#14-3.ラミアへのお土産はベルベットのスカーフだった
「まあ、ともあれエレイソンは私達の説得に応じてくれた。彼自身も哀れな境遇の元生まれた変種の子だったに過ぎないしな……どういう訳か、トカゲ形態になったまま戻れなかったらしいから、アンナに戻り方を教えさせて、元の姿に戻してやったよ」
「元に戻れなくなっていたのですか?」
「そうらしい。性質の悪い女神の呪いでもかけられたんだろう。アレはそういうことをしでかす奴だ」
全くろくでもない女神だ、と、悪態をつきながら、やはり、そんな意地の悪い女神こそが、本来自分が知りうる女神なんだと納得できてしまう。
「白髪交じりの金髪の年寄りだった。竜族としても相当な歳だろう。経緯から考えても、恐らく、相当初期の時代から生きていたに違いない」
呪いの解けたエレイソンは、変身中の恐ろしげな外見とは裏腹に、竜族特有のがっしりとした背の高さはあるものの、あまり力を感じさせない物静かな老人であった。
「案外、君の母親なんかと同世代かもしれんぞ?」
「それはどうでしょうか……私の母は、魔族そのものが創造された時期に生まれた、言わば魔族のプロトタイプ的な存在の一人でしたから。その時期にはまだ竜族は生まれていなかったという話ですし、恐らく竜族が生まれた第二世代……あるいは、変異種である事から考えるに、第三世代……紀元後六万年位後から生まれた世代ではないかと」
相変わらず何かの冗談のような途方もない話であるが、何億年も生きてるラミアが目の前にいる以上、その母親が最初期の頃から生きてたのだとしても不思議ではない。
なんとも長命な生物であると、魔王はため息をついた。
「まあ、いつごろ生まれたのかとかはどうでもいい。実際に大切なのは、彼が老いていた、という点だ。私が想像したより遥かに早く、カルバーンは『魔王』になりかけている」
『魔王』は歳をとらない。『魔王』以上の存在がその世界に生まれるまで、あるいは他世界の何者かによって弱体化させられない限り、その寿命は無限に等しく続く。
当然、願い続ける限りは身体は歳をとらず、外見も『魔王』となった当初の姿のままである。
つまり、彼が年老いているという事は、既に彼は、『魔王』足りえなくなりつつある、という事である。
エレイソンに残された余命は、あまりにも少ないように、魔王には感じられた。
「恐らく、限界は近い……私と戦わずとも、今のままでは遠からぬ内に、彼は寿命で倒れるだろう」
「……その時、カルバーンがどうなるかが心配ですわね」
「ああ、上手くエレイソンが遺言か何かで言い含めて、落ち着いてくれればそれが一番いいのだが。逆上して暴走でもされたら、正直止められる気がしない」
アンナですら無理なのだ。魔王では不可能に等しかった。
「救いがあるとすれば、彼自身はもう、自身の願いをカルバーンに押し付ける事はしない、という事位か。それがどれだけ愚かな事だったのか、彼にはよく説明し、納得させたからな」
終わらない戦争は、まだ終わらないままである。
エレイソンが死のうと、カルバーンがそれを容認し続ける限りは継続して世界が願いを叶え続ける。
だが、逆に言うなら、エレイソンがカルバーンにその願いを拒絶させる事が出来れば、あるいは、カルバーンの願いがエレイソンの願いと矛盾していれば、その願いは打ち消される。
そうして初めて、終わらない戦争は、終わらせる事が出来るようになるのだ。
これは当初から分かりきっていた事で、仮に元凶であるエレイソンを魔王が殺せたとしても、カルバーンがエレイソンの願いを継続する事を願えば、それはカルバーンが『魔王』である間中は持続し続ける事となる。
それでは意味がないのだ。だから、エレイソンは殺してはならなかった。
エレイソンを力ずくで攻略したなら、次にはカルバーンをも力ずくで攻略しなくてはならないからだ。
「今後の憂いは絶てずじまいですか……まあ、今回の目的は、あくまでエレイソンを無害化させること、でしたし……」
「うむ。それが首尾よく行ったから、まあ、次につなげやすくはなったという意味で、今回は成功だと思うよ」
その結果どうなるのかは魔王にも予測できないが。それでも、最悪の状況になる可能性が少しでも少ないルートを選べたのなら、その方がいいに決まっている。
魔王もラミアも、綱渡りなのはある程度覚悟の上で、それでもやらなければどうしようもないからやっているのだ。
半ば、ギャンブルに近い。今回は勝てた。だが、次回勝てるとは限らない。
ただ、今回勝てた分だけ、次回に回せるチップの数が増える。それだけ成功率が増えるのだ。悪い事ばかりでもなかった。
「また少し、時間を置く事になるかもしれん。教団周りの警戒は欠かさないでくれたまえ」
「承知いたしました。お任せを」
次の行動までの準備期間。
魔王は、そしてラミアは、この空いた時間を有効に活用しなくてはならない。
ダイスは既に投げられたのだ。
後はただ、手の内にあるカードをいかに上手く使うか、あるいはカードを切るかを考える。
少しでも有効な手を。少しでも割りのいい策を。
そして、いざその時に動けるよう、備えなくてはならない。休めておかなくてはいけない。
「私は……少し疲れた。若い娘との二人旅が、こんなに疲れるものだとは思いもしなかった。アリスちゃんと旅をしていてもこんな事にはならなかったのだが」
「まあまあ、疲れるような事をなさったのですか? その辺も詳しく――」
話し終えて、疲労感が強くなってきた辺りで、もうそろそろ会話を打ち切りたい魔王は部屋に戻る為の話題に変えたのだが、これがなぜかラミアの興味を引いてしまったらしく、余計な勘繰りを入れられる羽目になってしまった。
「いや、ないから。単に若い子と一緒にいると、気を遣う事が多いなあと思っただけだよ」
「なんですかそれは、つまらないですわ。我慢しきれなくなって夜毎にほとばしるパトスをぶつけていたとかでもよかったですのに」
実に余計なお世話だった。
「そんな事したら責任問題になるではないか。妻にもらわないといけなくなるぞ」
「もらえばいいじゃないですか。以前のままだとちょっと性格に難がありましたけど、最近のあの娘を見る限り、何一つ難のない、魔王の妻としては理想的な娘だと思いますが?」
友達の私が言うのもなんですが、と、ラミアはにやにやと笑う。
「君もそう思うか。私も最近のアンナは悪くないと思う。が、まだいかんせん若い。何も知らな過ぎる。男女の駆け引きだとか、そういうのもな」
まだまだ子供っぽいのだ。自分の感情優先にしてしまって、その辺りの駆け引きが全然できていない。
魔王的にはまだまだ面白くない相手であった。
「なるほど……陛下は、ある程度その辺りの駆け引きに富んだ、経験豊富な娘の方がお好みでしたか」
「その方が一緒にいて楽しいと思うんだ。上手く会話がはまった時なんか、それだけで嬉しくなる」
以前と比べればある程度、異性に対しても好意的に受け取るようにしている魔王ではあるが、やはり、その辺りの好みは色々とうるさかった。
「ま、陛下の正妻、側室に関しては、私も色々思うところがございますし。暇な時間を見つけてこちらで考えさせていただきますわ」
「いや、別に考えなくてもいいんだが」
「そうはいきません! 折角ハーレムまで作ったのですから、陛下がその気になるような良い娘を用意して、しっかりと酒池肉林を――」
「とりあえず、私は部屋に戻るよ」
「あっ、陛下!?」
早速変な方向に暴走しようとしていたラミアを放置し、魔王はさっさと部屋へと戻っていった。
「もう、陛下ったら。本当に子供を作る気とかないのかしら?」
困った主にため息をつきながら、取り残されたラミアはぶつぶつと愚痴る。
「子供かわいいのに。何かの間違いでまた、魔王城を子供で埋め尽くしたりしないかしら」
なんだかんだで、子育てが気に入っていたラミアであった。