#E3-3.魔王様の忘却で魔王軍は一週間止まる
「まあ、私にお土産ですか!? わあ、嬉しいわっ」
自室にてのんびりしていたグロリアであったが、お土産を持ってきたとあって、ぴょこぴょこと耳を震わせながら満面の笑みであった。
「う、うむ。これだ、遠慮せず受け取ってくれたまえ」
にこにこ顔のグロリアに、魔王はまん丸の柔らかなクッションを渡す。
「あら……クッション! それにこの感触――ふわ、素敵ですっ、すごい座り心地よさそう!!」
「うむ。私も同じ商品で試してみたが、かなり良い感じでね……その、座って瞑想とかするのだろう? こういうのがあるといいかなあ、と思ったのだが」
彼女たちの瞑想が具体的にどういうものなのかは解らない魔王であったが、漫画的に『とにかく座って眼を瞑り続ける修行的なもの』としてイメージしていたので、こうなった。
「ああもう陛下っ、なんて素晴らしいセンスなのですか!? あ、どうですか陛下、よろしければこれから一緒に、精霊と対話するための瞑想を――」
どうやら喜んでくれたらしいのは解ったが、興奮のあまり余計な事まで口走りだしたので魔王はすぐに手を前に突き出した。
「す、すまんね。他の者にも配らないといけないから、これで失礼するよ」
そうして、苦笑いのまま去っていった。
「あんっ、もう、陛下――せっかちさんですわ。もっとお付き合いいただいてもよろしいですのに」
ふわふわとしたクッションを胸に、グロリアは少し残念そうに、だが、機嫌よさげにぎゅむ、とクッションを強く抱きしめていた。
「私に、お土産、ですか……?」
そうして今度はエクシリアの部屋へ。
部屋に着くと、ドアを開けたのはトレーニング中だったのか、短めのシャツとスパッツといった出で立ちのエクシリアであった。
「うむ。塔の娘達にはこうして直接渡す事にしていてね――アリスちゃん」
「はい、エクシリアさんの分はこちらですね」
どこからかアリスが取り出した品物を魔王が受け取り、それをエクシリアへと差し出す。
その手にあったのは、青緑がかった材木質の剣。木刀である。
「はわ……こ、これは、霊樹クレイドナイガスの剣ではないですか!? それも、こんなに大きい……」
そうしてそんな木刀を前に、眼をキラキラさせているのがエクシリアという娘であった。
「君は変にかしこまったものよりは、こういった変わった武器類の方が好きらしいと聞いていたからね。気に入ってもらえたかな?」
「はい!! その、ありがとう、ございます……こんなに、素敵な品を。なんとお礼を言えば、いいか……」
口調こそいつもと同じで詰まっているが、その表情は普段とは比較にならないほど活き活きとしていて、剣に指を這わせたり、ぎりりと握り締めてその感覚を堪能したりと、ダークエルフなりにそわそわしているのが良く解る。
ぴょこぴょこと耳が忙しなく動いているのも解り易かった。
「まあ、とりあえず、今日はこれで失礼するよ。トレーニング、頑張ってくれたまえ」
「はい。ありがとうございました。これからはこの剣を使っての鍛錬も考えて、みますね」
この娘のにこやかあな笑顔は珍しいなあと思いながら、魔王は立ち去った。
その後も、塔に住まう娘達に分け隔てなく土産物を配っていった魔王。
「私にお土産くれるの!? やったーっ!! まおーへいか大好き!!」
ゴブリン族の姫君には北部の子供向けの民族衣装を。
「私に土産物とは……ふふっ、そのように気を遣って頂かなくとも、我らの忠誠は陛下に向いたままですわ。ですが、ありがたく」
馬魔族の姫君にはキルト縫いされた膝かけ布を。
「わ、私にこれを……? まあまあ、陛下ったら。そんなに私に――あ、いえ。なんでもございませんわ! ありがとうございます。このお礼は、いずれ二人きりの時にでも――」
デュラハン族の姫君にはディオミスでしか採れない黄水晶のピアスを。
とにかく、色々な相手に色々配ったため、配り終える頃にはさしもの魔王もくたくたになってしまっていた。
「ああ、疲れたな……」
「沢山配りましたものね。塔だけでほぼ一日が潰れてしまった感じですわ」
塔から出れば、もう真っ暗になっていた。
ぼんやりと浮かぶ二重の月を眺めながら、魔王はほう、と息をつく。
「城の兵士とか女官達に配る分はエリーセルちゃんたちに任せておいてよかったな。そちらまで自分でやっていたら、何日掛かったか解ったものではない」
普段から話したりする事の多い塔の娘達だからこそ直接渡したいという気もあったのだが、流石に誰が誰ともよく解らない兵士や女官達にまでそれをやるのは、時間の都合上無理だと判断していた。
なので、そちらの分はエリーセルら、魔王の人形達がそれぞれ配りに行っている。
「ですが、こうして配っているのを見ていると、旦那様も楽しそうですわ」
「うん? そうかね?」
可愛らしく微笑むアリスに少し照れくささを感じながら、魔王は頬をぽりぽりと掻き、視線を上に逸らす。
「まあ……その、なんだ。人の喜ぶ顔を見るのは、そう悪い気はしないし、な」
意外と、悪くないものであった。こんな事も、たまにならあってもいいのではないかと、魔王は思ったのだ。
「そうですわね」
アリスも、満面の笑みでこれに応えていた。
二人、ゆったりと城内を歩いていく。
「ああ、言い忘れてたが、勿論アリスちゃん達の分も用意してあるからね。チェックシートには記していないが、部屋に戻ったら皆に分けるから」
「あら……ふふっ、旦那様のそういうマメなところ、アリスは大好きですわ♪」
尚、魔王に完全に忘れられた形になっていたラミアであったが、一週間ほどして思い出した魔王が土産物を渡すことにより、ラミアと魔王との埋め難い溝が発生するのだけは免れる事となった。