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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#1-3.心理戦

 魔王城・玉座の間にて。

魔王は、ラミアより、近々予定していた人間側との会談に関して、報告を受けていた。

「会談の内容、決まったのかね?」

「はい。こちらになりますわ」

手に持ったファイルから、書類を一枚。魔王はそれを受け取り、軽く目を通す。

「まず第一に、我が軍が中央諸国から手を引くこと、これを先に伝えようと思います」

「ほう。思い切ったね」

まず真っ先にこちらの要求を通す事から始まると思っていた魔王だが、ラミアの説明、そして書類の文面を見て、唸ってしまう。

「こうする事により、相手は目先に餌がある事に安堵するでしょうから」

「だが、同時に『何を要求されるのか』という警戒も強まるぞ?」

ラミアの手は、ある面では有効ではあっても、別の側面から見れば悪手ともなりうる手であった。

魔王はそこが気になるが、ラミアは笑う。

「好都合ですわ。本来話し合うべき部分に興味を持たせられます。餌ばかり気になって話が進まないでは困りますから」

お腹を空かせた犬か猫。これがラミアの想定のモデルなのだろうか。

そう考えると、確かに餌は目の前にあったほうが、もらえるかどうか心配で仕方なくなる事は減るだろうから、その分だけ話は進み易くなるかもしれない。

「陛下は、まず人間に我々が何なのか、という根本的な部分を理解させたいのですよね?」

「そうだ。私達は、あまりにも互いを知らなすぎる。そのわずかな違いを理解できさえすれば避けられた戦いもあったかもしれん。それ位に、互いの種族に対する無知は、罪なものだと私は思う」

自分の目的をきちんと理解できているこの腹心に、魔王は機嫌よくにかりと笑って見せた。



 今回の件は、別にこの一手で人間との戦争をやめるだとか、世界の構図を変えてしまおうだとかいう大それたものではない。

一時的な停戦。それに伴う交互の技術供与。接点は互いの利益になりうる部分から始める。

種族同士での関わりはそれがある程度成熟した後でも良い。事は慎重に運ばなければいけない。

戦争は終わるようにならなくてはいけないが、段階を踏まずに突然終わられても困るのだ。

それはフラストレーションを内部に溜め込む危険な因子になりかねない。

戦争はまだ続く。だが、両者の接点は続き、それにより互いの理解が深まっていく。


 魔族と人間との対立は、互いに対する不理解から起きたものだと魔王は考える。

魔族は人間を害虫か何かとしか見ていない者が多いし、人間は魔族を心無い侵略者として考える者が多い。

互いに互いをもっとも近い、心ある生物だと考えていないから、相手を殺しても何の罪悪感も湧かない。

虫けら一匹殺すのに罪悪を覚える者は少ない。そして、虫けらを潰すのは存外楽しいものである。これが戦争を助長させる。

争いが終わらないのは、世界による調整が一番大きい。

だが、仮にソレがなくなったとしても、争いはその世界に住まう住民自身の不理解によって延々繰り返される事になる。

わずかでも、少しでも相手を理解しなければならない。

人間の多くが知らないであろう『政治をする魔族』がいる事を、人間に気付かせる。それが今回の会談の第一の目的であった。



「……やはり、悪魔王を投入したのは失敗だったか」

「はい。盛大に怯えられましたわ。おかげで私やアルルを見ても無反応でしたけど」

書類の下のほうに書かれた模擬会談の結果報告。

やはりというか、ヤギ頭はインパクトが強すぎて、参加者のショコラ要人らは絶叫を上げ逃げ回ろうとしたらしい。

魔族の外見は人間視点では怖い、というのも、なんとかしなくてはいけない問題点であった。

「妖精族や亜人相手ならそこまで怯えないところを見ると、ある程度抑え目の外見ならそこまで怯える事もないのでしょうが……」

「会談に際して、参加者を選ばなくてはいかんな……」

「はい、少なくとも私は無理そうですわ。貴人であろうと、ひと目見ただけで騒がれそうですから――」

困ったものです、と、大きなため息。

ラミアとしても、自分の容姿を怯えられるのはいささかショックであるらしく、相応に傷ついているらしかった。

「外見的に問題ないのは、軍部ならウィッチや魔女族、文官ならがんばってもアルルまででしょうか……人型というのは最低限の条件として、後はどこまで人外っぽくないかが肝要かと」

「黒竜姫はどうかね?」

「ああ、あの娘はダメですわ。賢すぎるから多分、相手の機嫌とか度外視して理詰めで追い詰めてしまいますわ」

相手を省みない一方的な取引の場では才腕を発揮できるかもしれないが、これをできるだけ穏やかな場にしたい場合、黒竜姫は選択肢として有り得ないらしい。

「うーむ……会談に出すのは、私とアルル、後は軍部から一人、君の代役として回すとして……三人だけになってしまうかもしれんか……」

向こうも相応にその分野に精通した要員を回す事を考えると、相手側に出向くこちらが少数というのはいささか不利な気もしてしまう。

魔王は考えを巡らせた。もし他に入れるなら、誰を会談の場に連れて行くべきなのか、と。



「それで、私を……?」

「うむ。勝手なようで悪いが、君にも役立ってもらう事にした」

こうして魔王が訪れたのは、エルフの集落に囲まれた捕虜たちの集落。その奥にあった教会であった。

捕虜たちの教祖・エレナは魔王に対応し、その来訪の理由を聞いて眉をひそめていた。

「私がここに来てからもう何年になりますか……最早、外界は私の知るソレとは全く違うものとなっているのでは……」

「なっているだろうね。だからこそ、君に頼みたい」

魔王は、かつてエルフィルシアで司教をしていたというエレナに、一株の期待を抱いていた。

彼女ならば、ここの暮らしを正しい形で人間達に示してくれるかもしれない、と。

「私達魔族の口から捕虜のことを話しても、おそらく彼らには警戒されるだけな上に、正しく伝わらないと思うのだ」

「中央、それも大帝国は、女神への信仰を閉ざして久しいと聞いております。私の存在は、むしろアレルギーを誘発させるだけでは?」

エレナの懸念は大帝国の宗教アレルギーであった。

一時期の宗教と名の付くものを片っ端から排斥し、寄せ付けようとしなかった大帝国を知っていた為、自分の話など聞こうとしないのではないか、むしろ警戒するだけではないか、と考えたのだ。

「それに、私自身、裏切り者と思われるリスクが高いですわ」

「人類の裏切り者となる勇気は、君にはないかね?」

「おやめください。私は今はただの宗教家。ここで暮らす迷える者達のマザーなのです」

魔王の期待に応える事は叶わない。エレナは毅然とした態度でそう告げていた。

「ならばこそだ。捕虜となった者達がどのように生活しているのか。そして、我々魔族が君たちに対しどのような扱いをしているのか。それをステレオタイプではなく、そこに暮らす者の代表として、きちんと伝えて欲しいのだ」

魔王は食い下がる。エレナの反発位初めからわかりきったことであった。

だが、それでも尚、エレナを登用する事には強いメリットがある。


 同じ人間。それも政治陣とも関わりの深かった教会の幹部である。

確かに彼女の事を人類の裏切り者と思う者もいるかもしれないが、こと会談の場において、『捕虜となり、生きた人間の証言』は、その場にいる彼らに対しての緩衝材に成りえるのではないか。

場の雰囲気をわずかでも緩ませられればそれでいい。

一度でも理解を得られればそれが前例になる。

前例の無いことだからこそ、魔王はあらゆる手を尽くそうと考えていた。

「君にとっては甚だ迷惑な事かもしれない。だが、君がそうすることによって、中央諸国は窮地から脱する事が出来る」

「関係のない話ですわ」

あくまで捕虜たちの教祖でいようとするエレナ。彼女もここにきて大分変わっていた。

最早彼女は人間達の世界で権力闘争に明け暮れる教会の使徒ではない。

日々を安穏の中埋め、人々の尊い信仰を導く聖者である。

だからこそ、エレナは魔王の言葉を嫌う。穢れきった人の世など、最早彼女には興味も無いのだ。

「南部諸国は、未だ力を保ち続けている。君たち良識派の努力など、最早忘れられて久しい」

「……デフの好きなようになっているのでしょうね。あの腐信者達の思うように」

だが、そんな彼女にも、わずかばかりの未練が残っているらしかった。

唐突に話題を変えた魔王に、エレナは否応なしに揺さぶられてしまう。

「一部はな。まだ、わずかに抵抗する動きも残っているようだが。ただ、それも風前の灯だ」

魔王はいやらしい話を続ける。エレナの耳がぴくりと動いたのを見逃していない。

「反主流派勢力は、まだ残っている。いずれも君を旗頭にし、勢力を巻き返そうと潜伏しているらしい」

「まだ、デフに屈していない人達が……?」

「デフ大司教な……私は見たことはないが、中々に狡猾な男のようだ。放置しておけば、その反抗勢力も時間の問題となるだろうな」

魔王はにたりと笑った。

普段彼が余り見せない、魔族の王らしい表情である。

エレナは背筋がぞくりと冷えるのを感じていた。

「私は、彼らがどうなろうと知った事ではない。だが、中央部の勢力が安定すれば、相応に南部は追い詰められ、反主流派も盛り返し易くなる」

「……なんて卑怯な方」

「恨んでくれて良いよ? 私は別に、人に敬われるような聖人君子じゃない。むしろ、自分では目的の為なら何でもする、実に魔族らしい魔族だと思っているよ」

皮肉げに口元を歪めながら、エレナの精一杯の皮肉を受け流す。

「私はねエレナ。君は、きっと私の手伝いをしてくれるんじゃないかと思っていた。その時は漠然とだが、後々の役に立つと思っていたんだろうね。だから、今までこの集落に置いていた」

「卑怯だわ。貴方は、私が逆らえないのを知っている。卑怯だわ!」

悔しげに、思わず声を大にしてしまうエレナに、魔王は確信を得た。

この話は、もう決まりだ、と。

「後日、詳細な予定をそちらに送る。その後、遣いをよこすので、それまでに支度と覚悟を整えておくと良い。一月後位を目安に、その辺りに会談を開く。事前の打ち合わせもするので、その際には君にも魔王城にきてもらう事になる」

両手の平を強く握り締め、ぐっとこらえるようにうつむき、魔王の言葉を聞くエレナ。

魔王は彼女をよそに、立ち上がり、そのまま去っていった。

エレナの了承など初めから求めていないとでも言わんばかりに、暴君そのままに。


(逆らえない……あの方は、全て予定に組み込んだ上で行動してるんだわ。私の反応や、何を言うのかを予め知った上で。断れない材料を山積みにした上で、結果も解った上で、敢えて私の反応を見て楽しんでるのよ、きっと……)


 震えていたのは魔王の鋭さ。先見の明。

そして何より、相手の心を揺さぶる心理戦の強さに完膚なきまでに敗北感を思い知らされたから。

宗教家とは、人心を読み、掴み、操る事に特化した人間である。

その宗教家たる自分が、人心のエキスパートたる自分が、あの魔王の前ではいいように弄ばれたのだ。

感情を揺さぶられ、わずかな隙を突いて的確にこちらの弱みを抉る。

商人か詐欺師にでもなった方が向いてるんじゃないかという位に、その話術はとても自然な流れで展開されていったのだ。

気がつけば逃れられない。

あの魔王の真に恐ろしい部分は、力などではなく、その口の上手さなのではないかとエレナは思ってしまった。

思えば、自分が集落の教祖となったのも、魔王がそのように仕向けたからに過ぎない。

そうであるならば、自分は、魔王の目に留まった時点で、もうその時からこうなる事が運命付けられていたのかもしれない。

逆らえる訳が無い。抗える訳がない。そこはもう、魔王の掌の上だったのだから。

そう考えればこそ、エレナは、自分の無力感を感じずにはいられなかったのだ。


 森の中の小さな教会。

エレナは、シン、と静まったそこで、しばし己の弱さにうなだれたままになっていた。


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