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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女

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#5-2.事件後の静寂

「姫様の事についてですが、これは少々事情が特殊なのです。難しいお話なので、エリーシャ様にはきちんと落ち着いてから聞いていただきたいのですが――」

「ああ、いいわ。最悪がトルテの死な訳だし、それが回避されてるならまだ……」

そう、死んでいないのなら、トルテにとっても救いのある何かが用意されているはずだった。

覚悟なんてできていないが、それでも、まず最初に死んでいないという救いが見えているだけ、エリーシャの心には余裕があった。

「そうですね……まず、ことの経緯ですが、これは私の推測の域を出ませんので、確実にそうとは言えない事なのですが……」

「もったいぶるわね。はっきり言って頂戴」

歯切れの悪い侍女に、エリーシャは軽くイラつかされる。

そんな事よりトルテがどうなったかを教えて欲しいのに、『ことの経緯』なんてわざわざ聞く必要はあるというのか。

もちろんあるのだからこそ説明しているのだろうが、それは今のエリーシャにとって、なんとも回りくどく感じられてしまっていた。

「今回の事件は、衛兵隊、及びサバラン王子ないしラムクーヘンそのものが裏切った、と見るのが正しいかと思われますわ。目的は……姫様と貴方の誘拐が目当てでしょうか?」

「サバラン王子が……? そう。トルテを我が物にしようと、とうとうやらかしたのね、あの王子」

あいつを信じた私が馬鹿だったとばかりに、エリーシャは悔しげに歯噛みする。

「教会と結託したサバラン王子は、どのような手段を使ってか、わが国の衛兵隊までもを手駒にし、姫様誘拐の計画を画策した。同時に、教会の大幹部であるデフ大司教は、貴方の誘拐を狙った」

「……あの大司教か」

名前が出て思い出したが、自分が意識を失う前、確かにデフは、自分を誘拐し、拷問しようとかなんとか酷く物騒な事をのたまっていたのだ。

なんとも怖気の走る話で、あの場面でラズベリィらが助けに来なければ、恐らくは彼の言うまま捕らえられ、二度と日の目を見ることがないまま獄死していたに違いなかった。

そう思うや、エリーシャにとってはなんともぞっとする話である。

「拷問が趣味らしいですからね。それも、美しい女が壊れていくのを見るのがたまらなく愉悦に感じるのだとか。まっとうな人間ではないのは確かですが。まあ、イカレてやがりますわね」

「私もそう思うわ。あいつはイカレてる」

そんな狂人同然な人間が宗教家として、こともあろうに大司教として大幹部に納まってしまっている教会という組織。

二人には、その危うさが浮き彫りとなっているように感じられた。


「そんな狂人の事はいいとして……姫様は、サバラン王子が発動させた古代魔法『コールドスリープ』を受け、サバラン王子と共にこの世界とほとんど同じの別世界の過去か未来に飛ばされたようですわ」

話を区切り、本題に入るや、そんな衝撃の言葉が待っていた。

当然、エリーシャは聞き流せない。

「一緒にって……それに別世界って何よそれ!?」

「ですから、言葉のままですわ。もう、この世界に姫様はいらっしゃいません」

「そんな説明で納得できるわけないでしょ!? 何よそれ、何をどうやったらそんな――」

『二度と会えなくなる』の意味をようやく察したエリーシャではあったが、まさかそんな事になっているなど予想だにせず。

情報のあまりの少なさに、混乱しそうになってしまう。

「コールドスリープとは、そういった魔法なのですわ。発動者と対象一名を、複製した同一世界の過去ないし未来に吹き飛ばす。当然、吹き飛ばされた者は、元あった世界からは消失します」

「じゃあ、サバランの計画は成功してしまったという事? 阻止できなかったっていうことなの?」

「ある意味では。ただ、サバランの想いは恐らく、二度と遂げられないでしょう」

「……なんで?」

「ありていに言うと、死ぬからですわ。命を代償に発動させる魔法ですので」

これはあくまでラズベリィの創作。

本当は寿命が削れるだけなので死ぬかどうかなど分からないし、もしサバランの寿命が規格外に長ければ、サバランの想いは遂げられてしまっているかもしれない。

ただ、それをそのまま伝える事の危うさを分かっているので、ラズベリィはサバランには死んでいてもらう事にした。

「そう……少なくとも、トルテがサバランの毒牙に掛かる事はないって事ね……」

侍女の口から出たサバランの死の確定に、ひとまず混乱を収束させたエリーシャではあったが、思うところは多いのか、難しげに眉を歪める。

「意外ですわね。二度と会えないこと、そのものにはそこまで執着していないのですか?」

ラズベリィとしては、今までのべったりしていた二人の関係からして、二度と会えないのは耐え難いほどの苦痛なのではないかと思っていたのだが。

思いのほかというか、エリーシャはその点について深くは追求しようとしなかった。

「だって、二度と会えないんでしょう? なら、追求するだけ無駄じゃない」

そして、こんな言葉一つで流されてしまう。

「というか、会える方法があるならそれこそどんな方法だって試したいと思うわよ。だけど、今の私はこんなだし、とりあえず今は、トルテが生きてるらしいっていうのが一番大きいわ」

トルテとの別れによってエリーシャが壊れてしまうのを危惧していたラズベリィであったが、意外にも大丈夫そうに見えて、拍子抜けしてしまう。

「……そうですか。なら、いいのですが」

(勘違いだったかしら?)

そう思いながらも、エリーシャの様子をつぶさに観察する。


(……いや)

確かに、表情はほとんど変わらない。

難しそうに考え込みながらも、とりあえず落ち着きを取り戻しているように見えはする。

だが、その手はぎゅっとシーツを握り締めていた。力を抜くことなく、ただひたすら、ぎゅっと。

(そうか。この人は……不器用な人なのね。弱みを他人に見せられない人なんだわ。きっとそう)

観察の末、ラズベリィが出した結論は、エリーシャの隠れた本質を鋭く見抜いていた。


「そういえば、貴方とあの……おじさんとってどういう関係なの? まさか、偶然あの場に二人して現れた、なんて言わないわよね?」

「ただの顔見知りですわ」

やや間をおいて、誤魔化すようにエリーシャの口から出た疑問に、「やはりきたか」と、ラズベリィは予め用意しておいた回答を返す。

「顔見知り……そう」

「森で衛兵に襲われていたところを助けられまして。おかげでエリーシャ様の救出は間に合ったのですが、肝心の姫様救出をあの男に任せた所為で、全部台無しですわ」

肝心の場面で油断してくれやがりましたので、と、全ての責任をこの場にいない中年に押し付けていた。

「今度会ったら一言二言聞かせてやらないと気が済まないわね」

「全くですわ」

澄ました顔で言ってのける侍女に喰えない何かを感じながらも、エリーシャはひとまず流す事にする。

「……眠いわ」

話題を打ち切りたい時の常套句であった。

「どうぞお休みになってくださいまし。身体はまだまだ休まっていないはず。ここは私が見張っていますから、どうぞご安心を」

「そうさせてもらうわ。一人にさせてって言っても、貴方聞かなさそうだし」

暗に一人にさせて欲しいと思って言ったのだが、ラズベリィは分かった上で無視していた。

「貴方を、一人になんてさせませんわ」

軽口に聞こえたエリーシャの言葉に、これまで見た中では一番と言える程に真剣な目で返す。

「だから、安心してお休みなさいまし」

「……ええ」

それが何故だか妙に心に響き、エリーシャは、それ以上何か言うでもなく、そのまま眼を閉じた。

後にはただ、静寂ばかりが部屋を支配していた。


「ねえラズベリィ」

翌日昼。かすかにさえずる小鳥の歌を聴きながら、エリーシャは隣に控える侍女にぽつり、呟きかける。

「何でしょうか?」

何か本を読んでいた侍女は、エリーシャの小さな言葉にすぐに反応する。

読んでいた本をぱたりと閉じ、腿の上に置いた。

「昨日の話で別の問題を思い出したんだけど」

「別の問題、と申しますと?」

「衛兵隊が裏切ったっていう事は、シフォン皇帝やヘーゼルも危険って事じゃない?」

エリーシャの指摘通り、衛兵隊は裏切り、そして魔王軍の妨害を受け失敗に終わっていた。

仮に彼らの計画通り進んでいたなら、エリーシャとトルテは今回の件で誘拐され行方知れずに、そして、皇帝シフォンとその妻ヘーゼルはクーデターにより命を落とし、皇族は全滅となるはずであったが。

侍女は、やや自慢げに胸を張りながら笑った。

「ご安心ください。その心配はございませんわ。衛兵隊のクーデターは失敗に終わりました。皇帝・皇后両陛下もご無事ですわ」

「……つまり、クーデターそのものは起きたのね?」

どや顔で調子に乗る侍女であったが、エリーシャは『そんな重要な事なんで教えてくれなかったの』とじと目で冷ややかに見ていた。

「いや、その。私も昨夜遅くに情報で聞いただけでしたし、エリーシャ様も休んでらっしゃいましたし」

エリーシャのきつい視線を受け、両手をわたわたと揺らしながら『違うんですよ?』と弁解する。なんともコミカルな動きであった。

「まあ、いいけどね」

二人の無事はこの侍女が保障してくれるらしいので、エリーシャはそれ以上深くは追求しないつもりであった。

「そう、誰も死なずに済んだのね。私の大切な人たちは」

ラズベリィにも聞こえない程小さく、エリーシャは安堵の声を漏らした。



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