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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
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#8-2.幼な妻との宿に

 宿場町・カロリ。中央部でも北部に近く、中央から続くきちんと整備されている街道の終点でもある。

夜間も通しで歩いて、予定通り昼近くになって到着したこの町で、魔王は宿をとることにしていた。

「へえ、旦那さん、聖地巡礼のためにディオミスに登ろうってのかい」

「うむ。私は一時、聖竜様の教えに心を救われた事があってね」

それらしい嘘で雑談に花を咲かせる魔王。しれっとそれっぽく言うのがコツである。

「そりゃいい、『信心深い者はいつか救われる』っていうしね」

宿屋の店主は最初、貴族風の、旅にはあまり向かないいでたちのこの二人に違和感を覚え不思議そうに見ていたのだが、その疑いも魔王との雑談の中薄れたらしかった。

この亭主、元来人懐こい性格のようで、魔王ともすぐに打ち解けた。

雑談の中、地図だけでは分からない近道や山賊などが跋扈している危険地帯などをそれとなく教えてくれる辺り、気の利いた店主であった。

「ああ、と、それでだけど、旦那さん、悪いけど部屋、ひとつしか空いてないんだ。この時期だろ? フロフキ村のダイコン祭があるから、客足が増えててねぇ」

「なんだそうなのか。私は構わんよ」

「すまないねぇ。部屋はもう抜群の使い心地のはずだから」

ロビーの椅子に腰掛けたままの黒竜姫をちらりと見ながら、宿屋の店主はややにやけた顔で声を小さくする。

「綺麗なお嬢さんだねぇ」

「そうだろう。いい娘が後添えにきてくれたものだ」

その美貌ゆえ人目を惹きすぎる黒竜姫。魔王は事もあろうにそれを『妻だ』と言い切った。

「へえ、奥さんだったんで? てっきり娘さんかと」

「よく言われる」

父親と娘と言っても差し支えない程度の年齢差、外見差である。

驚き眼を白黒させる店主であったが、何かを察したのか「なるほど」と勝手に頷き、カウンターから出た。

「部屋へ案内しますよ。どうぞ」

「うむ。いこうかアンナ」

「……? はい」

魔王と店主が妙ににやついているのに違和感を覚えながらも、黒竜姫は促されるまま、魔王と二人、客室へ案内された。



「……あの、陛下?」

そして、黒竜姫は困惑していた。

旅に出てからというもの、やたら困惑する事が多いとは黒竜姫自身も感じていたが、今回は殊更である。

「どうしたのかね?」

特に何も感じないのか、魔王は不思議そうに黒竜姫の顔を見る。

「なぜ、その……部屋が一つだけなのですか?」

「空いてなかったからな。すまないが一緒にさせてもらった」

「はぁ……」

これである。デリカシーの欠片もない。

「陛下……その、ベッドが繋がっているのは……」

部屋が一緒なのも抵抗があるが、黒竜姫が一番驚いたのはこのベッドである。

大き目のベッドに枕が二つ。夫婦だとか恋人同士だとかなら喜ぶに違いない素敵な寝具達であった。

「ああ、それか。私たちが夫婦だと言ったら、店主が変に気を利かせたらしい。気にしなくて良いよ」

「気にしますわっ」

頬を赤らめ抗議する。年若い娘には重大事件であった。

「というか夫婦って……夫婦って!」

「意外性があっていいだろう? 君の私に対する態度ってどうみても親子って感じじゃないからね。そっちの方がバレにくいと思ったんだ」

きっとあの店主には『中年貴族が地位を利用して若く美しい娘を手篭めにして妻にした』といった感じに映ったに違いないと、魔王はからからと笑う。

「その……バレるとかバレないとかの話ではなくて……夫婦、というのは……」

抗議しながらであるが、黒竜姫は若干、口元がにやけていた。

「うれしそうだね?」

「そ、そんなことは……ありますが」

「ならいいじゃないか」

「納得がいきませんわっ」

性格が改善されても、黒竜姫はやはり少々面倒くさいところがある娘であった。

というより、これは統合された結果、元々考え込みすぎるきらいがあった部分が再現されてしまったのだろうと魔王は考えた。

実際には照れてるだけなのだが。魔王は女心をあまり理解できない。



「まあ旅の際に一々関係を説明する機会に迫られるかは解らんが、私たちの服装というのは案外目立つようだからね。その辺も含めて、私たちはもう少し考える必要がある」

ベッドに腰掛けながら、魔王は黒竜姫を見上げる。

一緒に歩いていると丁度いい高さなのだが、こうして腰掛けると黒竜姫の背丈はやはり高い。

おそらく身の丈だけでも目立つのではないか、などと思う。

「やっぱり君は背が高いなあ」

素直に口に出てしまう。魔王は自分に正直だった。

「そうでしょうか? 竜族の女性としては平均よりちょっと高い位だと思いますが」


 黒竜姫の言うとおり、竜族というのは男女共に平均的な身長がとても高い。

蛇女のような非人型の魔族は別としても、魔族の中でも特に背が高い種族と言える。

男性で2m超えは当たり前、女性でも170cmで低い方と言われるほど。

魔王が大体190cm。横に並ぶと丁度いい高さになる黒竜姫は185cmほどである。

これでは人間の女性にまぎれようとしても高すぎて目立ってしまう。

実際、以前アプリコットに侵入した際にはその背丈・美貌から目立ちすぎて人目を惹いていた。


 魔王自身も一般的な人間の平均と比べるとかなり背が高い方ではあるものの、人間の男は地域によってはガタイの良い者も珍しくはないのでそこまで違和感はないのだが、これが女性となるとそうもいかず。

やはり、黒竜姫をどうしたものかと、考え込んでいたのだ。

「アリスちゃんやエルゼの時には全く考えもしなかったことだな」

「……アリスというのはあの金髪の人形のことでしょうか?」

「うむ、そうだ。アリスちゃんの時は『貴族と侍女』、あるいは『研究家と助手』という設定で通してたんだ」

アリスはサイズアップすると人間の女性平均とそう大差ない身長のため、全く問題なく人間の中に溶け込めていた。

「エルゼの時は『物好きな学者とその弟子のお金持ちのお嬢様』という感じで通したな。エルゼが変に飾らないから上手くいったんだ」

エルゼは小柄でエルフっぽい耳以外には外見的には全く問題ないが、どちらかといえば落ち着きの無いその性格というか、好奇心が強すぎる所に問題があったのだが、それは後付の偽設定が上手く機能してノープロブレムとなった。

「問題は君だ……例えばさっきも言ったように父と娘というには態度が他所他所し過ぎるし、かと言って下手に繋がりが薄い設定にすると変な虫がつくからな」

「虫ですか……?」

「君の事を知らん人間の男からすれば、君は突然現れた旅の美女だ。私など気にもせず口説きにかかる者も出てくるだろう」

実に命知らずだと思わないでもないが、知らなければそんなの解らないのだ。

「私は、陛下以外の男には(なび)いたりしませんが?」

黒竜姫は自分の心変わりを魔王が心配したのかと勘違いしたが、魔王の心配はそこではない。

口説きにきた男が下手をして黒竜姫を怒らせてしまうのではないか。

それによって自分たちの素性がばれてしまうのではないか。

魔王はそれをこそ心配していたのだ。

「まあ、それは分かってるがね。こうして連れまわしている以上、私は君の事を考えなければならん」

だが、魔王は敢えてそれは言わずにいた。

彼女を信頼してないようなものだし、それをわざわざ本人に伝えることもあるまいと思ったのだ。あくまで想像の上の事なのもある。

「……それで、陛下」

「む?」

「『夫婦』なのは分かりましたわ。

少し納得がいきませんが、陛下が私のことを慮ってそういう事にしたのならそれはまあ、気にしません」

「そうか、それは助かる――」

「それで、ですね……」

立ったままの黒竜姫。視線はベッドへ向けられていた。


「そのベッド、使うおつもりですか?」


「……いや、それは」

魔王も、黒竜姫が何を言わんとしていたのかはすぐに理解した。

先ほど気にしないでいいと言ったばかりだが、黒竜姫は到底そんな気持ちでいられないらしく。

やはりというか、相当に意識してしまっているらしかった。

後ろ手になっていて分かりにくいが、もじもじと指をすり合わせてもいた。落ち着きがない。

「私は別に、そんなに眠らんでも生きていけるからなあ」

「私もですわ。今まではあてがわれた部屋で、時が過ぎるのをひたすら過ごしておりましたが……」

「何もしてなかったのかね?」

「色々考え事がありましたので。ですが、それは一人だからできたようなものですから……」

魔王と二人、一緒の部屋ではそうもいかない。暗にそう伝えてくる。


「私は……陛下のお傍にいられたらとずっと思っていましたから、それ自体はやぶさかではありませんが」

恥じらいはあるものの、一緒の部屋で過ごすことそのものには抵抗はないらしかった。

ある種の覚悟のようなものだろうか。そのような旅になると聞き、そういうこともあるかもしれない程度には考えていたのだ。

それが今、起きている。

いくら覚悟を決めていようが実際そのような状況になると驚き困惑してしまったが、よくよく考えればそれは黒竜姫にとってまたとないチャンスであった。

(もし陛下がお求めなら、私は……)

その後の展開を想像すると悶え死にそうになる。

それ位に恥ずかしいが、黒竜姫は極力それを表に出そうとはせず、努めて冷静に魔王を見ている……つもりだった。


(……すごく意識してるなあ)

魔王からみた黒竜姫は、笑えるほどにあたふたとしていて、恥じらいに涙目になっていた。

魔王が趣向を変えて「それも悪くないな」などと言ったらどうなるか。おそらく更にパニックに陥るに違いない。

それはそれで面白そうではあるが、いささか悪趣味な笑いであり魔王的に趣がない。

どうしたものか。魔王は思考をめぐらせていた。


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