#7-1.王女ミーシャの受難2
魔界の最奥、辺境の中の辺境。
キングオブ辺境と言ってもいいほどの僻地に、魔王城はある。
エクサ山岳地帯と呼ばれる険しい山々に囲まれた魔王城は、更にその東に広大な海が、山岳地帯の周囲には腐食の森と呼ばれる強酸性の霧に覆われた森が存在し、生物の徒歩での侵入を頑なに拒む立地となっていた。
そもそもの建造の経緯からして、二代目魔王ヴェーゼルが人間軍に追い詰められ、生き残りの魔族達を守る為の拠点として用意されたとの事で、この立地はやはり、利便性度外視の防衛力重視という色合いが強く、現代に至っては実に不便なものであった。
そんな、来るのも面倒くさい魔王城に向かう為、馬車が一台走っていた。
魔王城に直接馬車で乗り付けるのは不可能な為、一度付近の上級魔族の城に向かい、そこから魔王城へ転送陣によって移動するのだが、魔族世界で馬車というのは中々に珍しいものであった。
そもそも、魔族世界の多くの町では簡易的な転送陣が設置されており、これを利用すれば街道など通らずとも瞬時に町と町の移動が可能なのだ。
歩くにしたって馬車より遥かに早く移動できる種族の者もいるし、動くのが苦手な種族や大量の荷物を抱える者も、近年魔界の各地で整備されているワイバーンを使った航空輸送を活用する為、魔界での馬車の運行数はとても少なくなっている。
つまり、現状、魔族が馬車を活用する事は滅多にない。
では、誰が乗っているというのか。
「うぅ、納得いかない……」
その馬車の客席では、売られていく仔牛のような王女が一人、表情を曇らせぶつぶつと呟いていた。
金髪緑眼。人並みの背丈に人並みの体型。
更に胸まで人並みという平均値な身体に乳白色の飾り気の少ないドレス。
そして黄色のケープという出で立ち。
顔だけは中央部でも指折りというショコラ王家の三女である。
その第三王女ミーシャは、何故自分が魔王城に呼びつけられたのか、それが全く理解できていなかった。
別に彼女に限らず、同じ馬車に乗っている旧ショコラの重鎮達も同じなのだが、彼らは全員何かを悟っているというか、諦めに入っていたのだ。
まあ、きっと処刑されるか、食われるか、人知を超えた恥辱を受けることになるんだろう、と。
ミーシャとてそれを想像しなかったわけではないが、だとしたら何故自分なのかという気になっていた。
今回、この馬車で運ばれているのは、ミーシャを除けば全員政府関係者。もっと言うなら宮廷にて権勢を振るい続けていた連中である。
例えばミーシャの正面に座る髭の中年などは当時は宮廷で王族を好きなように操っていた腹黒宰相だし、ミーシャの右隣に座っている女などは、その美しい顔と身体で彼女の父王をたぶらかした魔性の宮廷魔術師長である。
つまり、ショコラを滅亡に導いた張本人たちであると言っても過言ではない。
まあ、いずれも当時と比べて随分みすぼらしくなったというか、やせこけた表情をしていた。
眼も死んでいる。ギラギラと盛り付いた欲望まみれの顔は、もうどこかに消えうせているようだった。
王族は王族で隔離されて生活していた為に解からないが、よほど恐ろしい眼にあったかなにかしたのかもしれない、とミーシャは思っていたが。
「なんで私が……こういう役目って普通はお父様や兄様姉様達が背負うものではないの?」
ミーシャの不満はここにあった。
両親も兄も姉も健在の中、なぜか第三王女である自分が抜擢されたのだ。
別に両親に見捨てられるほどわがままを言った覚えもないし、魔族から目をつけられるような何かをした覚えもない。
政治的にも第三王女なんて人質か政略結婚の道具にされるようなもので、ぶっちゃけ大した価値もないはずなのに。
かと言ってそれは自分の妹や弟達も同じはずで「じゃあ何故自分が?」と考えると、やはり思い当たる所は何もないのだ。
「ミーシャ様は顔がいいからでしょ」
隣の魔術師長がぼそりと呟く。
「なんですって?」
「顔がいいから選ばれたのよきっと。だって、ショコラ王家ってそろいも揃って不細工ばかりだし」
仮にもかつては君臣の関係だった相手に対してばっさりと斬り捨てたのだった。
「そ、そんな馬鹿げた理由で……ていうか不細工とか言っちゃだめっ」
「何よ、本当のことじゃない。貴方以外の王族って笑っちゃうくらいぶっさいくでしょ。貴方も顔以外は微妙だけど」
「微妙とか言うなーっ!!」
顔もよければスタイルもいいという何かの冗談にしか見えないこんな女魔術師にそれを言われると、ミーシャは泣きたくなってしまった。
顔だけはいい。それがどれほど本人にとって傷つく事なのか。顔は多少微妙でもいいから胸とか大きくなってほしかったのだ。
「まあまあ、顔はいいおかげで中央部限定であのタルト皇女と並ぶ位には美しいと言われる訳ですし……」
髭の宰相も余計なフォローを入れる。
「タルト皇女のことは言わないでっ!! なんか惨めになるからやめてっ!!」
髭が出したタルト皇女は、中央どころか世界中の王族だとか皇族だとかの中でも話題になるくらいに美しいと言われている。
胸は全くない。そこだけが人並みには胸が存在するミーシャの誇れる勝ち点だが、それ以外の点、美貌も品位も知性も男からの人気も何一つ勝ち目がない位にチートじみていた。
中央部、というくくりだけで見れば確かに国の数はそんなでもないからミーシャも美姫に並び数えられはする。
だが、世界というくくりで見ると決してそんな事はなく、ミーシャくらいの美姫は割とどこにでもいるレベル。
それこそ美男美女が多い北部諸国なんかだと王族全員が美形なんて国もある位だ。
対してタルト皇女ほどになると世界という広い舞台でも別格の扱い。
ひとこと政略結婚に使われると言っても、さまざまな大国の王子や王が望んで欲しがる位である。
実際、中央の王女達の間で結構人気が高かったラムクーヘンのサバラン王子が彼女に熱を上げていたというのだから、ミーシャでは及ぶはずもない。
「顔ですら微妙になったら貴方、いいところなんて何もないじゃない……」
「うぐっ――」
タルト皇女と比べられて微妙な気分になっていたミーシャに、呆れたように魔術師長がとどめを刺す。
「そ、そんな事ないもの……私だって、魔法の扱いは世界でもトップクラスのはず……多分、きっと」
「ないない。魔法なら南部のレステル皇女やクローネル姫、北部のミステラード公女もいるし……中央部でもグレープ王国のミルヒ王女がダントツに魔法の扱い上手いし、あんたがトップになれる世界なんてどこにもないわー」
王族でも真ん中位の腕しかないでしょ、と、追い討ちまでかけられる。ミーシャは静かに泣いた。
「うぅ、私だって好きでこんな器用貧乏に生まれたわけじゃないもの。ほんとはもっと、色々突き抜けた何かが欲しいのに」
ミーシャの幼少からの悩み。
それは何でも人並みにできる代わりに、何一つトップになれないところである。
決してお馬鹿なわけではない。努力が欠けている訳でもない。
才能がない訳でもなく、人並みのレベルまでならむしろものすごい速さで覚え、体得できる。
だが、そこから先が上達しない。進展しない。上手く行かないのだ。
そうしてもたもたしている内に後進に追い抜かれ、気がつけばミーシャはなんともいえない位置のまま止まってしまう。
全力でスタートダッシュして途中で力尽きているようなもので、あらゆる物事に関して、彼女は微妙なままであった。
「まあでも、顔がいいっていう理由で選ばれたのなら、私達と違ってすぐに処刑されることはないかもしれないわねぇ」
半ば諦め顔で座っていた馬車の面々は、魔術師長の言葉に「うんうん」と頷きながら疲れ顔で笑う。
「聞いた話では、魔王は種族に関係なく高貴な美しい女を集めてハーレム作ってるって話ですしねえ」
「その中でも微妙な扱いされそうだから先が見えてて笑えるけどね」
「私らはまあ、やりたい事やりきって死ぬからいいけど、王女はむしろこれからが大変な訳だ」
たはは、と力なく笑い好き放題に言う。
宮廷で権勢を握っていた頃は、内心は別としても表面上は慇懃に笑いかけてきた連中だったのだが、それが先を悟るとこうまで弱くなるのか、と、ミーシャは頬を引きつらせる。
「ハーレムなんて、冗談じゃないわよ」
更にミーシャにとって、これが洒落になってなかった。
得体の知れない魔王とかいう誰かの伽の相手をさせられるかもしれないとか、冗談ではない。
いくら王族でも微妙な扱いの第三王女だからって、自分の立ち位置を誰かの玩具にまで貶めるつもりはないのだ。
尊厳だってある。人間の王女である以上、魔族の好きにはされない。されたくない、と。