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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
6章 時に囚われた皇女
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#3-3.黒幕との対峙

「ほう、一人残ったのか。なんともはや、勇敢な事だな。元勇者殿は」

そうしてエリーシャの前に現れたのは、どこかで見た司教服の、壮年に入り始めたような男だった。

「貴方は――」

エリーシャに見覚えがあるのは、その肥満じみた男の皮肉げな口元である。

どこか苛立ちを感じさせる、善くないものを感じさせる、そんな口元であった。

「デフ大司教。何故貴方がこんなところに?」

エリーシャも知るその男は、この場にはなんとも似つかわしくない男であった。

確かにこれは教会組織による襲撃なのだろうが、それにしても、組織の大幹部がこんな森に出張るなど尋常ではない。

何かがある、エリーシャはそう感じた。


「戦争は好きかね?」

エリーシャの問いに、しかし大司教は答えもせず、自らの問いを投げかける。

「大嫌いよ。こんなの、さっさと終わればいいと思ってるわ」

「そうか」

自分の問いを無視された事にムッとしながら、だがエリーシャはぶっきらぼうに答えてみせる。

デフもさほど感心もなさそうにそれを受け、笑った。

「何がおかしいのよ?」

「いやなに、戦争の元凶の一つたる元勇者殿が、事もあろうに戦争嫌いだなどと、面白い物だと思ってな」

「なんですって!?」

あざけるように笑うデフに激昂しそうになるも、飛び掛る事はせず、落ち着こうと努力する。


――周囲は既に囲まれていた。

迂回した敵もいるかもしれないが、少なくともエリーシャの後方を追いかけていた敵は、そのほとんどがこの場にいるらしかった。

見渡す限り敵兵で埋め尽くされている。

それが、恐らくは目の前の大司教によっていつでも襲いかかれる状態にある。

この数に襲われればエリーシャとて成す術もないだろう。待っているのは間違いなく死である。

ならば、わずかなりともこの嫌味な壮年の戯言に付き合い、時間を稼ぐ方が賢いに決まっていた。

その間にトルテはわずかでも逃げられる可能性があるのだから。

その『わずか』が元で、救援が間に合うかもしれないのだから。


「戦争は何故起こるか考えた事はあるかね?」

また、別の質問が投げかけられる。

「それは……魔族や貴方達が攻め込んでくるから、私達はそれから身を守る為に戦うしかなくて、それで始まるのでしょう。誰かが襲うから、襲われた者は身を守るしかないじゃない」

「違うな。戦争はな、互いの欲がぶつかり合い、どちらも譲ろうとしないから起こるのだ。攻め込まれるのはいつまでも譲らないから。攻め込むのは譲らない者に譲らせる為だ」

「譲る気がないのを無理強いするからそうなるんでしょうが」

デフの主張する『戦争の原因』は、あくまで攻め込む側の理屈であった。

これに対し、『攻め込まれた側』のエリーシャは納得しない。

「無論、それは承知の上だがな。それとあといくつか、とても重要な原因がある」

「……一応聞くだけ聞くわ」

「ありがとう。一つ目は簡単だよ。私のような、『戦争を望む者』がいるからそうなる」

聞く素振りだけ見せたエリーシャに、デフはとても機嫌よさげに笑った。

とても面倒くさい事をのたまいながら。

「そして、私のように『戦争を望む者』がいて、君のように『戦争を行える者』がいると、戦争が起こるようになる」

なんともシンプルだろう、と、デフは誇らしげだった。

「馬鹿言わないで。私は戦争を終わらせたくて戦ってたの」

「それが既に矛盾している。戦いを終わらせたいなら剣を置くべきだ。敵に首を捧げてでも『もう戦いたくありません』と主張すべきだ」

「それじゃ虐殺が起こるわ。戦争を終わらせるなら、それは互いにとって平等に終わるべきよ」

片一方が不利なままの結末では不幸しか生まれない。やがてそれは憎しみに変わるだろう。

一度終わった戦争は、しかし怨嗟によって再び起こるかもしれない。

それでは意味がないのだと、エリーシャは考える。

「だが私が知る限り、魔族相手にしろ人間相手にしろ、平等なまま終わった戦い等ただの一度もないと思うがね」

そんな理想は実らない。そんな都合のいい奇跡は起こらない。

デフはあざ笑った。それこそ勇者の都合であると。ただの理想主義ではないか、と。

「紀元以降、ただの一度も我等人類は魔族を滅ぼせたことなどなかったというのに。何を根拠に、そんな和平が成り立つと思い込んでいるのだ? 君は」


 エリーシャは歯噛みする。デフの言う事は、一つの真実であった。

かつて、魔王と呼ばれた魔族の王を、人間の軍勢が討ち取った事は幾度かあったのだ。

軍勢が魔族の領に、あるいは魔王城まで攻め込んだ事すらある。

だが、そこまで追い込んでも、魔族はただの一度も滅びなかった。

魔王はすぐさま代替わりするし、魔族はいつの間にかその数を戻している。

キリがない。この戦争に終わりはないのではないかとすら思える。


「それでも、私はそうは思わないわ。いつか終わる。その終わる時が今かもしれない。百年後かもしれない。でも、終わらない戦争なんてないと思いたい。そう願う事は罪ではないでしょう?」

自分と同じで、戦争が大嫌いな魔王だっているのだから。

いつかはそうなる事だってあるかもしれない、と。あの中年魔王を思い出しながらエリーシャは食い下がった。

「いいや罪だね。平和を願う心そのものは美しい。だが、平和を勝ち取ろうとするその姿勢は、我等から見て悪でしかない」

デフは笑うのをやめていた。エリーシャの願い等認めるものかと、その濁った瞳でにらみつけていた。

「人々は、戦いの中に置かれてこそ生の実感を味わえる。人々は、絶望の中に立たされてこそ、平和の尊さを思い知る事が出来る」

「平和になれば、そんな事すら考えずに済むようになるわ。それは幸せな事のはずよ」

「それは果たして正しい事なのか? 私はそうは思わない。人の心の輝きは、今のような絶望の中にこそある。今この状況下に置かれた君は、間違いなく美しい。宝石のようだ。散る間際の花のようでもある」

謡う様に語るその姿は狂った宗教家そのままであった。その様に、エリーシャは心底嫌悪感を感じた。

「平和になどなってたまるか。すべてが死滅するほどの大戦争が起きればいい。その中でこそ、人々は純真なる己の祈りに、願いに気付くことが出来る。その一瞬、その時にこそ、本当の意味で救う価値のある、救われるべき民が生まれる。真の宗教が生まれるのだ」

大仰に身振りしながら、大司教は笑う。とても慈悲深い、聖者の顔であった。

「私は、そんな者をこそ救いたいと思う。そんな彼らをこそ、心の底から愛しいと思う」

「……正直理解できないし、したくもないわ。悲しむ人を少しでも減らしたい。その為に戦う事が悪だと言うなら、戦いの終わりを望む事が間違いだというなら、私は喜んで悪党に成り下がる」

こんなものはデフの宗教観であり、一つの価値観でしかない。

説教するデフは本気なのだろうが、正直エリーシャには受け入れられたものではなく、到底理解に苦しむ狂った思想であった。

だが、デフはそこで満足げに息をつく。


「まあ、これがつまり、戦争の最たる原因だ。私と君の価値観の違い。人と魔族とが、人と人とが戦争するに足る、全ての元凶だ。人は、自分と違うモノを素直に受け入れられない」

その当たり前の事が、全ての不幸を生み出しているのだと、デフはのたまう。

「平和の為に君が何かをしようとも、平和を台無しにしたいと考える私のような者がいる限りそれは決してなくならんよ。人は、戦争をするように作られているのだきっと。わずかな事で諍いが起きるようになっているのだ。そういう生き物なのだ」

「馬鹿らしい。貴方はよほど孤独な人生を送っていたのね。その歳になるまで」

「そうかもしれんね。君も中々に凄惨な過去をお持ちのようだが、それでも正直私から見れば救いの多い、満ち足りた人生を歩んでいたように見える」

「歩ませて欲しかったわ。なんで邪魔するの?」

皮肉の応酬。デフはにやりと口元をゆがめた。

「人の悲しむ顔を見るのが好きなんだ。人が苦痛に頬をゆがめるのをたまらなく感じる。救ってあげたいと思ってしまう。私は心底、人の不幸が好きらしい」

まさしくどうしようもない人間であった。

突き抜けたダメ人間とはこうまで迷惑な存在なのかと、エリーシャは呆れて文句をつける気すら湧かない。


「だから、君にはちょっと拷問を受けてもらって、壊れてもらおうかと思ってる」

大司教が間合いをつめたのは、一瞬であった。

「――っ!?」

何が起きたのか解からないまま、エリーシャは即座に距離をとる。

囲んでいる敵兵に背を向けたまま近づく事になったが、そんな事を気にしている暇もない。

「くくっ、いい動きだ。現役を退いたとは言え、すばらしい足周りよ」

気がつけば、ドレスの腹部分が断絶していた。

胸から下辺りがばっさりと切られ、健康的な肌があらわになる。

「……何をしたの?」

恐らく斬られた、と感じはしたエリーシャであるが、それが何であるのかはまるで分からない。

ただ近づかれたように見えはしたものの、デフがどういう動作を取ったのかも把握できなかった。

驚くべき事に、エリーシャには、デフの動きが全く見えなかったのだ。

「ただ短剣で斬りつけただけさ。今ので終わらせたつもりなんだが、私も歳を取ったかな?」

ちゃきり、と袖の下から薄緑色の短剣――クリスが現れる。

それが両手に一本ずつ。察するに、短剣の二刀流らしかった。

「まあいい。私もこれで剣の心得位はあるつもりだ。さあ剣を構えたまえ。得意の衛星魔法は使わないのか?」

にやにやと笑いながら、余裕の調子でエリーシャをねめつけるデフは、まさに強者であった。


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