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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#8-2.黒と白の姫君

「なんか今日は賑やかねぇ」

いつものようにお忍びで魔王に会いに来たつもりだった黒竜姫は、シルベスタの非日常な賑わいに驚いていた。


 色んな種族が中々に良い笑顔で歩いており、雰囲気も悪くない。

元々今代の魔王と知り合うまでは城から出る事がほとんどなかった黒竜姫は、シルベスタなどというイベントを知る事はなく、今こうして魔族達が集まっているのも何故なのか解っていない。

だが、華やかに着飾っている若い娘が多いのを見て、ちゃんと服装に気を遣っている自分に少しだけ安心していた。

「おひい様、今月はシルベスタの期間中ですわ」

黒竜姫の傍に控える青竜族の侍女が、目の前の事情を説明する。

「シルベスタねぇ、よく知らないけど、何をやるの?」

あまりその単語自体には興味は湧かないらしく、じーっと、集まるほかの種族の娘ばかり見ながら適当に問う。

「シルベスタは、四天王の方々がする会議と、それに伴う直属の配下の魔族によって開かれるお祭のようなものですわ」

「ふぅん。それで色んなのが居るのね」

こういうのも中々新鮮ね、と、少しだけ納得したように頷く。

「お祭の為、若い娘はパートナーを求めて着飾ったりもするらしいのです」

「だから若い娘が多いのね。つまりアピールタイムな訳か」

ひどく他人事のように呟くが、黒竜姫自身、自分にいくつもの視線が向けられているのはとっくに気づいていた。

「ですのでおひい様、あまりこのような場にいるのは……」

見た目だけなら間違いなく絶世の美女である黒竜姫は、彼女をそうだと知らない若い男達からの熱い視線に晒されていた。

そういった視線に自分の主が晒される事を危惧しているというよりは、それによって暴れたりして品位を疑われるのを避けたくて、侍女は一刻も早くこの場から退散させようとしていた。

「まあそうね。私の相手は陛下と決まってるのだから、こんな所に長居するつもりもないわ」

黒竜姫の目には魔族の男達の姿など欠片も映っていない。見切れてすらいない。インビジブルである。

娘ばかり見ていたのも、最近の流行だとかの研究の為で、別に素のままの顔のよさなら誰にだって負ける気はしていない。

侍女に言われるまでもなくその場から立ち去ることにした黒竜姫は、振り向いて、魔王が居そうな場所を探す事にした。


――その矢先である。

「きゃっ」

甲高い悲鳴。わずかばかりの衝撃と、どさり、という足元の音で黒竜姫は気づいた。

ちょうど中庭から出て回廊に入ろうとした辺りで、誰かとぶつかったのだ。

「大丈夫ですかおひい様!?」

心配そうに駆け寄る侍女。気が弱いのか顔は真っ青である。

「ちょっと貴方、気をつけなさいよ」

「あ……」

侍女の心配を他所に、倒れた相手に対して、黒竜姫は胸の下で腕を組んで見下す。

それを見上げる相手は、まだ幼さの残る小柄な少女であった。

白と黒のドレス。所々レースの刺繍がなされており、ぱっと見で良家の子女であるのは黒竜姫でも解った。

手を汚さない為か、肘までの長めの白いグローブなどもつけている。

「あの、ごめんなさい。ちょっと余所見をしていました」

銀髪碧眼のその娘は、そう言って謝るも、目の前に立つ黒竜姫を見上げたまま動かない。

「……何よ。そんなに見られたって起こさないわよ」

甘えるな、と、あっさり突き放す。魔王のように優しくはしない。

「いえ、そうじゃなくて。えっと、とりあえず立ちますね」

黒竜姫の顔を見たまま、少女はそっと立ち上がる。

静かにドレスの裾をはたきながら、品良く姿勢を正して、「おまたせしました」と頭を下げた。

「……それで、何よ」

「いえあの、脈絡もなく失礼ですが、どこかでお会いしませんでしたか?」

黒のヘッドドレスの位置を直しながら、少女は考えるようにして黒竜姫に近づく。

「……」

黒竜姫も、言われて気づいたのか、じーっとその顔を見つめる。

「確かに、見覚えがあるわね」

「ああ、やっぱり。でもどこでお会いしたのか解らないのです」

「私もだわ」

嬉しそうにぱーっと明るく笑う少女に対して、黒竜姫はその記憶の出所が解らず怪訝な面持ち。

対照的な表情で相対する二人の乙女は、わずかながらそうして向かい合い、何を話すでもなく互いの顔を見つめていた。

「貴方、名前は?」

先に沈黙を破ったのは黒竜姫である。

「エリザベーチェと申します。リスカレス家の末娘ですわ」

そう名乗りながら、ドレスの端をそっとつまみ、静かに頭を下げる。

「……エリザベーチェ」

覚えのある名前だった。それも極最近聞いた気障ったらしい名前である。

「貴方ね。最近陛下のお傍によくいるっていう、吸血王の娘は」

「吸血王の娘という事でしたら、間違いなく私かと」

エルゼも何かを感じたのか、にこにことした笑顔は既に消えていた。

覚えのある顔だが、それ以上に今は目の前の娘が自分の恋敵になりうる存在だと気づき、黒竜姫の眼は鋭さを増す。

後ろに控える侍女などは、その殺気を感じて途端におろおろし始めるほどである。

「あの、お姉様のお名前は……?」

「……お姉様?」

殺気を放って尚、この娘は全く動じずに、黒竜姫を見上げていた。

黒竜姫の経験上、こんな事は中々ない為、思わずきょとんとしてしまう。毒気が抜かれていくのが解るほどに。

「失礼かもしれませんが、私よりも若い女性は、このお城にはいない者と思っていますので……」

「そうなの? いくつなのよ?」

他人の年齢等さほど興味も湧かないが、なんとなく自分が年増みたいに言われてるのが気になって問う。


「えっと、今年で22歳ですね。やっと20を過ぎました」


「……えっ」

思わず唖然としてしまう。後ろの侍女も同じで、主同様、ぽかーんと口を開けたまま、数秒。

「そんな訳……いや、でも……吸血族ならあるのかしら、そういうのも……」

我に返るも、頭の中に浮かぶのは謎の演算である。解も結も出ない不毛な脳内議論が続く。

本来エルゼくらいの外見年齢の娘というのは200歳だとかその辺りで、大人びて見える種族で150歳くらいが妥当なものである。

普通にありえない光景過ぎて頭を抱えるが、エルゼの種族特性を思い出す。

吸血族、とりわけ吸血王に連なる王族と呼ばれる一族の出の者はその例に限らないらしい。

黒竜姫も知識としては知ってはいたが、流石にそこまで若い娘だとは思いもしなかったので驚かされたのだと自分で納得する。

「えーっと、エリザベーチェだっけ? エリザ――ううん、エルゼね。エルゼでいいわよね。今決めたわ」

「はい、それでいいと――あ、なんだか懐かしいですこの流れ」

自分の目下の仇敵となる予定だった恋敵が、予想以上にお子様だったと知って複雑な気持ちになる黒竜姫。

エルゼは無邪気なもので、黒竜姫に適当にあだ名をつけられたのを喜んでいた。

「……まあ、確かにそんな気はするかしら」

言いながら、自分でもそんな気がしてしまう辺り、「不思議な事もあるものね」、と黒竜姫は思う。

少しだけノスタルジックに触れていた。

「あの、お姉様のお名前……」

よほど知りたいのか、エルゼはニコニコとしながらまた同じ問いを投げかける。

「私の事も知らないでよくこのお城に居られるわね。覚えなさい。私が黒竜姫よ」

「それは知っていますが、それはあだ名なのでしょう?」

そんな事は当然、とでも言わんばかりに、エルゼは質問の本当の解を求める。

「……それが真名でいいわよ。あんな名前、思い出したくもない」

だが黒竜姫は不快なそれを口に出したくなかった。

「ご自分のお名前、嫌いなのですか?」

「大嫌いよ。何より名付け親が――」

言いかけてはっとする。何故そんな事を口走ったのか自分でも解らない、と。

「……?」

不思議そうに見上げるエルゼ。

黙っていても黒竜姫はそれ以上声はあげず、どこか決まりが悪そうにそっぽを向いてしまった。

「あの」

そんなお姉様の態度に違和感を感じたのか、エルゼは控えめに笑顔を作りながら、自分から声をかける。

「お姉様、よろしければ、私の部屋でお茶などしませんか?」

「……私は」

「私、ずっと前からお話ししたかったのです。さあ、こちらですわ」

そっと手を掴み、そのまま引っ張る。

「あっ――」

その手は小さくか弱い。柔らかで壊れそうで。

黒竜姫は、それを壊してしまいたくなくて、引っ張られるままになっていた。


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