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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#6-1.灼熱の魔界

 ある夏の終わり頃の日差しの強い日。魔王は暑さにうなりながら、玉座に君臨していた。


 今年の夏は異常気象らしい。

既に城内にも多数の犠牲者が出ており、魔界全体で見ればかなりの数死者が出ているのだという。

そんな地獄の業火さながらの炎天下、魔王城は慌しい状況に陥っていた。


「陛下、大変です、ハイエルフの姫君が暑さで倒れました!!」

頭に角の生えた悪魔族の娘が、楽園の塔での惨事を報告に駆けつけてきた。

「そうか、ならすぐに見舞いを回してやれ。夏ばてに良く効く秘薬も忘れずにな。念のため楽園の塔の娘達全員の体調を確認しておけ」

魔王は薄手のジャケットを暑苦しそうにあおりながら、極めて冷静に指示を下す。

「魔王様、緊急事態です、ダウンしたラミア様があまりの暑さに完全に身動きをとれなく――」

次に現れたのは参謀本部詰めの魔女族の娘である。上官の急時に血相を変えていた。

「適当に水の中にでも放り込んでおけ、死にはしない」

だが魔王はにべもなく放り投げた。

「魔王陛下、黒竜姫様が暑いからと暴れています!!」

「お前それ以上暴れたら二度と口を利かんぞと伝言しろ!!」

いい加減面倒くさくなった魔王は苛立ちもあって次の報告にきた男魔族もろとも怒鳴りつけて追い返した。

「陛下」「陛下」「陛下っ!!」

しかし、魔王がどれだけ手際よく、時として適当にそれらを済ませても、また次の瞬間には新たな陳情が寄せられていくのだ。

魔王は、改めて魔王という立場がどれだけ面倒くさいものなのかというのを思い知る事となった。


 それは懐かしい鬱陶しさであった。

魔王が戴冠してからわずかの間、ラミアを補佐に命じるまでは日常的に起こっていた忙しさだ。

こんな状況になっているのも、暑さの所為でラミアがダウンしたからというのが大きい。

城内で本来これらの面倒ごとを担当する女官達の多くは、ラミアが倒れた為にその穴埋めに参謀本部詰めになっている。

今はラミアの副官であるウィッチが魔王軍の指揮を執っており、女官達はその補佐に回る形に。

その為、魔界で起きた問題の多くは大小に関わらず直接魔王に陳情される形となっている。これが実に面倒くさい。

普段情けない部分ばかり目にしているラミアだが、こうして面倒ごとの処理を、本当に報告しないといけない事以外は一人で勝手に処理してくれていたのだから、やはり有能な補佐だったのである。

先ほどの報告など、グロリアが倒れたという報告以外は本当にどうでもいい、瑣末な報告ばかりだったのだからたまらない。


「……面倒くさい。早く部屋に戻りたい。アリスちゃん達と遊びたい」

誰も居ない玉座で、ぼそぼそと呟く。

くたくたでへとへとな、とても痛々しい中年魔王の姿がそこにはあった。

「陛下、お耳に入れたいことが」

「解った、どうにもならんから帰れ」

「そんな!?」

ぶつくさ言ってる中、新たに現れたトカゲ顔の男の魔族は、魔王のあまりにも適当な返答に困惑してしまう。

「……何の用事だ、見て解ると思うが私は忙しい」

だが、困惑しきっているのを見て少々悪い事をした気持ちになったので、用件くらいは聞いてやる事にした。

「はっ、実は最近、ちらほらと魔力探知レーダーが異物を察知しておりまして」

「異物なあ」

「人間のものだと思われます」

レーダーは実にすばらしく役に立っているらしい。こんな時に限って。

「魔力の質は?」

「人間にしては中々強く、勇者だとするなら中級以上の魔族をぶつけなければ痛手を被るやもしれません」

侵入者はそこそこに強いらしかった。あくまで人間としてはであるが。

「構わんほっとけ、私の下にくるようならそれはそれでいい暇つぶしだ」

だが魔王は考える素振りすら見せず放り投げた。

「よ、よろしいのですか?」

男魔族は目を見開き驚いている。

まあ、折角侵入者を発見したというのに放置しろなどという命令は、普通はないものだが。

「構わんよ。下手に迎撃を出して被害受けるのも馬鹿らしい」

「かしこまりました、ではそのように……」

魔王の意図が伝わってか、何にしてもこの男魔族は一歩下がり会釈し、そのまま玉座の間から去っていった。



「そんな訳で、面倒くさくなって逃げ出してきた」

「あの、そんな理由でこられても困るんだけど……」

ここはエリーシャの家である。

シナモン村ではなく、アップルランド帝都・アプリコットの中の閑静な住宅街にある一軒家である。

何もかも嫌になった魔王は、例によってアリスとエルゼを引き連れて、こうしてエリーシャの部屋に逃げ込んだのだった。

つまり職務放棄である。元々あまり働いていなかったが。

「大体、馴れ合わないって言ったでしょ。帝都ってかなり警備厳しいんだからね」

「大丈夫だ、外部には他国の辺境貴族一行という事で通すからね」

今度はちゃんと調べて、実際にある国の実在する、あまり名の知れていない貴族の名前を出す事にしたのだ。

エルゼもきちんとバレないように深めの飾りつきの帽子をかぶり、風で吹き飛ばされないようにずっと手で押さえさせていたので、何事もなくエリーシャのもとまでこれた訳だが。

「それに私は魔王としてではなく、人形愛好家の一人として、同胞の家を訪ねただけだしね」

「……それを言われると辛いわ」

エリーシャも複雑そうだった。ただの敵同士でいられないのはもどかしいらしい。


「あの、エリーシャさん、この間頂いた本ですが、とても面白かったです」

仕方なしに通されたそれなりに広い部屋で、魔王一行は出されたお茶を親しんで寛いでいた。

「あらそう、良かったわ。去年から新刊が5冊くらい出てるから、持っていって良いわよ」

「本当ですか? ありがとうございます」

以前持っていった本は読み終えても何度も読み返していたらしく、エルゼのお気に入りの書籍第一号となったらしい。

エリーシャの豪気な計らいに、今も眼を輝かせている。

「エルゼ、貴方はどのキャラが好き?」

「私はナツミですね。がんばってがんばって、主人公の心を掴もうと努力してるのは健気です。エリーシャさんは?」

「私はカエデかな。最初は嫌な子だけど、段々と気になるカレの事ばかり考えちゃうの。どっちも可愛いと思うけどね」

「そうですよねー」

にこにこと語らい合う歳若い乙女が二人。

傍から見れば花も恥らうガールズトークだが、話している内容は失笑されがちな漫画のキャラトークである。


「旦那様、お二人が楽しそうですわ」

「ああそうだな、少し寂しい気もするが、二人が幸せそうなのは何よりだよ」

同じテーブルにつきながら、その本だけは知らない魔王と、そもそもサブカルチャーそのものにあまり詳しくないアリスは置いてけぼりを喰っていた。

だが歳若い二人が幸せそうならばと涙を呑みながらそれを眺めているのである。とても生暖かく。

「あら、おじさんは読んだ事無いの?」

「私はあまり恋愛モノは得意ではないね」

サブカルチャーに関しては幅広く深い見識を誇る魔王だが、こと恋愛というジャンルに限って言えば、苦手とも言える分野であった。

「あまりこの手の本は読まれないのですか?」

「たまに読むくらいなら良いのだが、どうにも私にはその、恋愛中心の話というのは、胃もたれがするのだ」

甘ったるい恋人同士のささやきや、恋の鞘当て、突如展開されるライバルや周囲の友人の恋愛事故。

本の表紙から何からキラキラとしていて可愛らしいこれらの本は、確かに見た目可愛らしく魔王の好みでもあるのだが、流石にその内容は中年には優しくなかった。

「まあ、いい歳して恋愛モノもないかしらね」

「どちらかというと冒険活劇とかファンタジーが好みなのだよ」

いい歳して実に少年向けな趣味の魔王であった。


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