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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
4章 死する英傑
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#4-3.エリーシャVS黒竜姫

「ブラックリリーですって……?」

確かに聞き覚えのあるその言葉に、エリーシャは強い違和感を感じた。

「……馬鹿言わないで。ブラックドラゴンは巨大なトカゲ型の魔族のはず」

「貴方こそ馬鹿を言わないで頂戴。確かに醜いトカゲにはなるけど、『私達』黒竜族はこちらが本来の姿だわ」

つまらない冗談はやめてよね、と、腰に両手を置きながら、残念そうに首を振る。

「何それ、初めて知った」

「あらそうなの? 残念ね。もっと早く知っておけば貴方は逃げられたでしょうに」

驚愕の事実は、しかし人に報せる間も無く自分を殺すつもりらしかった。全く、魔族という奴は容赦がない。

エリーシャは溜息を吐く。やけに馴れ馴れしい、そして嫌な性格のこの女魔族を見て、しかし、その存在が一瞬ブレたのを感じた。

「えっ――」

それは一瞬の事。気が付けば、右の横腹に強烈な衝撃が走り、近くの民家の壁に叩きつけられていた。

「がっ――げほっ……」

気を失いそうなほどの激痛。だというのに痛すぎて気を失えない苦痛。エリーシャは二重の苦しみを味わっていた。

「また防がれた。何なのそれ?」

どうやら側面から蹴りを放ったらしく、足を戻すのが見えたのだが、エリーシャの視界はそこでバチバチと途切れそうになっていた。

やがてそれも戻り、わき腹の痛みも時間の経過と共に薄れていったのだが。

だが、この、人間のクセにやたらしぶとい女勇者に、ブラックリリーは不思議そうに首を傾げていた。

「人間ってこんなしぶとかったかしら? 吹けば飛ぶような脆い生き物だった気がしたんだけど」

「あんたこそどんな馬鹿力なのよ……魔力の大半を自動防御に回して辛うじて即死を免れるとか……何なのよ」

衛星魔法はエリーシャの周りをくるくる回っている。

先ほどの蹴りで骨が圧し折れ内臓も傷ついたはずだが、今では若干の痛みは残っているもののあらかた修復しきっていると言える。

肉体への直接的かつ大幅なブーストと治癒魔法のあわせ技である。

「あら、もう直ったの? ああそうか、その周りをくるくる回ってるそれ、それがさっきから防いだり回復したりしてたのね?」

ようやく合点がいったのか。ブラックリリーはぽん、と手を打ち、その不思議を見破っていた。

「……なんでそんな簡単に解るのよ」

絶望したのはエリーシャだった。

苦労の末習得し、最近ようやく我が物として扱えるようになってきたというのに、速攻でその性質を看破されたのだ。

「さあ? 単純な才能と知能の差じゃないかしら? 私達黒竜と人間とじゃ、月と星程に差があるわ」

しかもそれが生物的なレベルでの違いの結果ときたら、もうどうしようもない。

戦闘中だというのに、ひどく哀しくなった。

「惜しいわね。折角の有用な魔法でしょうに。扱うのが人間じゃ、私には勝てない」

また、ブレる。今度はエリーシャも即座に防御しようとした。

「遅いわ」

間に合うはずもない。

ずがん、と、頭を殴りつけてきた。庇っていた右腕が圧し折れる。

「うあぁっ!!」

衝撃を相殺しきれず、体勢を崩し、エリーシャは顔面から地面に倒れた。

衛星魔法の効果は間違いなく発揮されていた。

普通なら右腕は今の一撃で飛び散り、そのまま貫通して頭を粉砕していたはずが、腕が圧し折れる所で止まったのだ。

これにはブラックリリーもやりにくさを感じたのか、一瞬飛びのく。

別に体勢を整えるためではない。殺す気ならいつでも殺せる。ただ、その魔法の特性を知りたいと思ったのだ。

どこまで回復し、どこまでなら防げるのか。

その見極めをしたいと思っただけにすぎない。些細な好奇心である。

しかし、好奇心は猫をも殺すのだ。彼女は、油断しきっていた。

「うっ……うぅっ……」

激痛に涙が出る。わき腹の時と違い、呻く事が出来るせいで余計に苦しみが増していた。

しかし、そんな痛みもやがて薄れていく。

立ち上がる。落としてしまった宝剣を拾い、高く掲げた。

「……?」

まだ抵抗する気なの? とつまらなさそうに見ていたブラックリリーであったが、エリーシャは構わず目を閉じ、そして、わずかの間の後、見開いた。


『宝剣よ解き放て!! 古代魔法グラビトン!!』


 陽の光に当てられ、宝石が輝く。エリーシャの言葉と共に、宝剣は振り下ろされ、魔力を解放した。

直後、陽の光を飲み込む黒い光が、一帯を取り込んでいった。

「えっ……何これ……くっ!!」

これにはブラックリリーも驚かされていた。

強烈な重圧が空間を支配していたのだ。

ミシリ、ミシリ、と音を立て、地面が抉れる。

「これが……私の切り札よ」

普通なら魔族であってもこの重圧で押し潰され即死するものなのだが、どういう事かこの女魔族はそれを耐え切っていた。

これだけでも驚きだが、重圧に屈するでもなく、腹立たしげに呻きながらも立ったままの姿勢を維持しているのも驚きだった。

油断ならない。ここで殺しておかないといけない。

エリーシャはとどめを刺そうと近づく。

「たいしたものだわ。まさか私の足に枷をつけるなんて」

女魔族は、不敵に笑っていた。

「……まさか――」

動けるはずがない。そう思った矢先、本能が身体を動かした。

見える速度ながら、腕がエリーシャの鼻先を掠めた。

この重圧の中、術者以外身動きが取れないはずの超重力の中、この女魔族は、エリーシャと遜色ない速度で走っていたのだ。

「っ……このっ!!」

エリーシャも即座に反撃する。しかしそれは当たらない。ぎりぎりの所でかわされる。

「なんでこんなに動けるのよっ!!」

「貴方の切り札は、所詮その程度という事よ!!」

左足を無理矢理上げ、重圧に引かれるまま超高速でズドン、と地面に叩きつける。

「くっ!!」

地面は激しく揺れ、強烈なインパクトに広場は丸々クレーターと化した。

バランスを崩したエリーシャは、そのまま接近してくるブラックリリーの追撃を身体のしなりで器用にかわし、反撃する。

「そんな攻撃――」

当たらないわよ、と、かわそうとしたブラックリリーだが、普段と勝手が違うのを忘れてか、ざっくりと、その美しい黒髪を一房持っていかれてしまう。

「なっ……なっ……」

突然の事ながら、ショックで立ち止まってしまう。

わなわなと、叩き斬られた髪の毛を持って震えていた。涙目だった。

「あー……ごめんなさい」

綺麗だったものねぇ、と、髪を大切にしている女の気持ちは痛いほど解るエリーシャは、一応謝りを入れる。

自分だって同じ事になったら泣くわ、と、同情もしながら。

しかし、そんな同情は無意味だった。

「きーっ!!」

逆上していた。涙目になって大人しくなるような女ではなかった。泣きながらブチ切れていた。

逞しい部分の見当たらないその身体のどこからそんな力が出るのか、グラビトンの重圧などものともせず、その手はエリーシャの髪を狙っていた。

「えっ!? 髪っ!?」

その狙いに驚愕したのか、エリーシャは必死に髪を庇いながら猛攻を回避する。しきれなかった。

ばさり、と、エリーシャの亜麻色の髪が手刀で切り落とされる。

今のは、首を狙えば即死させられたはずの攻撃で、ブラックリリーがやられた事をそのまま意趣返しにしようと思わなければ、今頃エリーシャの首は地面に転がっていたはずであった。

「あ……あぁぁ……」

呆然としてしまう。亜麻色の髪が地面に不自然な速度で落ちていった。

エリーシャも涙目になっていた。二人して泣いていた。

争いとは不毛なものである。悲劇しか生まない。

「なんて事するのよ!? ずっと大切にしてたのに!!」

「あんたこそ!! この私の髪に……陛下にだってまだほとんど触れさせてなかったのに!!」

戦いは、いつの間にかただの罵りあいになっていた。

互いにこれ以上、髪を傷つけたくなかったのだ。語るまでもなく、そういう方向で意見が一致していた。

「陛下? 陛下ってあの魔王のこと?」

「人間如きが陛下を呼び捨てないで頂戴!!」

腹立たしげに声を荒げるが、このブラックリリー、見れば見るほど人間くさい女魔族であった。

「あんなおじさんのどこがいいんだか」

エリーシャはというと、罵りあいに唐突に出てきた陛下というフレーズに、あの人のよさそうな、あまり魔王に向いてなさそうな性分の魔王が浮かんでしまい、急に戦う気が失せてしまっていた。

「……あの位の歳の方の方が色々知っているもの。同世代の男なんてただの子供じゃない!!」

「……まあ、否定はしないけど」

エリーシャも同世代の男はないわーと思っていたので、それに関しては否定する気は起きなかった。

「――それで、どうするのよ、これ」

「どうするって言われても……」

互いに、このどうしようもない雰囲気をどうしたものかと困ってしまっていた。色々とグダグダであった。

一度戦う気が萎えると、どうにもやる気が出ないのだ。馬鹿らしくなってしまったとも言う。

元々ブラックリリーにしても遊び半分でからかっていた程度のつもりだったので、無理に殺す理由もなく、しかし、女の命とも言える髪の毛を失ったのは在る意味殺さなければ気がすまないほどの怨嗟でもあり、お互いに複雑な気分であった。

「じゃあこうしましょう。私はもう帰るわ。髪をどうにかしないと。次に会ったら殺すから、覚悟しなさいよ」

「ん……まあ、そうしてくれると助かる」

はあ、と大きく溜息をつき、ブラックリリーは手をひらひらと振りながら、超重圧の中とぼとぼと歩き、そのまま去っていった。

振り返ることもなく。本当に何もせずにそのまま。

「……何だったのよ、あいつ」

涙は乾いたが、いいようのない理不尽感が、エリーシャを脱力させていた。


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