#5-4.勇者のお茶会
「実は、エルゼを連れてきたのはね、彼女が、魔族としては珍しく、私と同じような趣味だからなのだよ」
魔王は今、エリーシャの家に居た。
そのまま外で話すと何を聞かれるか解った物じゃないからと、家に連れて行かれ、こうしてお茶会が開かれている。
「私、魔族の趣味とか言われてもよく解らないんだけど」
人間のエリーシャは、当然の事ながら魔族の事など知ろうはずもなく、じと目でカップに口をつけていた。
「理解するのは簡単だよ。我々が可愛いと思うモノを可愛いと思ってしまうと、周囲から変な子と思われる」
「それは……なんというか、辛いわね」
エルゼの置かれた状況を早々に察したエリーシャは、同情の目をエルゼに向けた。
「解っていただけますか!?」
エルゼは早くも感激していた。
さっきまで黙っていた分、突然の変わりようにエリーシャも目を白黒させている。
「まあ、歳も君とそんなに違いが無い。魔族と人間という違いはあると思うが、仲良くしてやってくれると助かる」
「……別に、悪さしなきゃ私は構わないけど」
「本当ですか? よろしくお願いしますエリーシャさん」
難しそうな表情のエリーシャと素直にニコニコと微笑むエルゼ。なんとも対照的である。
「魔族って、漫画とか読まないの?」
「読まないのがほとんどだね。そもそも漫画という存在を知らない者の方が圧倒的に多い」
「……魔族って何が楽しくて生きてるの?」
まるでそれそのものが存在理由であるかのような言い回しに、エルゼは驚いた。
「ま、魔族と人間って、そんなに価値観が違うものなのですね……」
「いや、まあ、別に、人間だから皆そうって訳じゃないけど……」
エルゼが誤った方向に人間を理解しようとしているのを感じ、エリーシャはバツが悪そうに頬をポリポリと掻く。
「人間にだって、漫画読まない堅物もいるし、可愛いモノを見ても何も感じない朴念仁はいるわ」
人間全てがエリーシャのようにサブカルチャーに傾倒している訳ではない――
エリーシャはそれを痛いほどよく知っていた。
どちらかといえば、自分たちは間違いなくマイノリティなのだと。
「魔族にとっても人間にとっても、こうしてサブカルチャー的なモノに傾くのは、やはり爪弾き者なのかね……」
「そういう事みたいね。人間も魔族も、そんなところばっかり、なんで似てるんだか」
魔王もエリーシャも思わず溜息が出る。
マジョリティになりたいと思いながらも、今日もマイノリティ達は地道に隠れ趣味を愛でるしかないのだ。
「そういえばエリーシャさん、何故こんな辺境の村に君が?」
話は色々とあったのだが、最後に魔王は締めくくりのつもりで、当初抱いていた疑問を投げかけてみた。
「この村は私の生まれ故郷だもの。父さんと二人で暮らしていた村なのよ」
「そうだったのか。父上は……?」
「貴方も知ってるんじゃない?」
何気なく聞いた質問に、何気なく返答が返り、そして、沈黙が場を支配した。
「……そうか、だから君は勇者に」
まるで二人しかいないかのような静まり返った部屋の中。魔王は、絞るように言葉を紡ぐ。
言いながら、だからなのかと思いながら。
「別に、そういう訳じゃないけど」
そっぽを向かれ、否定され、少しだけ安堵した魔王は、しかし、それだけじゃないだろうとも思った。
「私が勇者になったのは……変な風に才能があったからよ。普通に村娘するには、私は強くなりすぎちゃったの」
この筋肉が、と、恨めしげに自分の細腕をにらむ。ぐぎぎ、とおどけてもみせた。
「血筋っていうか。生まれ持っての才能って奴よね。仕方ないから運命に従う事にしたわ」
「そうか」
感慨深げに短く返す魔王。
アリスは静かに紅茶を淹れ、エルゼは不思議そうに二人を眺めていた。
エリーシャの父親は名の知れた勇者である。
かつては大陸に名を馳せた人類の英雄であり、希望であり、カリスマであった。
多くの人々が知っているその勇者は、今のエリーシャなど比較にならないほどの修羅場を潜り抜け、最強の魔王たるマジック・マスター相手に、他の勇者や戦士たちと共に幾度もぶつかりあったのだ。
多くの勇士たちが戦いに散っていった中、彼だけは生き延び、その都度魔王と対峙し続け、結局彼とマジック・マスターの戦いは、突然の魔王の死という結末によって終わりを告げた。
恐らく当時の人類最強の男で、魔王ですら殺しきれない、魔族にとって恐怖の代名詞たる男だった。
エリーシャが強いのも頷ける話で、あの男の娘なら、確かにあの強さも不思議ではないとすら今の魔王が思えるほどに。彼は強かった。
「初めに言ったけど、怪我した所為でずっと休んでたのよ。偶然この辺りに吹き飛ばされたからっていうのもあるんだけど」
「そういえばそんな話だったね。君が無事でよかったよほんとに」
話は戻る。しんみりとした話は好きではないのか、エリーシャはその話を続ける気はなかったらしい。
「見つけてくれたのが村長の所の娘さんでよかったわ。男だったらどうなってたか」
「すまなかったね。何分、転送魔法に関しては私は門外漢なものでね」
元々得意でも何でもない、しかも相当古い世代の魔法を力任せに行使しただけなので、成功すればしめたもの、程度の気持ちで使った魔法だった。
今にして思えば他に方法はなかったのかと思うものだが、その時の魔王にはそれしか思いつかなかった訳で、結果的に生きてるからよし、というのが魔王の出した結論である。
「まあ、いいわよ。カルナスがブラックドラゴンと魔王に滅ぼされたって聞いたし。あのままあそこにいたら私も死んでただろうしね」
解ってはいてもやはり悔しいのか、複雑そうにじと目になる。
「一応、非戦闘員は全員生きてたがね。人質という扱いだったが」
「それも知ってる。カレー大公相手に相当搾り取ったって話でしょ」
魔王軍は、カルナスで得た大量の人質を返す見返りとして、街ひとつの明け渡しと、大量の物資の提供を求めた。
人心が離れるのを恐れた大公は、しぶしぶ提案を呑み、他国の猛反発を受けながらも、自領の街『エルセリア』を放棄し、その資金力により集められた多くの物資が魔王軍の手に渡る事となった。
人質たちは解放されたものの、短い期間に街二つを失ったカレー公国は大きく力を落とし、強みであった経済力も陰りが見えている。
「あれは私の部下のラミアという奴がやった事だから、私はよくは知らんよ」
「どうでもいいわ。これで大帝国の主要な友好国が、一つダメになったってことだし。この先半世紀はダメなままねきっと」
一度崩れたバランスはそう簡単には戻らない。
カレー大公の手腕にもよるだろうが、周囲から見離されはじめた国の未来は暗い。
「それに、私の事を認めてくれた将軍達や、兵士の皆を殺したことは……私、許すつもりは無いから」
どうでもいい事だと流していながらも、どうでもよくない事はしっかりと釘を刺す。とてもしたたかに。
「無論だ、戦争なのだから、恨みっこありありでいいと思うよ」
魔王も、都合の良い事は考えない。
互いの利益や欲望の元始めている戦争に、美しい部分などなくていいとすら思っていた。
戦争は、醜くていいのだ。恨み合いこそ上等で、憎しみの上に憎しみを重ねて作る血の赤い朱い道なのだ。
敵同士がいがみあえばいい。味方の死で嘆けばいい。
苦しみ抜いて悲しみ抜いて、それでも尚武器を取るしかないのなら、それはやはり、そういうものでしかないのだと魔王は思う。
人も魔族も、戦争に狂っているだけの生き物なのだから。
「だから、私は武器を取り戦う者が私に挑んだら容赦なく殺すことにしている」
「……そう」
例外は目の前に居た。しかしそれはもう例外ではなくなっていた。
次にやったら殺すぞ、という釘刺しは、静かにエリーシャに受け入れられたように見えた。
「いやあ、美味しいお茶だった、馳走になったね」
「ご馳走様でしたエリーシャさん」
「大変美味しゅうございましたわ」
「どういたしまして」
家から出る三人に、エリーシャはわずらわしげに手を振った。はいはい、と。
「あの、本当に良かったのですか、本を頂いてしまって」
「いいわよ。こっちなら、本屋に行けばいくらでも手に入る本だから」
エルゼの手元には何冊か可愛らしい表紙の本が納まっていた。
エリーシャの手持ちの恋愛モノの本なのだが、表紙を見て気に入ったエルゼがじーっと見ているのを見かねて、プレゼントしたのだ。
エルゼは大いにはしゃぎ、何度もお礼をしたものだが、今はその本達を大切そうに抱きしめている。
「そろそろ行くぞ。では、またぱそこんででも」
「……あんまり話さない方が良いかも。今、色々調べられてるから」
「そうか……」
人間世界も世知辛いらしい。
魔族も人間も、本当にやる事は驚くほど似ているものである。
やられると面倒くさい事に限って。
「それに、私は貴方の敵。趣味に関して理解はしてあげるけど、そんなに馴れ馴れしくしないで」
「まあ、その方が私達らしいのではないかとも思うよ。ではさらば」
「ええ」
最後のやり取りは互いに笑顔で。
とても魔王と勇者の言葉とは思えないほどすがすがしく笑いあっていた。
翌日からまた、魔王城の警備網が厳しくなったのは、魔王の自業自得である。