#2-3.黒竜姫はついてない
「……いないじゃない!?」
同時刻、玉座にて。黒竜姫はがなっていた。
自分の戦果を魔王に直接報告しようと、一時間ほどかけて身支度を整えたものの、肝心の魔王は玉座にいなかったのだ。
「まあ、陛下は昼過ぎからお休みに入られたからねぇ」
代わりに居たのはラミアであった。
本来そこにいるはずのアルルは必要な処理を全て終え、することもなくなったので図書館に引きこもっていた。
その結果、今回の唐突な訪問にはラミアが対処するハメになっていたのだ。
「お休みって、どこに行かれたのよ? まさかまた察知してないとかじゃ――」
「いや、楽園の塔よ。なんか、『今日はのんびりお茶会をしたい気分だから』って」
相変わらずよねぇ、とラミアが呆れ気味に言うが、そんなのは黒竜姫は聞いていなかった。
「お茶会? 解ったわ。なら私も行く」
「いや、もう夜だし。流石に終わってるんじゃないかしら?」
時間と言う残酷な罠が黒竜姫を待ち受けていた。黒竜姫は絶望していた。
「なんで教えてくれなかったのよ!? 教えてくれれば戦いなんてすぐ終わらせたのに!!」
調子に乗って遊んだりしたせいで折角の好きな人とのお茶会を逃したのだ。酷くやるせない気分になっていた。
「私だって知らなかったのよ。アルルがひきこもる際に引継ぎで聞いただけだし」
「ああもうっ!! 私はこんなに陛下とお会いしたいのにっ!!」
美しいドレス姿であった。髪には黒が際立つような真っ白のリボン。
これで艶やかなロングヘアーを束ね、ポニーテイルにしていた。
ドレスの胸元は大人しめであまり露出していないが、身体のラインが美しく見えるように締め付けられていて、彼女のスタイルのよさがとてもよく映えている。
侍女のレスターリームもいつもより華やかな格好で、この辺りが黒竜姫の気配りの細やかさを感じられる。
彼女は自分を一番綺麗に見せる方法を考えているし、その為には、自分だけでなく、周りの者も美しくなくてはいけないと思っているのだ。
その『一番綺麗な自分』を見てもらおうとしていたのに、肝心の本人が居ない。
肩透かしされる事には慣れて居るつもりであったが、やはりそれは彼女としては気に入らないというか、納得いかないのだ。
もっと会いたいのに。もっとお話したいのに。もっと可愛がって欲しいのに。
そんな、自分の想い最優先なわがままが、今の黒竜姫の行動原理となっていた。
「気持ちは解るけどねぇ、というか、塔に行くのは良くないわよ。あの塔は部外者進入禁止だから」
「むむ……それ位知ってるわよ。下手に入るとバレるし」
男子禁制というだけでなく、同じ女性であっても楽園の塔には容易には入れない。
悪戯に部外者を入れると風紀が乱れるから、というのが主な理由である。
塔に入る事を許されているのは、魔王とハーレムの女性達の他には、その侍女や使い魔、及び考案者のラミアのみである。
塔の内部ではハーレムの女性達を中心に自治が形成されており、ハーレム入り最古参のエルフの三人組がこれを仕切っている。
自治と言っても塔内部は争いなどまず滅多な事では起こらない緩やかなものであるが、こと部外者の侵入に関しては、これを厳しく取り締まる傾向が強い。
特にセシリアの監視能力は非常に高く、誰かがこっそりと侵入しようとしても即座に察知されるのだ。
黒竜姫もそれとなしに入り込もうとした事があったが、速攻でバレてにらみ合いの末にエルゼが現れ、やんわりと追い返されるハメになった。
塔において諍いを起こす事は、魔王の不興を買うようなものだという認識が彼女達の間に広がっているからであり、黒竜姫としても、魔王に嫌われたくないので強引な手口は使う訳には行かなかったのだ。
「私のお茶会にも、もっと顔を出していただければいいのに……」
胸の下で腕を組みながら、小さく溜息をついて、むくれていた。
それそのものはとても可愛らしい仕草なのだが。
「はぁ、エルフ嫌いだわ。こんな事なら滅ぼしておくんだった」
言っている事はやはり、黒竜特有の凶悪なソレであった。
「別にエルフが滅んでも陛下がなびいてくれない事には変わりないんじゃないかしら……」
ラミアも呆れながら溜息をつく。
やっぱり、この子は考える方向性がちょっとおかしい、と。
「だって、こんなに努力してるのに陛下は全然私の事見てくれないのよ? おかしいわ。あのエルフ絶対陛下に何かしてるわよ」
「そりゃまあ、陛下の為のハーレムなんだから、何かあっても不思議じゃないけどね」
むしろそうなればいいと思うラミアは全く気にしていなかったが、黒竜姫はラミアの言葉で落ち着いていられなくなってしまった。
「そうじゃなくてっ!! もう、何言ってるのよ貴方は!?」
それを想像してしまったのか、黒竜姫は頬を真っ赤にしてラミアから視線を逸らした
「まずあんたは、その子供っぽいのをなんとかすべきだと思うわ。男を相手にするのにそれはちょっとねぇ……」
良く言えば純情なのだが、魔族の男はそういう『子供っぽさ』を女の魅力とは思わない。
黒竜姫の何がダメかと言われれば、一番に性格が来るが、二番はその子供っぽさにある。
普段からそうだが、些細な事ですぐ冷静さを失うそれは、大人の女の態度ではないのだ。
「好きな男の前であっても、冷静に振舞って男を逃れられない罠に嵌めこんでこそ大人の女ってものでしょうよ」
大変貴重なラミアの恋愛口座が始まっていた。
「それにね、女は、男にとってただ可愛い人っていうだけじゃダメなのよ。自分が甘えられて、自分を頼ってくれて、そして、自分に尽くし、自分の欲望を満たしてくれなくてはいけないの」
ただ可愛いだけの子供っぽい女なんて意味は無いのよ、と、ラミアは断言した。
「……だって」
黒竜姫も反射的に反論しようとしたが、そちらに関しては全くと言っていいほど経験が無い為に何も言い返せないでいた。
「……解ってるわよ。それ位」
結局、視線を下に向けたまま黙り込んでしまった。
(こうやってしおらしくしてればすごく可愛いのにねぇ)
常々ラミアは感じていたのだが、それを表に出すと絶対に調子に乗ると思ったので黙っていた。
男は、こういうしおらしさにはとても弱いのだ。
普段強気な娘がたまに見せる弱々しさなど、大好物に感じる男も少なくはない。
黒竜姫は、まずそこに気づくべきなのに、とラミアは思う。
若い娘にありがちな事ながら、男がどんな女を求めているのかを研究しようとせず、ただ自分の魅力のみを前面に押し出す過ちというのはとても多かった。
多くの場合その方法の手ごたえの無さに疑問を抱き、やがてその本質に気づくのだが、彼女に関して言えば完璧過ぎる他の部分が足を引っ張りそうで、そこに気づけるかどうか、ラミアには若干の不安があったのだ。
友人としてのラミアは、黒竜姫には好きな人と幸せになって欲しいという気持ちもいくらかはあったので、時折アドバイスしたりもするのだが、どうにも彼女のプライドの高さがその邪魔をしているように感じていた。
黒竜特有の鼻の高さが、折角の彼女の魅力を半減しているのだ。
そうでなくとも魔王にとっての黒竜姫の印象は最悪に近い状態から始まったので、これを打開するにはかなりの苦労が予想されたのだが。
「……とにかく、今日はもう帰るわ。陛下がいらっしゃらないんじゃ、いつまでもここにいても仕方ないもの」
気を取り直したのか、その空気を払拭したかったのか。黒竜姫は顔をあげ、帰ることにした。
「そう、さようなら。次は会えるといいわね」
「ええ、そうね。それじゃ」
相変わらずおろおろとしていた侍女を引きつれ、黒竜姫はそのまま謁見の間から去っていった。
「おや、ラミアじゃないか。何か用事かね?」
そして、入れ替わりに魔王が現れた。
「陛下。お戻りになられるとは。いえ、私はアルルから引継ぎを受け、ここで職務を……」
言いながら、ラミアはじーっと、魔王の顔を見ていた。
「何かね? 私の顔に何か変なものでもついているか?」
「いえ、やっぱり、あの子は運がないのだなあ、と」
黒竜姫に一番必要なのは、運なのではないかと、ラミアは今更のように気づいたのだった。
「……?」
ラミアの言葉にクエスチョンを浮かべる魔王であったが、ラミアは気にしない。
「陛下、たまには黒竜姫のお茶会に参加していただいた方が。その内暴れますわよ」
「なんだ、黒竜姫の話か。まあ、状況が落ち着けばそれもよかろう」
意外にもラミアの提案に、魔王はそれほど抵抗を示さず受け入れていた。
「ああ、そういえば陛下。つい先ほどのお話ですが、ベネクト三国は滅びたようですわ。黒竜姫とウィッチ、それと例の吸血姫がやってくれました」
友人としてのフォローはしたので、今度は側近としてのラミアの職務を果たす事にした。
「なるほど、エルゼは戦場に居たのか……とりあえず、報告を聞こうか」
「はい、では早速ですが、現在の三都市及び周辺地域の占領状況を――」
おもむろに玉座に腰掛け、魔王はやや時刻外れの報告を聞くこととなった。