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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
4章 死する英傑
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#9-3.死地へ――

 集落の中は、意外なほど拓けていて、落ち着いた雰囲気であった。

異郷の村、という表現が正しいのだが、荒々しいオーク族のイメージとは裏腹に、魔界に作られた人間の集落のように、平和な世界が広がっていた。

集落の入り口がおどろおどろしかっただけに、これは魔王としても予想外で、少々驚かされてしまう。

「てっきり集落の中もそこかしこに武器や骨が転がって居るのかと思ったぞ」

「ここは、我らが唯一心休まる場所。身体を癒せる場所なのだ」

集落にはオーク族の女達が洗い物をしたり、井戸から水を汲んだりしていた。

そこかしこに古めかしい機織機や鍛冶場、畑や共同で使う釜のようなものも見られ、相応に文化的な側面も見られる。

魔王達が近くを通ると、何事かと女達が魔王らを興味深げに見ていた。この辺り、実に遠慮なくジロジロと見る。

だから、魔王もジロジロと彼女達を見る。あくまでセクハラとかそういうのではなく、学術的な好奇心からである。

「オーク族の女性は逞しいな」

そして出た感想に、勇者は満足げに笑った。

「いかにも、我らオークの至宝よ。強く逞しく、そして賢い」

人間や他の亜人の女性と比べ、オーク族の女性は全体的に筋肉質で、背も高い。

男のオークと比べ鋭い牙が生えていたり鼻が太く面立ちが醜悪だったりという特徴はなく、肌の色が灰色に近いのと筋骨隆々な事以外は人間の女性とそこまで大きな違いは無い。

「私は色々な種族の女性を見てきたが、オーク族の女性は他にはない美しさを持っているのではないかと思う」

魔王は感嘆していた。彼女達には無駄な贅肉が一切ついておらず、磨きぬかれた筋肉質の身体はまるでオブジェのような造形美を感じさせていた。

色気や可愛げなど一切感じさせない、今までに無い美がそこにはあった。

「ほう、解るか。さすが魔王陛下。目が肥えている」

ジャッガは誇らしげであった。

「オークの女は皆鍛え抜かれ美しく育った女ばかりよ。気も強いが、賢く、何より気立てがいい。我ら男をしっかりと立ててくれる。家を守ってくれる。だからこそ我ら男は、戦に集中できる」

「お前らにとっては善き妻という事か。素晴らしいな」


 オーク族は基本的に他種族との間に子を作らない。

この辺りエルフと明確に違う点で、オークの男もオークの女も、互いに同族の異性にしか興味を持たない。

集落の位置関係上、各エルフ族の集落と近隣関係になる事も多かったオーク族であるが、自分達に無いモノに惹かれやすい性質を持つエルフと自分達以外に興味の無いオークは価値観が全く異なり、互いの男同士は強くいがみ合っている。

オークの男からすればエルフは軟弱で、弱々しく見えてしまう為に欲望の対象になり得ないのだが、エルフの女はエルフの男にない逞しさ、力強さを持ったオークの男に惹かれてしまうことも有るらしく、これが元で諍いが起きたりする。

魔界に移ってからは双方の集落は離れ、このような諍いは減ったものの、今尚互いの種族は仲が悪いと言える。


「やはりお前たちにとって、エルフ族はあまり関わりたくない相手なのかね?」

この辺り、当の本人達がどう考えているのか、魔王は興味津々であった。

「奴らは軟弱すぎる。中にはデキる者も居るだろうが、身体の線が細すぎるし、何より筋肉があまり無いからな。好きか嫌いかで言われれば、好きだと思う者は少ないと思うが」

エルフの女がオークの男に興味を抱いた場合、その多くが悲恋に終わる。

オークの男はエルフの女に全くといって良いほど性的な興味を持たないからだ。美的感覚が違いすぎるが故の悲劇である。

多くの種族にとって美しい、愛らしいと言われるエルフ種族であるが、オークにとって彼らはなよなよとした頼りない生き物にしか見えていないのだ。

「だが、我ら男同士がいがみ合うのとは関係無しに、女達は良好な関係を築いているらしい。妙な話ではあるが、な」

機織りをするオークの女を見やりながら、ジャッガは続ける。

「女同士は仲が良いのかね?」

「うむ。かつては集落が近いのもあり、頻繁に交流をしていたらしい。我ら男が戦地に出ている間に、ではあるがな」

「それは意外だな。どういう接点かね?」

驚きの新事実である。エルフとオークは女同士は仲がいい、というのは、どの文献にも載っていない。

魔王は好奇心に頬を綻ばせる。

ノアールはそんな主の顔を見ながら、マントの端をぎゅっと握り、小さく息をついていたのだが。

「どちらも、女が中心になり物事を考えるからな。エルフの男は我らオーク全般を美的感覚にあわぬからと嫌うが、エルフの女はオークの女の賢さ、知的な面を知っていて、交流できるのだと気付いた」

「なるほど。それで気が合ったという事か」

「集落を守るのは女の仕事、というのはどちらも同じだからな。その辺りもあったのかもしれぬ。とかく、女同士というのは気が合うものらしいが、我ら男にはよく解らぬ」

一方でいがみ合い、一方では親交を深める。確かに解り難い社会構造である。

彼らとしても複雑な気分なのだろう。

「陛下はまだ妻はめとっておらぬと聞いたが。もし妻を娶るならオークの女を娶ると良い。この上なく安堵できる」

「それは有り難い申し出だが、私は妻を娶らぬと決めている。何より、オークの至宝たる女達は、誇り高いオークの戦士達こそが娶るべきものだろう?」

ジャッガの提案をやんわりとかわす魔王。

おだてられた形になったオーク族の勇者は、嬉しそうにニカリと笑った。

「さすが陛下だ。解っておられる。いかにも、その通りだ」

心よりの言葉であった。彼らには偽りが無い。これほど信用できる者も少ない。


「ここが我の住居だ。遠慮なく寛いでいただきたい」

「ほう、これがオーク族の……独特なつくりだな」

勇者に案内されて入ったのは木材を組み合わせ作られた監視塔のような建物であった。

集落で見た中では一際大きく、そして中も広かった。

「おかえりなさいまし」

入るとすぐに目に付いたのは、入り口脇でペコリと頭を下げるオーク族の女であった。

「妻だ。エルディガという。エルディガ。こちらは魔王陛下とそのお付きの人形殿だ。出来る限りのもてなしを用意しろ。今宵は宴だ」

「ほう、お前の妻か。よろしく頼むよエルディガ」

「なんとまあ。このような森の中よくいらっしゃいました。どうぞ、こちらでお寛ぎくださいませ。すぐにお酒を用意しましょう」

厳格な口調のジャッガとは違い、エルディガはやんわりとした、魔王が良く知る『女性らしさ』を持った女性であった。

外見こそ逞しく、ノアールの倍近い背丈ではあるが、その表情は柔らかさ、優しさを感じられた。

「すまない、邪魔をするよ」

エルディガの案内を受け、魔王らは奥の部屋に通され、卓についた。


 卓についた魔王らには、大きめの木のコップが用意され、エルディガの手ですぐさま瓶に入った液体が注がれていく。

「これは?」

見たことのない透明色の液体。

先のエルディガの言葉から、恐らくは酒なのだろうが、果実酒や蜂蜜酒とは異なった香りがする。

「『ディーガッハ』という。我らオークの伝統的な酒でな。ルコルーという、甘き砂の原料になる植物を材料にしている」

「ほう、ルコルーの酒なのか。甘そうだな」

酒と聞き、魔王は上機嫌になった。エルフの時もそうであるが、魔王は結構な酒好きであった。

「いや、酒そのものには甘みはあまりない。だが他の酒と比べて強いから良く酔えるぞ」

「それはいい。今宵はこの上予定も無い。程よく酔えるならそれもよかろう」

そもそも魔王が酔っ払えるのかは別として。オークの勇者たる彼が言うほどの『強い』酒とやらに興味があった。

「さあ、では飲もうか」

「うむ。乾杯だ」

無骨な木のコップを手に、勇者と魔王は互いのコップにゴツンとあて、乾杯をする。

やや強めに当てられたためか、互いの容器から若干飛び散るが、気にしない。


「良い風味だな。これは中々……」

軽く一杯。あおって飲むのが正しいのかはともかく、魔王はごくりと飲み干した。

「良い飲みっぷりだ。やはり魔王とは、このようにできねばな」

ジャッガも余裕で飲み干す。卓の上にはエルディガの用意した料理が並んでいた。

素朴な芋料理中心であるが、これも湯気が立ち美味そうである。

「これで私も、酒は中々好きでね……おお、悪いな」

空にした容器に、勇者が注ぐ。気付き、魔王も注ぎやすいようにコップを差し出す。

「いくらでも飲めばいい。集落の夜は、このようにして過ごすべきなのだ」

「うむ。違いないな。お前達の安寧は、ここにこそあるという事か」

「そういう事だ。ここでだけ、我らは気を抜ける。ここでだけ、我らは戦を忘れられる」

唯一の安寧。彼らに許されたユートピア。オーク族は、自らの集落でこそ落ち着いていられるのだという。

彼も、その妻も、とても幸せそうであった。

だから、魔王は少しだけ気が引けていた。

(このまま酒を飲んで帰るのも悪くは無い、が……)

酒は美味い。料理も美味い。豪快な勇者との酒宴は、ただ飲んで笑っているだけであるが、それでも楽しい。

「ジャッガよ。強い者と戦いたくは無いか?」

だが、魔王は目的を果たす事を優先した。それが為来たのだから、と。

「無論、それこそが我が本懐。我らオークの漢の追い求める者よ」

魔王の纏う雰囲気の変化に気付いてか、オークは笑うのをやめ、ギラリとした目で魔王をみやった。

「オークの漢は、自分と対等に、対等以上に戦える敵を。自分を殺せるくらいに強い敵を求めているのだ。そして、そういった相手を打ち倒すその時こそ、我らオークの至極の悦びがあるのだ」

こう言えば、彼がこう答えるのは、魔王には解りきっていた。

「ならば、戦わせてやろう。お前を殺せるだけのツワモノと戦わせてやる。お前に『死闘』を味わわせてやろう」

オークの漢とは、やはりそういうものなのだ。

だから、そんな自分が、少しばかり卑怯だなと、魔王は感じていた。


 二杯目のディーガッハも飲み干す。魔王はおもむろに席を立った。

「私につき従えジャッガよ。私はこれより『戦い』に向かう。私の役に立て。私の目的を果たすための礎となれ。それが、勇者としてのお前の役目。私がお前にくれてやる、『死闘の為の舞台』だ」

魔王は命じた。座ったままでも魔王より大きなオークの勇者に向け、王として命じて見せた。


「……その命。我が身を以て遂行しよう」

勇者は椅子から降り、跪いてその命を受けた。


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