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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
4章 死する英傑
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#2-2.エルゼとのお茶会にて

 柔らかな陽射しは、次第に傾いていく。

ステンドグラスは光の加減によって通す光の色を変え、時刻の変化を伝えていた。

「師匠、お呼びという事で、急いで戻って参りました」

もうすぐ夕方か、と思った辺りで、庭園にエルゼが訪れた。

「やあエルゼ、外出中、すまないね。少し君と話をしたくなった」

「私と、ですか?」

直接呼んだ訳ではないが、彼女の使い魔らしき蝙蝠が飛んでいたのが見えたので、伝言を頼んでおいたのだ。

上手い具合にエルゼがこうして戻ってきたので、魔王は機嫌よく笑っていた。

「君は、自分の母親と話した事があったのかな、なんて唐突に思ってね」

「ないと思いますわ。だって、その時の私は赤ちゃんでしたもの。話す事も、立ち上がることすらできなかったはずですわ」

どうぞ、と魔王が椅子を指差し、エルゼはそのままに魔王の対面に腰掛けた。

すぐさまアリスがお茶を用意し、エルゼに差し出す。

「ただ、なんとなく雰囲気は覚えていますわ。とても温かくて、優しくて……だけど、ちょっとだけ寂しそうなんです」

「寂しそう?」

「はい。お母様、きっと寂しかったんじゃないかなって思います。なんで寂しいのかは解らないですけど……」

あくまでエルゼの感覚としてはそうだったのだろう。

実際にエルリルフィルスがそう思っていたのかは別として。

「エルゼは結構感覚で考える子だったんだな。理屈よりは、センス優先みたいな感じなのか」

「そうなのですか? 自分では良く解りません」

魔王の言葉に、エルゼは不思議そうに頭の上にクエスチョンを浮かべ首を傾げる。

勿論土台となる知識があって、その上での発想なのだろうが、全てを理詰めで考えるアルルなどとは違い、感覚的なものの見方をする傾向が強いのだろう。

ある意味母親似というか。魔王の知る先代に良く似た部分であると感じられた。


「そういえば師匠。師匠は最近、あまりお人形集めをしたりしませんのね」

「確かにそうかもしれんな。本も探さなくなったし、なんだか、色々やらなくなっている気がするよ」

エルゼの疑問で、「そういえばそうだった」と気づき、魔王は今更のように「それはどうなんだ」と悩み始めてしまった。

「なんというか、自分で自分の存在意義をかなぐり捨ててるような気がするよ。大切な事があるから、それ優先にしてるだけなんだがね」

そもそもの所、魔王が自分でその地位に魅力を感じているとすれば、これらコレクターアイテムを蒐集しやすくなるという一点のみなのだ。

これを最近は忘れ、なんだかんだと、魔王らしく振舞っているのではないかと思い至った。

「そういえば最近は地方の魔族達もあんまり反発してこないなあ。なんていうか、普通の魔王になってないか私は?」

それは魔王としては実に正しい事のはずなのだが、彼としては、どうにも強い違和感があってならなかった。

「いえあの、魔王が普通に魔王をするのは何もおかしくないのでは?」

「私もそう思うんだが、それが私らしいかと言われるとすごい微妙な気持ちになるんだが……」

「確かに……」

エルゼとしても、自分の師匠の事ながら、やはりあまり魔王らしいとは思っていなかったのか、その魔王の悩みは解ってくれたらしかった。

「私は、師匠が師匠らしくあれば、その方が嬉しいですが……」

「全くだ。古い約束を守ろうとして、無理に私らしさを捨てる事はないよなあ。これからは面白さ優先でいこう」

とても大切な方針が決まってしまった瞬間であった。

よりにもよってお茶会の場で。

「世界は、やはり面白くしなくてはいかんよな」

彼の求める世界は、自分が笑っていられる楽しい世界であった。

「それが一番だと思います。私も楽しいです。平和で、漫画とかが一杯ある世界が一番好きです」

エルゼが思い描く理想も、やはり魔王の求めるそれに近いのか。

エルゼは嬉しそうにニコニコと笑って、紅茶のカップに唇をつけた。



「あら、どなたがお茶会をしているのかと思えば、陛下とエルゼさんではないですか」

そのまま、二人で漫画について話したりしていたのだが、日が沈んだ辺りでエルフの姫君らが現れた。

「あっ……あの、こんにちは」

「おや、君たちか。三人揃って、どこか出かけていたのかね?」

そういえば今日は塔に入った時に現れなかったな、と思いながら、魔王は三人の姫君に笑いかける。

「はい。もう春ですので、お城の周りになっていた果物を採っていました」

小さな籠を見せながら「一杯取れました」とはにかむセシリア。眩しい笑顔であった。

「苺にオレンジにビワか。相変わらずこの城の周りは、節操無く色んな樹が生えてるなあ」

魔王城の周りには、東西南北、様々な土地から集められた木々が植林されている。

どこにでも生えていそうな樹もあれば、ごく一部の土地にしか生えないような稀少な果物や、中には魔樹木のような危険なモノまで生えている。

そうして、春や秋などの収穫の時期になると、城の者達に甘美な幸を分けてくれるのだ。

「全部ジャムにできますわ。後は、ケーキの材料に使ったり、果実酒に使ったり、色々です」

魔王は、セシリアの言葉にとても魅力的な力を感じていた。

「それはいいな。出来上がったらお邪魔させてもらおうか」

「ええ、それはもう。いつでもいらっしゃってくださいまし。季節のお酒だけでなく、冬モノ、秋モノ、何でもございますから」

満面の笑みで招待するセシリアの後ろで、グロリアもエクシリアも静かに微笑んでいた。

「ありがとう。楽しみにしているよ」

極上の果実酒とつまみと、酒が美味くなる美姫。魔王にはたまらない逸品であった。

「……むー」

しかし、その陰でエルゼが頬を膨らませていた事など、誰も気づかなかった。


「それでは、これで失礼致しますね」

「うむ。またな」

セシリア達が去っていったのを、魔王はいつまでも見送っていたが、ふと我に返って対面を見ると、エルゼがふてくされていた。

「……エルゼ?」

「師匠は、私とお話をしているよりも、セシリアさん達とお話をしているほうが楽しそうでした」

ひどくむくれていた。滅多に見ない不機嫌そうな表情であった。

「いや、そんな、別にエルゼと話すのがつまらない訳では……」

「私が目の前に居たのに、セシリアさんとばかりお話していました」

そんなにエルフの方がお好きなのですか? とばかりに、視線をぶつけてくる。

「私、寂しいです。師匠と一緒だと楽しいのに、他の方とお喋りして私を気にしていただけないのは、すごく寂しい事なんだと感じました」

泣きそうな顔でそっぽを向いてしまう。

酷く子供っぽい嫉妬だと感じたものの、よくよく考えれば子供なのだったと魔王も思い出し、あやすように笑いかけた。

「すまなかったねエルゼ。いや、別に君の事を無視してた訳じゃないんだよ。話が終わったら、またエルゼと話せるじゃないか。だから、話を終わらせる為の社交辞令だったというか――」

そうは言っても魔王的にはセシリアと酒を飲むのは実に楽しい時間に違いないので、若干胸を痛めながら、それでも今はエルゼが傷つかないように配慮するのを優先に考えていた。

「……本当ですか? 私とお話する方が楽しいですか?」

「楽しいとも。この魔界で、私と趣味が合うのは君しかいないんだよ? アリスちゃんもスパイモノなら話に乗ってくれるけど、それ以外はついてこれないしなあ」

ものすごい勢いで魔王の貸した本を読破していくエルゼは、知識の上では魔王と遜色なく漫画について語れるようになっていた。

魔王にとっては大変貴重な同好の士であり、趣味の方向性こそ違えど、大切な弟子であった。

「はい……私も、師匠とお話するのは楽しいです。トルテさんやアリスさんと、三人でお話する時と同じ位に」

ぎゅっと胸を抱きしめながら、エルゼは緊張気味だった頬を緩め、そっと微笑む。どうやら機嫌を取り戻したらしかった。

「うむ、じゃあ、話を続けようか。もう暗くなっているが、もう少しなら大丈夫だろう?」

「はい、勿論です。えっと、何からお話しましょうか?」

それは、少女の心に訪れた一時の嵐のようなものだったのだ。

通り過ぎた後には再び元の純粋な笑顔が待っており、魔王はようやくにして落ち着く事が出来た。


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