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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女
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#5-3.魔王様投げる

 その頃、魔王城では。

今後の大帝国側との、史上初となる人類・魔族の会談に備え、その準備であわただしくなっていた。

とにかく経験のないことなので、どうしたらいいのか分からない事ばかりであった。

幸いにして魔族側にも亜人種族のように人間世界の知識を持つ者がある程度存在していた為、用語や言語の突き合わせ位はできたのだが、特に準備期間を設けての事ではなかった為、非常に面倒くさい事になっている。


「陛下、一大事です。『人類との会談などもってのほかである』と、北部地方の領主らを中心に反旗の声が上がり始めましたわ」

玉座にてその推移を見守る魔王であったが、この度のアルルの報告には苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

「更にそれに同調している訳ではありませんが、東部・西部・中央部においても一部種族が税の不払い・労働力や兵力の供出の拒否などを行い、抗議を始めております。そう遠からず、これは全国的な反乱になるものと」

魔王の取った行動の余波は、大帝国のみならず、魔界全土にも波及してしまっていた。

「なあアルル。なぜこんなに広まってしまったのだろうな? 私はいつ、魔界全土に向けて演説をしたというんだ?」

魔王は頭を抱えていた。大きなため息をついていた。


 別に、魔王だってこんな事になるのは予測できない訳ではなかった。

馬鹿正直に魔界全土にそんな事を通告すれば面倒くさい事になるだろう位は分かっていたのだ。

だから、こんな事にならないように最低限の幹部や要員以外には知れないように気を配っていたはずだった。

はずだったのに、気がつけば全土に知れ渡っていたのである。

機密は機密でなくなっていた。秘密等どこにも存在しないとばかりに、いまや周知の事実となっている。


「申し訳ございません」

青色吐息で途方にくれる魔王に、アルルは珍しく表情を崩し、心底申し訳なさそうに頭を下げる。

「何故君が謝る?」

「我ら悪魔族の……もっと言うなら、大悪魔族の王、つまり、その……」

「ああ、あのヤギ頭の」

「はい、あのヤギ頭の所為なのです」

最早自分の父親をヤギ頭扱いする事をためらわない娘であった。

「悪魔王が漏らしたと? 確かに、奴にはこの件について教えはしたが。しかし、あいつがなあ……」

とても人を裏切るような輩には思えない。悪魔とは思えないほど人の良い奴だったのに。

魔王はそのヤギ顔を頭に浮かべながら、どこか信じられないような、不思議なような気持ちになった。

だがそこには、なぜか怒りは感じない。


「私は、あいつに何か嫌われるような事したかな?」

むしろ、自分が悪いのではないかとすら思ってしまう。

確かに娘の相談をされた時に邪険に扱ったりした事はあったが、それは別に彼に限らず、このアルル以外の部下は基本魔王は適当な扱いしかしていないはずであった。

何故アルルが別扱いなのかと言えば、それは次期魔王候補として目を掛けているからであるが、それは置いておくとして。

ともかく、怒るならもっと別のタイミングもあっただろうに、何故今更こんなタイミングでなのかが魔王には理解できなかった。

「恐らく、陛下のお考えが理解できないからでは。私ですら、初めて聞かされた時は『いよいよ狂ったか』と思いましたから」

信頼を置く側近からの、実に容赦のない言葉であった。

そして同時に、魔王の考えが、行動が、どれだけ魔族視点で見て道を外れた行為だったかというのが今更のように確認できてしまっていた。


「別に会談と言ったって、『戦争をやめて人類と仲良しこよしで平和に暮らしましょう』って言うものじゃないんだがなあ。ただ、人類と魔族との戦争っていう構図を変えたかっただけなんだが」

「そんな事言われたって、多くの魔族にとっては人類と話し合う為の席を持つ事そのものが異常に見えるわけですから……」

アルルも、ラミアと二人がかりでの説得の末一応理解してはくれたようなのだが、それでもというか、魔族的な感性で見ての魔王の行動は理解し難いものがあったらしい。

「それで、どうするおつもりなのですか? 地方領主クラスで反旗の声が上がった以上、これが魔界全土に広まれば、これはもう会談どころではなくなるのですが」

下手すれば勝手に別の魔王を擁立されかねませんよ、と、アルルは釘を刺す。

これに関して、適当な判断は許されないようで、アルルも厳しい視線を送っていた。

「ううむ……今から地方の領主たちを説得するのもなあ」

「迷っている者もいるでしょうから、説得そのものは有効かもしれませんが。殺気立っている連中のところに行ってそのまま暗殺されかねないのも……」

物騒この上ない情勢であった。


 魔界は広い。魔王とて上級魔族の端くれだが、この魔界には魔王に準ずる、隙さえつければ魔王を殺せる程度の実力者は溢れている。

流石に黒竜族や吸血族ほどの化け物ぞろいは滅多にないが、各種族を率いる王族や長族ともなればいずれも猛者ぞろいである。

迂闊な事をすれば、魔王ですら殺されかねない。


「この件に関しては各種族の問題が関わっていますから、ラミア様をはじめ残った四天王も迂闊には動けない状態ですわ」

「軍の力でどうこうはできないという事か」

「幸いといいますか、残った四天王……ラミア様や黒竜姫様、それに、吸血王はこの件に関しては不干渉で通すつもりのようですが」

「ラミアと黒竜姫はなんとなく分かるが、吸血王に関してはヤギ頭以上に反旗を翻しそうなもんだが……意外だな?」

どちらかといえば今の面子では、魔王的に一番油断ならないと思っていたのが吸血王だったので、今の状態は予想外この上ない。

「面倒くさいから、というのが一番の理由だそうです」

「ああ、そうか、面倒くさいなら仕方ないな」

どうやら吸血王の怠惰な性格が幸いしていたらしい。魔王は素直に喜ぶ事にした。


「ああ、でもなんだ。私も面倒くさくなってきたな」

魔王も似たような怠惰な一面を持っているので、これを理由に投げてしまおうかと思い始めてきてしまう。

元来、こうやって頭を使ったりアイディアを出したりするのは得意ではないのだ。嫌いでもないのだが。

「放り投げるおつもりですか?」

「投げて許されるなら君に丸投げしたい」

呆れ顔でため息をつくアルルに、魔王は投げやりな態度で臨む。

「怒りますよ?」

当然ながら、アルルは怒っていた。呆れながら怒っていた。

我が上司ながら情けない、とばかりに憤慨したように眼を吊り上げ、玉座に座する魔王を下から見下ろす。


「まあ、冗談抜きにしても、だ」

その怒りが爆発する前に、魔王は手を前に出し、それを制した。

「……?」

アルルは、それで勢いを止められ、何か紡ごうとした口を開いたまま、何も言えなくなってしまう。

「何も対策をとらない、というのは、もしかしたらアリなのかもしれない」

そして、次に出た言葉で、呆れだの怒りだのは吹き飛び、疲れのみがアルルに襲い掛かった。

「……狂いましたか?」

目の前におわすこの魔王は、一体何を言っているのか。アルルは混乱しそうになっていた。

「魔族視点ではそう見えるのだろうが。口でどのように説いても、やはり、現実を見なければ理解できないままな気がする。それでは、その時は先延ばしできても、いずれはまた同じような問題になるのではないか、と私は思うんだ」

行動しない事の理由を考えるのは意外と楽だった。

魔王は逃げる事に関しては結構得意であると自信を持っている。特に意味もなくだが。

「では陛下、仮に私が貴方の首を狙っても文句は言えなくなりますが、よろしいのですか?」

「前にも言ったが、君にならこの玉座、明け渡してやってもいいと思ってるぞ私は」

むしろそれこそ好都合であった。

面倒な魔王という座を放り投げ、趣味に没頭できる生活に戻れるのだから。


「……はあ。なんというか、陛下と話してると疲れます。真面目に考えてるのが馬鹿みたく感じてしまう」

「君は真面目だからね。私とはあまり相性がよくないのでは?」

「いえ。相性の問題ではないと思います。陛下はきっと、相手を疲れさせるのがお上手なんですよ」

脱力したのか、アルルは皮肉じみた台詞だけ残し、背を向ける。

「では陛下、どうなっても覚悟だけはなさってください。私は、陛下に言われたまま、何の対抗措置もとらずにいますから」

「ん? ああ、分かった」

覚悟、の部分を強調しながら、アルルは謁見の間から去っていく。

途中「折角色々対策練ったのに」とか「一言命じていただければ私がなんとかしたのに」とか呟きながら。

「……嫌われてしまったかな?」

ふてくされて出て行ったように見えたその小さな後姿に、魔王はほんの少し、後悔してしまった。



「魔王陛下は何の対策もとらないと……?」

「聞いた話ではそのようだと……」

「なんと……」

一方。こちらは魔界における北部領主の会合の場。

今後の魔王城に対しての、もっと言うなら魔王に対しての要求突きつけ等を話し合うために集まった会議である。

自分たちの抗議行動に対し、魔王はどういった行動に出るのか。

説得に向かってくるのか、それとも問答無用で軍を差し向けるつもりなのか。

そのどちらかを睨んでいた領主陣であるが、まさかの無反応に一堂は呆然としていた。

「話に聞けば、他の地方の各種族も陛下の発言に対して対抗措置を講じていたはずではないか。なのにノー・リアクションとはどういうことなんだ……?」

「……解からないわ。今代の魔王陛下は、一体何を考えておられるのか……?」

これには色々構えていた地方領主らもがっくりときてしまい、急に力が抜けてしまっていた。

自然、モチベーションもテンションも下がってしまう。

「相手にする価値もないということなのか? 我々は……」

「軍を差し向けるほどの脅威ではないと見られているのでは?」

「いいや、あの変人魔王のことだ、何かとんでもない事をしでかそうとしているのかも……」

「既にとんでもない事になっているではないか!! この上何をしでかすつもりなのだあの陛下は!?」

次第に、会議は得体の知れない魔王の、底の知れなさを勝手に叫ぶ場となっていた。

「そもそもこういった事をされた際に真っ先に反旗を翻しそうな黒竜族や吸血族が何も行動を起こさないのがおかしくないか?」

「つまり、それら大種族は陛下の言葉を理解しているという事なのか……?」

「我らには理解できない深遠な何かがあるという事なのだろうか……」

そうして、彼らは勝手に拡大解釈し、この度のスルーの意図を見極めようとしてしまっていた。

ものすごく無駄な努力であったが、彼らは自分が理解できないがゆえに、そんな方向に捻じ曲がっていってしまった。


「とにかく、今迂闊に行動を起こすのは危険なのかもしれん。我が領は故あらば挙兵も考えたが、こんな状態ではとても戦えそうにない」

まず、議長となっていた、この中では最大規模の領地を持つ領主が一抜けを宣言した。

「私もそう思っていたところだわ。今迂闊に手を出して痛手を被るのは避けたいもの。過激な動きをとるのは、もっと他の地方の動きが活発になってからでいいと思うの」

隣に座る女性領主も思うところあってか、蜂起の延期を訴える。

「賛成だ。税や兵力の供出を止めているだけでも抗議にはなるが、何が起こるか解らん以上、これも一旦解除してもいいのではないだろうか。我らがどういう意見なのかは、少なくとも魔王城には伝わったはずだ」

「賛成。我ら蛙魔族は不戦論に賛成である」

「迂闊な事をして吸血族に喰われては溜まらんからな……やむを得まい。我ら樹木人族も魔女族の意見に賛同する」

「液魔族としては内乱となる事も厭わないつもりでしたが、連携も取れず各個撃破は馬鹿馬鹿しい。魔女の方の意見に賛成しますわ」

結局、流されるように方針は決まり、魔王城に対する対抗措置の即時撤回という、魔王と魔王城にとっては実に理想的な収束を向かえることとなった。



「……信じられない」

魔王城のテラスの一角。

一人いじけたように膝を抱え座っているのはアルルであった。

一時はやる気のない、自分にあまり頼ろうとしない魔王にいじけたものの思い直し、ひっ迫した状況になってくれば追い詰められた魔王が助けを求めてくるものと思い、色々とすごい対策を練っていたというのに。

状況ごとに段階分けされた超絶すごい大戦略は一切使われることのないまま、事態は勝手に沈静化していったのだ。

「ありえない。ありえないわ。こんなのが現実だなんて思いたくないっ」

現実を疑いたくなるようなあまりに間抜けな流れに、アルルは顔を両手で覆っていた。


「まあ、こんな事もあるよね」

そんなアルルを、苦笑しながら遠巻きに眺める魔王であった。


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