#E2-2.若かりし日の男達
翌日。窓辺でパンナコッタが日課の日光浴をしていると、昨日の二人組がまた、塔の入り口に立っているのが見えた。
ぎりぎり顔が見えるかどうか位なのだが、まだ若いらしい二人組は、何やら腕を組み、塔に向かって考えを巡らしているらしかった。
「やっぱ気になるぜ、入ってみようシブースト」
今日もまた、開口一番に喋るのはゼガの方であった。
好奇心たっぷりに塔の外観を眺めている。
「いや待て、何か罠が待ち構えてるかもしれんぞ。大体、入り口の鍵はどうするんだよ?」
そんなゼガに、あまり意味は無いのは解った上で、それでも一応止めに入るシブースト。
しかし、彼本人、塔には興味が向いてしまっていた。
ちらちらと鍵の掛かった扉を、そして塔に付いた窓を見上げていたのだ。
「鍵は……ぶっ壊せば良い。ほら、お前の所の宝物庫に、切れ味すごい奴あるじゃないか。アレで叩き斬ろうぜ」
線の細さの割りに、ゼガは豪快な男であった。
「魔族斬るならまだしも、錠前破壊する為に国宝持ち出す馬鹿がどこにいるってんだ……」
突飛過ぎるその提案に、シブーストはため息混じりに額を押さえる。
「ここにいるじゃん。一緒に馬鹿になろうぜ!!」
「なるかっ!!」
そうして馬鹿を言うゼガに、シブーストはつい突っ込みを入れてしまうのだ。相性抜群のコンビであった。
「あ、帰っていくわ。今日は早いのね……」
早々に立ち去る二人組に、ちょっとだけ寂しげにぽそり、呟きながら、その背を部屋から見送る。
まだ陽は高いが、それでも二人が安全に帰れるように、簡単な祈りを捧げながら。
そのまた翌日も、やはり二人組は現れた。
手には、どこからか持ち出したのか、長めの針金。
これで鍵を解除しようというのか、鍵穴に差し込んで、ぐねぐねと弄っていた。
「むう、こうか? こう? いや、こうだな、うんうん、よしよし――」
元々冒険者を目指していたのだというゼガは、手先が器用な男だった。
かちりかちりと鍵穴にあわせて針金を動かしていき、少しずつ錠前の中の留め金を上げてゆく。
その錠前を解いてしまおうと言い出したのもゼガで、シブーストも「そんなこそ泥みたいな真似本気でするのか」と呆れたものの、相棒のする事をとりあえずは見守っていた。
「どうなんだゼガ。開きそうか?」
シブーストはというと、付き合ってはいるもののする事も無く、座らせた馬の腹に、退屈そうに寄りかかって、その手先の動きを眺めていた。
「うんにゃ、全然動く気配がねえ。ちくしょう、城の倉庫の鍵はこれで開いたのになあ」
「お前、また勝手に城の鍵開けたのかよ。その内処刑されちまうぞ……」
ゼガは冒険者志望というよりは、盗賊の方が似合いそうな男であった。
腕っ節こそこのシブーストに引けを取らない強さを持つが、どこか飄々としていて、掴めないのもそれらしかった。
「あーだめだダメ。この方法は使えん」
いつしかゼガは針金をほっぽりだし、諦めた様子でその場に倒れこんでしまう。
「まあ、何があるのかは知らんが、こんだけ厳重に守っておいて針金一本で開きました、なんて拍子抜けも良いところだしな……」
そんな相棒の様子に、少しばかり気分が良くなったのか、シブーストが立ち上がり、扉の前まで近づく。
「しかし、やっぱり気になるよな。何があるのか」
これだけの高い塔である。
付近には王家のカタコンベもあるが、そのすぐ近くにぽつんと立っているこの塔は、明らかに目立っていた。
「街にいたら見ることなんてないけど、こっちの方に来ると目印になる位だしな。でも、誰も開けられないし、何が入ってるのか知ってる奴もいない、とくりゃ、ロマンしかねぇよな」
若者二人、開かなければ開かぬほど、扉に拒まれればそれほどに、その先が気になってしまっていた。
「あ、針金なんて使ってるわ……そんな事しちゃダメなのに――」
本日の姫君は、希少な望遠鏡などを使って入り口前の青年達を見守っていた。
全部が見える訳ではないが、高くなるにしたがって狭くなっていく塔の構造上、入り口で何かをしようとしているのかはなんとか見えていた。
「ふふ、でも、諦めたみたい。皇家で用意された特別な錠前だもの。鍵も無しに開く事なんてないわ」
針金を投げ出した青年を見て、姫君は可愛らしく微笑む。
そんな些細なことが、そんな小さな変化が、彼女にはとても楽しいひと時となっていた。
数少ない娯楽。わずかばかりの日常との違いに、パンナコッタは胸をときめかせ、外見相応のような少女めいた感情を表に出していた。
「あ、もう帰ってしまうの……?」
やがて、帰る気になったのか、馬に乗りだした二人を見て、パンナコッタは残念げに眉を下げ、呟く。
「……また、明日も来るかしら。気をつけて帰ってね」
懐かしい寂しさを感じながらも、胸の前で手を組み、お祈り。
最近は戦争の情勢も少しずつ落ち着いてきたとはいえ、まだ街の外を出歩くのは危険であった。
二人が無事、帰れるように。そしてまた、来てくれるのを期待しながら。
「持ってきたか? シブースト?」
「……ああ、ばれたら多分、父上にぶん殴られるだろうけど、な……」
二日ほど経った頃、二人はまた、この塔の入り口前に立っていた。
連れ立ってきたのではなく、まずゼガが来て、それにあわせたようにシブーストが後から現れた。
シブーストの手には、布に包まれた長物が一本。
「全く……皇家に伝わる宝剣を、まさか本当にこんな事に使うことになるなんてな」
「はっはっはっ、やっぱお前も俺と同じ馬鹿だって事さ。さあ、さっさと叩き斬っちまおうぜ!!」
包まれた布を剥がし、取り出したるは、皇家が所蔵するアーティファクト。
どこか怪しい光を放つその邪宝剣は、適格者であるシブーストの腕に邪悪な黒い霧を纏わせながら、その身を錠前へと向けられていた。
「もう片方の剣の方が見栄えが良いのにな」
その様を「うへぇ」と、気持ち悪そうに眺めながら、ゼガが一言。
「馬鹿言うなよ。あっちは父上のお気に入りだ。このネクロアインと違って、しょっちゅう見に来てるから無くなってたら速攻でばれるぞ」
これで我慢しろよ、と、くたびれたようにため息を交え、シブーストは剣を構える。
「――うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
そうして、渾身の力を籠め、白銀の刀身が振り下ろされた。
『――我が血の盟約により、ネクロアインよ、ひと時眠りたまえ――』
刀身が錠前へと届く寸前、ぱきん、と、乾いた音がし、ネクロアインの刀身から刃が消え去る。
ただの刃無しの鉄棒と化した刀身は、がきりと鈍い音を立てて錠前とぶつかるも、それだけで。
「な、なんだぁっ!?」
想像外の衝撃の鈍さ、そして切れの悪さに、シブーストは驚きの顔を隠せなかった。
「おいおいシブースト、もう少し上手く振れよ。へったくそだなあ」
「馬鹿言うなよ。俺が振ったんだぞ? 外す訳ないだろ」
ゼガは相棒の不首尾を笑うが、シブーストは真面目な顔のまま、訝しげに刀身を見つめる。
見た目、普段と変わりないようにも感じられたが、腕を覆っていた黒い霧も薄れ、どこか力がなくなっているようにも感じられた。
(……斬るなって言うのか? お前には、これを切れないと)
何が起きたのか解らないながら、うっすら、剣がこの錠前を斬る事を拒絶したような気がして、じ、と、その邪宝石を眺めていた。
「――ふぅ、間に合ってよかったわ」
塔の上。いつもの部屋で、パンナコッタはほう、と、深い息をついていた。
「何が起きたのですか? 姫様」
侍女のカーリーが、いつもと様子の違う主に、何事かと問うてくる。
「ん……どうやらあの赤い髪の子、皇室の血筋らしいわ。ネクロアインを扱えていたようだから」
望遠鏡を片手に、その場にしゃがみこんで剣を見ている二人組を眺めながらに、パンナコッタは笑った。
「なんとまあ……では、わざわざ宝剣を持ち出して、この塔の錠前を破壊しようと?」
「そうみたいね。大胆な子だわ。でも、気付けてよかった。シュツルムバルドーは無理だけれど、ネクロアインなら昔、私も触ったことがあるからね」
望遠鏡を机の上に、そのままベッドへととてとて歩き、腰掛ける。
「では、さっき姫様が唱えてらっしゃったのは……」
「ネクロアイン専用のおまじないみたいなものよ。一時的に機能停止させて、ただのなまくらにしてしまうの」
便利でしょ、と、ちょっと楽しげに微笑みながら。
パンナコッタは窓をちら、と、眺め、また侍女の方を向く。
「皇族には傍系はないとされていたし、お父様もお兄様と私しか子供はいないはずだから……順当に考えて、お兄様の子供か誰かかしら?」
「外界との情報が遮断されていますと、こういう時に不便ですわね。世間は今、どのようになっているのか……」
皺じみた頬に左手をあてがいながら、カーリーは姫君の隣へと座る。
「世間だけじゃなく、お城の様子まで違っているかもしれないわね……お兄様、元気でらっしゃるかしら?」
ほう、と悩ましげに色の濃い瞳をうっとり緩め、パンナコッタは遠い過去の兄へと想いを馳せていた。
「うーん、どうしたもんか……」
結局、その日も諦めて自らの城に戻ったシブーストは、顎に手をやり考えながらも、その塔の事ばかりを考え、歩き回っていた。
「殿下、何か考え事ですかな?」
彼の私室へと続く回廊に差し掛かったとき、太目の体型の白ジャケットの中年男が話しかけてくる。
シブーストの教育係を申し付けられている男であった。
「いやなに、常に鍵のかけられた塔の事、お前は知っているか?」
一人で考えていても終わりは見えそうに無いからと、シブーストはひとまず、その教育係に問うてみる事にした。
もしかしたら、何か解るかもしれない、と、薄い希望を抱きながら。
「城の北にあるあの塔ですか?」
「うむ。どのような手段をもってしても、あの錠前が開く事が無い……と噂に聞いてな」
あくまで自分は関わっていないのだ、という前提で話す。
父皇に話しても何も教えてもらえないものなのだ。まして、宝剣を持ち出してすら開かないとなれば、ただ事ではない。
何かあるかもしれないからこそ、慎重に話を進める必要があった。
「そうですなあ……どうしても開かないというなら、それは開けないほうが良いもの、という事なのでしょう。殿下も興味をお持ちかもしれませんが、世の中にはそういった事も多いのです。忘れる事ですな」
しかし、男はたったそれだけ語り「急ぎますので」と、足早に去っていってしまった。
「なんなんだ、一体」
つれない態度に、シブーストもしょぼくれてしまう。
元々愛想の良い男ではなかったが、なんともつまらない逃げ方であった。