#4-1.同盟締結
風の香りも青々しい初夏の日の事である。
大帝国帝都・アプリコットでは、この度皇帝・シブーストと、『聖竜の揺り籠』の教主・カルバーンが会合を開き、国家対宗教の同盟が締結された。
形式上ではこの同盟は大帝国と北部諸国との同盟という事になっており、あくまで教団と教主はその橋渡しをしたという形になっていたが、実際は帝国が教団にどのような利益をもたらすのかと、教団が帝国国内においてどこまで活動する事を許されるのかの協議の結果が記されており、北部諸国はその『利益』の一部、余剰兵力を貸し出す役目を担っているに過ぎなかった。
この同盟が結ばれた直後、教団は保有するグラナディーア三個軍団を帝都の防衛戦力が回復するまでの間貸し出し、再度のゴーレム襲撃に備えさせた。
同時に皇帝は中央諸国に対しての宗教信仰の解放を宣言。
これにより諸国の間では若干の混乱もあったものの、それまでの抑圧的な雰囲気は払拭され、宗教に救いを求めていたか弱い民達の心は、新たに広がる教団の『救い』によってひとまずの平穏を迎える事となる。
「ようやく、帝都の街壁も復旧の目処がついた。兵力の回復も急ピッチで進んでいる。ゴーレムによって破壊し尽くされた村や集落の民も、ゴーレムの通り道になりそうにない他の村や集落に移させた」
皇城のバルコニーにて。皇帝は教主と二人、侵攻の爪痕を残す街壁を眺める。
ひとまずの応急処置で穴自体は塞がっているものの、他の無事な壁と比べ、その部分だけ色が違い、あくまで積み上げただけのものな為に壁の目も粗かった。
今は職人達が集まり、その壁を再度崩しながら、少しずつ新しい、ちゃんとした壁に作り変えている最中であった。
「肝心のゴーレムへの対処法だけど、これも国土の一部を大幅に造り変えることによってどうにかなりそうね」
傍らに立つ教主は、皇帝と違って壁の向こう、ベルン砦のあった辺りで工事に従事する男達を見ていた。
「実際戦ってみて解った事がいくつかある。まず、奴らは生身の人間が正面から戦って勝てる相手じゃねぇって事だ。そしてもう一つ、奴らは足元が崩れると、何も出来なくなるって事だ」
「それで考えたのが街全体を覆う堀、という事ね」
街の外では大規模な土木工事が行われていたが、これに従事しているのも帝国の職人半分、残りは北部からの増援である。
山間部にあたる北部は、土地柄、土木関係では高い技術力を持ち、現場での職人単位での作業能率も世界で群を抜いている。
ただ穴を掘るだけの作業一つ取っても、その技術力たるや目を瞠るものがあり、スコップを二本使って硬い土を器用にほじくり出したり、数人で連携して湧き出た水の対処に当たったりと、とても効率的に作業が進んでいく。
中央の職人が北部の職人に劣っているかと言われるとそうでもなく、中央の職人は、彼らにしか扱えない機械式の工具があり、それを器用に扱い、仕事の効率を高めていく。
流通の関係で北部にはほとんど出回っていないそれらマジックアイテムの数々を扱う中央の職人達は、北部の若い職人から羨望のまなざしで見られていた。
すさまじい騒音が響くが、とてもカッコいいのだ。そして早い。
双方の職人達は互いに得意な分野を活かし、機械で進められる部分は中央の職人が担当し、それが難しい、繊細な作業が必要な部分では北部の職人が担当して、この大規模工事を急ピッチで進めている。
職人間の技術交流も頻繁に行われているらしく、特に若い職人同士が、互いの得意分野の技術を教えあったりしながらその恩恵を受けるようにもなっていった。
逆に年長の、気難しいベテラン職人達は、むしろ自分達の技術が一番だと張り合い、それが結果的に時間単位の作業効率を跳ね上げさせたりもしていた。
協和と対立は、うまくかみ合えば絶大な成長と効率をもたらしてくれるのだ。それが、この工事にはあった。
「ゴーレムどもはあの堀を越えられん。奴らが幅飛びでも出来れば話は別になってくるが、流石にあの重量でそれは無理だろうよ」
「まあ、軽く物理法則を無視するものね。石は、空を飛べない」
物理法則を持ち出すと、そもそも鉱石の塊が動き出す事そのものがありえない光景となるのだが、実際にはコアとなる部分から魔力によって無理矢理動かされているマリオネットのようなもので、だからこそゴーレムは緩慢な動きしか取る事が出来ない。
攻撃に関しても、元々高い位置にある腕を前のめりになりながら振り下ろすのは早くできるのだが、振り下ろした腕を持ち上げ、元の高さに戻すまでにはかなりのロスがある。
一歩歩くだけでも、足を下ろす際には早く落ちるが、二歩目の為にそれを引き上げるには下ろす時の何倍も時間が掛かる。
彼らは、彼ら自身の自重の所為で緩慢な動きしか取る事が出来ない。
この、相当な重量を誇るであろう鉱石の化け物を数メートルの距離飛ばすには、魔力的にも相当な無理がかかるに違いないと皇帝は考えたのだ。
これには、魔術的に造詣の深い教主や、教団の魔術師からの意見もあっての事なのだが、皇帝がこの思いつきを即座に行動に移した結果が、この大規模な土木工事である。
「帝都南側の工事が完了し次第、東側、西側、北側へと進め、それらと同時進行でゴーレムの侵攻ルートになり得る地域に巨大な川を引く」
「ゴーレムは海を渡れないから、それを考慮して水を引くのね」
「所詮川だから渡られる可能性もあるがな。だが少なくともそれで、一番厄介な魔術師入りのゴーレムは足止めできる。あいつらが遠隔操作なのか全自動で動いてるのかは知らんが、ただ歩くだけのゴーレムは落とし穴に簡単に嵌るだろうからな」
帝都襲撃の際には結局現れなかった中の人入りのゴーレムだが、これは力があり耐久性の高いゴーレムに、中の人の魔法と知恵が合わさりとても厄介な存在であると想定されていた。
だが、知恵のないゴーレムだけなら地形の活かし方次第で対処は可能なのだ。
「でもすごい大規模な工事だわ。国費がどれだけ飛ぶ事やら……」
酷く俗的な話ながら、教主は「こんな事を唐突にしてお金が持つのかしら?」と疑問に浮かんでしまう。
「試算の上ではわが国の年間国家予算のおよそ9割だな。無駄遣いせず溜め込んでおいてよかったぜ」
「……えぇぇ……」
ゼロがいくつも後ろにつく価格である。途方も無い数字過ぎて教主は想像が追いつかなかった。
「流石最強国家……財力でも相当な余裕があったようね」
「ラムクーヘンと繋がってるのがでかいな。海路での輸出入ができるというのは経済に大いに影響がある」
中央では大帝国の他にはカレー公国くらいしか海路をまともに利用できなかった中、カレーが滅亡した為に、中央諸国は大帝国を介さないと海路からの輸出入が不可能になってしまっていた。
南部は近年輸出入が途絶えているものの、西部や北部の沿岸地域からの輸入品は各国にとってとても魅力的なものであり、遠く離れたこれら地域に自国の特産品を売りつけたい生産国にとって、海路はとても大切な収入確保の手段であった。
当然、それを媒介する大帝国と中継国であるラムクーヘンは、何もしなくても諸国から金が落ちてくる為、混沌としはじめているこの世の中にあって、金銭的にはかなりの自由があった。
「金は、ただ溜め込むだけじゃいかんからな。こういう使うべき時には盛大に使ってやらねぇと、国民も納得しねぇ」
にやりと、口元を豪快にゆがめる皇帝に、教主は金持ちパワーの恐ろしさを感じていた。
南部を実質支配している教会も、やはり信徒からの寄付によって莫大な資産を持ち、これをフル活用してゴーレムを次々生み出しているのだという。
やはり、今の世の中お金はとても大切なのだ。貧乏国家にはできないことを、金持ち国家は当然のように行使できる。
金とは力であり、そして、大切なカードなのだ。
信仰だけでは食べていけない。心は満たされても、お腹は満たされない。
それに気づき、教主は信徒達を鍛えて職の斡旋をしたりしていたが、やはりそれは正しいのだ。
金が全てではないが、金がなくては始まらないのだから。
「陥落したベルクハイデに対して、連合軍は攻撃を仕掛けると聞いたけれど」
「あそこは新たな魔王軍の拠点になりうるからな。対竜兵器も大量にあるし、拠点として活用されると色々面倒くさいのだ。早めに潰したい」
クノーヘン要塞に続き陥落したベネクト三国であったが、これによって中央部が斜めに分割された形となり、ベネクト以東の国家が孤立する形となってしまっていたのだ。
早急に対策を取らねばこれら生存している国家まで滅亡しかねなず、中央諸国連合としては優先的に、この旧ベネクト地方を奪還する必要があった。
「敵将は赤いとんがり帽子のウィッチ。かねてより様々な戦場で確認されていた歴戦の上級魔族の一人だ」
「話程度には聞いていますわ。魔法攻撃だけでなく、爆発物投下によってアルゼヘイムを大混乱に陥らせたのだとか」
魔族による薬物爆撃など聞いた事もなく、この報は世界中に知れ渡った。
ただでさえメテオを始めとして凶悪な魔法の数々を扱うウィッチが、この上厄介な戦術攻撃を行うようになったのだ。当然である。
「我々人間が知る魔族の中でも、知恵者と噂されているからな。力押しだけでどうにかできる相手ではない分、とても厄介だ」
救いがあるとすれば、ショコラ出身の勇者リットルの先導により軍が進むため、地形に関してはこちらの方が幾分有利な面もある辺りだろうか。
ベルクハイデを手に入れてから日も浅く、魔王軍が地形把握するにはまだ日数も足りていないはずで、これを活かすならばやはり、速攻が肝要であった。
「帝国の勇者・エリーシャが総司令官だと聞いたけれど。彼女ならやれると思っての抜擢なのかしら?」
教主は、この辺り不安が全くない訳ではなかった。
帝国の戦力は信頼に足るものと思える。だが、司令官が気になった。
勇者エリーシャは、かつて魔王と親しげに話し、そして、魔王を近親者だと偽った。
どういった関わりかは教主にも解らないが、彼女がもし人類の裏切り者だったとしたなら、これほど恐ろしい事はないのではないかと、教主は考えたのだ。
「エリーシャは、俺の親友の娘だ。指揮官としての才能もある。任せて問題ない」
皇帝はというと、教主の問いに苦笑いしていた。
「ただ、俺個人としては、エリーシャはあまり戦場に出したくなかったがな」
「何故ですか? 優秀な勇者なら、今この機において温存する手はないのでは?」
「だから出したんだ。だが、俺は心配でならん。あいつの、ゼガの娘を、戦場で散らしたい等と思っていないのだ」
それは、ただの身内びいきだった。つまらない感傷である。皇帝は、勇者を勇者として扱ってなかったのだ。
しかし、そんな人間味を民は慕うのだろうと教主は考えた。彼は、とても人間くさい皇帝なのだと思った。
指導者とは、もっと冷徹で、人間味なく、時として非情の判断をしなくてはならないはずだというのに。
彼はそんな『理想の指導者像』とは全く逆の、それでいて人々の理想たる指導者となれているのだ。
人間とはなんとも奥深いもの。そう感じずにはいられなかった。