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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女
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#4-3.その頃のカルバーン

「今頃、皇女と皇太后はどの辺りかしら――」

アプリコットの皇城。その一画にある議場では、この度招かれた教主カルバーンが、シフォン皇帝と会談を行っていた。

今後の、北部の中央部との連携に関して、先日の中央諸国連合の会議で話し合った結果を更に煮詰める為の会談なのだが、話もひと段落すると、こうした雑談の時間となる。

「予定通りに進んでいたならば、もうそろそろサフラン国境に到着しても良い頃かと」

大帝国と国境を境にするサフラン。そのサフランから西に進むと、中央部と西部との境界線とも言える雄大な河が存在する。

『リリリア大河』と呼ばれるこの大河川は、遥か彼方、北部の山々からの水が集まる事によって生まれたもので、大陸を縦に流れ果ては海にまで到達する。

今回選択されたリュースの森経由のルートは、このリリリアを渡る時間が他のルートと比べ短く済む為、到着もその分早くなるものと思われた。

「そうでしたか。よき旅となっているといいのですが」

シフォンの言葉に、カルバーンも静かに頷き、すまし顔になる。


 この度の会談の相手となるシフォンは、先帝存命時にも幾度か同席した事のある相手で、カルバーンとしてもある程度気の知れた相手であった。

実直で生真面目。そして愛妻家である。

今回も謁見に際して后であるヘーゼルへ土産物として北部の特産を持参した所、大層喜んでくれたのは彼女の記憶に新しい。

先代同様、民の事をよく考え、最大限の幸福を満たせるようにさまざまな手を尽くしている良君であるとカルバーンは認識している。

 ただし、戦争に関してはやや不得手であるのか、先帝と違い、この辺りはあまり指導力を発揮できていないらしい。

そこが悩みの種であるらしく、会談の折にも「なんとかできないものか」と呟いているのをカルバーンは何度か耳にしていた。

幸いにして、城内を守る衛兵隊長が優秀らしく、国政を司る大臣と二人で上手い事まとめてくれているらしいが、やはり先帝の時代と比べ、戦事に関しての認識能力は一枚二枚落ちている感は否めなかった。


 ともあれ、中央と北部の協力関係がより強くなった事で、中央部の戦況も落ち着きつつあると言える状況にあった。

中央部の魔王軍は中央最大の攻撃拠点ヘレナを失い、その後の中央諸国と教団の連合軍の攻撃でクノーヘン要塞までも失い、ティティ湖周辺の水源地帯への撤退を余儀なくされていた。

この位置から現状残っている中央諸国のいずれもが強襲するには遠い位置にあり、また、クノーヘンやベルクハイデを初めとして多数の要塞・防衛要衝が存在する為、ひとまず魔王軍からの直接攻撃の危機は減ったこととなる。

南部の動きは気になるところだが、中央諸国全体としてみるに、現状はそこまで悪い事尽くめではなかった。


「そういえば私、まだ一度もタルト皇女とお会いした事がなかったですわ。今回もすれ違いで……なんとも、運がないですわね」

思い出したように次の話題を紡ぐカルバーン。

「そう言われてみれば確かにそうだったかもしれないですね。私は時々父と共に貴方とお会いしていたが、妹はなんというか……人見知りする性格でして」

「そうなのですか? 世界一美しい姫君だと聞いていたから、どんな美姫なのか気になっていましたのに」

「噂は尾ひれがつくものです。いや、もちろん身内びいきな分を差し引いても、妹は美しいとは思いますが」

妹の事を褒められたのが嬉しいのか、シフォンは頭をぽりぽりかきながら、テレテレとはにかむ。

「もう少し出立が遅ければ、教祖殿とも引き合わせる事もできたのでしょうが。なんとも上手く行かないものです」

「そうですわね。残念ですわ」

すまし顔のまま、テーブルに置かれたカップを手に取り、そっと唇をつけて一口。そこで止まる。


「けれど、皇太后まで一緒に国外へだなんて、皇帝陛下も大胆な事をなさるわ」

唇をつけたまま、それを動かさず、静かに呟く。目線だけはシフォンを見つめながら。

「皇太后エリーシャ殿は、元は世界に名だたる勇者だった方。先代とご成婚前は、先代の側近として、影に日向にそれを支え続けていた、戦ごとのスペシャリストだったでしょうに」

戦ごとが苦手なシフォンにとってこの上ない支えとなってくれるはずだったエリーシャをシフォンがわざわざ手放したのが、カルバーンには不思議でならなかった。

これに対し、シフォンは小さく息をつき、力を抜いてカルバーンを見つめ返す。

「確かに、エリーシャ殿は私にとってとても頼りになる方だと思います。私では見抜けない敵の狡猾な策略を、あの方なら容易に見抜けるかもしれない。実際、中央はそれで幾度と無く救われたはずです」

だが、と、シフォンは続ける。カルバーンは聞く側に回り、ただそれを静かに受けていた。

「エリーシャ殿のことを、私はそのように扱いたくなかった。いや、私に限らず妻も同じなのですが。あの方は、国の為にずっと身を粉にして尽くし続けてくれていました。ですが、もういいんじゃないかと思うのです。一人の人として、幸せに、平穏に生きて欲しいと思ったのです」

そのためには中央に居ては無理なのだと、シフォンは判断したのだ。

中央に居続ける限り、きっと気になって仕方ないだろうと。

なんだかんだ理由をつけて関わろうとするに違いないと、シフォンは考えていたのだ。

ならば、いっそ中央から離れさせてしまえば良いと、半ばエリーシャ本人の気持ちを無視した暴走も含めてであったが。

「……色々気になるところはあるけれど、皇帝陛下としては、エリーシャ殿を慮った上での判断、という事なのですね」

「そう思ってもらえれば。それに、いつまでもエリーシャ殿に頼りきりではいけないとも思うのです。不在でもなんとかできる知恵を身につけねば、これは後々危機を乗り越えられなくなる悪しき体質となってしまう」

何事についても優秀で万能なエリーシャが傍に居るという事は、何かがあった際、必ずそれに頼ってしまう事に他ならない。

それは、その時としては間違いなくベストな選択のはずであるが、長い眼で見ればベターですらなく、いざエリーシャ不在の折に何かが起これば、ずっと頼っていたツケは間違いなくその時に大きなものとして猛威を振るう。

エリーシャ不在でもどうにかできるようにならなければ、それはやはり、問題なのである。

「ただ、そういった理由があるにしても、一番大きいのは、一人旅を不安がる妹が安定できるようにするための部分が大きいのです」

「ああ、聞いた事がありますわ。タルト皇女とエリーシャ殿は、幼少より続く親友の間柄だとか」

「どちらかというと、姉と妹のそれに近いですが。妻や私でも無理な事を、エリーシャ殿が言うと素直に受け入れたりする程信頼しているのです」

二人の絆の強さは、血のつながりや身分を超越した何かがあった。

シフォンもそれを承知していた為、出来る限り皇女とエリーシャを離したくないと考えたのだ。

「変わることの無い信頼関係って、素敵だと思いますわ。それが血の繋がりがない間柄だというなら、尚更尊く感じられます」

思うところあってかカルバーンもそれには全力で同意していた。


 その後、それとなくタルト皇女とエリーシャについてのエピソード等を話したりしていた二人であったが、次第に話題が尽き、本日の会談はこれまでという事となった。

予定されていた三日の内一日は予定通り進み、こうして親睦も深められた形となって終わる。


 客室へ案内されたカルバーンは、まずは用意されていたベッドに静かに腰掛け、ほう、と大きく息をついた。

「バルバロッサがいなくなったというのに、私はそれを弔う事もできないまま、こうして忙殺されているわ……」

こうして一人だけになった時、カルバーンは胸に迫るモノを感じる。寂しさだ。

とても強い寂しさが、カルバーンにさまざまな思いを抱かせる。

「どうせならもっと私を口説いてから死ねば良いのに。私のこと好きだった癖に、なんで死んじゃうのかしら。馬鹿みたい」

呟きは、次第に大きくなっていく。呟きで済ませられなくなっていた。

「ああ、会いたい。養父さんに会いたい。アンナちゃんに会いたい――お母さんに会いたい」

こんな豪華な部屋で一人ぼっち。何も楽しくない、と。誰かと一緒に居たいと、カルバーンは思ってしまう。

ホームシックという訳でもないが、大好きなその人たちに会いたくて仕方なくなる。

若干一名、絶対に会えない相手が混じっていたが、本人は気にしていない。会えなくても会いたいのだ。

カルバーンは一人になるとわがままであった。


 そのまま、ぱたりとベッドに背中から寝転ぶ。

ぽすん、とやわらかい音がして、羽毛の優しい感覚が背中から首筋にかけてふさふさと和らぎを与える。

それに包まれる感覚が、カルバーンはどこかとても懐かしく、優しく感じられた。

「アンナちゃん、元気かなあ」

ぽつり、呟く。思い出すのは同じ容姿の姉である。

最後に会ってからもういかほどになる事か。

ずっと旅をしていた所為で日にちの感覚が薄れ、それすら思い出せなくなっていたカルバーンであるが、幼少の頃はやはりこうして、二人して一つのベッドに寝転んでいたような気もした。

いつも一緒だった姉が、今どうなっているのかもわからない。

それはとても不安で、心配で。

だからこそ一刻も早く魔王を倒し、救い出したいと思っているのだが。

どうにも、今の自分のとっている手段は、酷く遠回りな気がしてならない。

カルバーンは、時々そんな悪いことを考えてしまう事があった。

先を焦るあまり、現実を度外視して、もっと理想的な手段があったのではないかと思うようになっていたのだ。

だけれど、と首を振る。「そんなのはありえない」と、自分を諦めさせる。

(これが一番の方法のはずだわ。時間がかかっても、これが一番良いはず……)

今はもう、自分ひとりの組織ではなかった。

大切な養父を巻き込んで、さまざまな人を道連れにして、色んな者達の期待を受けて成り立っている組織だった。

今更、その道を違える事なんてできようはずもなく。

走り出したなら、後はもう、目的まで突き進む事しかできなかった。


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