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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
4章 死する英傑

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#7-2.女神のお茶会

「いらっしゃいませー♪」

アプリコットの公園にて。

魔王は先日遭遇したバイト女神の店に顔を出していた。珍しく誰も伴わず、たった一人で。

中央に拠点を作った結果、わざわざアリスを使わずとも、魔王城から直で中央に顔出しできるようになったのだ。便利な世の中である。

「貴方がまた来るなんて。いったい何の御用なのかしら?」

「ミルクティーを、ホットで頼む」

期待に豊満な胸を膨らませ、わくわくと金色の眼を輝かせる女神に、魔王は素っ気なく応じた。

「貴方はもう少しこう、女性を喜ばせられる空気の読み方とか、そういうのを身に着けたほうがいいんじゃないかしら……?」

心底がっかりさせられたわ、とばかりに溜息をつく。

この女神は一体目の前の冴えない中年魔王に何を求めているというのか。

「溜息をつきたいのは私のほうだが。しかし、相変わらずここの店は客がいないね」

「もうすぐ冬だもの。お茶を飲みたい人は、多分こういうオープンオンリーなカフェじゃなくて、ちゃんとお店構えてる所にいくと思うわ」

いつの間に用意されたのか、紙のコップに注がれるミルクティー。

暖かな香りが魔王の鼻を癒す。

「どうぞ。女神特製ミルクティーです。すごくミルキィよ」

「……変なもの混じってないだろうね?」

『すごくミルキィ』という言葉に嫌な予感を感じ、魔王は恐る恐る問う。

「混じってても解らないわよ」

女神は満面の笑みであった。そして魔王は即座に紅茶を捨てた。

「あっ、ちょっ、冗談だったのにぃ!」

涙目になる女神。魔王はそ知らぬ顔であった。

「もう、飲み物は大切にしなきゃダメなんだから。大地の恵みなのよ? 心の癒しなのに……」

ぶつぶつとお小言を言いながら二杯目を用意する。やはり手際が良い。慣れたものだった。


「ヴァルキリーの修復方法。それを聞きたいのだ」 

この女神に主導権を握られたくなかった魔王は、こうしてわざわざ不意打ち気味に切り出した。

女神はというと、『む?』と突然始まった真面目な会話に首を傾げる。

シリアスな空気に順応する間なく飲み込まれた形だ。

「仮にヴァルキリーの刀身……二振りの宝剣を取り戻したとして、それだけでヴァルキリーが修復できないのは解っている。どうすればいいのか、確認したい」

「それはネクロマンサーとかいうアイテム屋に聞いて知っているはずじゃない? 私はそうであると認識しているけれど」

どうぞ、と再びコップを差し出す。今度は余計な事を言わず、そのまま静かに啜った。

「信用できんよ。奴はヴァルキリーに懸想していた。自分に都合の良い事を隠している可能性もある」

「同時に貴方に対して深く感謝しているみたいだけどね。彼は、自分の能力に見合わない野心を抱いていたから。それに気付く事の出来る場所をくれた貴方にすごく感謝している」

適当な場所に腰掛けると、女神もカウンターから離れ、魔王の前に腰掛ける。

身の丈は魔王の胸ほど。女神として見なければ緑のエプロンをつけた華奢な美少女そのままであった。

「貴方は今、すごく疑心暗鬼に陥っている。誰を信じたら良いか。何を信じれば良いのか。それを模索している。だから、側近の一人、蛇女を自分の側に引き入れた」

テーブルに膝を立て、そっと組んだ手の上に顎を置く。「お味はいかが?」とばかりに。

「間違いが無いからな。ラミアは信用できる、と私は思う」

「間違いないわ。とてもベターよ。ベストではないけれど。彼女はとても信用が置ける。側近としてこの上ない存在よ。だって、蛇女ってその為に作られた生き物だし」

魔王の返答に満足してか、女神は悪戯気に微笑む。

「膨大な知識を溜め込める叡智の魔物。ひたすらに長く生き、ひたすらに主を支える忠犬。それだけが、彼女達の役割だわ」

「この世界の生物の成り立ちを、一々説明するつもりかね?」

流れを変えられた気がして、魔王は警戒する。いつの間にか、女神に主導権を握られかけていた。

「あのアイテム屋は、心底ヴァルキリーを愛してしまっていたみたいね。元々は同性愛者だった癖に、あの娘の見せた真実の愛に心を奪われてしまったの。同性愛者の癖に」

嫌な所を強調する女神であった。

「……なんて嫌な事を教えてくれたんだ」

あの男が何故先代を蛇蝎の如く嫌っていたのか、今更のようにその理由が理解できてしまった。そして知りたくなかった。

「あら、美しいじゃない。私、女同士でも男同士でも、それはそれで美しい愛の形だと思うわよ? あくまで双方同意の下でなら、だけど」

「自分が強要されたら?」

「断固拒否する。この世から滅ぼすわ」

ひどく自分勝手な女神であった。

「王剣ヴァルキリーは、二振りの宝剣と、キーとなる『采配のロザリオ』というアイテムによって構成されているわ。見た目だけなら刀身を集めれば理論上ヴァルキリーは修復できるけど、心まで取り戻させたいなら、それはなくてはならないものよ」

「……急に話が戻ったな。なんだその采配のロザリオというのは。何かのマジックアイテムかね?」

「ヴァルキリーがいつも首から提げていたアクセサリーよ。見たこと無い? 十字型で、下のほうが短くて上のほうが長いの」

きゅっ、と指とクロスさせる。その形状は、確かに見覚えがあった。

「……あれがヴァルキリーの心を構築していたのか」

そんな大切なものをよくも胸元になど飾らせていたものだ、と魔王は苦笑する。

「危なっかしいと思うでしょうけど、あれ自体は簡単には壊れない代物だからね。あれが壊れるのは、ヴァルキリーの心が折れてしまった時。『戦いの象徴』足りえなくなってしまった時」

「……では、そのロザリオを取り戻せれば……」

「その時、貴方は選択を迫られるわ。これはネクロマンサーにも聞いていると思うけど」

言いながら、女神はゆったりと姿勢を変える。足を組みなおす。

「仮にロザリオを見つけ出せたとして、もうそこにはヴァルキリーの心は残っていないはずよ。だって、あの子の心は完全にばらけて、貴方の人形の中に入っているんだから」

そう、ヴァルキリーの心は一度粉々に砕け散っている。原型すら留めないほどに。

それはアリスを始めとして、二千の人形達の、彼女達が自動人形足りえる為のキーパーツとして使われているのだ。

「だから、貴方は選ばないといけない。一つはヴァルキリーを諦める道。ちょっと虚しいかもしれないけど、このままお人形達とそれなりに楽しい余生を送る道。貴方は現状維持するだけで良いわ。楽だし、少なくともこれ以上何かを失う事はない」

人差し指を一本。ちょん、と唇の前に立てる。

「……もう一つは?」

魔王が問うのと、女神が中指を上げるのは同じタイミングだった。

「もう一つは、他の全てを諦めヴァルキリーと添い遂げる道。今まで育んでいたお人形達の愛。その全てを回収し、ヴァルキリーの修復に全てを費やすの。きっと全てを失うわ。でも、貴方のヴァルキリーは蘇る。彼女はきっと、もう二度と貴方の手元から離れる事は無いでしょうね」

女神の言葉は淡々としていた。笑いかけるように語っていたはずが、自然真面目な表情に変わる。

「今すぐどうこうする必要はないわ。そもそもロザリオが手に入らなければ話にならない訳だし。手に入らない方が、貴方にはきっと幸せ」

「君が、『きっと』という言葉を使うのは、すごい違和感を感じるな」

女神の真面目に、しかし魔王は、自嘲気味に笑いながら、嫌味を言う。

「何より、私の幸せなんて願っていないだろう君は。自分が楽しければどうでもいいはずだ」

「そんな事無いわ。私が魔王にしてしまった者達には相応の責任を感じてもいるのよ? 皆みんな愛してるわ。だから、悩みにも答えてあげたいと思うし、聞かれたら何でも答えてあげてるでしょう?」

慈悲深く、それでいてどこか寂しげに笑う女神に、魔王は『確かにそうだ』と思ってしまっていた。

その性格故あまり好かれていないこの女神であったが、確かに慈悲深くもあり、問えばそれとわかるような形で答えてはくれるのだ。

本気で嫌がらせしようとした事なんてないだろうし、恐らく本人的に本気で魔王達を愛しているのかもしれないとすら、魔王には思えていた。

「ねえ伯爵。貴方は今までたくさんの物を失っていったはずよ。貴方はこれからも失っていくの? それとも、人並の幸せを求め、何かを欲していくのかしら?」

女神の問いに、魔王は自嘲気味に笑い、コップに口をつける。一口、飲み下して、言葉を紡ぐ。

「いつも、一つずつしか求めていないはずなのにな。不思議と、その一つすらいつの間にか失っている。対等の存在も、愛してくれる存在も、気が付けば失っていた」

今の魔王には、既に全盛期の力もなく、自分を何より理解してくれていた愛すべき侍女もいない。

彼に残されたのは、自分を主であると愛してくれている人形達だけであった。

「もう、これ以上は失いたくないなあ。私は、何かを失うには、歳を取りすぎてしまった……」

くたびれた中年の溜息だった。魔王は力なく笑っていた。

「そうね。これ以上貴方が弱っていくのを、私は見たくないわ。できれば、平穏に生きて欲しいと思う」

それが本意なのかは解らないながら、女神の言葉は魔王には心地よく聞こえていた。

「魔族の盟主としての魔王でも、今の貴方が生きていくには十分すぎる地位だと思うの。無理をする必要はないわ。貴方は、きっと今のままの方が幸せになれる」

女神の、そんな甘い言葉に、魔王はつい頷きそうになってしまう。

自分が何をしようとしているのか、彼女は既に知っているはずだった。その結果までも見通しているはずだった。

自分が予測程度にしか考えられない事を、既にこの女神は詳細に把握しているはずで、ならばこそ、それを知る女神がそう言うのなら、きっとそれは間違いの無い事なのだろう、と。

風が吹く。コップに入ったミルクティーは、既に冷め切っていた。

「……君のそれは、まるで願いのようだな。知識の女神らしからぬ、希望論だ」

だからこそ魔王には、女神の使う『きっと』が、恐らく、その通りには行かないのだろうと思えてしまっていた。

苦笑する魔王と、シリアスに見つめる女神。

冷たい風が、二人の間を通り抜けていった。


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