#9-1.勇者パーティーに紛れ込む魔王
夏の陽射しは強く、そしてじりじりと体力を削っていく。
高山への道。登山路に近づくにつれ、道は次第に荒れ、狭まっていく。
「もうすぐテトラの村に着きますから。一時間位」
道を先導する町勇者・コニー。相棒のレナスは魔王らの後ろを固め、不意の襲撃に備えていた。
「やはり道を知っている人とだと、進むのが早くなる気がするね、アンナ」
「え、えぇ……そうですわね」
魔王と黒竜姫は、素性を隠し、旅の貴族夫妻として振舞う。
「テトラ位なら、まだ道がはっきりしてるから誰でもこれるんですけどね。問題はここから先で――」
周囲を窺いながら、レナスが二人の間に入る。
カロリからはや半日ちょっと。
早朝に出立して丁度今が昼過ぎという頃合で、何かに気づいたのか、レナスは話すのをやめ、立ち止まった。
「ちょっと待ってコニー」
「ん」
相棒の言葉にぴたりと歩を止める勇者。
腰に構えるは軽量のショートソード。
旅装束ながら、その姿は様になっていた。
「なるほど、なかなか面白いことになっていたようだね」
「えぇ……まさか、このようなことになるとは思いもしませんでした」
温泉から出た黒竜姫は、眠る魔王をゆさゆさと起こし、そこで起こった事を説明した。
眠い眼をこすりながらも、怒りもせず黒竜姫の話を聞いていた魔王は、次第に愉快そうに笑い始めた。
時刻は夜に入っていたが、周りへの迷惑とか気にもせず。大笑いだった。
「それで、いかがしましょうか……その、私としては、どうしたらいいのか迷ったので、陛下にお伺いを立てようかと……」
コニーとレナス。二人組の勇者パーティーが旅の案内を申し出てきたのだ。
そんな事せずとも魔王らは道を知っていたし、人間のペースにあわせてわざわざ速度を落とすこともないのだが、魔王は手を振った。
「別に君がそうしたいならそれでいいと思うがね。いや、私としても、旅に道連れができるのは悪い気はしないし、それに人間と一緒に歩けばそれだけカムフラージュしやすいだろうしね」
「……そうですか、でしたら――」
「うむ。明日の朝、二人と合流しよう」
「かしこまりましたわ」
澄ました顔で魔王の言葉に頷く黒竜姫。
温泉上がりだけあって、その頬だとかうなじだとかはほかほかと上気していて、魔王はなんとなしに視線を背けてしまう。
「……?」
「いや、なんでもない。君も少し眠るといいよ。不慣れな人間達との接触だ。疲れたんじゃないかね?」
感づかれてまた変に意識されるのも面倒なので、魔王は適当にごまかした。
「ん……そうですわね。ですが、ベッドが――」
「私はもう寝たから、小説でも読んでることにする。時間になったら起こすから、ゆっくりと――」
「……いえ、あの……寝顔を殿方に晒すというのは……」
だが黒竜姫は乙女であった。困ったことにとても恥じらいが強い。
「……」
「……」
しばし、二人の時に空白が生まれた。
「私も温泉にでも浸かってくるか」
「あ、はい、いってらっしゃいませ……」
どうしたものか考えた末、魔王は温泉で時間を潰すことにした。
そうして翌朝、コニーらと合流し、改めてディオミスへの旅を再開。
現状に至る、のだが……
「ちょっとこの辺り、気になるわ。わき道を馬車が通った後がある」
足元をゆっくり見て回りながら、レナスがあちらこちらと視線を移す。
「馬車って……こんな狭い道をかね?」
「ええ、カロリから定期的に物資搬入の小さな馬車が出たりしてるから、馬車が走ること自体は不思議じゃないんですけど……やたら道から外れてるのが気になりますね」
言いながら、轍を指差す。レナスの言葉通り、その跡は道から大きくはずれ、奥に広がる森のほうへとつながっていた。
「ここで馬車が何者かに襲われた、という可能性が?」
コニーが辺りを警戒しながらその可能性を探る。
「ないとも言い切れないわね。コニー、定期便って最後に出たのいつだっけ?」
「二日前だよ。仮に襲われてたとしたら、乗ってた人はもう助からないね」
少しだけ声のトーンを落としながら、レナスの問いに答えるコニー。
「女だったら生きてるかもよ。生きてるだけだろうけど」
あまり良いイメージが湧かないらしく、レナスもトーンを落とした。
「近くに野盗の類が潜伏している可能性があります。もしかしたら、もう気づかれてるかもしれません。気をつけて進みましょう」
二人の話は終わったのか、魔王らの方を向きながら、コニーが状況の説明を始める。
「馬車の人、助けないでいいのかね? まだ生きてるのかもしれないのだろう?」
魔王は探りを入れるように二人を見た。コニーもレナスも顔を見合わせるが、すぐに向き直って説明を続ける。
「馬車が賊に襲われたと考えるなら、私たちだけでは頭数が足りません。仮に襲われた人達が生きてたとして、私達だけで助けるのは難しいですし……急いでテトラに行って、衛兵を連れて戻ってきた方が確実です」
蛮勇は勇気とは違うんです、と、コニーは難しげな顔をした。
「それに、今は公爵様達を護衛するっていう大切な役目があるもの。お二人は巻き込めないわ」
単なる英雄気取りの勇者とは違うらしく、二人は現状から冷静に分析し、優先順位を決めていた。
「生きてるかどうか分からない人たちを助けようとして、今確実に生きてるお二人や私たちが危険な眼にあってしまうのは本末転倒ですもの。非情なようですけど……」
「いや、冷静な判断だと思うよ。余計なことを言ったね」
「いえいえ……ご理解いただけたようで何よりです。では、先を急ぎましょう」
そう分かっていても、それでも助けたいのだろう。
周囲を再確認し、とりあえず危険がなさそうなのが分かるや、コニーは足早にテトラへの道を進んでいった。