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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#2-1.帝都に潜む闇1

 収穫祭に賑わうアプリコットの街。

その中で、目立たぬよう窺うよう歩く金髪の娘が一人。

装いこそアプリコットならどこにでもいるような垢抜けた都会娘であったが、一つだけ、右耳にのみ飾られた真紅のピアスが、他にない個性を光らせていた。

ちらちらと祭に浮かれる市民らを眺めながら、小さくため息。呆れ顔で苦笑する。

「やれやれ、戦争の最中だというのに、街中のこの平和さは何なのでしょうか。戦地で戦った身としては、正直真面目に戦ってるのがバカらしくなる浮かれっぷりですわぁ」

やってられない、と言った感じで、その娘――ロザリーは小さく愚痴る。


 一時期、南部では魔族が中枢たるエルフィルシアにまで侵攻してきたこともあるほどで、実質全地域が戦域ないし危険地域に類している。

後方などどこにもない、というのが事実で、いつ都市部にヴァンパイアの群れが襲い来るかも解からない状況。

これに対抗できる戦力であるゴーレムの配備は進んでいるが、それでも辺境の村々は襲われれば滅びるだけであり、全ての地域をカバーする事は不可能に等しい。

南部の生き残った諸国も、宗主たる教会組織の許しを得て棄民政策を繰り返しており、国そのものの国力も細るばかりである。

そうでもしなければ生き残れない。なんとも厳しい世界が南部には今も広がっている。


 それと比べて、この目の前に広がっている光景のなんと平和な事か。

魔族に攻撃を受けるかもしれないなどと微塵も思っていない市民たち。

祭だからと昼間から酒を浴びるほど飲む男など、南部にどれほどいるだろうか。

混沌と絶望に満ちた南部生まれのロザリーにとって、この平和さは、むしろ苛立ちを感じさせるものであった。

こんなに好き勝手できる中央諸国が憎い。その豊かさが憎い。何もせず平和を享受できるその甘さが憎い。すべてが憎い。

滅ぼしてしまいたくなる。自然、市民を見るロザリーの眼は、憎しみに彩られていく。

「……おっと、いけないいけない。私とした事が」

しかし、憎悪がある点まで沸きあがった辺りで、ロザリーはふと我に返り、そんな自分を戒めるように頭を振る。

今はそんな事を考えている場合ではない、と。冷静になり、また街を歩く。

目的地は街外れにあるのだ。祭でどの道を通っても人が多いのがロザリーにとってはしんどいのだが、同時にカムフラージュにもなっていた。

収穫祭の時期は、外国人観光客もいつも以上に多い。

茶系の髪色が主な帝国人の中に、ロザリーの鮮やかな金髪は目立つが、今の時期ならば街中を歩いていても何ら不思議はない。

観光などと浮かれた気持ちにはなれないが、観光客の群れに紛れる事によって、スムーズに目的地に近づく事ができるのも事実であった。


 こうして目的の街外れ、かつて教会が建っていた跡地の公園に到着する。

観光地としては何の魅力もない地域で、街はずれな為人もほとんど通らない。

かつてはアプリコットにおける信仰の拠点とされていた場所であったが、今は見る影もなかった。

「……忌々しいですわ」

ぽつり、一人ごちるロザリー。

その眼には何の色も宿っていなかった。

(建国期からこの街を指導していたこの場所を、こんなつまらない公園にしてしまうだなんて)

公園は、なんとも味気ないものであった。

街の中心部にあるような巨大な国立公園などではなく、ベンチがいくつかあって、ゴミくずを入れる籠が一つ置かれているだけ。

後はどこにでもあるような花がいくらか植えられているだけ。雑草も伸び放題。

できてからそんなに年数が経っていないだろうに、明らかに放置されている有様であった。

(はあ。信仰のなんと儚い事やら。この国に限らないでしょうけど、平和ボケした後方の国々の民にとって、宗教なんてどうでも良いことなのでしょうね、きっと……)

その有様には、ため息しか出ない。

ロザリーはこの街にきてからずっとため息ばかりだが、正直、疲れてしまっていた。


「あ、あの……」

そんなロザリーにかけられた声。

振り向くと、公園の入り口に濃い蒼のコートを羽織った茶髪の若い男が一人。

ロザリーと同じようで、右耳に緑のイヤリングをつけていた。

それを見て、ロザリーは眼を細める。

「『よろしければ、私と紅茶でもいかがですか?』」

男が、らしくもなく軽い口調で誘いをかける。

「『そこのお店に美味しいチーズケーキはあるのかしら?』」

ロザリーも、男の口調に内心吹き出しそうになりながらも、首を斜めに可愛らしく微笑む。

「『もちろん。相性抜群のベリーソースもあります。いかがですか?』」

最後までぴったり。一言一句誤り無く、男は答える。

そこで、ロザリーは男に近寄り、スカートの隅をつまんで会釈した。

「貴方が『チャールズ』ですか?」

「はい。初めまして。『シャルロッテ』さん」

ロザリーより頭二つ分はあろうかという巨漢であったが、恭しげに腰を曲げ、礼を取る。

「初めましてチャールズ。とりあえずお話はお茶をしながらでよろしいかしら?」

ロザリーも上品に微笑むが、すぐに直り、話を進める。

「そうですね。この先に良いティーショップがありますので、そちらで」

爽やかに笑いながら、チャールズは先導するように歩き出す。

それに沿うように歩くロザリーは、躊躇いもなくチャールズの腕に抱きついた。

「……!? あの」

「気になさらずに。カップルという風を装った方が何かと自然ですわ」

街中を見た感じ、自分達くらいの年代の男女なら、祭の中はこのようにして歩いた方が無理がないとロザリーは分析する。

「なんなら、キスでもしますか? 一度してしまえば、それらしい雰囲気も出ますわよ?」

見上げながら、小悪魔のように微笑む。

美しいロザリーの上目遣いに、チャールズは思わず喉を鳴らしてしまった。

「い、いや……」

しかし、チャールズはそれには乗らず、そっぽを向く。心なし先ほどより早足になるのだが、ロザリーはそれでも問題なくついていけた。

「ふふっ、中央の殿方は純情ですのね。安心できていいですわぁ」

ロザリーもそれ自体は悪く思わないのか、先ほどとは違い、年相応に笑っていた。


「着きました。ここです」

チャールズが案内したのは、街の中央に近い位置にある古びたティーショップ。

今流行りの店でもなく、観光客向けでもなく、シックな落ち着ける佇まいの店であった。

「ふぅん。意外と渋い趣味ですのねぇ」

「こうした場所のほうが落ち着けると思いまして」

「結構ですわ」

あまりちゃらちゃらしたのが好きではないロザリーにとって、これは好印象であった。

もっとも、これからする話は二人きりの甘い恋の語り合いでもなく、あくまで職務に関する事なのだが。


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