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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
7章 女王
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#1-1.政戦の始まり

 秋も深まりつつあり、各地では例年通りの豊穣を喜び収穫祭が催されていた。

アプリコット周辺地域においては特産品のリンゴが通常のものより時期遅れで収穫される事もあり、この収穫祭も一際華やかなものとなっている。

アプリコットで催される収穫祭では、地方集落の物販も盛んに行われており、市場通りでは普段中々お目にかかれない地方の特産品がキャラバンや個人の行商等によって所狭しと並べられていた。

これらを目当てに主婦や珍しい物好きな年寄りなどが通りに押し寄せ、街は平時にはない熱気を帯びていた。


 また、都会暮らしの若い娘にとっては、収穫祭は普段中々手に入らない地方の織物など、服飾に良い品が安価で出回る一大イベントでもあった。

特にアプリコットで人気なのはウールや厚手の木綿。

間も無く冬も到来という時期なので、普段着だけでなく、冬用の祭事衣装の素材として役立つこれらの品は飛ぶように売れる。

祭事に着飾って自分の魅力を周囲に知らしめれば、それだけパートナーが見つけられるチャンスは増えるのだから、素材を選ぶ娘たちの眼は真剣そのものだ。

普段饒舌な商人たちも、ここでは余計な事は言わず、娘達が見たいようにさせている。

もちろんそうやって品定めをする娘達も、収穫祭の場では各々華やかに着飾っているのだが、昼の間はあまりその辺アピールしない。買い物がメインである。

彼女たちのアピールタイムは夕方から夜。

祭の日に早く帰る娘は婚期を逃すと言われているので、年頃になれば結婚したい娘はできるだけ遅くまで祭を楽しもうとする。

都会はライバルも多く、華やかに見えてもパイの奪い合いは相応に激しいものとなる。良い男は早い者勝ちだ。

祭とは、若い娘たちにとっての主戦場であった。


 対して、男達はというと、商人でもなければ祭ではただ浮かれて騒ぎ飲み食いするのが主で、このような時に働く者はあまりいない。

気に入った娘に声をかけて回る中年男もいれば、照れくさがってあまり女を口説こうとしない若い男もいる。

彼らにとっては祭とは気晴らしの時間であり、良い女と楽しいひと時を過ごせるチャンスでもあるのだが、若いとどうしても恥じらいが強いのだ。

美味い料理も存分に振舞われるし、田舎の変わった食べ物や酒に舌鼓を打つ者も多い。


 顔なじみの商人と話し込んでしまう老人。

逞しい羊飼いと恋に落ちてしまう若い娘。

気に入った相手を見つけたのに、いつまでも話せずにいる青年。

年季の入った二人組が酒の飲み比べで同時にダウンしたり、それを見て賭けていた客が爆笑したり。

都会の祭にはさまざまな顔があり、皆がみんな、笑っていた。



 活気に沸くアプリコットの街。

それとは裏腹に、皇帝のおわす城内では、今日も深刻な様子の要人らが終わらない会議を続けていた。

「やはり、内容はともかくとしても、一度は魔族と話をすべきではないでしょうか? 今のままでは、我々は魔王軍に飲み込まれてしまいます」

先代の頃から仕える大臣は、会談賛成派の筆頭であった。

彼らは、中央に浸透する魔族の脅威、そして、国内の不安材料の多さも考慮し、一時なりとも時が稼げる方法として、会談を推進すべきだと考えていた。

「いいや、そんな事は認められません。我々は今も戦争状態なのです。向こうが一方的に突きつけた話など、即座に蹴るべきではないでしょうか!?」

これに対して、軍部をまとめる将軍らが断固反対を唱える。

相手は魔族である。何を考えているのかも解からない。信用成らない。

そんな相手と会談などという危険を冒す位なら、今の隙に魔王軍を排除する為の戦力を整えるべき、策を講ずるべき、という意見でこちらはまとまっている。

「……双方の意見は解る。どちらも国を思っての事、現状から考えて、決して間違った判断ではないとは私も思う」

議長としてそれを中央で聞くは、皇帝シフォン。そして、その傍には勇者リットルの姿もあった。

「だが考えてみて欲しい、我々を皆殺しにするだけなら、あのクーデターの際に放っておくだけで、それは成し遂げられたのだ」

「クーデターそのものが奴らの自演である可能性も考えられます!!」

皇帝の意見に、若い将軍が声を荒げる。

騒然とする議場。そんな中、リットルが手を挙げ席を立つと、場がわずかに静まった。

「仮にそれが自演だとしたら、そうまでして俺たちと話し合いたい『何か』が連中にあるって考えられないか?」

「そ、それは……」

恐らく勢いだけで言ってしまったのだろう。

リットルの言葉に明確な反論も挙げられず、そのまま所在無く椅子に座りなおす。

「それに、ここにいる全員が承知だと思うが、今魔王軍と戦争を再開したら、この国は南部と魔王軍、双方からの挟み撃ちにされる可能性もあるんだ」

まず、これがどうしようもない事実として直面していた。


 地理的に、魔王軍は大帝国の西部地域以外の全方面を包囲しつつある。

中央部北側は、旧ベネクト三国のアルゼヘイムとエルゲンスタインが未だ魔王軍の手に陥ちたままであり、ほぼ無傷のまま陥落した為に拠点としての能力も残したままであった。

ベネクト三国最大の都市であったベルクハイデ、そして距離的に近いヘレナは奪還できたものの、東側の要衝クノーヘン要塞、そしてティティ湖付近の水源地帯も魔王軍の手の中。

更に南側は南部諸国連合による二度目の侵攻の際にどさくさ紛れに魔王軍が制圧し、水没した村落ともども国境地域の一部が奪い取られたままであった。

西部に関わる道とサフラン、あるいはベルクハイデ経由の北部ルートは生きているものの、仮に魔王軍による進撃が再開されれば、これの遮断の為動くのは火を見るより明らかである。

この状況下で、更に魔王軍に侵攻されていない西側地域すら、南部諸国連合によって攻撃を受ける可能性があった。

大帝国に限らず、中央部は、世界から孤立しつつあるのだ。


 リットルの指摘に、一堂静まり返ってしまった。

痛々しいまでの現実。彼らは話し合ってはいたが、結論は既に現実が示しているのだ。選択肢等初めから存在しない。

「……勇者殿の仰る事は解っているつもりです。ですが、我々はずっと殺しあってきたのですよ? 今更……今更奴らと話し合って、何になるというのですか? 理性で理解できても、感情がそれを許せない。そういう方も多いのではないですか?」

だからこんなものに意味はなく、彼らはただ、自分たちの理性の為に、こんな事を繰り返していたに過ぎなかった。

「そりゃ、俺だって思うところはあるさ。自分の国が滅んだんだ。親しい奴だって囚われの身になってるかもしれない。気になって仕方ない。敵が憎いっていうのは同じ戦場に出てる俺だって感じてる。奴ら、沢山仲間や部下や上司を殺したんだからな」

あくまで食い下がろうとする若い将軍の言葉に、偉そうに腕を組みながら、偉丈夫はうんうん、と、大げさに頷いてみせる。

「でも、俺たちは何の為に戦ってきたんだ? 殺しあう為か? 復讐の為って奴もいるかもしれんが、故郷に残してきた家族の為だとか、国の為だとか、平和の為に戦ってた奴だっていたよな?」

確認を取るように議場を見渡す。将軍らは、これに頷かざるを得なかった。

彼らは、誰よりも戦場を知っている、兵たちを知っている者達なのだ。

自分の下に付き戦う兵士達が、誰の為に、何の為に戦っているのか。

それを知らないはずが無い。知っているからこそ、リットルの言葉を否定できなかった。

「会談の先に何があるのか、こんなのは誰にも解らん。ただ、少なくとも会談をせず戦争を続けたら、俺たちはその大前提を無視して、戦争の為に戦争をするようになっちまう」

そんなのは本末転倒だよな、と、にかりと笑い、リットルは着席した。

議場は、しばし沈黙に支配される。

ただ、静かに参加者らが顔を見合わせ、困ったように考え込みながら、時間のみが経過していった。


「失礼します」

場の重苦しい沈黙を破ったのは、議場に座るいずれかでもなく、外からの声であった。

「何用か? 今は大事な会議の最中だ。早急に申せ」

あわただしい様子で突然議場に入ってきた文官に、大臣はただならぬものを感じ、静かに問う。

「はっ、申し上げます。ガトー王国のキャロブ国王が、極秘でアプリコット入りしたとの報告が……」

「なんだと!?」

場は再び騒然となる。突然の他国の王族の訪問。あるいは外遊。このような事は前代未聞であった。

「大臣よ、ガトー王国から何か明確な情報は?」

シフォン自身驚いてはいたが、今は状況の把握が重要とし、務めて冷静に考えようとしていた。

「は、いえ。ガトー王国からは何も……まして国王自らアプリコットに出向く等、外交ルート上、こちらは一切の打診も受けておりません」

「アポなしで来るほどの何かが起きたという事か……? それにしても、ラムクーヘンと友好国たるわが国に訪れるなど……」

尋常な事態ではない。ガトーは大帝国の同盟国ラムクーヘンと険悪な状況にある。

同盟国たる大帝国も同様で、何よりラムクーヘンの独立を助けたのがここなのだから、ガトー側としても大帝国に対する感情はよくないはずである。

いわば敵国に国王が単身訪れるようなもので、これでは誰であってもその『裏』を考えてしまうのも無理からぬ話であった。

「キャロブ国王は今どちらに?」

「現在は街中に宿を取っているようですが……護衛の数も少なく、また、疲労している様子な為、旅疲れを癒すつもりなのかもしれません」

「使者を送れ。何用でこちらに出向いたのか、その用件を問うのだ」

とにもかくにも、その事情を問わずには状況が飲み込めない。

皇帝シフォンは、早急に指示を下し、席を立つ。

「場合によっては今夜にもキャロブ国王と会談を開く事になるかもしれん。各自、会議は一旦打ち切りとする。所定の持ち場に戻り、今後に備えるように」

「はっ」

「かしこまりました」

「大変な事になってしまったわい……」

「どうなってしまうんだ……?」

一堂、皇帝の言葉に席を立ち、礼するも、その後はともかくあわただしく、ざわめきながらの退室であった。

人の減った議場で、皇帝は傍らに立ち控えるリットルに向き直る。

「これはどう思う? 経験豊富な勇者殿の見解を聞かせてもらいたい」

「そうですねぇ……」

あご髭を右手で弄りながら、リットルはわずかばかり考える素振りを見せ、また姿勢を正す。

「ラムクーヘンが、何かしようとしてるのかもしれません。それも、どちらかといえばガトー……それに、こちらにとってもよくない事を」

「我々にも内密で、か?」

「恐らくは。ラムクーヘンの国王ババリアは狡猾な指導者です。政治的に拮抗していた先帝が亡くなられたのを機に、何かよからぬことを考えている可能性もあります」

ラムクーヘンは友好国。そういった考えは危険かもしれないと、リットルは恐れも無く伝えていた。

「先代の頃は互いに互いの国を訪れ、友好的な関係を築いていたはずだが……国と国の関係とは、そう単純にはいかぬものな……」

「おっしゃる通りです。ショコラとて、外面ではこちらと友好国だったのにアレですからね。油断召されぬ方がよろしいかと」

しかし、である。そう考えると、シフォンの頭の中には懸念がいくつか浮かんでしまうのだ。

不安は顔に出ていたのか、リットルに苦笑されてしまう。

「陛下、ラムに送った妹君……それからエリーシャ皇太后が心配になってきたようですな」

「む……ああ。安全の為にとサバラン王子の言葉のままラムに送ってしまったが、貴方の意見を聞くとどうにも……不安になってしまってな」

ごたごたで城内が騒がしくなったゆえ気にする暇も無かったが、到着を報せる手紙一つこないのは、そう考えるとかなりよろしくない。

特にトルテには前例もある為、心配は余計に増してしまった。

「まあ、皇太后がいらっしゃるから、タルト皇女は無事だと思いますがね」

「うむ……エリーシャ殿がいるなら問題ない、とは私も思うが……」

ともあれ、本当の意味でどういう事情でガトーの国王が来訪したのか、それを把握しない事には、それらはただの妄想に過ぎない。

それらの心配がただの杞憂で、単に手紙が何かの事情で遅れているだけかもしれないのだから。

「とにかく、部屋に戻ろう。最近、会議や謁見の最中でも妻の事が気になってしまってな、どうもいかん」

難しい話は終わりにして、シフォンは小さく息を吐きながら、そんな事をぽそりと呟いた。

「ははは、初めてのお子様なのですから、それ位は仕方ありません。人の子である証拠ですよ」

茶髪の偉丈夫は、豪快に笑いながら頭をぼりぼりと掻いていた。


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