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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
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#8-4.のぼせ上がるほどに肌は上気する

「ちょっと」

そうして支度を終えた黒竜姫は、部屋を出てカウンターにいる店主の娘に声をかけた。

「はい、なんでしょうか?」

褐色肌の、茶髪のかわいらしい丸顔の娘だった。胸には『リータ』という名のプレート。赤のエプロンが商魂を感じさせる。

「湯浴みをしたいのだけれど、その……貴方に聞けばいいと言われて」

「ゆあみ……あ、温泉のことですね。はい、こちらですよ、案内いたします~」

一瞬何のことかわからずぽかんとしていた娘であったが、それとなく察したのか、愛想よく笑いながらカウンターから出てきた。

「……おんせん?」

対して、黒竜姫も聞きなれない単語にクエスチョンが湧く。

「はい、当宿の自慢の品の一つです。ぽっかぽかに温まって、お肌も綺麗にすべすべに! あ、奥さんはもう十分お綺麗だから必要ないかもですけど……」

「よく分からないけど、髪は痛まないわよね……?」

「もちろん、それどころか髪のつやもよくなるって評判です!!」

至れり尽くせりであった。黒竜姫もぴくりと頬が動く。

「そう、それならいいわ。案内して頂戴」

若干テンションがあがりながら。その初めての温泉に入ることにしたのだ。


「こちらが当宿自慢の温泉『クロッカス温泉』ですわ」

がらり、と開いたガラス戸の先には、たっぷりの湯気が湧き出る泉があった。

「……え、外?」

服を脱いでタオルに身を包んだ黒竜姫。まさかの露天風呂であった。

「温泉ですから」

黒竜姫の疑問にニコニコと答える娘。作り笑顔というよりは素でテンションが高い娘なのだろう。

「それに私以外に人がいるじゃない」

造りはそこそこに広いが、黒竜姫以外にも三人ほど、年若い娘やらよぼよぼのおばあさんやらがのんびりとお風呂に浸かっていた。

「温泉ですから」

人が入ってるのは当然です、とでも言わんばかりに、娘は笑顔を崩さない。

「……覗かれたりしないでしょうね?」

見れば温泉の周囲に張られた柵はそんなに高くない。背の高い男なら覗けてしまうのではないかという程には。

「……温泉ですから」

「答えになってないわよ!! ていうかいつまで同じ答え返すつもりよ!!」

流石に同じ返答ばかり三度も繰り返されればイラっとくるもので、思わず声を荒げてしまう。

「あははは、すみません。悪ノリしちゃいました」

そんな黒竜姫の怒りに娘は悪びれもせずテヘテへと笑いうなじをぽりぽり。

「大丈夫ですよ。湯気すごいし、温泉の周りには犬を放し飼いにしてますから。覗き魔が現れてもワンワン吼えられて即バレです」

「そう、一応対策はとってあるのね……」

「当たり前ですよー、私だってお仕事終わった後に入るんですから」

なんとも自分本位な娘であった。

「……まあ、いいわ」

「奥さんは温泉初めてなんですね。じゃあ先に説明させていただきますけど、入る前にお身体は洗ってから入ってください。それから、タオルを温泉につけるのはやめてくださいね」

「湯浴みにルールがあるの……?」

初めて聞くルールであった。というより、普段は侍女に色々任せきりにしているせいで、湯浴みの際に自分が何をするかなんて一々考えないのだ。

「何事にもルールはつきものなのです。なにぶん人と肌触れ合う場所ですからー」

「そう……いいけど」

とにもかくにも、肌を晒したままというのはなんなので、早く入りたいと思ってしまう。

「では、ごゆっくり」

そんな黒竜姫に気を利かせてか、それともそれ以上に説明することも無いのか、娘はぺこりと頭を下げ、そのまま戻っていった。

「…………」

ごくり、と喉を下す音。

黒竜姫は初めての世界に一歩、足を踏み入れた。



「お姉さん綺麗ねぇ、あたしが男だったら絶対放っとかないよぉ」

「いいなあ」

「えっ? えっ……?」

身体を綺麗に洗い、温泉に浸かるや否や、それまで雑談していた二人組みの若い娘たちが話しかけてきた。

「ワシも若いころは同じ位にベッピンさんだったんじゃよ、ふぇふぇふぇっ」

「は、はぁ……」

ついでに隅っこでのんびり浸かっていた老婆も話しかけてくる。

「胸とか、何食べたらこんなに育つんですか? やっぱりお肉とか?」

若い娘の片割れ、金髪の少女が遠慮なしに黒竜姫の胸を指差す。ちなみにその娘の胸はまっ平らだった。

「……野菜とか、果物とか、後はお茶する時に甘いものを食べる位よ」

黒竜姫は、とても竜族らしい食生活の元生活していた。

「お肉とかは食べないんです?」

今度は茶髪の娘が話しかけてくる。こちらは金髪の娘よりはスタイルがいいが、やはり黒竜姫に比べると哀愁が漂っていた。

「好きじゃないもの。それに臭いが移るじゃない」

竜族、それもとりわけ若い娘には、肉を食べるという習慣が存在しない。

なぜなら体臭が出てしまうから、というもので、若ければ若いほど、容姿に自信があればあるほど、そういったものは口にしないように習慣付いている。

竜族でも赤竜族のような低俗な種族ならば、珍味と称して戦場で生肉をむさぼり喰らう個体もいるにはいるが、ほとんどの竜族にとってそれらは悪食とも言える吐き気を催す類のものであった。

「ほへー、綺麗な人って食べ物にもこだわるんだねぇ」

「あたしらとは食生活からして違うねぇ」

そんな種族の違い・習慣の違いなどに気づくはずも無く、素直に感心する若い娘二人。黒竜姫も悪い気はしなかった。

「もちろん体型維持のために運動もするわ。肌のつやが欲しいのなら、しっかりと保湿する為の乳液だとか、そういったものの使用も考慮しないと」

やや自慢げに、その維持にどれ位の手間がかかっているのかの説明もする。ノリノリだった。


「すごいなあ、もしかしてお姉さん、劇団の女優さんとかですか?」

「え……えっと、ただの公爵夫人……よ?」

「えぇっ? 貴族様じゃないですか?」

「すごーい、この温泉いつの間にそんなにビッグになったの!?」

二人は大いにはしゃいでいた。老婆はと言うといつの間に風呂から上がってしまったのか、姿も無かった。

「そりゃ貴族様ならそうだよねぇ……」

二人の間には、何か諦観らしきものが漂っていた。

「でもこんなに綺麗なら納得っていうか……あ、ちなみにあたしはこの辺りで勇者やってるコニーって言います」

今更のように金髪の娘が自己紹介を始める。聞いた以上は、というノリらしい。

「あたしは相棒のレナス。レンジャーよ」

そして茶髪の娘もそれに続く。クロスボウを放つようなモーションを取りアピール。

「お姉さんのお名前は? ずっとお姉さんって呼ぶのもアレだし」

どうやらこの二人、温泉に浸かっている間はずっと話しかけますよ、というつもりらしい。

「……アンナよ」

多少の気安さを感じながらも、まあ、今は人間の振りだし、と黒竜姫はそれ以上気にするのをやめた。

「アンナさんかあ、名前の響きも美人さんって感じでいいなあ」

なんでも外見のよさに結びつけるのもどうなのかしら、と、苦笑してしまう。


 アンナなら確かにそうなのだが、実名のアンナスリーズの方はそうでもないので、黒竜姫は複雑な気分になっていた。

彼女に限らず、先代魔王の娘達は自分の名前で苦しむ事が多い。変な名前が多いのだ。

それは産みすぎてつける名前に困ってとかではなく、単に本人のセンスがアレな所為でそうなっている事が多いのだが。

ともあれ、アンナという呼び方そのものは妹のカルバーンもずっとしてきたのでそんなに違和感は無い為、今後はそちらを広めることにした。



「アンナさん達って、どこへ向かう途中なんです? ここからだと、街道沿いにサフランに行って、それからラムクーヘンかアップルランドって所かしら?」

「いいえ、ディオミスに向かう旅だわ」

「ディオミスとはまた……もしかして、『聖竜の揺り籠』の総本山に向かうおつもりで?」

「そのようね、夫が、熱心な信者らしくてね」

私はあまり興味ないのだけれど、などとうそぶいてみせたりもする。

「あの道は結構危険ですよ? 貴族様だから、護衛の人には事欠かないでしょうけど……」

「護衛なんていないわ。二人でもなんとかなるでしょうから」

否、護衛など全く必要ないのだ。人にとって厳しい山岳地帯でも、上級魔族の体力ならばそこまで酷でもない。

魔王軍でも指折りの腕利き二人を前に、山賊だの獣だのがその道を塞げる筈も無く。

事実、邪魔してきた野盗の類は容赦なく皆殺しにしていた。

だが、そんな事実を知らないコニーとレナスは首をぶんぶんと振ってその危険をとめようとしていた。

「それは危険ですよー、ここまでは街道が続いてるから馬車伝いでこれますけど、この先は野盗の類がバンバンでますから」

どれだけ退治しても減らないんですよねぇ、とレナスがため息をつく。

「ここからディオミスは近いけど、街道が整備されてないせいでどうしても馬車では通れない道が多いんです。移動速度の落ちた馬車って野盗からしたら格好の獲物だから……」

困ったもんです、と、コニーも手を上げやれやれと首を振っていた。

「そんなに多いの?」

「ええ、一人ひとりは町の警備兵よりずっと弱いんですけどね。武器もナイフとか石斧みたいな原始的なものばかりだし。だけど、いかんせん数が多いというか。冒険者位の人だと一方的にやられちゃうみたいで」

「あたし達も定期的に野盗狩りをしてるけど、そういう時は警備兵と一緒になってですから、やっぱりお二人だけでの旅は危険ですよぉ」

「なるほどね」

だが、どれだけ多かろうと彼女の前では烏合の衆である。

そんな名も知れぬ雑兵以下の集団に囲まれても痛いことは何一つないが、鬱陶しいのもまた事実で、魔王と少しでも接近したいのに邪魔されるというのは、それはそれで黒竜姫の苛立ちの一つでもあった。


「アンナさん、こうして知り合ったのも縁です、山のふもとまでになりますけど、ご一緒しましょうか?」

「あたし達もお仕事であっちの方に用事があるんで、途中までおんなじ道になると思いますけど。あ、傭兵みたいにお金は取らないんで安心していいですよ」

あくまで親切心で言ってるつもりらしく、コニーもレナスもニコニコ顔であった。

「ん……」

別段、野盗風情蹴散らすのに手間もないのだが。

人間の娘二人、連れての旅ともなるとそれなりに速度も落とさなくてはならないのも当然ながら、魔王や黒竜姫は魔族としてその力を使うことも難しくなる。

瞬時に皆殺しにできていたものに時間を取られるのはしんどい。

そんなだから、断ろうと思っていたのだが。

「……方角が同じって事は、どの道同じ道を通るのよね?」

「はい、今夜はここで過ごして、明日朝、五時ごろには出立する予定です」

少なくとも山のふもとまでルートは同じはずであり、出立する時間にもよるが、この二人とかち合う可能性がある。

つまり、どうやってもそんなに結末は違わない。

この二人を排除でもしない限りは、彼女たちを連れても、別々に行こうとしても、どの道同じなのだと気づいてしまった。

「夫に相談してみるわ」

「ええ、私たちは一階の端の部屋にいますわ。今夜中に決まるならそれで……少なくとも、明日の朝五時位までは宿にいますから」

「旅に道連れはつき物ですから、遠慮なく頼ってくださいねぇ」


 それからほどなくして、のぼせてか、頬が赤くなった二人は、「それじゃそろそろ」と立ち上がり、温泉から出て行った。

存外長話になってしまった。黒竜姫も肌がほの赤い。

「……道連れ、か」

なんとも奇妙な旅になってしまいそうで、黒竜姫は小さくため息をついた。

「ワシも若いころは旦那を連れて二人で色々旅したものじゃぁ」

「っ!?」

いつの間にか、最初の老婆が黒竜姫の背後で湯に浸かっていた。

「あの山に向かうというなら、聖竜様の機嫌を損ねんようになあ。あの方はとても恐ろしい方じゃよ」

「いつの間に後ろに……」

「お前さん達が色気の無い話を始めた頃からかのう。フェフェフェ」

まさかの二度風呂であった。それほど話に夢中になっていたつもりもなかったが、不覚を取った形になり、黒竜姫は頭が痛くなった。


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