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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
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#14-1.魔王様の帰還

 その日は、夏にしてはやけに涼しい、過ごし易い陽気であった。


 魔王城・楽園の塔。

空中庭園に設置されたティーテーブルで、セシリアらエルフの三姫とエルゼがお茶会をしていた。

「今日はとても過ごし易くて……いい風が吹いてますねぇ」

立ち上がり、たなびく癖のない金髪を手で押さえながら、グロリアは塔の外の風景を眺める。

「そうね。人間世界だと、夏って言うと蒸し蒸しと暑いものだったけれど、魔界の夏ってやたら暑いか涼しいかのどっちで、蒸すっていうのはあんまりないのよね」

「そうですね。さっぱりしているというか……魔王城は高地にあるそうですし、比較的気候がはっきりしてますよね」

セシリアとエクシリアも話題に乗る。

先ほどまでは静かに近況などを話し合っていた四人であるが、こうした些細な事でその内容は変わっていくのだ。

「魔界も、私の実家のあるレーンフィールドは、一年中ジトジトとしていますよ。なんというか、湿気っぽいのです」

静かにカップに唇をつけ、間を置いてからぽつり、エルゼが呟いた。

「なんとまあ……レーンフィールドは、どのような場所なのですか?」

途端、グロリアが振り向き、興味深げに喰いつく。優雅な面持ちとは裏腹に、彼女は好奇心の塊であった。

「お話しましょうか?」

興味を見せてくれたのがうれしいのか、エルゼはおっとりと微笑みながら、皆と話しやすいように一歩、椅子を後ろに引く。


「レーンフィールドは、魔王城の極北。魔界の隅っこにあるのですが、ここは一年を通して湿気が強くて、あまり作物の育たない土地なのです」

ぽん、と手を叩くと、テーブルの上に小さめの映像魔法が展開され、簡易的な世界地図が描かれる。

「特に王城の周辺地域では、日光そのものも滅多に差さず、ほぼ毎日が厚い雲に覆われた曇りの日となっています」

「それだと、一年を通して寒くなりそうな気がするのですが……陽が差さないのって寒くないのですか?」

説明を続けるエルゼに、座りなおしたグロリアが小さく挙手しながら質問をする。

エルゼは小さく首を横に振り、「いいえ」とはっきり返す。

「立地条件といいますか、アレキサンドリア線からこちら側の大陸では、土地の低い北部は人間世界で言うところの熱帯的な気候で、逆に高山の多い南部は高地特有の冷涼な気候となる事が多いのです」

エルゼの説明どおり、丁度人間世界と魔界とを二分する位置にあるアレキサンドリア線に黄色いラインが引かれていく。

「このため、人間世界では常識な『北は涼しく南は暑く』というのが通用しないのです。むしろ全く逆で、海に近い吸血領は、陽が差さずとも季節関係なしにジメジメとした空気が海から流れてくるのですわ」

ベタベタです、と、困ったように眉を下げる。

「私も、こちらに来るまではずっと自室にこもりきりだったので、具体的にどういう地形でどうなってるのかは解からないんですけどね」

これで故郷のお話は終わりです、とばかりに、手をポン、と鳴らし、映像を消す。


「なるほど、魔界は人間世界の真逆に近い気候になってるんですね」

意外にも博識なエルゼにグロリアは感心げに頷く。セシリアとエクシリアも口元に手を置き、静かにそれを聞いていた。

「そうですね。ただ、魔王城は大陸でも東端に位置しますし、それに色々と不思議な事になってるから、地学的な気候とはあんまり関係ないのかもしれません」

「そうなのですか?」

「ええ、魔王城の周りって、地形の相性とかを完全に無視したお花や植物が植えられてますでしょう? 東部が比較的温感な地域と言っても、やっぱりそれって不思議な事なんです」

少し不思議な物事の説明にはやはり困るのか、エルゼも小さく首をかしげながら、先ほどよりもたどたどしく説明する。

「本来なら一緒に育つはずのない植物が、魔王城の周りだと当たり前のように咲いてるものね。あれってきちんとした理由があっての事なのかしら」

先ほどまでは聞く側だったセシリアが、今度は質問者に回った。

元森の住民だけあり、植物に関しては思うところがあったらしい。

「ごめんなさい、私も詳しい事は何も知らなくて。ただ、立地条件的に、本来なら魔王城近辺は今の季節はそこまで暑くなくて、何年か前みたいにすごく暑くなる事って滅多にないはずなんです」

地形的な知識は豊富なエルゼも、その辺りの事はあまり詳しくないらしく、眉を下げてしまう。

「そう、でもエルゼさんって物知りなのね。感心させられたわ」

責めるでもなく、セシリアがエルゼを賞賛すると、グロリアもエクシリアも「うんうん」と頷きそれに同意する。

「えっ、そうでしょうか? あ、ありがとうございます」

あまり褒められ慣れてないのか、エルゼは視線をあっちに移したり移さなかったりとせわしなく泳がせ、とんがった銀髪をいじったりして照れにテレていた。

(可愛いなあ)

(かわいいです)

(なにこの可愛いいきもの)

それを見た三姫は、三人ともがエルゼを可愛いと思ってしまっていた。



「もうそろそろ、陛下達が旅立たれて三週間、経つのかしら? 何の音沙汰もないらしいし、とても心配なんだけど……」

話題を変えたのはセシリアであった。

「ああっ、そうです。師匠、いつになったら帰ってくるんでしょうか……」

話題に最初に食いついたのはエルゼである。セシリア同様、魔王の帰りが遅いのが心配で仕方ないらしく、急にそわそわし始める。

「ヘレナからは馬車や徒歩での旅だと聞いてますから、相応に時間がかかるのでは……?」

心配そうな表情になった二人に、それを和らげる為、グロリアがそれっぽい理由を考える。

「ディオミスは世界一高いですから、登るのも大変なのかもしれませんし」

続いて、エクシリアが山の高さを強調する。見事な連携のように見えなくもなかった。

「そう、険しいのよね、ディオミスって」

「はい、とても高いです。私の同族の者も、一部が暮らしていました」

心配げに呟くセシリアに、「すっごく険しいですよ」と、なぜか嬉々として語るグロリア。

普段は空気が読める子のはずなのに、自分たちの一族が関わると途端に空気を読まなくなる困った娘であった。

「…………」

「…………」

その言葉で表情を暗く落とすセシリアとエルゼ。

「ぐ、グロリア様っ」

「なんと言ってもディオミス山頂付近、『バッカスの玉座』と呼ばれる一帯は古来から私達ハイエルフにとってとても有名な瞑想場所でして、人間の方が登山する際には最難関と名高いのですわ」

エクシリアが気づいて修正しようとするも、グロリアは構わずに話を進めていた。

「このバッカスの玉座は山頂付近に向かうなら必ず通るポイントでして、険しく切り立った地形もさることながら、もろく崩れ易い足場の為に毎年転落者が後を絶たないのだとか――」

「ちょっとは空気読みなさいよ!!」

流石に耐えかねたのか、セシリアが激昂し、立ち上がる。

「あっ、ご、ごめんなさい、私ったらまた――」

ここまできて自分が調子に乗って要らない事まで喋くっていた事にようやく気づき、グロリアははっとし、口元に手を置いて謝る。

「……うぅ、師匠……」

グロリアの謝罪を聞いてか聞かずか、しかし、エルゼは心配のあまりテーブルに伏せってしまった。

「ああもうグロリアのお馬鹿っ、エルゼさん泣いちゃったじゃないの」

「グロリア様はちょっとその……空気を読むべきです」

「はぅっ……ご、ごめんなさいエルゼさん。悪気はその、なかったというか――」

一斉に責められてしょげてしまったグロリアは、とがった耳もシュンと下げ、エルゼにひたすら謝っていた。

「師匠に会いたいです……いったいどこに……」

尚も泣き止まないエルゼ。場の空気は最早最悪であった。


「ああもう、魔王陛下、早くお戻りになってください!!」


「呼んだかね?」


 半ばやけっぱちで叫んだセシリアに、意外な返答が返ってきた。

「……えっ、あれ?」

一瞬何が起きたのか理解できず、目を白黒。

耳をピクピクさせ、そしてようやくセシリアは、自分の言葉に返答があった事に気がついた。


 振り返った先には、魔王が旅装束のまま立っていた。

わずかに遅れ、グロリアとエクシリアもそちらを向き、驚く。

「やあ、ただいま。なんというか、取り込み中だったのかな?」

どうしたものかと、困ったような苦笑いをしながらも、一堂の視線を感じ、魔王はシュタッ、と、片手をあげる。

「陛下っ!? いつお戻りに!?」

反応遅れながら、セシリアはようやく声を絞り出す。

「ついさっきだよ。おや、エルゼはどうしたんだい?」

「あっ――、し、師匠ですか? 本当に師匠ですか? 夢じゃないですよね!?」

伏せって泣いていたエルゼだが、師の帰還に気づくや、すぐにぱあっとした表情となって立ち上がり、駆け寄っていく。

「師匠っ!!」

「おおっと」

がっ、と胸元やや下に抱きつく。

突然の事に魔王も小さく声を上げたが、自分に抱きついてぐりぐりと頬をこすりつけるその頭を、魔王はそっと優しくなでてやった。

(……あんな自然に飛び込めるなんて、いいなあ)

驚くあまり駆け寄るタイミングを逸してしまったセシリアは、ひたすらうらやましそうにその様を眺めていた。

「いや、帰りが遅くなってすまなかったね。心配をかけたかね?」

「えっ? あ、え、ええ、お帰りが遅かったので、何事かあったのではないかと、皆で悪い想像ばかりしてしまって……陛下の事ですから、万一もないとは思っていたのですが、実際にこうして離れてしまうと、不安になってしまうのです」

エルゼをうらやむ心境とは裏腹に、表面だけでも取り繕ってしまう要領のいい自分を、セシリアは嫌いになりそうであった。

「そうか、いや、悪かった。思いのほか帰りの道で時間がかかってね」

心配されるのも悪い気分ではないのか、魔王は照れくさそうに笑っていた。

「実は、土産物を選ぶのに手間取ってしまって――折角の旅だからと、付近の祭やらに顔を出していたら、思いのほか日にちが経ってしまったんだ」

魔王曰く、主目的とは全く関係のないところで帰還が遅れていたらしい。

安心するやら呆れるやらで、セシリアはほう、と大きく息をついた。

(相変わらず、度量が大きいというか……心配し甲斐のない方だわ)

それまで心配していた自分が馬鹿らしくなるほど、魔王は全く変わらず、呆れるほどにいつものままであった。


「ともかく、土産物は後で塔の皆に届けるから、楽しみに待っていてくれたまえ」

そして後に残るのは、楽しげな話である。

「まあ、私たちにもお土産を?」

「それはそうさ。魔王城の者たちや塔の娘たちに選んでいて、その分だけ遅れたんだ。いや、言い訳にはならんがね」

驚くセシリアらに、魔王は気さくに笑いながら、話を進める。

「魔界ではお目にかかれないあちらの生地や服、装飾品なんかもある。セシリアたちにはそんなに珍しくもないかな?」

「い、いえいえ! 陛下のお心遣い、嬉しい限りですわ。ねえ二人とも」

「はい」

「ありがとうございます、陛下」

自分達が座ったままだったのを思い出し、三人とも急いで立ち上がり、魔王の気遣いに感謝して見せた。

「うむ、そうか。それはよかった。では、挨拶も済んだし、私は城に戻るよ。色々と回らなくてはいけなくてね」

「はい。陛下、ご無事の帰還、嬉しく思いますわ。遅れましたが、お帰りなさいませ」

「ああ、ただいま。セシリア」

なんとか冷静さを取り戻し、楚々とした態度でぺこりとお辞儀するセシリアに、魔王も嬉しげに笑いながら片手をあげ、離れないエルゼともども去っていった。


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