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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#5-3.盟友との再会

 人間世界、大帝国アップルランドの北部にある小さな村、シナモン。

豊穣な土地に恵まれ、澄んだ水質の川が流れるこの村は、規模は小さいながらも、大帝国の台所を支える重要な穀倉拠点であった。


 そこには戦地からは遠く離れ、戦煙すら見えない平和な世界が広がっていた。

村の中心は賑やかというほど栄えてはいないが、それでも作物の買い付けにきた商人や外からの行商が店を出し、村人や周辺に住む猟師等に都会の品を見せている。

村娘は胸元がしっかりと隠れた質素な民族衣装で、小さなバスケットなどを持ちながらおつかいを済ませる。

都会とは違った静かな村の日常があり、人々はまだまだ明日への希望を抱き日々を笑いあう。


 そんな掛け替えの無い日常を見守りながら、今日も勇者殿はぼんやりと、高台の上にある農家の、家の前の長椅子に腰掛けていた。

着飾らず、村娘とそう大差ない質素なドレス姿。

美しい亜麻色の髪は珍しく三つ編みにされ、少女らしさが強調されていた。

しかし、着飾らなくともその美貌は小さな村では目立つ存在らしく、遠巻きに眺める年頃の男子もちらほら。


「エリーシャちゃん、今日もベッピンさんだあねぇ」

そんな中、中年の村男が笑いながら声をかける。麦藁帽で片手にクワ。典型的な農夫。

いやらしさは微塵も無く、挨拶代わりの言葉だと彼女は知っていた。

「こんにちは、おじさん」

「そうやって大人しくしてた方が、嫁の貰い手も付くのになあ」

「ふふ、私はそういうの、諦めてますから」

ありふれた世間話。エリーシャは本当によく聞く話の流れに、いつものように涼やかに笑って受け流す。

「もったいねぇなあ。エリーシャちゃんなら、っていう若いのも結構いるのになあ」

「それは初耳です」

少しだけ驚きながら、でも、よくよく考えるとそこまで意外でもなく、「まあ、そうよね」なんて思いながら。

エリーシャはのんびりと髪を煽る風に、こそばゆそうに目を瞑ってうなる。

「んー、良い風だわ」

「エリーシャちゃんがその気なら、ずっと村に居てもいいんだぜ、皆そう思ってるからな」

うんうん、と自分で自分の言葉に頷きながら、中年農夫はエリーシャを気遣った。

「ありがとうおじさん。やっぱり、自分の村って良いわね」

目を開き、栗色の瞳を細めながら、エリーシャは言葉を向けた相手ではなく、自分から見える、この小さな生まれ故郷を優しく眺めていた。


 村の隅のほうが騒がしくなったのは、それから少ししての事。

誰か余所者でもきたか、それとも山賊でも紛れ込んだのか。

面倒ごとが起きたのではないかと思ったエリーシャは、注意深く下手の村を見渡した。

だが、それほど大変な事ではないのか、村人達は怯えた様子もなく、杞憂であると判断した。

その先に見える、見知った顔に頬を引きつらせながら。


 村の隅では、ちょっとした人だかりができていた。

灰色の外套を纏った上品な中年紳士と、その後ろに付き従うローブ姿の、ヴェールで顔を隠した若い娘と思しき女性。

そしてその隣にかしずく上品な衣服の美しい少女の一行が、村を訪れたのだ。

商人くらいならよく見かける村人たちも、高貴な出の者を見るのは初めての者がほとんどで、静かな村は違和感に溢れた。

「すまないが」

紳士は、近くに立つ村の青年に近づき、声をかけた。

「この辺りに、エリーシャという若い娘はいるかね?」

勿論、この紳士は魔王である。

「エリーシャちゃんなら、村長さんとこの前にいると思うけど……」

適当に聞いた相手は都合よく答えを知っていたらしく、魔王は機嫌よく笑った。

「ありがとう」

静かに礼を言うと、後ろの二人も小さく頭を下げる。

「い、いや、どういたしまして……」

彼の人生初の魔王との会話である。緊張するのも無理は無い。知る訳も無いが。

「さてと、では村長の家とやらを目指すか。どういけばいいかね?」

「村長さんちなら、ここをまっすぐいったとこだげども、あんた様は一体……?」

若い男とは別の壮年が、なまりのある言葉で魔王に問いかける。

「ちょっとした知り合いなんだ。近くに寄ったついでに、彼女に会いたいと思ってな」

「ああ、するってぇと、勇者のお仕事のどきに知り合ったかなんがしだっていう……」

「そんな感じだ。まっすぐ行けば良いのか。ありがとう」

そっと礼をする。後ろの二人も同じく。

そのまま村人の群れを抜け、言われたとおりに村長の家とやらに向かおうとした魔王達であった。


 急に強い風が吹き、そして魔王の後ろから「あっ」と小さな声が漏れた。


 エルゼのヴェールが飛んでしまい、その下にあった顔が周囲に見られてしまう。

銀髪碧眼の美少女、までは良かった。上品で美しい娘というのは何も問題ない。

問題があったのは、その長く細い耳であった。

「こ、この娘っこ、エルフじゃねぇか!?」

気づいた村人は、エルゼを指して騒ぎ立てる。

「あの長い耳、確かにエルフだ」

「おい、ここにエルフがいるぞーっ」

村人は再び、魔王達を取り囲んだ。

先ほどまでとは別の、明らかに敵意のこもった視線をぶつけながら。

「あー、ばれてしまったか」

「あ、あの、師匠、私……」

私エルフじゃないんですけど、と言いたげに戸惑うエルゼに、魔王はそれ以上は喋らないようにと手で制する。

隣に立つ金髪の美少女は、特に何を言うでもなく、澄ました顔のままだ。

「エルフを連れてやがるって事は、こいつらは――」


「黙らんか!!」


――魔王の一喝。

それだけで、場は静まった。

一行に向けられた敵意は、しかし今度は恐れに染まり、何をするのか解らないこの一行に、怯えすら感じているようだった。

「娘は確かに私とエルフの妻の間に生まれたハーフエルフだ。だが、彼女の母親はエルフ種族が人の敵にまわる以前に私の下に来たのだ、娘に何の罪がある!!」

魔王はそういう設定で進めるつもりだった。

「村人よ、この方はかの大国『アーモンド王国』をまとめる大公の一人、アルド大公爵様です。失礼な詮索はしないように」

エルゼの隣に立つ金髪の美少女……もといアリスも要領よくその芝居に乗っかった。

村人も、勿論エルゼも突然の事に唖然としていた。

「アーモンド王国……ゆ、有名なんかな?」

「いんや聞いたこともねーけども、でも有名らしいしな……」

村人は村人らしく、有名という言葉に実に弱かった。

「んでも、だからってあれはエルフだしなあ」

「そこの人、この方はアルド様の娘子にあらせられるエルゼ様ですよ。失礼な口は利かぬように!!」

アリスは強気にビシィッ、と指を突きつけ、村人を叱責する。

その様は公爵令嬢を守る侍女そのものである。実に心強かった。

「あ、あの……ごめんなさい」

村人も、その美しい迫力につい謝ってしまう。

「解れば良い。私達はただ通りがかりで村に寄っただけ。エリーシャに会うことが出来れば速やかに立ち去るつもりだ」

「さあ旦那様、エルゼ様、参りましょう」

村人達を厳しく睨み付けしながら、アリスは二人に先に進むよう促した。

「え、えぇ……」

話の流れに今一ついていけないエルゼは、やはり急かされるままに流されていった。



「何が『アルド大公爵様』よ、アーモンド王国なんて聞いたことも無いわ」

魔王一行がエリーシャのもとを訪れた時には、既にエリーシャはそれを察知していたらしく、先ほどの芝居もバレバレであった。

「私も聞いた事が無い」

「私もです」

「えっ、そうなのですか?」

魔王もアリスもそれに倣う。

知らないのはエルゼだけだった。世間知らずの辛い所である。

「全く……まあ、騒ぎを必要以上に拡大しなかったし、いいけど」

実につまらなさそうに、エリーシャは腰掛けたまま三人を見やった。

「……見慣れない子がいる」

「ああ、こっちの金髪の子は――」

「そっちは知ってるわよ。アリスでしょ。何で大きくなってるのか知らないけど……」

郊外の時点で再びコールスレイブで召喚されたアリスは、いざという時の為にその時点でサイズアップの魔法をかけられていた。

その為、村を歩いている時には人間の美少女にしか見えず、全く違和感無く人間世界に溶け込んでいた。

「そっちの銀髪の子……魔族よね?」

辺りを見回しながら。周囲に誰も居ないのを見た上で、慎重に、静かにエリーシャは言った。

「いかにも、吸血族の姫君だ」

「初めましてエリーシャさん。私の事はどうぞエルゼと呼んでください」

「ええ、初めましてエルゼ」

初対面でもさほど緊張は無いのか、朗らかに笑ってみせるエルゼ。

しかし、当然というか、敵対者であるはずの魔族の姫君の登場に、エリーシャは頬を引きつらせたままだ。

「それで、何よ、今度はこの村を滅ぼすつもりなの?」

当然、勇者的に見れば前回と同じように、ロクでもないのを引き連れて暴れ回りに来たように映る。

実に不愉快で不可解で腹立たしい仇敵にしか映っていない。

即座に斬り付けたいのを黙っているのは、それをしない訳があるからというだけである。

「それは誤解だよ。前回のカルナスの時だって、あいつらが現れなければ――」

「私、貴方が暴れたおかげで瀕死の重傷負って一年くらい戦線復帰が不可能になったんだけど」

九死に一生を得たのよね、なんて、つまらなさそうにそっぽを向きながら。

エリーシャは鋭く魔王を責めた。

「生きてただけいいじゃないか。あのままカルナスにいたら、確実に死んでいたよ?」

魔王は元より、この勇者を殺したくないがために吹き飛ばしたのだ。

生存していたというのは実に嬉しい限りだった。

たとえ本人がそれを望まなかったとしても。

「……人の胸揉みしだいておいてよく言うわ」

「いやいやいや、それこそ誤解だって」

そんなに豊かではない胸を庇うようにして抱きしめるエリーシャに、魔王は思わず狼狽する。

「師匠、人間の女性がお好みなのですか?」

「旦那様、胸が小さい方がお好みならそう言っていただければ……」

後ろに立つ二人もジト目で魔王を見ていた。

思わぬ展開である。魔王一人が突然窮地に立たされた感じだ。

「揉んだというか、鎧越しに直接魔力を注がないと魔法が通らなかったからそうしたまでだよ」

「おかげで鎧ごと服まで吹き飛んで、胸だけ晒したまま倒れてたらしいわ」

襲われなくて良かった、と、かつてを振り返り震えるエリーシャ。

「いや、それはすまなかったというか……というかあの鎧の魔力抵抗強すぎだろう」

「当たり前だわ。教会で儀礼済みの特級品だったんだから」

エリーシャはとても不機嫌そうである。

魔王がいくら誤解を解こうとしても一向に機嫌を直す気配はない。

「ま、まあ、その話は今はおいといて、私はこれを君に届けに来たんだよ」

「……?」

話を続けるのを辛くなった魔王は、持参したバスケットを前に出し、エリーシャに手渡した。

「爆弾? それとも賄賂?」

嫌な二択である。

「中身を確かめてみてくれたまえ」

魔王は、吐き捨てるように溜息をつきながらエリーシャに促す。

「変なものじゃないでしょうね……」

言いながら、エリーシャは不承不承にバスケットを開く。

「あっ――」

そして、唖然としていた。

「君のでよかったよね?」

「え……えぇ、そう、だけど……」

エリーシャがバスケットから抱き上げたそれは、彼女の失くした宝物――トリステラだった。

「もう、会えないと――」

「それじゃあんまりだ。君の友達なんだろう?」

思わず涙がこみ上げてきたエリーシャに、魔王は紳士らしく笑いかける。

そっとハンカチ等も渡したりする。実に紳士的に。

「……そうよ。でも貴方が持っててくれたのね」

「きちんと預かっていた間は手入れもしておいた。うちには人形の心がわかる子がいるから、トリステラの気持ちもちゃんと私には解っていたよ」


 トリステラは同じ人形であるアリス達にとても大切にされていた。

魔王も勿論しっかり手入れ等していたが、アリス達は動く事の出来ない、感情を表に出せない新たな妹分を、大切に可愛がったのだ。

時に慰め、時に抱きしめ、時に手入れし、時に雑談等しながら。

哀れなトリステラを、少しでも寂しがらせないように尽力していた。


「話せなくたって、モノには心がありますもの。トリステラはずっと言っていましたわ」

「……なんて?」

「『エリーシャちゃんに会いたい』って。『エリーシャちゃんが泣いちゃう』って、自分も泣きながら」

アリスも思うところがあるのか、目を閉じながら言葉を紡ぐ。

とても優しく、とても温かに。


「そう、トリステラが……トリステラ、おかえりなさい」


 ぎゅっと、大切な宝物を抱きしめるエリーシャは、この時ばかりは、幼い少女のような顔立ちに見えた。


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