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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#3-3.闇に紛れる魔王

「ふぅ、いつ来ても平和だな、この街は」

アプリコット市内、その中心部の公園にて。

祭賑わう中、ぼんやりベンチに腰掛けながら、漆黒のクロークに身を包む中年男が一人。

膝の上にシルクハットを置き、周囲をゆったりと見渡していた。

隣には街ゆく娘達と同じような民族衣装に身を纏った少女が、侍女のように寄り添う。

「旦那様、もうそろそろ約束の時刻ですわ」

「うむ。そのようだ」

公園から見える時計塔を見て主に時を告げるアリス。

魔王は懐から懐中時計を取り出し、それを確認し、立ち上がった。

「今回は、いつもの公園とは違う場所ですのね」

辺りをちらちらと見ながら、アリスがぽそり呟く。

「エリーシャさん達とよく一緒に来てた公園か。ここはあそこほどは静かじゃないね。あまり落ち着ける場所ではない」

今回来ている公園は、以前訪れた国立公園と違い市民向けのものであるらしく、先ほどから祭用の民族衣装に着飾った娘やら若い男やらがあちらこちらと周囲を伺いながら通り過ぎていた。

「若者たちの出会いの場、みたいな感じかね。祭そのものがそんな感じなんだろうが」

「そのようで。ところどころで恋の華が咲いてるようですわ」

ほのぼのとした雰囲気を感じたのか、アリスがほんわりとはにかむ。胸の前で手を組み、彼らの幸せを願うように。

「ま、向こうの指定がこの公園だからね。仕方ないと言えば仕方ない」

そろそろ来るか、と、懐中時計を再確認する。もう時間になっているが、相手は現れない。遅刻である。

「あちらの方は、旦那様の格好はわかるのですよね?」

「ああ、私以外にはこういう格好の者は中々いないらしいからね……もしかして、結構時代遅れなのだろうか?」

「そんな事はないと思いますわ。旦那様は素敵です。渋くてかっこいいですわ」

周囲との違いを見て、自分のセンスが古臭いのでは、と思った魔王であったが、アリスは力強く否定してくれた。

「物語に出てくるスパイみたいですし」

やはりアリスの趣味はそれに拠るものらしい。魔王は思わず苦笑してしまう。

「アリスちゃんは本当、スパイモノが好きだねぇ」

「だってかっこいいですもの。展開から結末からスタイリッシュで爽快ですし」


 確かに、話の流れとして他のジャンルと比べ、スパイモノの小説や漫画はスマートと言うか、魔王も読んでいるから共感できるのだが、とにかくスカッとする。

スパイである主人公達自身もどちらかといえば悪の側、もっと言うならアウトローに近い立ち位置なのだが、彼らが潜入する組織などはどうしようもない悪党ばかり、外道や鬼畜の類なので、スパイ側が特別悪党だと感じる事はほとんどない。

最終的には主人公達が上手く相手を出し抜き、その敵役の組織が壊滅したり痛い目を見たりするので、見ている側としては毎回「今回は一体どんな手を使って逆転するのか」という期待感と「やっぱりスパイってかっこいい」という解り易い感想を抱きやすい。


 件のスパイ漫画は人形たちの間でも流行っているらしく、特に用事がない時は自分たちでスパイごっこをしたりあれやこれやスパイモノの作品について語り合ったりなどしている。

困った事に最近ではたまに部屋を訪れるラミアまでもそれに巻き込んだりしている。

漫画のことは理解できないラミアであるが、このジャンルに関しては諜報という軍事に関係した分野も混じっている為、現実の諜報からの知識でなんとかついていけるらしい。

ラミア的には「案外現実でも役立ちそうな意見があって新鮮」とまんざらでもない調子で、さっさと職務に戻れと思いながらも、魔王はそんな彼女を追い出さず傍観していた。ちなみに魔王は働かない。


 しかし、スパイみたいな格好だと言われると、魔王も流石に気恥ずかしくなるというか、そんなにかっこいいもののつもりもないので、つい笑ってしまう。

確かに言われて見れば、外套からスーツから黒系ばかりだし、シルクハットにモノクルという出で立ちは物語によくあるスパイそのものである。

だがこれはどちらかといえば魔王がスパイのような格好をしているのではなく、スパイの方が人間の貴族階級の男性を真似ているからである。

物語の中のスパイも魔王も人間の紳士を意識してこのような格好をしている為、丸被りなのだ。

「まあ、旦那様の外見に関しては、誰に聞いても多分『渋くて素敵な紳士の方』といった感じに収まるのではないでしょうか?」

「そうかね? まあ、それなら安心できるが」

そういった落ち着いた評価なら、とりあえずは受け入れられる。

自分の思っているイメージと異なるイメージが周囲に刷り込まれるのは、できれば魔王としては避けたかったのだが、どうやらその必要もないらしい。

「しかし遅いな。もう時間だというのに……何をしてるんだか」

三度、懐中時計を眺める。アリスと話している内に約束の時刻を十五分も過ぎていた。

さりげなく時刻に妥協しない魔王は、相手の不手際に若干の苛立ちを感じていた。

「おかしいですわね。ラミアさんの言うとおりなら、週一でこの場所でこの時間に落ち合っているはずですのに」

そう、相手が来ないのだ。困ってしまう。

「何か問題が発生したのかもしれんなあ」

「そうですわね」

途方に暮れてしまう。人通りは減らないが、辺りはもう陽が落ちて久しい。

所在無くなり、魔王は再びベンチに腰掛けた。

「ふう、仕方ない。とにかく、来るまで待つとしよう」

どうする事も出来ないのだ。魔王は、相手が来るまでの間、のんびり過ごす腹積もりを決めた。



 それから一時間後。

しん、と冷え始めてきた公園は、流石に人気も減り、いつまでもこない相手を街続ける二人を残し、静まり返っていた。

魔王もアリスも、特に何かを語らうでもなく、ただただぼんやりと、その場に座っていたのだが。

「あ、あの……」

人気のなくなったのを見計らったかのように、コートを羽織った濃い茶髪の若い娘が、二人に話しかけてきた。

「――君は?」

「あの、大臣様からの遣いで来たのですが……その、ご友人のアルド公爵様、ですか?」

「いかにも。そうか、大臣は来れないのか……」

待ちかねた相手とは違う、若い娘が一人。それが、先方の現状を報せるメッセンジャーらしかった。

「申し訳ございません。大臣様は城内にて起きた急時により、お城から出る訳には行かなくなりまして……」

心底申し訳なさそうに、スカートの端をキュッと握りながら、深々と頭を下げる。

「なるほどねぇ。まあ、そういうことなら仕方ないが」

佇まいの丁寧さから、恐らく出自の確かな侍女だったのだろうと思うが、大臣から直接に話を聞けないのは残念であると、魔王は小さくため息をつき、立ち上がる。

「あの、それでですね。大臣様から、こちらを渡して欲しい、と、頼まれたのですが――」

話はわかったとばかりにそのまま立ち去ろうとした魔王たちであったが、娘は言葉を続ける。

「む……手紙?」

「はい。大臣様より預かりました。どうぞ」

コートの下にちらりと見えたエプロンドレス。

そのポケットから取り出されたらしい白地の手紙を差し出され、魔王は受け取る。

きっちりと蝋で封かんされ、盗み見られていない事も確認できた。

「ふむ……そうか。では部屋で読むとしよう。大臣には、よろしくと伝えておいてくれたまえ」

「かしこまりました。では、私はこれにて」

「うむ。治安の良い街中とはいえ夜道だ。アリスちゃん、送ってあげなさい」

「はい」

まだ歳若い娘である。一人で帰らせるのは忍びない。

それとは別の思惑もあったが、とにかく魔王はアリスに送らせることにした。

「ありがとうございます。それでは」

最後にもう一度ぺこりと頭を下げ、彼女はアリスと二人、去っていく。

渡された手紙の封を解かず、ひとしきり眺めると、魔王はそれを無造作にポケットにしまいこみ、またベンチに一人、腰掛けた。


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