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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女

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#7-3.二人迷子

「お姫様の部屋はこちらですわ。どうぞごゆっくり」

結局城砦の内部に通された馬車の一団は、全員が全くばらばらの部屋に通されていった。

ミーシャも同じで、こちらは他の連中よりも上等な部屋があてがわれる。

「……私の部屋の方がかわいいもの」

案内役のフェアリーがいなくなると、部屋を見渡し、ぽつり、呟いた。

部屋はそれなりに綺麗で調度も整っていたが、致命的に可愛らしさというものが欠けており、ぬいぐるみだとかフリルの付いたカーテンだとかが全くない。

あくまで客賓用の部屋とか、そんな感じの印象を受けた。

(さて、ここからどうしようかしら)

とりあえず一晩をここで過ごし、それから魔王城へ。

そう告げられた以上、ミーシャに与えられた猶予は今夜一晩限りとなる。

魔王城に到着してしまえば逃げるのも困難に違いないが、部屋の案内の為に城砦を歩かされた時に見た限り、この城砦は案内役同様にフェアリーしかいない様子だった。


 フェアリーは、人間視点で見ても非力で弱々しい種族である。

人間の子供程度の力しか持っていない事が多く、得意の幻惑魔法もあまり強力とはいえない。

自分たちを護送していたゴブリンと比べると数は多いかもしれないが、非力だし弱い分、自分だけでもどうにかなってしまうかもしれないと、ミーシャは考えたのだ。

逃げるなら今しかない。そう思い、とりあえずドアノブに手を伸ばす。

がちゃ、と乾いた音。何かにひっかかるような振動。当然ながら開かなかった。

「……まあ」

当たり前である。解かりきった結末であった。

早々に正面からの脱出は無理だと割り切って、窓に向かう。

「高っ――」

思った以上に高かった。

城砦内部を歩いていた時は頻繁に転送陣を使っていた為に解からなかったが、見た目四階建て位の高さがある。

窓枠の外にもとっつけそうなものはないし、とても飛び降りられる高さではなかった。

(こうなったら、誰かが入ってきた隙をついて部屋から出るしか――)

それを狙い、ドアの外れに死角になるように隠れる。

すぐにこんこんこん、と小さな音が部屋に響いた。

「どうぞ」

隠れながら、意図を察せられないように静かに返す。

『失礼しますねー』

ドアの外からかちゃかちゃと鍵を開けるような音がして、そのまま開かれる。

「むぎゃっ」

「えっ?」

開かれたドアは、隠れていたミーシャの横顔に直撃した。

「きゃっ、何してるんですかそんなところで!?」

開いてきたドアにもろに挟まれたミーシャは、涙目になって座り込んでいた。

「うぅ……痛い」

隠れる場所を間違えた。ドアの開く方向を忘れていて、見事な自爆ショーとなったのだ。

「……あの」

どうしたらいいか困ってる様子のフェアリー。ミーシャは自分のほっぺたを手ですりすりしながら、なんとか立ち上がる。

「なんでもないわよ。何の用?」

涙目のままであったが、それでもなんとか眉を吊り上げ、自分の心境を悟られまいとフェアリーを見た。

「ご夕食の準備が整ってますから、ついてきてください」

さりげなく出た夕食の準備、という言葉に、ミーシャは妙に抵抗を覚えてしまう。

「誰のよ?」

「えっ?」

「誰にとっての夕食なのよ」

「貴方以外に誰がいるんですか?」

何言ってるのこの人? といわんばかりに唖然としていたフェアリーであったが、ミーシャは気にしない。

「食べられる訳じゃないのね」

「食べませんよ失礼ですね。私達妖精族は紅茶と木の実以外口にしません!!」

とても小動物的な食性だった。

「まあいいわ。そう、もうそんな時間なのね」

部屋に時計などもないし、魔界にきてからというもの、時間の感覚は狂いっぱなしだった。

それこそ暗くなったら寝て目が覚めた時間が朝、みたいな生活ばかりである。

「とにかく、ついてきてください」

「わかったわ」

何にしても逃げるチャンスらしかった。上手くこの案内役の娘とある程度のところまで歩き、隙を見て逃げればいい。

とても簡単に脱走ができる。食事だなんていって甘やかしたのが彼らのミスなのだ。

とりあえず、ミーシャは言われるまま、案内されるまま、このフェアリーの後をついていくフリをした。


「……どうしよう」

そして数分後。ミーシャは見事に道に迷っていた。

フェアリーの後ろをついていき、人気の少ない場所で上手いところ逃げる事に成功はしたのだ。

だが、肝心の出口がわからなかった。そもそも階段がない。あるのは小さな窓と理論不明の転送陣のみ。

入り組んだ構造のために見つからないように隠れるには難しくなかったが、そもそも下の階層に降りる為にどうすればいいのかが全く解からない。

(早く逃げないと騒ぎになるのに……助かるのは今しかないのにっ)

自然、焦ってしまう。長居はしたくないのに、どうすればいいのか解からない。

迂闊に飛び出せばばれてしまうのは解かっていた。こんな事なら案内役を脅迫でもすればよかった、と、とにかく色々と考えてしまう。


「おや、もしかして、君も迷子かね?」

「えっ――」

不意に、隠れている後ろから声をかけられ、ミーシャはびくりとする。

恐る恐る声のした方に向き直ると、そこには背の高い中年の、貴族っぽい紳士が立っていた。

「え……あの、貴方は?」

こんな魔族だらけの世界で、人間と出会えた。

ひとまずはそれに安堵しながらも、『こんな場所にいる人間』という違和感は拭い去れなかった。

「実は私も道に迷ってしまってね。なんか、夕食の支度が整ったと言われて後ろについて歩いてたんだが、途中で見失ってしまって……」

話に聞くに、彼も同様に夕食の為移動していた最中だったらしい。

きっと、自分と同じように魔王城に招集された人間の捕虜なのだろう、と、ミーシャは察した。

「貴方、どうやったらここから抜け出せるか解からない?」

「残念ながら。どうも複雑な転送陣を経由しないと無理みたいでね」

わずかな期待をかけて問うも、やはりというか、申し訳なさそうに頬をぽりぽりとかきながら、中年紳士は困ったように笑っていた。

「せめて階段があれば下に降りられるのに……なんでないのかしら?」

「だってほら、ここの住民連中、皆空を飛べるだろう? きっと窓から入るから作らないんだよ、階段」

なんとも迷惑な話であるが、なるほど、確かに空を飛べる生物なら階段なんて必要としないのも解かってしまう。

ミーシャも複雑そうに苦笑いした。

「とにかく、ここにいても仕方ないし、色々歩いてみるか」

「そうね。もしかしたら偶然でもなんでも、上手く行って出られるかもしれないし」

どういう理論で稼動しているのか解からないから踏めなかった転送陣であるが、今のところ羽のないこの二人は、転送陣を利用するしかないらしかった。

だが、今は一人きりではない。似たような境遇のこの紳士が傍にいるというのは、それだけでミーシャには心強く感じられた。

明日を生きる為に。ミーシャはそう強く願い、再び城内の探索を始める。


「無理だな」

「無理ね」

十分後。二人は早々に諦めていた。

転送陣のシステムが複雑すぎた。適当に踏んだだけではループしてしまい、何度も何度も同じ場所に転送されるのだ。

「何なんだこの城は。訳が解らん」

「もうこれ、窓から飛び降りるしかないのかしら……」

絶望のあまり死んだ眼で窓の外を眺めるミーシャ。

「いやいやいや、自殺はよくないぞ自殺は」

紳士もミーシャの言葉に焦り、顔を青くしながらミーシャの肩に手を置く。

「だって、このままじゃ私、魔王のハーレムに入れられちゃうわ。そんなの冗談じゃない」

「なに? わ……魔王のハーレムだと? 君が?」

これには紳士も驚いたらしく、口をあんぐりとあけていた。

「きっとそうなんじゃないかって、一緒に来た人たちが言ってたのよ。でも、私は嫌だわ。憧れてる人もいるのに、そんな、魔王とだなんて」

絶望と困惑のないまぜに、つい弱みがぽろりと出る。怖いのだ。

「うーん……それは、いや、しかしだな――」

どう扱うべきか迷っているのか、紳士は心底困ったようにあれでもなくこれでもなく、と答えを濁していた。

「なんとしても逃げないとダメなのに。今しかないのに――」

差し迫った恐怖が、彼女の残り少ない時間を侵食していく。冷静さはどんどん削られていった。

「まあ、君が悲観するのは解かるが、とにかく今は成るようにしか成らないんじゃないかね?」

「え……?」

それが、酷く的外れな言葉のように聞こえてしまい、ミーシャは思わず紳士の顔を見る。

それは、苦笑いだった。なんともいえない表情。

諦めや絶望とは違う、それでいて静かに運命を受け入れたような、そんな顔だった。

「貴方は怖くないの? 私はともかく、貴方は魔族に食べられちゃうかもしれないのよ?」

「それは怖いな。正直逃げたくなるだろう。だが、私はどうせなら、美味い食事をたらふく食べてから死ぬ方が幸せだと思うが」

紳士の言葉のせいか、くー、と腹の音が鳴る。ミーシャは赤面した。

「逃げ出したいと思うのはいいが、逃げた先に何があるのか。そう考えると、私はここから逃げるのは危険だとも思える」

「何故?」

「だって考えてもみたまえ、魔族とは恐ろしいのだろう? 今はあくまで捕虜として扱われてるから無事なだけで、下手に逃げたりしたら、それこそ何も知らない魔物の餌食にされてしまう事だってある訳で」

馬車の中で魔術師長が言ってた諦めと同じ言葉が、この紳士の口からも出ていた。

「いや、もしかしたら君は逃げ延びられるかもしれん。だが、逃げた先に何があるのかね?」

「それは……人間世界に戻ったら、私は――」

そう指摘されて、ミーシャは初めて気付く。自分は、逃げた後の事を何も考えていなかったのだ、と。

「高貴な出で立ちの女性がここにいるという事は、だ。つまり、その国なり街なりは、既に魔王軍の手に落ちている、という事だろう。滅亡してるか、残っていても相応に没落している可能性もある」

「……そう、ね」


 冷静にさせられる。ショコラ王家はもうどこにもない。ショコラ魔法国という国は、魔王軍によって滅亡させられた。

その後の事は解からない。正確な扱いとして考えるなら、自分はもう、亡国の姫でしかないのだ。

いや、姫ですらない。かつて姫だった、ただの少女である。

果たしてそんな自分に何が出来るのか。

無事逃げ延びて人間世界にたどり着いたとして、一体何が出来るというのか。

日々の生活にすら困窮するのではなかろうか。

頼れる相手もいない。自分ひとりの力で、全く解からない平民と同様の暮らしをするしかないかもしれない。

それが果たして可能なのかどうか。考えるまでもなかった。


「もう、私はお姫様でもなんでもないものね」

今更のように、それがわかってしまった。自分には、もうそれすら残っていないのだ。

絶望がミーシャの心を侵食していく。もう、どうにもならないじゃあないか、と。諦めてしまいそうになる。

「まあ、だからね君。少なくとも生きてる間は、その生を謳歌したほうがいい。食事なり何なり、楽しめるものはあるのだから」

「……無理よ。そんな、楽しめるような余裕、私には持てない」

「うーん、困ったものだなあ」

諦めが入ってしまうと、ミーシャの心は酷くもろくなってしまっていた。

何をやっても無駄という気がしてしまって、無力感に苛まれる。

紳士の言葉にも同意できない位に、やる気がなくなる。

「よし、君にこれをあげよう」

ひとしきり困ったように苦笑していた紳士であったが、懐からごそごそと、何か短剣のようなモノを渡してくる。

「これは……?」

一見果物ナイフにしか見えないそれは、しかしそれにしてはやたら異彩な光を放っていた。

「果物ナイフだよ。まあ、何も持たないよりはお守り位にはなるかなって」

全くの非武装よりはマシだろう、という心積もりなのだろうか。

確かに、全く抵抗できないまま死ぬなり玩具にされるなりするよりは、これを使って相手に一刺し痛手を加えたり、自害した方がいいのかもしれない。

そう考え、ミーシャは受け取る。

「ありがとう」

それが救いか余裕になったのか、自然と頬も緩まっていた。

「うむ。使わないで済む事を祈るよ」

言いながら、紳士は背を向ける。

「どこにいくの?」

「もしかしたらあっちからいけるかもしれない。私は向こうの通路に向かってみるよ」

手を挙げながらそう言うと、彼はそのまま立ち去っていった。

「……そう」

周回遅れの返答。その視線の先には、遠ざかっていく紳士の姿が焼きついていた。


「あら、こんなところにいたんですね。もー、私の後ろから離れちゃダメですよっ」

直後。先ほど道案内していたフェアリーに見つかり、ミーシャはあえなく食卓の間へと連れ去られていった。

見た目に似合わない怪力でずるずるとひきずられ、仔牛のようにドナドナと。


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