かあるのか……」
もう面倒くさくなったし、と、話を続けようとするラミアを前に、魔王は聞き流すつもりだった。
「あの娘も、先日から楽園の塔で生活してますので、気になるようでしたら直接お茶等に誘ってもよろしいのですよ?」
聞き流す事すら許してくれないラミアに、魔王はがくりときてしまう。
「……どういう事だ?」
「そのままの意味ですわ」
他に何が? とでも言わんばかりにラミアはにたりと笑う。正直魔王には鬱陶しかった。
「――全く」
これ以上長居すると何を聞かされるか解った物ではない。
自分の都合でラミアに話しかけた事など忘れ、魔王は席を立ち、部屋を後にする事にした。
「あら、お話はもう終わりですか? では、私はこのまま次の会議の為の書類を作成しますので」
「ああ、まあ、がんばってくれたまえ」
魔王のほうに視線を向けながらも、手元のファイルを開いたり閉じたりをしているラミア。
気だるげにのたのたと歩きながら、片手を軽く挙げ、魔王はそのまま部屋を出て行った。