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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#6-1.昼下がりのロザリー

 魔王軍による突然の南部再侵攻、そしてリダ地方陥落の報せは、中央部攻略も視野に入れていた南部諸国連合にとって多大なダメージとなった。

中央部との境界に位置するこの地域を失った事により、南部諸国連合は西部諸国を経由しなければ中央部への侵攻が行えなくなる。

更に連合諸国にとっては再び目前まで魔王軍が迫る形となり、反撃、そしてリダ奪還の為に当面の戦略を集中させる事となってしまっていた。


「まさか、私の不在の間に、レコンキスタ・ドールが壊滅するだなんて……」

アプリコットの昼下がり。

同志達の集まるティーショップで、ロザリーはテーブルの上に置いたぱそこんを前に、ぽそり呟く。

教会組織の虎の子とも言える聖者の軍団。

これが先の戦いで壊滅したというニュースは、ぱそこんで情報収集していたロザリーにとっても大変苦々しいものであった。

ゴーレムが健在な以上そう易々と敗北を繰り返す事はないだろうが、これでは中央部攻略どころではない。

今現在自分に与えられた職務とは縁遠い話とはいえ、無視できるほどに軽い出来事ではないのも明白で、素直にスルーできない。

「私、このままここに居ていいのかしら……?」

らしくもなく、不安になってしまう。迷いが生まれてしまった。


 上手い具合に城内に同志達を潜り込ませ、これにより状況次第では皇族の暗殺、クーデターによる政治的混乱を作る為の支度が整いつつあった。

彼らとは週に一度この店で会い、その都度城内の情報を報せる手筈になっている。

今現在城内がどうなっているのかは不明だが、少なくとも送り込んだ同志達が処刑されていない事、キャロブ王が今日になって城から戻り、護衛の兵達があわただしく移動の準備を始めているのを見る限り、恐らくは目論見通り、キャロブ王はシフォン皇帝の疑心を買い、必死の懇願も虚しく追い返されたのだろうとロザリーは考える。

つまり、この時点でシフォン皇帝はエリーシャらが襲撃された事をまだ知らないのだと判明した。


 エリーシャ達は、まだアプリコットに帰還できていない。

それも、自分たちの近況をアプリコットに報せる事が出来ないでいる。つまり、そういう場所にいるという事だ。

もしかしたら逃亡の果てに魔物なり魔族なりに襲われてどこかで死んでいる可能性もある。

居場所が皇室に知れればここの皇族ならば間違いなく人を出すだろうし、それをしないという事は皇室は事件について察知していないという根拠になる。

これに関してはロザリーが求めていた情報なので、昨晩の内にすぐにレポートにまとめ、ぱそこん経由で報告していた。

大帝国の首脳部ですら知らないであろうエリーシャの所在などロザリーには確かめようもないので、残る任務は中央部の魔王軍の動向を調べる事のみとなる。

こちらに関しても、アプリコットに魔族側の間者が居た、という以外に調べようもない。

わざわざ魔王軍が構える陣まで近づく訳にもいかないし、何よりそんなのを調べる以前の問題で南部が攻撃を受け始めてしまっている。

現状から考えて、しばらくの間中央部侵攻は不可能に等しく、折角の自分の策略も最大限の効果を期待する事が出来なくなってしまった。


 むなしさばかりが残り、ロザリーは途方に暮れてしまう。

「どうぞ」

一人ぱそこんを前に大きなため息を吐くロザリーに気を利かせてか、マスターが飲み物を差し入れした。

「あら、ありがとうございます」

ココアをもっと濃くしたような黒い液体が、カップの中で揺れる。

「中央部でコーヒーが飲めるなんて」

驚き、眼を見開き感嘆するロザリーの言葉に、立派に蓄えられた白髭を弄りながら、自慢げにマスターが笑った。

「ここは南部の方が良く集まりますから。表向きは寂れた紅茶専門店ですが」


 南部特産品・コーヒー。

『カフェイン・ビー』と呼ばれる蜂の巣から抽出される黒い蜜を加工した物で、強い苦味と芳醇な香りを持っている。

商人の間では『黒い蜂蜜』と呼ばれ、南部では紅茶よりもメジャーな嗜好品なのだが、他の地域にはあまりカフェイン・ビーが生息していないのと、内陸部では古来より茶葉の生産が広まっていた為、マイナーであった。


「ふぅ……この苦くて後に残る味がいいのです。紅茶も嫌いではないのですが、さっぱりとしすぎていると言うか」

一口、静かに口に入れ、こくりと流し込む。

ほう、と、恍惚の表情でため息をつき、肩の力が抜けていくのを感じていた。

「ミルクを入れて飲む方もいますが、貴方はブラックのまま飲むのですな」

「ミルクを入れるなんて邪道ですわ。苦味が薄れてしまいますもの。何より折角のいい香りがミルクのせいで台無しになりますし――」

ことコーヒーに関して、ロザリーは一家言ある愛好家であった。妥協を許さない。

「以前、私の許可も無く私のコーヒーに砂糖をぶちまけた部下が居ましたが、あまりに腹に据えかねて私の隣で戦わせてやりましたわ」

「ほう」

「まあ、その戦闘でその子は泣きながら死にましたが。無残にオークにお腹を割かれて」

「悲惨な末路ですなあ」

髭を弄りながら、しかしロザリーの言葉の残虐さに、マスターは眉一つ動かさず、耳を傾けていた。

「美味しいコーヒーを飲むためなら、その邪魔をするものは容赦なく排除するのが南部の女ですのよ」

よぉく覚えていらして? と、静かにカップを唇につけながら、ロザリーは呟く。

「南部の女性とコーヒーを飲む時には、気をつけることにしますよ」

どうやらこのマスターは南部の人間ではないらしいが、同じ女神を愛しているであろう同志の言葉に、そうまんざらでもなさそうに笑って答えた。


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