#4-2.幸運のエルゼ
場を仕切るのは進行のアリスの仕事。ダイスを全て取り出し、それぞれ軽く2、3回振って見せる。
ダイス自体も魔王の自作の為、いくらか動きに不良があるものを見分ける必要があった。
結果、きちんと動く四つのダイスを場に残し、それぞれに振り分ける。
「では、順番を決めたいと思います。皆さん、それぞれダイスを振ってください」
言われたとおりコロコロと転がすエルゼ、軽く上から落とすノアール、明らかに動きが玄人なエリーセル、そして玄人っぽく魅せようとして失敗した魔王。
「……1か」
一番最初に結果が見えたのは魔王であった。
ろくに転がりもせず一番低い数字を引いてしまう辺り、あまり運の方は良くないらしかった。
「あらぁ、3でしたわあ」
そうしてガーネット色の髪のノアール。
「ふふん、5ですわ」
普段とは違いドヤ顔で胸を張る飴色の髪のエリーセル。
「あ……6でした」
そしてエルゼは一番大きい目を引いていた。
「うーむ、一回戦はエルゼの一人勝ちか」
色々あって結果発表。一位エルゼ、二位ノアール、三位エリーセル、そして負け組は魔王だった。
「あ、あの……なんだか、すごい事になってしまって」
勝てて嬉しい反面、師匠に勝ってしまったのはなんとなく気が引けると言った様子で、エルゼは素直に喜べないでいたらしかった。
「いやいや、エルゼは運がいいようだ。まさか終盤連続で渡り人を見つけるとはね」
「エリーセルがダントツでトップだったのに、気が付くとエルゼさんがトップ確定になってましたしねぇ」
魔王もノアールもエルゼの運のよさを讃える。
「まあ、こんな事もありますわ」
エリーセルだけは素直に祝えていないらしかった。意外と勝負事に拘るタイプなのかもしれないな、と魔王は分析する。
「さて、勝者トップのエルゼは、負け犬の私に何をしてもいいというルールなのだが……」
問題はここからであった。エルゼが何を求めてくるのか良く解らない。
もしかしたら遠慮して何もしてこないかもしれない。とにかく、エルゼの様子を窺う。
「うーん……どうしましょうか」
当のエルゼはというと、唇にそっと人差し指をあてがって、軽く考え込んでいた。
「あ、そうだ、師匠、お願いがあるんですが――」
「お願い? 何かね?」
何か欲しいものがあるのかもしれない、そう思った魔王は、できるだけにっこりとしながらその言葉を待つ。
「頭を撫でてください」
「……へ?」
予想以上に謙虚な希望であった。
「私、頭を撫でられるのが好きなんです。いい子いい子って撫でてください」
「そ、そうかね」
まさかそんな程度の願いだとは思いもせず。
聞いた魔王は一瞬何かの隠語なのではとまで考えてしまったが、エルゼの性格からそんな事もないだろうしと思い直した。
「よし、解った、撫でよう」
とりあえずは、言われたままに頭を撫でてやる事にした。
「失礼します、陛下はいらっしゃいますか……?」
エルゼの頭を撫でてやろうと手を伸ばした矢先、ドアをノックする音と、入室の確認の為の声が部屋に小さく響いた。
「ラミアか……まあ、入りたまえ」
「かしこまりました、では……すわっ!?」
部屋に入るや否や、エルゼの頭を撫でる魔王という光景が目に映り、素っ頓狂な声を挙げてしまうラミア。
「……どうした?」
「い、いえ……陛下が自室で女性の髪を撫でるなど、はじめて見たもので……」
確かにそんなシーンは一々人に見せないし、そもそも人の頭を撫でてやる事なんてそんなにないのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
「いや、しかし、そうですか、そうやって色んな女性を手懐けていったのですね!!」
誤解を招きそうな言いように魔王も思わず噴出しそうになる。
「いや、ちょっと待て。これは遊びの罰ゲームみたいなもので、別に君の想像するような事はしてないからな?」
そんな誤解をラミアの口から広められてはたまらないので、魔王も必死にテーブルの上のゲームを指差しながらラミアをにらみつけた。
「そうでしょうか? まあ、陛下がそう仰るならそうなのかもしれませんが」
「そうかも、ではなくそうなのだ。全く……」
正直、魔王の言い訳もきちんとラミアに通じているのかも怪しかった。
「それで、何の用事かね? 今日は報告するような事もなかったと朝聞いたはずだが」
そうは思いながらも、少なくともこうして私室まできたのだから、魔王は何か緊急めいた、それなりの意味を持つ理由によって彼女がきたのだと考える。
「はあ……それなのですが、各地で『あの黒竜姫の様子がおかしい』と報告が入りまして……」
そしてまた噴出しそうになる。
「黒竜姫の、なあ……」
恐らくは以前の記憶を取り戻した故の不統合があったせいでそうなっているのだろうが、これを周りの視点で見た場合、今まで短気な乱暴モノとまで思っていたものが急に人のいい淑女のようになったと言うのだから、その急激な変化による影響力も生半可ではない。
「気持ち悪がる者も居りますし、何かの前ぶれなのではないかという意見もございますし、とにかく、皆驚いておりますわ」
日ごろの行いというのは大切なものである。
いかに今までの彼女が悪女めいていたのかというのが良く解る一件であった。
「うーむ……それに関しては正直、あまり気にしてやるなとしか言えないのだが……」
しかし、魔王としては既に一度聞いた話である。エルゼにもイメチェンと説明した以上、この方針を変える訳にも行かず、魔王は同じ説明をせざるを得なかった。
「私は、てっきり陛下がお見舞いの際に何かをやったのではないかと思いまして」
ひどい誤解だった。
「例えば、情緒不安定になって弱気になったあの娘にぐっときてしまって、つい押し倒してしまった、とか……」
「子供の前でなんて事を言うんだ君は」
頭を撫でられ、いい気分のままぼーっとしていたエルゼ。
「……?」
幸いラミアの言葉は耳に入らなかったのか、魔王が心配げに顔を覗き込むと不思議そうに首を傾げていた。
「私も驚きましたけど、黒竜の姉様がやさしくなったならそれはその方が良いと思うのですが」
都合よく師匠の援護射撃までしてくれる。出来た弟子だった。
「まあ、確かにそうなのですが……別に覇気そのものが消えた訳でもないですし、話しやすくなったのならそれはそれで私としても助かるのですが。それはそうと陛下、その罰ゲーム、いつまで続けるおつもりで……?」
「エルゼが満足するまでかなあ」
別にちょっとだけ撫でて終わりにしてやっても良いのだが、エルゼの幸せそうな顔を見るに、それをやめるのははばかられるというか。
この幸せそうなほっこりとした顔をもう少し見ていたい気にもなっていたのだ。
「頭を撫でられるのは好きですから、いつまでも続けてほしい位ですけど……でも、それだと次が遊べないですし、この辺りで」
「解った」
名残惜しげに、だがまだ遊び足りないらしく、第二セットをご希望らしかった。