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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
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#13-1.鳥類ペンギン目『ペンギン』

 馬車の中から見る景色は、退屈な山景色から、瑞々しい水源地帯へと変わっていった――


 この日、自らが率いていた軍勢を中央部へと移動させていたカルバーンは、一足先に護衛の兵団と共にベルクハイデへと到着しようとしていた。

山岳地帯ではあまり活かしにくい馬車ではあったが、街道の整備された中央部では抜群の機動性を誇り、道中魔王軍からの妨害を受けることもなかった為、スムーズに移動が完了したのだ。

「ふぅ、やっと一息つけた感じ……」

小さく息をつきながら、カルバーンは馬車の外の風景を心持柔らかい表情で眺める。

先日の魔王軍の中央部・西部進撃は大いに焦らされたが、中央諸国や西部ラムクーヘンの奮戦もあって被害は最小限に抑えられたらしく、ようやく安堵できたのだ。

小さな水場には、北部では見ないような色とりどりの水鳥が佇んでいた。

「なにあれ、変わった鳥ねぇ」

ふと、見たこともない鳥がいることに気づき、カルバーンは思わず指差す。

隣に控えていた護衛の女性兵士が「ああ……」と、知った顔で微笑んだ。

「あれは『ペンギン』ですわ。中央部ではちょっと珍しい川鳥ですね」

「ペンギンって言うの? へぇ。ずいぶん変わった姿だけど……」

じっとその姿を見る。

身の丈は人間の膝位。まん丸な身体に足先と突起物がついただけのように見える生き物だった。

他の水鳥と違ってずんぐりとしたその体躯は、まるで北部伝統の人形のよう。

翼らしきでっぱりもあるにはあるのだが、あまり大きくなく、このような体躯でいかにして飛ぶのかと、カルバーンには不思議でならなかった。

「ペンギンは飛ばないのです。あの足ですさまじい速さで陸地を駆け巡り、水中においては魚より早く泳ぐのだとか」

カルバーンの疑問に、女性兵士はしたり顔で説明する。どうにも説明好きな性分のようだった。

「走るの!? あれで!?」

説明を聞いたカルバーンは思わず驚いてしまう。

陸地を走る鳥など聞いたこともない。しかもあの短足で、である。

「走るようですよ。一説では馬より早いのだとか」

「なんていうか……すごく気になるわね、その時の光景。どうやって走るのかしら……」

「さあ、私も実際に走ったところを見たわけではありませんから……」

女性兵士も実物を見たのは初めてだったらしく、あくまで文献で知っていたから解かるというだけのものだったらしい。

「野生の動物って面白いわよねぇ……当たり前のようにそこにいるけど、犬とか猫とかなんでそんな進化の仕方したのっていうの一杯いるわよね」

「豚も口から破壊魔法撃ってきますし、馬も希少な種では空を飛んだり角を生やしてるものもいるようですし……何のためにそうなってるのかよくわからない生物って結構多いですよね」

野性の世界はファンタジーが一杯であった。


「あっ、ペンギンが――」


 ほのぼのとした空気で雑談に花を咲かせようとしていたその時。

別の兵士が窓の外のペンギンを指差し、全員がそれを一様に見る。

見ると、腹ばいになり全速力で水上を駆け抜けるペンギンの姿が。

「……なんか、すごいものを見てしまった気が」

「ペンギンすげぇ」

「とても貴重なペンギンの全力疾走ですね」

その場にいた全員が口々に感想を言う。

「でも、あれってどういう時に走るのかしら? 危険が迫った時とか?」

カルバーンの疑問に全員が再び窓の外を見てみると、全力疾走したペンギンは水場の向こう側でのんびりと佇んでいた。

「違うようですね……」

「餌をとる訳でもないみたいだし……謎が多いわね」

こころなしどや顔をしているようにも見えるペンギン。

野生は不思議が一杯だった。



 その頃、ディオミス本山手前の山を登り終えた魔王らは、本山への道に進むために下っている最中であった。

「下りの道というのも中々、面倒なものだな」

額にうっすらと汗を浮かべながら、魔王はぽつり、呟いた。

「ええ、登りと違って踏ん張りが利きにくいですし、転ばないようにご注意ください」

後ろを歩くレナスがそれに反応する。直後――

「きゃっ――」

不慣れな衣装だからか、黒竜姫が木の根に躓きバランスを崩しそうになっていた。

「おっと」

「あっ――」

そのまま前のめりに転びそうになるのを、前を歩く魔王が振り返り、軽く抱きとめる。

バランスを保つためにぎゅっとしがみつく形になってしまった黒竜姫は、すぐに自身の状態に気づき、顔を真っ赤に染めた。

「そ、その、すみません……」

「うむ。大丈夫かね?」

「やっ……は、はい……」

しがみつきながら、恥らってしまって力が入らないのか、そのまま間を空けること数分。

「……本当に大丈夫かね? 辛いなら少し休むか?」

いつまでも離れない黒竜姫に不審を感じたのか、魔王がそのままの姿勢で気を遣ったのだが。

逆にその所為で黒竜姫はびくりと身を震わせてしまっていた。

「ひぁっ……い、いえ、だ、大丈夫……です」

そっと離れながら、耳をかばうように手を当てる黒竜姫。

ややかがむようで、その肩はふるふると震えていた。

「……?」

その様子に、魔王は不思議そうに首を傾げるが、当の黒竜姫自身も戸惑いを隠せずにいた。

(今の何かしら……耳元で話されただけで、なんかぞくりと……)

今までに経験のない未知の感覚に、黒竜姫は困ってしまっていた。


「レナス、私も公爵様みたいな旦那さん欲しい」

それを見ていたコニーも、うらやましそうに呟いていた。

(アンナさんって耳弱いんだ……)

そんなコニーに応えるでもなく、初々しい反応の黒竜姫を見ながら、レナスは小さく哂った。


 それ以降は特に何事もなく、山を下り続ける内に平坦な道にたどり着いた。

「ここからがディオミス本山の登山道です。少し進んだ先に『レッテ』という小さな集落があるので、今夜はそこで過ごして、明日、いよいよ登山を、と言った所でしょうか」

コニー曰く、ここからが本当に大変な山登りとなるらしい。

「なるほどなあ。これは良い運動になりそうだ……」

魔王も慣れない山登りだからか、多少なりとも息を荒げていた。


 当初は体力的にも登山位余裕だろうと見積もっていたが、これが中々堪えるもので、既に楽な旅ではなくなっていた。

平地と比べ、山間部を徒歩で移動するのは案外神経を使うのだ。

足場が悪いため、先ほどの黒竜姫のようにバランスを崩して転倒すれば、場所によってはそのまま滑って崖下に落下する恐れもある。

黒竜姫はともかく、魔王は高所から地面に叩きつけられれば普通に死にかねないので、その辺り慎重であった。

結果、あまり強くないメンタルがじわじわと磨り減っていく。体力的にはたいした事がなくとも、メンタル的に辛い旅なのだ。


「私たちはレッテでお別れになりますが、そこまでくれば、他にも登山をする人って結構いるから大丈夫だと思います」

やや歩く速度を落としながら、コニーは周りを見渡す。

魔王達が話しながら下っているこの道も、テトラの村から同じタイミングで出立した冒険者や行商人が歩いていた。

途中、いくつかあった分岐で別の村や集落に向かう者もいたため出立時より減ってはいるが、今同じ道を歩いている者達は全員、レッテに向かっているのだとコニーは説明する。

「レッテからはフロフキ村や、より高地にあるグレートデリーみたいな高山都市もありますから、彼らのいくらかはまた分かれるでしょうけど……教団本部を目指す参拝者も、今の季節は一番多いですから」

示し合わせてついていけば安全に登れますよ、と、レナスは続ける。

「なるほどなあ。今の季節を選んで正解だったようだ。二人にも感謝しないとな」

「いえいえ。私たちもレッテには用事がありましたし。それに、公爵様には賊退治のお手伝いにアリスさんを貸してもらったりしましたし、私たちの方がお世話になってしまった位ですよ」

魔王の言葉に、コニーはぱあっと明るく笑いながら、それでも謙遜する。

「楽しい旅路になりましたしねー」

レナスも、後ろからにまにまと笑いながら黒竜姫のほうを眺めていた。

「……?」

その表情に何か感じたのか、黒竜姫は複雑そうな顔をする。

「いえ、なんでもー。アンナさんみたいな美人さんと一緒にいると、いい目の保養になるっていうか。自分もちょっとだけ綺麗になれた気になるからいいですよねー」

やや睨む様な視線を向けた黒竜姫であったが、レナスは気にせず適当にごまかした。


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