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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
1章 黒竜姫
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#5-2.エルヒライゼンと深淵の森

 次の瞬間には、もう魔王とエルゼは全く別の場所に立っていた。

魔王の手にはいつの間に手にしたのか小さなバスケット。


 そこは鬱蒼と生い茂る深淵の森。

木々に寄生するキノコが光り、辛うじて前が見える程度に明るさが保たれた、薄暗い世界である。

「ここが、エルヒライゼン……」

呟きながら、エルゼは周りを見渡す。

城から出た事の無いというこの娘は、恐らくは外の世界は初めてなのだろう。

見るもの全てが新しいはずだが、一番最初がこの世界というのはどうなのか。

魔王としても、複雑な心境である。

「私の前の領地だ。魔王となってからも、直轄領として支配下に置いている」

かつて魔王が先代魔王の配下であった時代、彼がひきこもり、好き放題に没落生活を送っていた領土である。

場所的には魔族世界の中央付近なのだが、土地はやせ細り、このように光も差さない深い森が生い茂っているため、不毛の土地として他の魔族は欲しがらなかった。

だが静かに過ごしたい者には楽園のような穏やかな土地に感じられたらしく、魔王はそれほど不自由はしていなかった。

「さて、少し歩くぞ。ここに来る時はいつもこれが手間なんだよなぁ……」

「あ、はい……」

そう言って歩き出す魔王に、エルゼはいそいそとついていく。


「私、てっきりお城や街の中に出るものと思っていました」

「下手な場所に出すと魔力探知されるからな……」

現在、魔界にはあらゆる場所に魔力探知用のサーチレーダーが展開されている。

以前の勇者による侵略の失敗を活かして、人間世界からの奇襲を察知し、即座に対応する為の施設なのだが、当然魔族の魔力も探知されている訳で、平時は力の強い上位魔族が勝手なことをしでかさないようにする為の足かせとして活用されている。

つまり、魔王が好き放題に人間の街に行くなんてことは平時なら簡単に察知されてしまうのだ。

だがこの深淵の森は、そこにいるだけで魔力を吸い取ってくる魔樹木が生い茂り、レーダーを大いに狂わせる。

この為魔王やエルゼ程の魔力を持つ存在が瞬時に転送されてきても、上手くカムフラージュできる訳である。

「エルヒライゼン経由なら魔界からの転送でも行き先がバレないから、私が人間世界に向かう際は、必ずここを経由するようにしているのだ」

「なるほど、人間世界に単身向かうのは、流石に騒ぎになってしまいますものね」 

納得がいったのか、エルゼも相槌を打つ。

「全く、ラミアの奴がうるさいからな、私もたまには自由に動かないと、魔王なんてやってられんよ」

してやったり、と高笑いする魔王は、家からこっそり抜け出した子供のように、悪戯じみた笑顔だった。

――もっとも、魔王城から魔王とエルゼの魔力が消えた事自体は既にばれているはずであり、遠からず探索の人手が回されてくるのは変わりないのだが。


 そうこう話している間に森は拓け、魔王達は寂れた城砦に到着する。

「相変わらず、我が城ながらお世辞にも綺麗とは言えないな……」

例によって使用人の一人も居ない城砦は見事に荒れ果て、かつて襲撃を受けた時のまま、煤やら埃やらかびやらに汚れていた。

「師匠……あの、所々埃やカビが……」

エルゼも思わず顔をしかめ、口元をハンカチーフで覆う。

深窓の姫君にはあまりにも汚らわしい光景に映ったに違いない。

「すまんなあ、使用人の一人も居れば少しはまともなんだろうが」

捨て置かれたままの荒れ城は、最早廃墟と言って差し支えないボロさであった。

解りきっていた事ながら、魔王も苦笑してしまう。

「どうしてこんな事に……師匠のお城なのでしょう?」

「まあ、環境が悪すぎて暮らしたがる者が居ないのが一番の難点かな」


 近くに街らしい街もなく、作物もロクに育たない。

鉱物も採れないし、川も淀んで水質が死んでいる。

更に魔族の生命力たる魔力は常に城砦を取り囲む深淵の森に吸い続けられ、他の地域に助けを求める事すらままならない。

挙句の果てに魔王城からも他の魔族の拠点からも転移する魔法陣が存在せず、こちらから他の場所に転移する為の魔法陣も存在しない。

魔王は食事なしでも困らない体質だから問題にはならなかったが、そもそもこの地域はライフラインが絶望的な状況で、生活そのものに適していないのだ。

そんな地域に住みたがる者などいかに魔族といえどそうそう見つかるはずも無く、城砦は今も荒れ果てている。


「環境を改善するとか……」

「試みてみた事もあったんだ、私が魔王になった後に」

「ダメだったのですか?」

「結論から言うと、森そのものが持つ魔力障壁が強すぎて、竜族のブレスですら森を排除する事は不可能だったらしい」

更に言うなら、森そのものの再生能力が異常に高く、木々を端からなぎ倒していっても即座に再生していくので、これはもう無理だと早々に判断が下された。

魔界にも至る所に魔力を持つ樹木は立っているものの、深淵の森の魔樹木は殊更に性質が悪く、排除には相当の手間がかかるというのが関係者の考えるところだ。

「恐ろしい森ですね……」

「太古の昔からあったそうだよ。ラミアによると数億年前には既に今の状態だったらしい」

「数億年……」

幼い吸血姫には想像だにできない時代の流れである。

魔王ですら理解の及ばない程の過去から、この地域は森に支配されていたのだ。

「というか、そんな所に暮らしてらっしゃったんですか師匠は」

「あぁ。私個人としては、邪魔者もいないし、とても静かだしで実に快適だったのだが」

そんな中で暮らしていける魔王は、やはり魔族としては変人であった。

「元々は、先代魔王に『お前働かないからエルヒライゼンな』と嫌がらせ同然に押し付けられたのだが」

「酷なことをなさいますね先代も……」

「だが私も『働かないで済むなら別にここでもいいかなあ』と思って素直に来てしまった」

にやりと笑ってなどいるが、言っている事はダメ人間そのものである。ニートである。

エルゼもこれには流石に苦笑するしかなく、頬を引きつらせていた。


「この辺りで良いだろう」

城砦に入って少しばかり歩くと、何も無い広間に出た。

調度品どころか絨毯すら敷かれておらず、まさに何も無い部屋である。

不思議そうにエルゼが部屋を眺めていると、魔王はぶつぶつと何節か呟く。

「アリスちゃん、きておくれ」

最後にそう呟いて、詠唱を終えると、広間が眩く光り……アリスが現れた。

『ふぅ、旦那様、ただいま参りましたわ』

アリスは召喚されるやいなや、すぐさま魔王の下へ歩いてくる。

そしてその足が魔王の前で止まり、そこを中心に巨大な円の魔法陣が生まれた。

「あっ――」

「うむ、準備は整ったようだね」

『もう出来ております、場所の指定をお願い致しますわ』

驚きの声をあげるエルゼはそのままに、魔王とアリスは転送の為の設定の儀を進める。

「ああ、場所はエリーシャさんのいる所の、少し外れた場所で良い」

『人数は何人で行くご予定でしょうか?』

「私とエルゼの二人だ」

『かしこまりました。場所は人間領シナモン村郊外、人数は二名ですね』

「うむ、それでいい、頼んだ」

『はい、では発動しますわ』

それにより儀式は終わり、次にアリスの詠唱による転送が始まる。

『転送の円陣よ』

言葉を発すると、魔法陣は呼応したように眩く光る。

『私の愛する方々を彼の土地へ――』

強く風が吹く。魔王城で三体の人形によっての転送ではなく、これはより上位の魔法。

その分詠唱は長く、アリス自身の動きもより大きくなっていっている。

『魔族世界から人間世界へ――』

胸の前で手を組み、そっと目を閉じる。

『どうか、幸せな旅路へ――』

魔法陣が一際眩しく輝き、そして部屋は白に支配される――


『いってらっしゃいませ』


最後に可愛らしく、小さく呟くと、そこにはもう二人の姿は消えてなくなっていた。


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