表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
5章 『勇者に勝ってしまった魔王のその後』
185/474

#6-2.新兵器ハンド・カノン

 それは、追い詰められている国家にとってはとてもありがたい兵器のはずだった。

兵力を喉から手が出るほど欲している国家にとって、救い主とも思える新兵器のはずである。

だが、同時に恐ろしい事も考えられる。

国民の総兵力化。それまで前線に立つ事の出来ない、立つ必要のない女子供や老人、更には病人怪我人や妊婦に到るまで、その全てが兵士足りえてしまうという事。

鉄の筒一つ、両腕で抱えられさえすれば、そしてその使い方が解れば、誰でも敵を殺しうる力を持ってしまうという事。

それは勝っている間は良くとも、一度敗勢が濃くなればより凄惨な結末へと転化してしまうこと。


 魔王軍は、基本非戦闘員は殺さず捕虜にする。

いつからそうなったのかも定かではないが、いつの間にかこの世界の常識として存在していたそれは、言わば滅びた国家に残された数少ない救いでもあった。

国が滅びようと、街が支配されようと、戦う力のない者だけは殺されず捕虜となる事を許される。

捕虜となった者達も、その話を聞く限り手ひどい仕打ちを受けている訳でもなく、多少生活に不自由ながらも、人間らしい生活を送れる程度には自由が保障されているのだという。


 だが、この『ハンド・カノン』を導入した場合、どういったことが予想できるか。

武器を持ち戦う者達を、魔王軍は容赦なく殺す。

それは女性兵士であろうと少年兵であろうと関係ない。『敵』は殺されるのだ。

誰でも扱えるようになったからと、本来非戦闘員である彼らを戦場に投入する事は、敗北した際に彼らがより凄惨な末路を辿る事に他ならない。

本来戦闘要員足りえぬ者達を戦場に送り込むのは、即ち保険を捨てその分一時的に力を得ているに過ぎない、とも言える。


 強力で使い勝手がいい半面、だからとそれを両手放しで受け入れるのは危険であると、列席者の面々は頬に汗した。

「ここに集まった皆さんはその危険さ、恐ろしさを理解していただけたと思います。だから、正しく扱えると私は信じていますわ」

「問題は、その恐ろしさを知らぬ者達にその技術が広まる事か」

「ええ、これはラムクーヘンよりの技術ですが、その製造方法そのものは容易く、ある程度の技術力を持つ国家ならどこでも短期間での生産が可能となってしまいます。使う事のデメリットを正確に把握していない国家でも、瞬く間に広まってしまうでしょう」

強く使いこなすのが容易でしかも模倣が容易い。

コストこそ高いが生産力のある国家なら大量生産に持ち込むことも可能ともなれば、これが広まるのを止める手立てはほぼ存在しない。

「教祖殿は、西部を警戒しておるのか。前線に立った事のない彼らが、これを安易に広めてしまうのを」

「……ええ。彼らのほとんどは戦争の恐ろしさを知らない。負ける事の恐ろしさも、そして、負けても尚、大切な人たちが無事であるとわかった時の安心感も……その大切な人が、戦によって失われる苦しみも知らないでしょうね」

知らないという事はとても恐ろしい。やってはいけない事を平然とやってしまえるのだから。

まだ想像の域を出ないとはいえ、この新兵器の流通については警戒すべきものがあると、その場の全員が共通の認識を持った。


「ともあれ、このハンド・カノンは強力です。砲撃魔法のように一斉発射して敵軍や敵要塞を蹴散らすのは勿論、スナイパーによる狙撃の攻撃力を大幅に強化することもできるわ」

「短弓ではなくこのハンド・カノンを使って狙撃するのか。そんな事まで出来るのかね?」

「ただ撃つのと違い、遠く離れた場所に居る敵を狙撃するのは相応の訓練が必要だけれど……それでも短弓と比べれば直射で狙いを付けやすくなるはず。射程もそこそこで曲射はできないから、長弓とかと比べると一長一短だけれど」

この他、発射時の音の大きさなども難点として存在しているのだが、そもそも狙撃は成功すればその時点でスナイパーが居るとバレてしまうので、それが撃った時点でばれるか誰かが死んだり矢が飛んできたのを見られてばれるかの差でしかない。

砲音を威嚇や合図として使えることも考慮するなら、これは難点ではあってもデメリットとは言い切れない点であった為、教祖は説明を端折った。

「譲渡されたハンド・カノンの一部は既に分解・解析して教団で生産できるようになっています。今回の作戦ではこれを装備した部隊を一定数用意し、敵軍の強襲に活用しようと考えていますわ」

「うむ……対魔王軍ではいつ増援が現れるか解らんが、新兵器を導入すればこれの対処も容易いかもしれんな」

「では早速導入に向けた詳しい説明を……」

「わが国は教祖殿の方針に反対する気はない。魔王軍攻略も賛成だ。自由にやってくれたまえ」

「用兵権は教団に預けてある。我輩は供出した兵が一人でも多く生きて帰ってきてくれるならそれでいいさ」

カルバーンの説明に得心してか、要人らはその提案を快く受け入れてくれていた。

「皆様のご理解に感謝しますわ。北部を我らの手に取り戻しましょう!」

これにより、北部による対魔王軍反抗作戦が開始した。



「異常なし。今日も不審点はない」

「そちらもか。こちらもだよ。南部は激しい戦いが続いているようだが、こちらは平和そのものだなあ」

魔王軍・ダリア要塞。哨戒に回っていた兵達が顔を見合わせ、今の平穏を哂っていた。

もう間も無く日が暮れる。当番は交代で、これからいつものようなのんびりとした夕食タイム。

大陸北部はゲルハルト要塞跡地に建てられたこの巨大な要塞は、魔王軍北部方面軍最前線の拠点として堅牢な造りとなっていた。

本来北部方面は四天王である黒竜姫を筆頭に、竜族の大部隊がその大半を占めていたのだが、その多くは現在、中央部のクノーヘン要塞にて待機している。

敵の動きの乏しい北部は、件の教団の動きが正確に掴めないのもあって、参謀本部からの命で半ば放置されていたのだ。

ダリアを防衛する兵力はわずか五百。更地となったアルファ連峰跡地は敵の存在を隠すものもなく、接近されれば即座に気づく事が出来た。

仮に攻撃を受けても要塞内部の転送陣により増援を呼ぶ事も可能で、参謀本部は常にこれに対応できる体制を用意していたはずだった。


 しかし、そんな油断は交代時の隙を生み、『砲撃』の波に飲み込まれ、彼らに後悔を与える間もなく滅びへと誘っていった。

突如響くドゥン、という聞きなれない爆発音。

何事かと驚いている間に、哨戒の魔物兵達はスナイパーから放たれた新兵器『ハンド・カノン』の餌食となっていった。

「敵襲!! 敵の攻撃だ!!」

ようやく事態を飲み込めた兵の一人が声を張り上げる。

即座に待機していた兵達が防衛の準備を始めるが、更なる驚愕が彼らを襲った。

それは要塞の門にて起きた。『門を閉じていればひとまずは時が稼げよう』と甘く見積もっていた魔物兵らを、真正面から放たれたハンド・カノンの一斉砲撃が容易く突き破っていったのだ。

襲撃に対し高い防御力を持つはずの鋼の門は、瞬く間に穴だらけになり、かんぬきが破壊され、門としての機能を失ってしまう。

参謀本部からの増援を呼ぶ暇もなく人間の軍勢が要塞内部に雪崩れ込み、魔族にとって不得手な要塞戦が始まった。


「増援をっ、このままでは壊滅してしまう!!」

それでも必死の抵抗を見せ、参謀本部へ緊急の増派依頼を出したダリアの指揮官であったが、時既に遅く、通信用の水晶ごと撃ち抜かれ即死。

交戦開始からわずか30分ほどでダリア要塞は陥落し、この平地は人間の手に取り戻された。


「まさかこんな早く陥落するとは……」

無事作戦が成功した人間側も、魔王軍がここまで北部を放置していたのに驚いていた程であった。

流石に北部の魔王軍の本隊が詰める前線の要塞だろうから、もっと激しい抵抗があるものと思っていたのだ。

「……まあ、被害が少なく済んだのだから良しとしましょうか。新兵器の威力、使い方を誤らなければ強大な力となりそうね」

まさか一時間も掛からず制圧が完了するなど思っても見なかった教祖であったが、結果的にそれは教団にとってプラスでしかないので深く考えるのはやめにした。

「ともあれ、後から敵の増援が来ないとも限らないわ。要塞内や近隣を徹底的に調査して、転送魔法陣がないかチェックを。要塞周辺には地雷魔法を敷設するのよ!」

「解りました!!」

「偵察に向かいます!!」

流れるように変わっていく。変えていかなくてはいけない。この勝利を揺るがせてはならない。

教祖は、手に入れたこの平地を強固な陣へと造り変えるべく、次の手を打っていく。

「次は中央よ……魔王軍にやられた事を、やり返してやるんだから!!」

意思を感じられる強い水色の瞳は、黄昏に染まる空を見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ