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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#5-2.吸血王と長女アイギス

「なるほど、それでアリスちゃんは、シフォン皇帝の護衛としてしばらくつきっきりになる訳か……」

『はい、申し訳ございません。まさかこのようなことになるとは……』

夜の戦地にて。

丁度良い形の石の上に腰掛けながら、アリスからの定期報告を物見の水晶経由で受けていた魔王は、苦笑しながらもアリスを責めるようなことはしなかった。

「エリーシャさんとしては、やはり帰還衛兵によるクーデターを抑えたかったのだろう。状況が落ち着くまでの間は、しばらくそちらにいて欲しい」

『かしこまりました』

目を瞑り、静かに返事するアリスに、魔王は微笑む。

「上手くやってくれたまえ。では、これで」

『はい。旦那様もどうか、健やかに過ごされますように』

定期報告の終了。ぷつん、と映像の飛んだ水晶は、またただの光る石へと戻る。

「アリス様もご無事なようでぇ、何よりですわぁ」

「シフォン皇帝が聡明な方のようで良かったですね」

それまで両脇に控え、黙っていたエリーセルとノアールが、同時に喋りだす。

「とにかく、これで件の城内の憂いは減ったと思って良い。後は、私達がエリーシャさんの役に立つ番だ」

先を見据える。魔王らの前方には、敵軍と激突し、激しい戦闘を繰り広げる自軍の姿。

トカゲ頭の魔族が巨大な剣で相手を切り捨て、馬頭の魔族が魔法で敵のゴーレムを蹴散らす。

魔物兵らも団結して戦い、鋼線を使った新戦術によってゴーレムを一体、また一体無力化させていく。

一方で、意思を持たぬグールやゾンビが敵の歩兵に群がり、物理的な圧力をかけていく。


 ここは戦場。南部中央部、リダ陸海諸島部の防衛ライン。

内陸寄り、海が間近に迫る広地にて、魔王軍は南部諸国連合の最精鋭部隊『レコンキスタ・ドール』とぶつかりあっていた。

中央方面軍の一部と南部方面軍の合同作戦であるこの壮大な決戦は、序盤こそ魔王軍有利のまま押し切ろうとしていたが、南部諸国連合も必死である。

ここぞとばかりにゴーレムを大量投入し、また、レコンキスタ・ドールが前線にて戦闘を開始するや、一気に戦況は押し戻されてしまう。

言うなれば、レコンキスタ・ドールとは人類の特異点とも言える『奇跡』の遣い手の集まりであり、人間としても特に能力の高い者ばかりが集まった異能戦闘集団である。

フレイルやモーニングスター、ソードメイスを片手に、奇跡を展開させながら前進、ぶつかり合った魔物兵やゾンビらを蹴散らしていく。

右手に十字架、左手に武器を掲げるその特異な戦闘スタイルは、『信仰』という、何よりもイカれた性能の心理武装を施す事によって死をも恐れぬ無敵の歩兵集団を作り出していた。


「――思いの他強い。今まで南部攻略に失敗していたのは、ゴーレムが強いからというだけじゃなかったんだな……」

吸血族の軍団に追い立てられていた時には出さなかった虎の子を出してきた感じである。

彼ら彼女らの攻撃能力も生半可ではないが、更にゴーレムという頑強な盾がある所為で余計に厄介であった。

「いかがなさいますか旦那様。このままですと、我が軍は撃退されてしまうかも……」

遠方からそれを眺める魔王らであったが、どうにも、旨くない。

このままでは攻撃が失敗してしまう。被害ばかり出て何も旨みが無い感じだった。

「――見てるだけ、という訳にも行くまい。二人とも、準備を。皆を呼び寄せてくれたまえ」

「かしこまりました」

「ふふっ、おまかせくださいませぇ」

立ち上がる。二人の人形も、それにあわせ武器を取り出す。

ショートソードと短剣二振り。今回は二人とも軽鎧とスカートアーマーを身に纏い、戦に赴く備えは万全であった。


「――全員、おいでなさい!!」

「エリーセルとノアールの呼びかけに応じ、旦那様の人形らよ、我らの元へ――」


 二人の人形を中心に、瞬時に兵団が形成されていく。

呼ばれた人形達は既に準備万端。戦気に満ち溢れていた。

静かに整列し、『その時』を待つ。


「往くぞ!! 攻撃開始だ!!」

「はい――攻撃開始!!」

「敵軍を蹴散らしますわよぉ!! 私に続きなさい!!」

こうして、人形兵団は一つの乱れも無く突撃を始めた。



「ご報告申し上げます。魔王陛下の人形兵団が敵軍横面に突撃。陣形を崩しつつあります」

魔王らの参戦は、リダ攻略を命じられていた南部方面軍にも迅速に伝えられていた。

「陛下が直々に動かれたか……アイギスよ、どう思うか?」

南部方面軍の総司令官・吸血王は、カクテルの入ったグラス片手に、傍に控える自身の娘に問う。

「敵の陣形は崩れ、厄介な聖人部隊も甚大な被害を受けている模様。正面から敵部隊を蹴散らす事は容易いでしょうが、我らの目的はリダの攻略。主力は今のままでいいとして、分隊なりを派遣し、敵が各砦の防衛を始める前に周辺の城砦を攻略しては?」

自分の求める言葉を告げてくれる愛娘に満足げに頷きながら、吸血王は笑った。

「それもよかろう。ベテルギロス」

「ははっ、こちらに」

「貴様に一万の軍勢を任せる。リダ周辺の要塞を全て奪い取れ。戦いは、この一夜で決まる」

「お任せを。吸血族最速の技をお見せいたしましょう」

側近の一人に分隊の采配を任せ、吸血王は血のカクテルを飲み干した。


「お父様、私をこのような戦地に呼び寄せたという事は、この戦い、よほど重要なものなのでしょうね?」

吸血王の隣に寄り添い、やや訴えるようにその顔を見つめるアイギス。

「うむ。陛下の考える事は私には良く解らぬが、面白そうだからな。それに、政治的に見て、あの黒竜姫が活躍しているらしいというのが、面白くなかった」

吸血王の懸念は、今のバランスが崩れる事である。

黒竜翁の死後、その娘である黒竜姫が四天王に就任し、そして最近では要所要所で頭角を現し始めている。

大きな転換期は人間に対する会談の提案交渉役を彼女が任された事、そしてそれを成功させた事にあった。

『あの』黒竜姫が、それを任されるほどには魔王の信任を得ている。

双方の種族のバランス関係に敏感な吸血王は、これが面白くなかった。

「ここで上手くやらねば、我らは陛下の不興を買い、ますます黒竜共の地位が上がってしまう。それはよくない」

彼は彼なりに、魔界全体のバランスというものを真面目に考えていた。

あくまで吸血族の主観に基づいてのものであったが、彼なりに真面目に。

「なるほど。私としては、埃っぽい戦地にはあまり立ちたくなかったのですが……貴族達が役に立たない以上、私達王族が立たないではいかないでしょうしね」

「そういう事だ。上に立つ者は、時には下の者の手本にならなくてはならぬ。お前はリスカレスの次期当主候補だ。戦地の空気を肌で感じておくのも悪くは無い」


 魔界の名門・リスカレス家の長女であるこのアイギスは、数いる娘や息子達の中でも吸血王の一番のお気に入りであった。

自分の命令には素直に従うし、吸血族特有の怠惰な面はあるものの、それでも必要な事というのはきちんとこなす。

ただ一人の例外を除けば吸血族としては最も優秀で、特にブラッドマジックの扱いに関しては既に王である自分以上の域にまで達していた。

外見的にも見目麗しく、吸血族らしい長い銀髪と澄んだ碧眼、ハイエルフの王族にも劣らぬ整った顔立ち。

これほどの優れた美姫が他にそうはいるだろうか、と思うほどには、吸血王自慢の娘であった。


「風が出てまいりましたわ。砂嵐になるのでしょうか?」

海岸地帯の近いこの地域は、しばしば強風により海岸の砂が巻き上げられ、視界が途絶される事がある。

アイギスは自身が砂にまみれるのを嫌い、口元をハンカチーフで覆いながら、半ば抗議じみた目で父を見つめていた。

「なるかもしれぬ。全く、この辺りの気候も地理も、何もかもが憎たらしい……」

地理的な条件は魔界における自分たちの領と似たような感じなのだが、魔界と人間世界との違いが大きな隔たりと、彼らにとっての嫌悪感を生んでいた。

「……私までこんな汚らしい場所に立たされているというのに、あの子は一人、今日ものうのうと生きてるのでしょうね?」

「言うな。エルゼはいつまでも我らの元には置けぬ。解っているだろうに」

「納得いきませんわ。末の妹の上に混血の娘が、一番いい目を見ているだなんて」

アイギスが挙げるのは、魔王の妾候補にと出した末の妹である。

一族においてアイギスが唯一勝てない最強の吸血族であり、同時に吸血族にとっては恐怖の存在であった。

「近場にいると私やお前ですらうっかり殺されかねんからな……吸血族と魔王の間に、まさか吸血族殺しが生まれるとは」

しかし、吸血王はさほど不機嫌そうでもなかった。むしろにやにやと笑う位で、エルゼのことはさほど憎んでもいない様子。

若干ファザコンをこじらせているアイギスには、それが面白くない。

「お父様は、私とあの子とどっちの味方なのですか?」

「もちろん、エルゼの味方だ」

「まあ!!」

アイギスは驚かされてしまった。長らく大切にされていたと思ったのに、急に突き放された気分だった。

「お前には味方は腐るほどいるが、アレには私位しか味方は居ないからな。お前に限らず、身内のほとんどはアレを恐れ話そうともしなかったからな」

哀れな事よ、と。わなわな震える娘を前に、吸血王はせせら笑う。

「故に、私は常にエルゼの為を思って行動していた。アレを陛下の妾にと出したのも、黒竜族に対する牽制というだけではなかったのだ」

「おかしいと思っていましたわ。見た目はともかく、あの子はまだ生まれて間もない赤子のようなものでしたもの!! 陛下の妾にするというなら、きっと私やレティシアを出すでしょうに」

平然と妹を選んだ父に、プリプリと頬を膨らませながら、アイギスはそっぽを向いた。

「そうだな。お前やレティシアなら、恐らく妾にするという目的は果たせているかもしれぬ。エルゼは……アレはまだ子供だからな。陛下が特別変態趣味でもなければ、今アレに手を出す事はあるまいて」

むしろそれが愉快とばかりに、吸血王は上機嫌であった。

「……お父様の愛は歪過ぎますわ。愛してるならそう言ってもらえたほうが、娘としては嬉しいのですよ?」

「男親の情というものは、口に出すものではないのだ。そんな軟弱な親は、親としての威厳など保てぬ。愛などというものは、女が好きなだけ口にすればいい。男がわざわざ言うものではない」

吸血王なりの持論らしいが、アイギスには理解できないらしく、ため息を吐いてしまう。

「解りません。お父様の仰ってる事、アイギスには何一つ解りませんわ」

眉を下げながら、呆れたように一歩離れてしまう。

「何故離れる?」

「知りません。私だって距離を置きたくなる事があるのです」

それ位理解なさって、と、アイギスはふてくされたように明後日を向いてしまう。気障な銀髪を弄りながら。

「……むう」

娘の心境が理解できないのか、吸血王も困った様子で、どうしたらいいか解からないまま、嫌な空気が場に流れ始めた。


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