#5-2.魔王と侍女と店員と
「トルテさんっ」
「エルゼさんっ」
再会した直後、がしっと抱き合う美少女二人。
それを少しだけ離れた場所から眺めるアリスと魔王と侍女。
「アリスさんもっ」
「ふぁっ」
そうかと思えば熱烈なハグはアリスにも行われ、トルテの突然の変貌振りに侍女は心底驚かされていた。
「いやあ、相変わらず仲が良いねぇ、君達は」
三人の少女達の後ろから声をかけたのは、浅めの紳士帽を被った魔王だった。
「あっ……あの、姉様の伯父上……その、ご無沙汰しております……」
一応見知らぬ人でもないのか、トルテは今までと違い、逃げ腰ながらきちんと挨拶していた。
魔王はと言うと、ちら、とだけ侍女を見て、すぐに視線をトルテに戻し、明るく笑いかけた。
「いや、トルテ殿。お久しぶりですな。今日はエリーシャさんは?」
いつも一緒にいるであろうエリーシャはその場には居ない。
エリーシャ含め、ごく一部の親しい者以外とは外出できなかった、と聞いていたので、トルテが侍女を伴って単身外出してきたのは彼的には予想外だった。
「最近は、彼女が……このラズベリィが居るので、気兼ねなく出かけられるのです」
トルテが侍女に向けてそっと手を向ける。侍女は礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「……ほう、ラズベリィ、ねぇ。初めまして」
「ええ、初めまして」
それきり、特に何か感情を向けるでもなく、侍女は黙りこくる。
魔王も侍女の方は見ず、時計台の向こう、噴水の近くに見えるティーショップに視線を向けた。
「ちょっと冷たい飲み物でも買ってくるよ。この暑さだ、喉も渇くだろう」
「わあ、ありがとうございます師匠」
満面の笑みで笑うエルゼ。トルテも小さく「ありがとうございます」と呟く。
「あ、では私も……」
「ああ、私が行きますわ。アリスさん? は姫様とご一緒に」
アリスが立ち上がるも、侍女が横から入り気を利かせる。
「あの、でも……」
困ったように主の顔を見上げるアリスだが、魔王は笑っていた。
「構わんよ。ではラズベリィ、行こうか」
「はい」
澄ましたままの侍女を引き連れ、魔王は去っていった。
「…………」
「…………」
ティーショップに向かった二人は、非常に重い雰囲気であった。
お互いに何も話さない。ただ無言。威圧感のみが二人の間に走る。
「……いつまで無視してるつもりなのかしら」
やがて、その空気に堪えられなくなってか、ぼそり、呟いた侍女に、魔王はびくりと肩を震わせた。
「いや、だって、君。下手に構うとすごく怒るじゃないか……」
魔王の顔は青ざめていた。「うわ、やっぱりつっかかってきたよ」と言わんばかりに。
「だからって無視されるのはそれはそれで気持ち悪いわよ!!」
侍女は、魔王の顔見知りであった。それも出来ればあまり会いたくない部類の。
「大体こんな所で何してるのよ伯爵。あんたこの世界の生き物じゃないでしょ!?」
「いや、それ言ったら君だってハーニュートの――」
「私の通り名思い出しなさいよ」
「そういえばそうだった……」
問答の末納得してか、魔王は顎に手をあて唸ってしまっていた。
「しかし、まさか君とこんな所で遭遇するとは……運が無いな」
「それは私が言いたい。はぁ、平穏な世界で一人、ただの女の子として生きていたいのに。なんでこう、いつもロクデモないのに出くわすのかしら?」
魔王と違い、こちらは頭を抱え、自分の不運を呪っていた。
「君は女の子という歳なのかね……?」
「少なくとも外見は年頃の女の子じゃない?」
余裕を持って胸を張る侍女であるが、魔王は小さく溜息をつく。
「前に見た時は赤ロングのパッツンで眼の色は黒かったよな。その前は金髪のショートヘアーで今より六歳は若い外見だったよな」
「平穏に生きる為なら割と何だってするわよ私は?」
執念を感じさせる願いであった。
魔王は彼女の「平穏に生きたい」という願いを邪魔する気は更々無かったが、面倒な事に彼女はそうは思ってくれていないらしかった。
「私も平穏に生きたいから、お互い見なかったことにしないか?」
「……あんた自身に興味は無いけど、あんたがいると必ずと言っていいほど『あいつ』が出張ってくるから嫌なのよ」
魔王の願いは、侍女の無情な諦観によってやんわりと拒絶される。
「あー、まあ、なあ……『なんでこんな時に』っていう時にくるよなあ、いつも……」
言いながら、二人してキョロキョロと周りを見渡す。良かった、いない、と思いながら二人で大きな溜息をつく。
「とりあえず、飲み物買って戻ろう」
「そうね……私達はただの他人。知り合いの付き添いで出会っただけの他人同士よ」
互いに変な知り合いの為に苦労させられている身であった。
同じ被害者意識もあって敵対する気はなかった。
のんびりと歩いていてもティーショップまでそう遠くはなく。
気が付けば、店の前にまできていた。
「いらっしゃいませ~♪」
白い屋台。小さな店の前に、いくつか白いテーブルと椅子とパラソル。
「…………」
「…………」
ニコニコと爽やかに笑う女性店員。清涼感を感じさせる緑のエプロン。
客の二人は……唖然としていた。
「あら、どうしたの? お茶を買いにきたのではなくて? ご注文は?」
呆然と立ち尽くす二人を前に、輝く金髪の店員は笑顔は崩さずに首だけを傾げていた。不自然で怖かった。
「あ、ああ、そうだった。アイスティー、五つくれたまえ。そこの近くのベンチで飲むから」
「かしこまりました~♪」
言われて店の中でごそごそと作り始める店員。
「貴方にもお茶をおごるようなお友達が出来たのねぇ、お姉さん嬉しいわあ。ていうか、あなた達って一緒にいるのたまに見かけるけど意外と仲良しなの?」
彼女の背中越し、聞こえてきたのは空気を破壊するに十分な言葉であった。
「……どこの世界に」
「うん?」
「おい待て、君――」
ずっと黙っていた侍女がびくり、と大きく震え、肩をわなわなさせながら呟く。
魔王ははっと気づき、止めようと肩に手を伸ばすが、その勢いは止まらなかった。
「どこの世界にお茶を売る女神が居るのよっ!?」
怒鳴り声は、しかし当の三人にしか響かず。
侍女の叫びは白い屋台を揺らしていた。
「いや、侍女なんてやってる魔王も大概に珍しいと思うけど」
突然の怒鳴り声に眉を下げながら、店員もとい女神は困ったように反論した。
「うぐっ、これは……これはただのカムフラだしっ!!」
「ねえ伯爵ー、レーズン見てどう思うー? これ絶対趣味入ってるよね。カムフラージュなんかじゃないわよね?」
「……私はメイド服も悪くないと思うが」
言われてまじまじと見る魔王であるが、意外と似合っていない事も無く、なるほど確かに一定の趣味が入っているなあ、という感想を得ていた。
「伯爵、あんたも変わったわね……昔はもっとこう、近づくだけで死を覚悟するような鋭さがあったのに」
「そっち方面に目覚めちゃったかあ……哀しい。お姉さん悲しいよ。純粋な頃の貴方はどこに行ってしまったのだろう」
冷めきった眼で見る女二人に、魔王はどこか悲しい現実を感じた。