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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女
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#10-1.教祖様ホームシックにかかる

 人間世界・アップルランド帝都アプリコットにて。

会議について、魔族側からの具体的な提示がないまま、時間ばかりが流れていた。

夏の終わりに持ち込まれた会談の提案であったが、魔族側の準備が整わないままの事だったのか、それとも別の要因あっての事か、現在も何の音沙汰無く、それが故、城内は落ち着きを取り戻しつつあった。


「ふぅ、山に帰りたいわ」

薄い水色の瞳が、窓から見える街々を色なく見つめる。

紺色の長いワンピース。ストレートの淡い金髪が窓に映る。

一連の騒動に巻き込まれた教主カルバーンは、一人、あてがわれた客室で未だ戻れぬ山を想っていた。

ホームシック、というと子供っぽいが、人間世界での生活の大半は山である。

教主という立場上、必要があれば国々を回る事も辞さないつもりではあったが、北部攻略への出陣以来一度も戻れないでは、心配事も募ってしまう。

 ただでさえ、腹心だったバルバロッサが戦に倒れ、教団の内情に不安があるのだ。

もちろん、カルバーンとてバルバロッサ亡き後、その後釜を考えなかった訳ではない。

バルバロッサ抜きでもある程度頼れる幹部は残してきたので、これが上手くまとめてくれているとは信じているのだが。

それでも、やはり長期間離れていると心配になってしまうのだ。

これも親心というものなんじゃないかと、カルバーンは考えていた。


 一応、アプリコットに留まる旨を同行していた部下に託し、自分が戻れないままでも心配はいらないという事は養父や信徒たちの間に伝わっているはずなのだが、それ以降、カルバーンはディオミスや北部諸国の状況をほとんど把握できないままであった。

パソコンを経由して情報のやりとりができればいいのだが、これも通信網に異常が起きているのか、長期間にわたり繋がらないまま。

カルバーンは、帝都に一人、孤立した形になっていた。

そうは言っても、城内の者はカルバーンを客賓として丁重にもてなしたし、皇后ヘーゼルなどは身重なのにも関わらず時折様子を見に来ては、気晴らしにおしゃべりの相手になってくれたりもするのだが。


(んー……お茶したい、かも)

不意にそんな欲求が湧き、窓から視線を逸らす。

ぐぐっと背伸びをし、脱力。きらびやかな金髪が揺れた。

「中庭にいこう」

ぽそり、呟きながら。カルバーンは思いつきのまま、部屋を後にした。


 シフォン皇帝としても、部外者である彼女をいつまでも城に留め置く事に申し訳なさを感じているのか、城内においては行動の制限などはほとんどなく、割かし自由である。

気が向けば城内をぶらぶら散策したりもできるし、中庭で何かしたりしても誰も怒らない。

勝手知ったるなんとやら。いつしかカルバーンは、すっかりこの城に馴染んでしまっていた。


 そのままのんびり悠々と歩き、中庭へと到着。

庭の手入れをしていた庭師がにこやかに声をかけながら去っていった。

(気を遣わせちゃったかしら)

仕事の邪魔をしてしまったような気がして、ちょっとだけ罪悪感に駆られる。

しかし、教主殿はそんな事は早々にどこかへと追いやって、中庭に置かれた白いティーテーブルへと向かった。

それは二人用の小さなもので、相手のいないカルバーンは、腰掛けてからちょっとだけ寂しくなってしまう。

「……」

そして、待つ。待ったのだ。

「……あれ?」

やがて、お茶がいつまで経っても来ない事に気付く。

「あっ――」

いけない、と、口元を押さえて立ち上がる。

待っていてもお茶は来ない。当たり前だった。

(いつも淹れて貰う側だったから、自分で用意するの忘れてたわ……)

ぼーっとしてた所為だろうか。普段滅多にしないような大ボケをかましてしまっていた。

「……ま、いっか」

ティーセットを持ってくるか、適当にメイドなりを捕まえてお茶の用意をさせればいいだけなのだが、秋の陽射しは事の外柔らかく。

教主殿は面倒くさくなって、そのまま椅子に座りなおしてしまった。

何も置かれていないテーブルに、行儀悪くも肘などをついて。顎を組んだ手の甲に乗せ、機嫌よく目を瞑る。

「ふ――ふふん――は――ん♪」

なんとなしに鼻歌。透き通った美しいそれは、風に乗りどこかへと流れていった。

小鳥がどことなく集まる。餌もないのに、まるで歌声に集ったかのように。

「あら――ふふっ」

色とりどりな小鳥達が乙女のテーブルに集まり、まるで返歌するように鳴き始める。

その可愛らしい様に、カルバーンは思わずにこやか~に微笑んでしまっていた。心癒される、美しい光景だった。


「――綺麗な鼻歌に誘われてみれば、なんともはや、幻想的な光景だな」

ふと、その幻想を打ち壊すような太い男の声が場に響いた。

小鳥たちはすぐに散ってしまい、乙女の意識もテーブルの上から視界の外だった方向へ。

カルバーンの背後に立っていたのは、短い金髪の偉丈夫。中央諸国連合の総司令官たる勇者リットルであった。

「あら、貴方は、確か――リットル殿だったかしら? 勇者の」

立ち上がることはせず、椅子に腰掛けたままそれを見上げる。

「いかにも。北部の教団の教主殿にまで名を知られるとは、俺もようやく世間に認められ始めたってことか」

そして、ただ名前を呼ばれただけで嬉しそうにする勇者殿であった。

「エリーシャやギド将軍以外で中央諸国連合を率いたっていうと、貴方位しか聞かないしね」

「ああ、まあ、そうだろうな」

それもそうだ、と、悪びれもせず頭を掻くリットル。

「それで、何か私に御用かしら? お茶の相手を探しに来た訳じゃなさそうだけど」

さりげなく歌に誘われたかのような事を言いながら現れたが、あんなものはナンパ男の常套句である。

そういう言葉と共に美形の男子でも現れれば、確かに夢見がちな乙女なら心惹かれてしまうかもしれないが、生憎とカルバーンはこの点リアリストであった。

何より、リットルは不細工ではないものの、美男子というよりは厳めしいという言葉のほうが似合う容姿なので、先ほどの台詞も違和感がありありであった。

「いや、まあ、ああ言いながら現れると、年頃の娘とかはきゃーきゃー言ってくれるもんなんだが、な」

だが、そんな厳つい兄貴面の勇者でも、かっこいい台詞と共にさりげなく現れれば心にキてしまう娘はいるらしかった。

「まるで私が年増とでも言いたいように聞こえてしまうわ」

魔族としてはまだまだ乙女と言える年頃の娘だったカルバーンは、リットルの言葉を違う風に捉えてしまっていた。

ザラリと、その薄い水色の瞳で相手の瞳を覗き込む。

「いや悪い。別に皮肉を言うつもりはなかったんだ。ここへは、ちょっと教主殿に聞きたい事があってきた」

「聞きたいこと?」

背筋に寒いものを感じ、手を前に出して弁明を始めたリットルに、カルバーンはやや眼の力を弱め、次の言葉を待った。

「ああ、ショコラの……王族について、何か知ってることはないかと思ってな」

馬鹿げた用事なら呪いでもかけてやろうかと思っていたカルバーンであったが、存外リットルは思いつめているらしく、視線を落としてしまった彼に、一応は真面目に話を聞くことにした。


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