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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#6-2.失われた失ってはいけない人材

 場所は変わって魔王城の小さな会議室。

四天王がシルベスタに使うような巨大なものと違い、こちらは少人数での会議・密議を想定してのものであり、その面子も限られていた。

この場にいるのは六人。

魔王とラミア。アルルと、ラミアの副官である緑色の帽子のウィッチ。

それから会談の際護衛役となるガードナイト(美人)と、実地での工程管理を任されているフクロウ頭の悪魔。

会談を計画段階から考え、最低限の人数で実行する為に集められた魔界指折りの実行委員達であった。

「――では、第一回の会談のための人員の説明は今した通りですが、何か質問はありますか?」

魔王の右隣に座し、司会進行を勤めるラミア。

「一つ、疑問に思ったのですが」

ほとんどの者が声もなく、首を横に振り「質問なし」を表示する中、ラミアの正面に座する緑色の帽子のウィッチが立ち上がりながら挙手する。

「あら、何かしら?」

「会談の軍事分野に関して、私がラミア様の全権委任を受け代役を務める、というのは解からないではないのですが、政務に関して、アルル様が出張らないというのはどういう事なのでしょうか?」

ココア色の長い髪を左手で弄りながら、ウィッチが疑問を口にする。


「それに関しては、私が説明しよう」

魔王の左隣。アルルが半眼でウィッチを見やる。

「私が今回の会談への参加を見送ったのは、一箇所に要人を集中させすぎないようにする為、というのが大きい」

指を立てながら、表情はそのままに説明を続ける。

「会談、特に政治的な駆け引きに関しては、今回に限り陛下ご自身が参加し、これを進行するおつもりらしいので、私はここに残り城内、それと地方の抑えに回りたいと思う」

「ですが、今回の会談はとても重要なものなのでは? なんとしても成功させたいのなら、外見の都合で参加できないラミア様はともかくとしても、アルル様が参加しないのは痛いのではないでしょうか?」


 ウィッチの問いに、会議中ろくに喋りもしなかった魔王も、わずかながら頷いて見せた。

フクロウ頭とガードナイトも互いに顔を見合わせ、何やら呟く。思うところがあるらしかった。

アルルの政治的手腕、官僚的な技量は魔界においてとても貴重なスキルであり、数少ない人間側に対抗しうるものであった。

それ自体は魔王も認めており、それが故アルルは魔王城の政務を任されている。

このような重要な場面において、アルルを上手く活用する事が出来れば、当然それだけ会談の成功率は跳ね上がるはずだった。

その点において、ウィッチの指摘する事はとても正しい。


「城内に不安が残るかもしれませんが、それもラミア様がいらっしゃればある程度は払拭できるのではないでしょうか?」

何より、アルルが登用されるまではラミアが中心となって政務を取り仕切っていたのだ。

城の事はラミアに任せ、アルルが前に出ても良いのでは、というのは決しておかしな主張ではなかった。


「難点が、いくつかある」


 笑いながら、魔王が小さく呟く。場の全員が魔王へと視線を向けた。自然、静まり返る。

「ラミアが政務に掛かりきりになるという事は、その分、いざという時の魔王軍の反応が遅れかねないという事。これがまず一つ目だ。これを避ける為、できるだけラミアが軍務に専念できるようにしたい」

全員に見えるように、三本立てていた指の一本を折る。

「二つ目は、先ほどアルルが説明したように、万一に備えてのリスク分散、これができなくなる事だ。会談の折、奇襲を仕掛けられ参加者達が死ぬ可能性もないではない。私が襲われる分には死ぬ事もなかろうが、アルルはそうもいかんだろうからな……」

二本目を折る。場は静かなままだった。

「三つ目。日が経つにつれ、また地方魔族の私に対する叛意が高まっている事。最悪、不在の間に反乱が起きた場合、そしてそれが止められなかった場合、私が失脚する恐れが生まれる。それ自体は別に構いはしないが、折角築いた政軍分離体制を失うのは勿体無いからな。これも踏まえ、今回の会談は『私の独断でした事』という形に収めたい」

魔王の頭の中では、ラミアとアルルさえいれば魔王城は安泰、という考えになっていた。

この両名が居る限りは、以前ほど脆弱な様を晒す事も無く、魔王城は魔界における本拠点であり続けられるだろう、と。


 魔王の説明を受け、しかしその場に居た者達はやや難しい表情を浮かべていた。

魔王の両脇のラミアとアルルもそんな感じで、魔王はちょっとだけ居心地の悪さを感じてしまう。

「まあ、陛下が仰る事、本当にそのままなんだけど。今回の会談は、色んな勢力にとっても狙いやすいウィークポイントなんだ。魔王城としては、軍事力も政治力も維持したまま、それでいて出せる限りの最大限の人員で挑みたいところなんだけど」

解ってもらえたかな? と、アルルは首を傾ける。

「……はい。お二人の重要度を考えればそれほどに、陛下が安易な手を講じず、深く考えた上での采配であったのだと。浅はかな意見、申し訳ございませんでした」

ココア色の髪を振りながら、ウィッチは深く頭を下げた。

そんな様に、魔王は人のよさそうな笑顔で、手をフリフリ揺らしながら「いやいや」と、続ける。

「君の意見はもっともだとは私も思う。だが、常識で考えては、事態が常識から逸脱した瞬間、打つ手なしになってしまう事だってあるからね。敢えて非常の選択を選ばせてもらった」


 魔王だって、普段ならこんな危ない橋は渡らない。楽をしたいと思う。

問答無用でアルルを投入し、使える手段を全て片っ端から使っていけば、恐らく会談が成功する可能性はどこまでも上がっていくはずだった。

だが、それは後先を考えないものであり、会談は成功しても、それ以外が色々と失敗に終わるリスクが残っていた。

 世界は、別に会談の結果で全てに決着がつくものではないのだ。そんな都合よくはできていない。

会談が成功した先にも全てが詰んでしまう展開があるかもしれない。

会談が失敗に終わったとしても後に繋がる世界が待っているかもしれない。

どこに勝利条件を設定するのか、どこに敗北条件を設定するのか。

それ次第では、会談の成否も、会談後の結末も、この場全員の運命すらも変わっていく。

魔王は、できる限り保険を残しつつ、できる限り多くの者が生きる道を選択しようとしていた。

リスクを回避し、最大限の効果を得ようとしていた。

それ自体はやや矛盾していてわがままなものだったが、それ位はなんとかしたいと思ったのだ。魔王なのだから。


「とりあえず、今日の会議はここまでに致しましょう。各自、これ以上用件がなければ、解散にしたいと思います」

「特になし」

「問題ありませんわ」

「終わりで良いと思います」

それぞれが各々の言葉でラミアの締めの言葉に頷く。

「では、これにて解散で」

「では、失礼致します」

解散。真っ先に挨拶と共に席を立ったのはウィッチであった。

行儀良く魔王らの前を通り過ぎる際にもう一度頭を下げ、そのまま静々と部屋を出て行く。


 それほど経たずに他の者達もいなくなり、資料をまとめていたラミアと、なんとなく部屋に残っていた魔王の二人きりとなった。

「ラミアよ。そういえばずっと気になってたんだが」

「はい? 何ですか?」

会議とは関係ないことながら、今更のように思い出す魔王。

「あのウィッチ、やはりアレか? 赤い帽子の子と何か関係があるのかね?」

別に顔立ちなどが似ている訳でもないが、赤い帽子のウィッチが戦死し、しばらくの空白期間の後、後釜として収まったのがあの娘である。

物腰は丁寧だしはきはきとしていて聡明さが浮き立つ良い娘だが、魔王としてはやはり、赤い帽子のウィッチと関係があるのかと勘繰ってしまう。

疑問を口にした途端、ラミアはやや難しそうな表情のまま、一瞬固まっていた。

すぐに首を静かに振り、「いいえ」と呟く。

「あの娘の代わりは、恐らく誰にも務まりませんわ。あんなに才能に恵まれた娘は、魔族でもそうそう見つかりませんのよ?」

ラミアは思い出したのだろう、あの赤い帽子のウィッチを。

忙しさに紛れ失った悲しみを薄れさせていたが、それでもやはり、その名を聞くと辛いものがあるらしかった。

目を閉じ、黙りこくる事わずかながら。その間はとても長いように、魔王には感じられた。

「とても優秀な娘でした。ウィッチ族でも随一のメテオの使い手でしたし、それ以外の魔法もかなり良いところまで習得してましたし。何より、軍才に長けていましたから」

ラミアとしては、本当に弟子のつもりで育てていたらしい。

魔王がアルルを自分の後釜にと考えているように、ラミアにとっても、あのウィッチは自分の後釜に相応しいと認めた娘だったのだ。

それだけに、それを失った虚しさは魔王にも想像が容易かった。

「若干小心者で、強い者には逆らえない部分もありましたが。それも自信をつければ、経験を積んでいけばなんとでもなると思ったのです。なんだかんだ、黒竜姫とも仲が良かったようですし。自分でそうやってコネクションを形成させていけば、いつかは魔界の誰もがあの娘に従うようになるでしょうから」

自分より強いものの信を得るのは、とても難しい。

相手は自分を見下すのが当たり前だから、認めてくれる事などまず滅多にない。

そういう意味では、それができるというのは、それだけで貴重な才能があるという根拠になる。

代わりなど居ない。まさに先ほどの会議で魔王らが説明した、失ってはいけない人材だったのだ。彼女は。


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