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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女
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#3-5.そしてエルフィリースへ――

 直後であった。光が突如溢れ、支配する。

「大司教様っ!!」

その場にいた兵士達はあまりのまばゆさに目を背け、ざわめきだす。

「む……この光は――」

デフだけが、その光を凝視する。

やがて光が収まると、そこには黒い外套を羽織った中年の貴族風と、侍女らしき若い女が立っていた。


「……む?」

「どうやら、敵に囲まれているようね」

やがて、その場に現れた二人組は場の異様に気付き、構えを取る。

「なんだお前たちは?」

その不思議な様に、デフは思わず間抜けな問いかけをしてしまう。

何が起きたのか解からない。どうやらこの二人が転移してきたらしいのだけは解かるが、一体何だというのか。

落ち着き払った様子を見せてはいるが、予想外の邪魔者に、デフも内心困惑していた。

「ん? 私か? 私はなんだその……ただの魔王だ」

「ただのトルテ様付きの侍女だわ」

魔王と皇女の侍女という謎の組み合わせ。デフは益々混乱してしまう。

「意味が解らん。邪魔者なのか。まあいい、殺せ」

相手が何者なのか聞いた上で意味不明だが、デフはとりあえず兵達に殺害を命じた。


 敵の襲来に備えた魔王であったが、一向に動く気配がない。

気付くと、すべてが止まっていた。

「うん……? これは……」

その中で二人だけ、動いていた。

魔王とレーズンである。

「伯爵。ここは私が請け負うわ。貴方は姫様を」

「ああそうか、時を止めたのか。だが、タルト殿は男が苦手なはず。私でいいのかね?」

「今のあんたじゃこの数相手は時間かかるでしょ。私なら、秒に換算するまでもなく蹴散らせる」

先ほどまで瀕死の重傷だった侍女の台詞とも思えず、魔王はつい噴出しそうになってしまう。

「ちょっ、今笑うような場面じゃないわよっ!?」

やはりというか、唇を尖らせ抗議する。

「いやすまない。うむ。任された」

「姫様の事、頼んだわ。エルフィリースの悲劇を繰り返させてはダメよ」

それは、強い意志のこもった瞳であった。

侍女と皇女という立場を超えた何かが、二人にはあったのかもしれないと魔王は感じる。

「……君とタルト皇女の間に何があったのかは解らんが、私も同感だ」

ただただ、味方となってくれたこの侍女に感謝しながら、魔王は駆け出した。



「もうすぐ出口ですよ。タルト皇女。大丈夫ですか?」

「……ええ。なんとか」

トルテとサバランは、もう一息で森の出口、という場所まできていた。

木々の間から見える風景が緑一色からわずかに蒼が見え始め、その終わりを示す。

(もう少しだ。もう少しで――)

逸る気持ちを抑えながら、サバランはトルテを先導していく。

「……サバラン王子。何故姉様を見殺しにしたのですか?」

ふと、トルテが足を止め、ぽつり、呟いた。

「見殺し……?」

「姉様が敵と戦っているの、見たのでしょう? 私の元に来るより、姉様に加勢していただければ、二人とも逃げられたのではなくて?」

「無茶な事を。敵の数はとても多かった。私などいても何の役にも立ちませんよ。私は、貴方をこそ逃がさなくてはならないと思ったのです」

悪いように想像されていると思ったのか、サバランも足を止め、なんとか言い訳する。

「私一人逃げて、何の意味があるというのですか。姉様も助かればと思ったからこそ、私は逃げていたというのに」

「ならば尚更のこと、本国へ戻り救援を急ぎ要請すべきです。ここで議論している暇はないでしょう?」

「それは、解かりますが……」

「タルト皇女。貴方には我が国へきてもらいます。共にエリーシャ殿を探しましょう。命続く限り、彼女を探せばいい」

サバランの説得に変な意味合いが含まれているのを感じ、トルテは距離をあける。

「……? 何故離れるのです?」

その様子に、サバランは理解できないといった様子で、トルテとの距離を詰めようと近づく。

「私は、貴方のものにはなりません。残念ですが、貴方と結ばれる道はずっと前に閉ざされたのです」

胸の前でぎゅっと手を握り、近づくサバランから逃れようと離れる。

「私は、ずっと考えていました。『なんであの時、私は誘拐されたのだろう』と。教会の人が言い訳に来たのも知っています。私を誘拐して、国を揺さぶるつもりだったというのも知っています――だけど、私があの森の前を通っていたのを、何故彼らが知っていたのか、それを、ずっと考えていました」

「一体何の話を――」

「あの時、私は貴方の元に嫁ぐ為、ゲルタの森の近くを通っていました。私達の移動ルートは、護衛の為に組織された衛兵団、私達皇族……それから、ラムクーヘンの一部要人にしか、伝えられていなかったはずです」

その色の薄い瞳は、相手を気丈に睨みつける。

「誰が、その情報を漏らしたのでしょうか? わが国の者がそれをやって利があるとは思えない。ではラムクーヘンの方が? 一体誰がそれをやって得をするというの? ずっと考えていましたわ」

「……結論は出ましたか?」

何かを諦めたように、サバランは息を吐く。先ほどとは違い、トルテに無理に近寄ろうともしない。

「ええ。貴方が私にどういった感情を向けているのか、それが解かってから急に。貴方なら、私を欲しがるだろうと思ってました。きっと、格好つけようと思ったんじゃないですか? 今回みたいに」

「参ったな。そんな風に私は見られていたのか」

「茶化さないでください」

冗談じみて哂おうとしたサバランを、トルテはぴしりと言い放ち制する。

「サバラン王子、私は怒っているのです。もしそうなのだとしたら、私は貴方を絶対に許せない」


「――許せなかったら、どうするというのですか?」

予想外のトルテの強い言葉に、一瞬驚いたサバランであったが、次第にその口元は歪んでいく。

「非力な貴方が。魔法すら使えない貴方が。エリーシャ殿のいない貴方が、一体何をできると? そもそも、そんな屁理屈で私を犯人扱いされても困りますね」

「屁理屈なんかでは――」

「ふふ、そうです。それですよ。その顔、ああ、かわいいなあ」

自分の理論を屁理屈だと断じられ、困惑しはじめたトルテを見て、サバランは心が躍った。

「貴方は自分がとても可愛い女性だというのを自覚しているのですか? それとも誘っているのですか?」

「やめてください。虫唾が走ります」

「ああ、それはいいですね。そういう強い言葉、もっと聞かせてください」

気持ち悪く変容し始めたサバランに怯みながらも、トルテは容赦なく言葉で拒絶する。

だが、サバランは堪える様子もなかった。ずずい、と前に出る。トルテは、あっさりと腕を掴まれてしまった。

「あっ――いやっ!!」

必死に振りほどこうとする。振り払えない。その力は、トルテの力では到底抗えないほど強かった。

「本当に男がダメなんですね。でも大丈夫ですよ。私とともに暮らせば、そんな苦しみもきっと和らぎます。絶対に幸せにして見せます。さあ、私と一緒に――」

「やめてくださいっ!! いやっ、放してっ!!」

必死になって暴れようとするトルテの腕を、サバランは気にもせず引っ張る。

「ふぁっ」

そのままバランスを崩し、トルテは倒れてしまった。

「おっと。これは失礼を。起き上がれますか? そうですか無理ですか」

サバランはにやにやと口元をゆがめながら、倒れたトルテを無理矢理抱きかかえた。

「やめっ、放してくださいっ!! 降ろしてっ」

「そうやって言ってれば助かると思ってる。本当に可愛いなあ。私の想像通りの反応だ」

トルテ自身は顔面蒼白で、嫌悪感を露にしているのだが、そんな事は気にも掛けず。

サバランは悠々と、戦利品を持ち帰り森から出ようとしていた。

森の外で待つ、自らの部下たちの元へと。


「悪いが、その娘は置いていきたまえ」


サバランの背後から、しゃがれた男の声が聞こえた。

聞きなれない、よもや幻聴かと思い、サバランは一旦は無視しそのまま進もうとした。

「あっ――」

声に反応したトルテが、その姿を見て声を挙げるまでは。


「誰だ、貴方は――」

「おじ様っ!!」

振り向いた先に立っていたのは、漆黒の外套姿。

貴族のような出で立ちのその男に正体を尋ねようとしたサバランであったが、その声はトルテの声にかき消された。

「久しぶりだねタルト殿」

「おじ様、お願いです、助けてください!! 姉様がっ――」

「エリーシャさんは大丈夫だよ。その……とても強い侍女が駆けつけたからね。今は――君を助ける番だ」

にかりと笑ったその顔に、トルテは心底安堵したような、救われたような表情になった。

「くっ……と、トルテは私のモノだ、渡さないぞ!!」

「きゃっ」

トルテを抱き抱えながら、サバランは一気に走り去ろうとする。

「遅いなあ」

すぐさま、サバランの前に回り込む魔王。根本的な速度が、まず違っていた。

「うわっ」

先ほどまで後ろにいたものが突然目の前に現れ、サバランは驚愕する。

「さあ、タルト殿を返してもらおうか。今ならまだ命までは奪わんよ」

「ふ、ふざけるな――折角、折角手に入れた私だけの女性だ。私だけのモノなんだっ!!」

「独占欲が強すぎると嫌われるぞ?」

「うるさいっ、うるさいうるさいうるさいっ!!」

計画が崩れ、半ば狂乱状態に陥りかけていたサバラン。

もはやこれで一件落着かと魔王が思った矢先、それは起きた。


「王子っ!? 王子が危ないぞっ、急げ!!」

「賊を蹴散らせ!! 不埒な下郎を殺すのだ!!」


 それまで森の外で待機していたラムクーヘン軍が、騒ぎを聞きつけ駆けつけてきてしまった。

「なっ」

突然の事に一瞬気を取られた魔王。その隙に、サバランは出口とは逆方向に駆け出した。

「しまった、おのれ――」

即座に自分を囲み始めた兵達を蹴散らしながら、サバランへと距離を詰める。

後方へとコールで人形兵団を呼び寄せ、数に勝るラムクーヘン軍へと攻撃させた。


 そうして、サバランは再び追い詰められる。

無理矢理ひきずっていたトルテともども、巨木に逃げ道を封じられ。

サバランは、絶望に眼を震わせながら、眼前の魔王を見つめていた。

「ここまでだ。その娘を今すぐ解放しろ。さもなければ……」

「何故だ……計画は半ば上手く行っていた。お前さえこなければ、トルテは私のものになったというのに」

「馬鹿を言え。お前の計画など初めから穴だらけの欠陥品だ。お前の望み等、ただの一つも叶って溜まるか」

最早魔王も笑っていない。つまらない事をしてくれた張本人に対し、憎しみとも思える感情を向けていた。

「ふふ、ふふふふ……まあいいさ。こういうときの為に取って置きの魔法を用意してある」

「なんだと……?」

「あの大司教も、少しは私の役に立ってくれるようだよ。ふふふ、はははははっ!!!」

その禍った瞳は、最早どこを見ているのかも解からなかったが、狂乱状態に堕ちたサバランは何を思ったのか、トルテを前に差し出しながら強く抱きしめた。

「やぁっ、放してっ!! いやっ!!」

「――時は流れ、時は刻み、時は作られ、やがて新たな世界を」

強烈に拒絶されながら、それでも構わずサバランは何事か呟く。

「世界よ、新たに生まれるがいい。我とこの愛しき姫君を其の元へ――」

「むっ……いかんっ!!」

魔王が様子のおかしさに気付き、一息に詰め寄った時にはもう遅かった。

詠唱は終わり、そして発動してしまう。


『――コールドスリープ――』



「な、何事っ!?」

突然起きた時空の振動に、一方的な虐殺を繰り広げていたレーズンは驚き手を止める。

「これは……コールドスリープか。サバランめ、下手を打ったようだな」

レーズンによって手ひどく痛めつけられ、追い詰められていたデフは、その隙に逃げ出そうと走り出す。

「コールドスリープですって……? なんて無茶な魔法を!!」

レーズンもデフが逃げるのには気付いていたが、事態はそれどころではなく、すぐさま倒れたままのエリーシャを抱きかかえ、退避に移った。

次第に、森は一点、サバランとトルテがいた座標を中心に発生した時空の波に飲み込まれていく。

強烈な時の振動の余波はやがて全てを飲み込み、世界をわずかの間、完全に凍りつかせた。



「……はぁ、はぁっ」

――そうして、彼が次に見たのは花畑であった。

開けた光景。見た事もない美しい花々。そこに横たわる、とても美しい姫君。

幼い頃から彼がずっと想い焦がれていた初恋のあの娘が、今ここに。目の前で眠っていた。

「ああ、やった……やったぞ……」

あの訳の解からない男はもういない。自分を護ろうとしていた部下たちもいなくなっているが、そんなのどうでもいい。

ここがどこなのか解からないが瑣末な問題だった。

彼にとって……サバラン王子にとって、ただ一つ大切な、重要な、全てとも言えるそれは、目の前にこそあった。

何を捨ててでも欲しかった女性が、自分の手にだけ届く場所に居る。それがたまらなく嬉しい。

「私は勝ったんだ……ははっ、私だけの女性だ。私だけの愛しい……人だ――」

眼を覚まさないままのその女性を前に、サバランは興奮げに笑い手を伸ばし、そして――手が届く前に、息絶えた。



 こうして、一人の王子が引き起こした大事件は、あらゆるものを犠牲にしながら、何一つ実りなく終わりを告げた。

後に残されたのは、何も知らぬまま眠り続ける姫君のみ。

そこがどこなのかも解からぬまま、その後自分がどうなるのかも解からぬまま。皇女は魔法の反動で、眠り続けていた。


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