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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
4章 死する英傑
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#4-2.対峙

 戦闘の始まりは、ベルクハイデの周囲から起きていた。

グミの森からベルクハイデに至るまでのわずかな距離。

勇者リットルの先導でベルクハイデ内部に突入するための露払いをしていた部隊二千五百は、途中の河川で水中に潜伏していたリザードの警戒部隊と激突した。

それが呼子となり、ベルクハイデからの防衛部隊が都市の南に集結。

予め定められていたのか、グミの森周辺は強力な警戒線が即座にくみ上げられていった。

しかし、この前哨戦はただの陽動でしかなかった。


 エリーシャ率いる本隊五千は、リットルらの部隊とは別に大きく迂回し、手薄となったベルクハイデの北から進軍。

更に二千五百・千五百・千にばらけ、それぞれが街の入り口となる北門・西門・東門から突入した。

南門だけでなく西門も警戒していた魔王軍であったが、まさかの全方向同時攻撃を受け、連合軍の侵入を許してしまった。


「くっ、まさか北からの迂回部隊が居たなんてね。どれだけ迂回してきたのよ、全く……」

悪態をつきながら、赤い帽子のウィッチは戦闘準備を整える。

部下のウィッチ達は進撃してきた敵兵を宮殿の上部から迎撃しているが、それもかんばしくないらしい。

「敵の魔法兵の攻撃力が高く、魔物兵の被害が増えている模様。あの突破力、北部の例の教団が関わっているのでは……」

副官のガードナイトの分析のとおり、人間側の軍勢に、中央では見かけない兵種が混ざっていた。

軽装魔法歩兵グラナディーア。通常の魔法兵と異なり、前衛としての戦闘を考慮された魔法前衛兵種である。

その突破力はすさまじく、また、街中という歩兵が集団防衛しにくい地形の為に、攻撃側が有利な展開が続いているらしかった。

「ふぅ。増援の目処は立ってないし、あんまりまずそうなら退いてもいいってラミア様は仰っていたけれど――」

宮殿から見下ろす街下は、自軍と敵軍の歩兵が激しくぶつかり合っていた。見るからに劣勢。

魔族は、街中での防衛戦があまり得意ではないのだ。

そもそも、奪った街の防衛なんてものは多くが街の外でするもので、『極力民家を傷つけるな』と魔王から命じられている昨今、街中での戦闘は最も神経を使う事のはずであった。

だが、人間の軍勢は気にせず突っ込んでくる。魔法を乱射しながら。民家を破壊しながら。容赦がない。

魔王からの命令がある以上、悪戯に破壊力の高い魔法を放つ訳にもいかず、折角連れてきた精鋭ウィッチ二個分隊八名はあまり活かせていない。

単純に敵の殲滅のみが目的であるなら、この場にメテオを数発同時に落とせば敵はそれを防ぎきれず、それだけで済む話だというのに。ウィッチは奥歯を噛んだ。

「とにかく、このままでは埒が明かないわ。南の部隊を下げてこちらに増援を寄越させなさい。敵の指揮官が誰だか知らないけど、こんな作戦展開してくる以上、きっと洒落にならない相手よ」

中央には勇者エリーシャが居る。それは彼女も重々承知していた。

最悪の状態を考えなければならない。

自分の元に向かってくる敵部隊の指揮官がこのエリーシャだった場合、最悪、敗北する事もありえるのだ。

「私は上空から部隊を率いて敵部隊を牽制します。地上部隊の指揮はガードナイト、お前が執りなさい。先ほど言った通り南の部隊を下げる事。これは最優先で行うのよ」

「かしこまりました。お任せを」

落ち着いた声で対応する分厚い鎧兜の女騎士は、ウィッチの言葉に恭しく頭を下げ、飛び立つ様を見送った。

「ウィッチ隊、上空から敵部隊を迎撃するわよ!!」

その言葉に反応し、宮廷のウィッチ達はそれぞれが持つ箒に腰掛け飛び立っていった。


「勇者殿、エリーシャ殿、敵の航空部隊が!! 上空から魔法攻撃を放ってきます!!」

「一箇所に留まらないで。敵に照準を付けさせない事!! 各自散開を!! 目的は宮殿の制圧よ!!」

ウィッチの部隊が飛び始めたのは対空監視要員達のおかげですぐに解った為、エリーシャは即座に対処した。

敵は何故か大規模な魔法を放ってこない。それが何を意味するのか。敵は建物を傷つけたくないのではないかと考えた。

ならば、敵の魔法攻撃を避けるのには街中はうってつけではないか。

兵員を即座にばらけさせ、民家や建築物に身を隠させ、進軍していった。

目指すは宮殿。高台にあるそこを陥落させれば、後は上から弓で狙い撃ちにしているだけで勝てる。

敵の歩兵の動きも鈍い。街での戦いは不慣れなのだろうとエリーシャは思った。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」

数名の兵と共に走っていたエリーシャであったが、街角で敵の魔物兵と遭遇してしまう。

「邪魔っ」

それを、足を止める事無くそのまま斬り捨てる。

「う……ぉっ」

腹から真っ二つにされた猫型の魔物はそのまま地面に転がった。

振り向きもせず、エリーシャはそのまま走った。

「すげぇ」

後ろを走る兵士達は、その一瞬の出来事に唖然としていた。

「あんなでかい化け物を一撃で……女なのに」

彼らは北部の兵士であった。噂程度に聞いていたエリーシャの強さに、驚きを隠せない。

しかし、エリーシャはそんな兵士たちの言葉を受けてか、足を止め、振り向いた。

「あっ、すみませんっ、余計な事を――」

余計な言葉に怒ったのかと思い兵士は口を抑える。

「伏せて!!」

「へっ」

「早く!! 死ぬわよ!?」

エリーシャが正面を指す。そこは、広場となっていた。

正面には、この場に相応しくない、背の高い黒髪の女が一人。楽しげににこやかぁに笑っていた。

女は、両手の平を正面に、バチバチと何かの魔法を発動させようとしていた。それが見えてしまった。

「ひぃっ!!」

兵士達は戦慄し、その『何か』が来る前に、言われたとおりに身を伏せた。

直後――光が炸裂する。

兵士たちは、目の前が真っ白になっていくのを感じた。何も見えない。何も聞こえない。

わずかか、とてつもなく長い時間か。しかし、彼らは気づいてしまった。

その光を前に、エリーシャは伏せられなかった。

自分達が一瞬倒れるのが遅かったがために、勇者殿は敵の魔法攻撃の直撃を受けてしまっていたのだ。

兵士達に視界が戻っていく。ショートした空気が、ようやく静まり耳に正常な音を流し込んでいく。


「驚いた。私の魔法を一人で防げるなんて」


 黒髪の女魔族は笑っていた。まるで驚いた様子もなく、まるで千年来の親友にめぐり合ったかのような嬉しそうな笑顔で。

エリーシャは、必死に耐えていた。

ぶすぶすと融ける様な音を立て、女魔族の魔法を正面から耐え切っていた。

「……死ぬかと思った」

エリーシャは肩で息をしていた。左胸を押さえ、苦しげに息を整えながら。

「何それ。どういう原理な訳? 魔法障壁とは違うわよね? あんなちゃちな魔法じゃ私の魔法は防げないはずだもの」

馴れ馴れしい女魔族だった。追撃をする事もせず、おしゃべりなんかを始めたりする。

「うるさい、戦ってる時くらい黙りなさいよ」

エリーシャ的にありがたい間であったが、先ほどの一撃だけでどうしようもない実力の差を覚ってしまい、動揺を見せたくなくて煽ってしまう。

「あら」

意外そうに口を開く。鮮やかな水色の瞳が一瞬見開かれ、そして細められていった。

「戦う時は黙ってるわよ? 戦ってる時はね?」

遊び半分だった。エリーシャは苦笑する。「私って、なんでこんなのとばかり遭遇するんだろう」と。

 思えば魔王とのファーストコンタクト後の戦闘もそんな感じだった。

相手はこちらを弄ぶ気満々で、全然本気を出そうとしないのだ。

あの時は戦闘の合間の休憩だったから宝剣の魔力が充填しきらなかったのだ。

だが、今は違う。その気になればいつでも宝剣でねじ伏せられる。

今回のエリーシャには、一応それなりの勝算もあったのだ。

「え、エリーシャ殿っ」

「我々も援護をっ」

後ろで倒れていた兵士たちが起き上がり、エリーシャの後ろで剣を構えていた。

女魔族はそんなものに目もくれない。ただ楽しそうに、エリーシャのみを見ていた。

「……無理。先に行って。ここで足を止めないで」

「しかしっ」

「どうやらこの人が一番強いみたいだから。先に行って頂戴。兵員諸君の善戦を期待するわ」

女魔族を前に構え、背中で兵士たちを促した。

「――エリーシャ殿も、どうかご無事でっ」

「他の隊と合流し次第、即座に増援を回しますっ」

「どうか無理をなさらずっ」

兵士たちは口々に叫びながら、二人の横を駆け抜けていった。

追撃する様子もなく、女魔族はのんびりとしている。それが、エリーシャには不思議だった。

「なんで?」

「……?」

「魔族は、人間を殺すのが好きなんじゃないの? 背中を見せたら、すぐ殺しに掛かると思ってた」

エリーシャの言葉に、不思議そうに首を傾げていた女魔族であったが、その言葉で合点がいったのか、黒髪の女魔族は華の様に笑いだす。とても美しい笑顔であった。

「何がおかしいのよ」

「そう、貴方、あの兵達をおとりにして、隙を作ろうとしてたのね」

意図を読まれてか。エリーシャはつまらなさそうにそっぽを向く。

「人間の勇者って、そういう汚い手も平気で使うのね。いいのよ? 人間ってそういう生き物でしょう? 私相手に、実力の違いはとっくにわかってる」

女は笑っていた。嘲笑するような微笑である。

背丈の違いもあるが、ある程度離れているはずなのに、エリーシャは酷く見下されているように感じた。

鼻持ちならない女、というのが初対面の印象だった。

「貴方がエリーシャとかいう人間の勇者なのよね? 私は知ってるかしら? 人間からは『ブラックリリー』とか呼ばれてるんだけど」


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