#8-3.進化する勘違い
「ああそれとだ、ラミア。その、ショコラの王女だが」
「ミーシャ王女ですか?」
「うむ、多分それだと思うが……ハーレム要員として呼んだ訳ではないのだよな?」
話は夕方にさかのぼる。
魔王が王女ミーシャと思しき人物と出会ったのは、妖精族の城砦でのことだった。
その王女は何かを色々と勘違いしていたらしいが、魔王的に何より大きな問題だったのは、彼女が自身をハーレム要員として呼ばれたものと認識していたことだ。
「いえ、陛下がお望みでしたら、早速にでも入れますが」
そしてラミアは速攻で勘違いしてくれた。
「望んでない。そうじゃなくて、妖精族の城砦に行った時に偶然会ってな……なぜかそう勘違いしていたのだ。『魔王のハーレムに入れられてしまう』とか、悲壮感全開で」
「なんとまあ。ショコラの王族としては確かに悪くない顔でしたが、あの程度の美形で陛下のハーレム要員だなんて、随分とおこがましいというか……」
散々な言いようだが、魔王的にも、確かに安心できる、『普通』という表現の似合う娘だったと印象づいている。
ある意味中々居ないタイプと言うか、個性のないのが個性のような王女だという認識である。
「長時間一緒にいるなら、あれくらいの娘の方が気楽でいいんだがね」
魔王としては、絶世の美女だとか思わず目を惹く美少女だとかばかり見ていた為にミーシャに対して美しいという感想こそ抱きにくいが、ある意味一番気楽に付き合えそうな気もするから不思議である。
実際に話してみた感じも普通の年頃の娘と違いがない。
「やっぱりハーレムに入れますか?」
「いや、だから違うんだって」
そういう話をしたい訳じゃないのだが、ラミアのペースに呑まれそうになる。
見るとラミアはいつの間にか眼鏡を取り出し、偉そうにふちをクイっとずりあげていた。
「そうじゃなくてだな、ラミアよ。もしかして、人間の間では私はその『美しい娘を見境なくハーレムに入れる色情狂』とかなんとか、そんな風に見られてたりしないか、と心配になったのだ」
ラミアが事前に打診した訳でもなくミーシャがそれを考えたという事は、そのような印象が世界的に広まっている可能性がある、という事である。魔王はこれを懸念していた。
「まあ、実際問題、ハーレムは存在しますし……後、代々、とまでは言いませんが、魔王が人間の娘を狩り集めて手篭めにしていた事もありましたから、人間がそれを想像するのもあながち不思議では――」
「本当に魔王って奴はろくなことをしないな」
あくまで自分の悪評としてそうなっていたわけではなく、過去の魔王たちの悪行の末こうなったのでは、というのがラミアの意見であった。
魔王はため息が止まらない。
「私のイメージアップを図らないと、会談どころじゃないぞこれは。会う娘会う娘ハーレム入りを警戒されてはキリがない」
私が一体何をしたんだ、と頭を抱えてしまう。魔王は即座に状況の改善が必要だと判断した。
「難しいですわ。陛下がハーレム入りを望んでない、などと言っても、相手にそれがきちんと伝わるかどうか――」
なにぶん相手は人間ですし、と、ラミアも顎に手を当てながら考える素振り。
「人間は悪い方向に考えると、どこまでも悪く考えてしまう悪い癖があるようですから……それを一々潰すのも面倒ですしねえ」
「むう……だが、このままでは私のイメージがだね……」
「そもそも、陛下ご自身も、美しい娘そのものはお嫌いではないのでしょう?」
「それはそうだ。私だって男だからな、思わず目を惹かれてしまう事だってあるさ」
魔王とて、若く美しい娘がいれば会って話してみたいという気も起きる。
エルフの姫たちのように噂になるほどの美しさを誇るなら尚更である。
「例えば陛下が同性愛者であると広まれば、あるいは人間の娘から警戒される事は減るでしょうが……」
「それはダメだ!! 断固として反対するぞ!!」
同性愛だけはダメだった。絶対に許せなかった。
「でしたら後は……そもそもハーレムなど用を成さない状況にしてしまうとか」
「どういうことだそれは?」
ラミアのやや濁したような言い方に、魔王は怪しいモノを感じながらも、とりあえず聞いてみる。
「例えば……陛下が妻を娶るだとか、同性愛者じゃないにしても女に完全に興味がないことをアナウンスするだとか、まあそんな辺りが妥当でしょうか」
「なるほどな、それなら確かに、ハーレムなど必要がないように感じるかもしれん」
「あら、陛下がその気でしたら、いっその事そのようにしてみますか?」
意外な乗り気に、ラミアはやや驚いた様子でその顔を見上げる。
「うむ。初めからそうしていればよかったのだ。女に興味などなかったのだと!!」
「ああ、そっちですか、つまらないですわ」
「なんだと!?」
魔王の乗り気はラミアを大層失望させていた。
「いえ、てっきり、妻を娶る方向で考えていただけたのかと思ったもので」
予想とは違った方向に同意されたので、流石にそれはどうかと思ったのだ、ラミアは。
「そもそも相手になるようなのがいないではないか」
「黒竜姫でいいではないですか。かねてよりのネックだった性格は大分改善されましたし、今のあの娘なら普通に可愛いと思えるのでは?」
「まあ、確かにそうだが」
ラミアの言うとおり、魔王視点でも黒竜姫はかなり魅力的な娘に見え始めてはいた。
元々の美貌、賢さ、強さ、気品、忠誠心。そして近年改善され大分丸くなったその性格。
確かに魔王の妻となるには申し分ないと言える。
「ではその方向で」
「だが彼女を娶るともれなくカルバーンに殺されそうな気がするんだ、私は」
しかし同時に最大の懸念が発生してしまっていた。シスコンな妹の存在である。
「なかったことに致しましょう。とばっちり怖いですし」
黒竜姫曰く、直接話した感じの性格は昔と違いがないという話なので、恐らく同じノリでアンナちゃんアンナちゃん言ってたのだろう、と魔王もラミアも想像する。
あの双子の姉依存な妹が、その姉を男に取られたと聞いたらどうなるか。まず間違いなく魔王城は攻め滅ぼされる。
今のところカルバーンを止める手立てが一切存在しないというのが、魔王たちにとって最大の問題であった。
逆に言うなら、その問題さえ解決したら一考の余地が存在する位には、魔王から見ての黒竜姫の地位は向上しているのだが。
「とりあえず、色々考えておく事にしますわ。確かに、陛下が色情狂だと勘違いされたままでは、今後の捕虜の扱いも面倒になりそうですから」
「そうしてくれたまえ。結婚の方向はないにしても、そうだな、私は趣味人であるとか、そういう方向にアナウンスすれば、少しはまともな印象になるのではないかと思うのだが」
「趣味人な魔王なんて聞いたこともありませんわ……はあ、まあ、陛下がそうお望みでしたら」
魔王の提案に半ば呆れながら、それでも主の望みならばと、ラミアは頭をぺこりと下げ、玉座の間を去っていった。
その後、魔王が望む通り『魔王は趣味人である』との噂が人間世界で広められたのだが――
「知ってるか、魔王ってとんでもない趣味してるらしいぜ」
「ああ、俺もびびっちまったよ。今代のはとんでもない変態趣味の野郎らしいな」
「私はハーレムに入れた女の子に変な趣味の服を着せてるって聞いたけど」
「いや本当のところは人形趣味らしいぜ。それもかなり極まってるらしい」
「うへぇ、変態の上に人形趣味かよ。さすがドール・マスターって言うだけあるな」
「やめてくれよ! 人形が好きってだけで魔王みたいに見られちゃうじゃないか!!」
アナウンスは全く違う方向性で受け止められ、人形趣味の人間にとっては最悪なとばっちりとなった。