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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
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#8-5.メール・プラーナ

「聖竜様はとても気まぐれな方じゃあ。お会いしとうて旅に来る者も居るが、ほとんどは会えずじまいじゃて。教祖様には会えても、聖竜様に会えた者は滅多居らん」

ややなまった言葉で、老婆は話を続ける。割と一方的な流れであった。

「それは、コツを知らんからじゃ。聖竜様に会うためのコツをな」

「コツですって……?」

「聖竜様は、自分から会いたいと思った者としかお会いにならんと聞く。じゃから、聖竜様の興味を惹ける何かをする必要があるんじゃよ」

黒竜姫にもわかる話であった。そしてそれは、とても大切なものなのだと気づく。

「それってどういう――」

「歌とか、演奏とかな。とかく、あのお方はそういった『音の成る物』が好きらしい。ワシもそれで一度お会いした事がある。その時は『プラーナ』という、この地方に伝わる古い歌を謡うて聖竜様の気を惹いたんじゃよ」

「プラーナ……」

「こう、自然の息吹をイメージした歌でな。やや難しいが、腹の底から息を吐きながら、それに声を乗せ謡うんじゃ。相応に肺が強くないと謡えん、伝統的なものなんじゃよ」

素人にはよく解らんじゃろうがのう、と、老婆はからからと笑った。



 この世界の、なんと美しきことか。

この世界の、なんと悲しきことか。

人々の、心はなぜに。

人々の、心はどこに。

私たちは、どこへ向かおうとしているのか、それすらも解らないまま。

私たちは、どこへ向かおうとしているのか、それを知る為にただその為に。


 この世界の、なんと惑わしきことか。

この世界の、なんと眩しきことか。

戦いは、なぜ終わらない。

戦いは、なぜ続くのか。

私たちは、なぜ戦わなければならないのか、それすらも解らないまま。

私たちは、どうすれば戦わずに済むのか、それを考え続けていた。


 この世界の、なんとなんと虚しき事か。

私たちは、この世界の意味を、まだ知らない。



 その場の流れで余興じみて謡いだした老婆の歌は、静かな昼の温泉に響き渡っていた。

(……ブレス?)

見たことも無かったはずの謡い方はしかし、その独特な仕草が竜族の得意とする古代魔法『ブレス』と似通っているのだと気づく。

「最近の若者の歌は、ただ早いだけでワシにはついていけんでなあ、こんな古い歌しか知らんわ」

「ずいぶんと詩的な歌ね。素敵だと思うわ」

老婆の、しゃがれた普段の声とは裏腹の、澄んだ歌に、黒竜姫は惜しみなく賛辞を送った。

「古くから伝わる歌じゃて。この世界が滅びる、その前の頃から残っていた歌だと、ワシは教えられた」

「世界が滅びる前……? どういうこと?」

「ただの古い言い伝えじゃよ。世界っていうのは、もうずっとずっと昔に、一度滅びたんだと。それを生き延びたわずかな人間が、今のこの世界を創ったのだという、ありがちな物語さ」

よくある、ただの作り話なんじゃろう、と、老婆は目を伏せた。

「じゃが、たとい嘘であっても、それを伝えたい、世界が滅びても、人は生きていけるのだと、遠いどこかへ向かえるのだと、そう伝えたくて残した嘘なのだとしたら、それは伝えてやるべきじゃろうて」

「そうね、その時代の人間たちにとっては、希望を残してやりたいと思ったのかもしれないものね」

「うむ。ワシはなお嬢さん、希望なんてものは、どこにでもあるもんだと思うんじゃ。じゃから、できるだけの努力もせずに聖竜様なんてものにすがろうとしたワシの旦那を、軟弱な男だと思うておった。旦那は、聖竜様の機嫌を損ねて殺されてしもうたが、な……」

「……そう」

話の流れをみて、黒竜姫はようやく、この老婆が何を伝えたくて自分に話しかけたのかを把握できた。

「揺り籠だとかなんだとか、そんなのができてからまだ日も浅いが、聖竜様はずっと昔からあのお山にいなすった。何を頼っての参拝かは知らんよ。だげども、決して聖竜様の機嫌を損ねてはならんよ。わかったかぇ?」

大事な人をワシみたいに失わんようにな、と言いながら、老婆はゆっくりと立ち上がる。

「ええ、解ったわ。ありがとう」

言葉だけながら、老婆に礼を伝えると、老婆はにこりと微笑んだ。

「うむ。いい顔じゃ。ああそれとな、風呂上りはフルーツ牛乳を飲むといい。あれは風呂上りに飲むと格別じゃて」

「それは魅力的ね、考えておくわ」

「うむうむ。フェフェフェ」

何が楽しいのか、口元を緩めながら笑い、老婆は去っていった。


「……気をつけないと」

老婆の話は、意外にも黒竜姫、ひいては魔王にとって役立つ話であった。

聖竜のその気質を、老婆の話によってある程度感じ取れたからだ。

気難しい、それでいて寂しがり屋の竜なのではないか。黒竜姫はそう判断する。

あたっているかは解らないが、音に寄ってくるというのは、それだけ山での生活が退屈か、わびしいものだからなのではないかと思ったからだ。

「ン、んー……マ~――――♪」

早速、先ほどの老婆を思い出し、ブレスを吐く要領でプラーナの真似事をしてみる。

それほど難しくも無い。出せば出せる程度のものであった。が……

「……なぜ毒霧が」

特に意図した訳でもなく猛毒のトキシックブレスが発動していた。とても危険であった。

「ダメね、これは練習が必要みたい……」

即座に毒を解除する。温泉に溶け込む前に無毒化され、平和で静かな温泉に戻った。


 こうして、しばらくの間、温泉から若い娘の歌声が響き続け、他の女性客が温泉に入るまでの間、それを部屋で聞いた泊り客らを笑い転げさせたり癒したりすることになった。


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