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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束
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#E2-2.若かりし日の男達

 翌日。窓辺でパンナコッタが日課の日光浴をしていると、昨日の二人組がまた、塔の入り口に立っているのが見えた。

ぎりぎり顔が見えるかどうか位なのだが、まだ若いらしい二人組は、何やら腕を組み、塔に向かって考えを巡らしているらしかった。


「やっぱ気になるぜ、入ってみようシブースト」

今日もまた、開口一番に喋るのはゼガの方であった。

好奇心たっぷりに塔の外観を眺めている。

「いや待て、何か罠が待ち構えてるかもしれんぞ。大体、入り口の鍵はどうするんだよ?」

そんなゼガに、あまり意味は無いのは解った上で、それでも一応止めに入るシブースト。

しかし、彼本人、塔には興味が向いてしまっていた。

ちらちらと鍵の掛かった扉を、そして塔に付いた窓を見上げていたのだ。

「鍵は……ぶっ壊せば良い。ほら、お前の所の宝物庫に、切れ味すごい奴あるじゃないか。アレで叩き斬ろうぜ」

線の細さの割りに、ゼガは豪快な男であった。

「魔族斬るならまだしも、錠前破壊する為に国宝持ち出す馬鹿がどこにいるってんだ……」

突飛過ぎるその提案に、シブーストはため息混じりに額を押さえる。

「ここにいるじゃん。一緒に馬鹿になろうぜ!!」

「なるかっ!!」

そうして馬鹿を言うゼガに、シブーストはつい突っ込みを入れてしまうのだ。相性抜群のコンビであった。



「あ、帰っていくわ。今日は早いのね……」

早々に立ち去る二人組に、ちょっとだけ寂しげにぽそり、呟きながら、その背を部屋から見送る。

まだ陽は高いが、それでも二人が安全に帰れるように、簡単な祈りを捧げながら。



 そのまた翌日も、やはり二人組は現れた。

手には、どこからか持ち出したのか、長めの針金。

これで鍵を解除しようというのか、鍵穴に差し込んで、ぐねぐねと弄っていた。


「むう、こうか? こう? いや、こうだな、うんうん、よしよし――」

元々冒険者を目指していたのだというゼガは、手先が器用な男だった。

かちりかちりと鍵穴にあわせて針金を動かしていき、少しずつ錠前の中の留め金を上げてゆく。

その錠前を解いてしまおうと言い出したのもゼガで、シブーストも「そんなこそ泥みたいな真似本気でするのか」と呆れたものの、相棒のする事をとりあえずは見守っていた。

「どうなんだゼガ。開きそうか?」

シブーストはというと、付き合ってはいるもののする事も無く、座らせた馬の腹に、退屈そうに寄りかかって、その手先の動きを眺めていた。

「うんにゃ、全然動く気配がねえ。ちくしょう、城の倉庫の鍵はこれで開いたのになあ」

「お前、また勝手に城の鍵開けたのかよ。その内処刑されちまうぞ……」

ゼガは冒険者志望というよりは、盗賊(シーフ)の方が似合いそうな男であった。

腕っ節こそこのシブーストに引けを取らない強さを持つが、どこか飄々(ひょうひょう)としていて、掴めないのもそれらしかった。


「あーだめだダメ。この方法は使えん」

いつしかゼガは針金をほっぽりだし、諦めた様子でその場に倒れこんでしまう。

「まあ、何があるのかは知らんが、こんだけ厳重に守っておいて針金一本で開きました、なんて拍子抜けも良いところだしな……」

そんな相棒の様子に、少しばかり気分が良くなったのか、シブーストが立ち上がり、扉の前まで近づく。

「しかし、やっぱり気になるよな。何があるのか」

これだけの高い塔である。

付近には王家のカタコンベもあるが、そのすぐ近くにぽつんと立っているこの塔は、明らかに目立っていた。

「街にいたら見ることなんてないけど、こっちの方に来ると目印になる位だしな。でも、誰も開けられないし、何が入ってるのか知ってる奴もいない、とくりゃ、ロマンしかねぇよな」

若者二人、開かなければ開かぬほど、扉に拒まれればそれほどに、その先が気になってしまっていた。


「あ、針金なんて使ってるわ……そんな事しちゃダメなのに――」

本日の姫君は、希少な望遠鏡などを使って入り口前の青年達を見守っていた。

全部が見える訳ではないが、高くなるにしたがって狭くなっていく塔の構造上、入り口で何かをしようとしているのかはなんとか見えていた。

「ふふ、でも、諦めたみたい。皇家で用意された特別な錠前だもの。鍵も無しに開く事なんてないわ」

針金を投げ出した青年を見て、姫君は可愛らしく微笑む。

そんな些細なことが、そんな小さな変化が、彼女にはとても楽しいひと時となっていた。

数少ない娯楽。わずかばかりの日常との違いに、パンナコッタは胸をときめかせ、外見相応のような少女めいた感情を表に出していた。


「あ、もう帰ってしまうの……?」

やがて、帰る気になったのか、馬に乗りだした二人を見て、パンナコッタは残念げに眉を下げ、呟く。

「……また、明日も来るかしら。気をつけて帰ってね」

懐かしい寂しさを感じながらも、胸の前で手を組み、お祈り。

最近は戦争の情勢も少しずつ落ち着いてきたとはいえ、まだ街の外を出歩くのは危険であった。

二人が無事、帰れるように。そしてまた、来てくれるのを期待しながら。



「持ってきたか? シブースト?」

「……ああ、ばれたら多分、父上にぶん殴られるだろうけど、な……」

二日ほど経った頃、二人はまた、この塔の入り口前に立っていた。

連れ立ってきたのではなく、まずゼガが来て、それにあわせたようにシブーストが後から現れた。

シブーストの手には、布に包まれた長物(ながもの)が一本。

「全く……皇家に伝わる宝剣を、まさか本当にこんな事に使うことになるなんてな」

「はっはっはっ、やっぱお前も俺と同じ馬鹿だって事さ。さあ、さっさと叩き斬っちまおうぜ!!」

包まれた布を剥がし、取り出したるは、皇家が所蔵するアーティファクト。

どこか怪しい光を放つその邪宝剣は、適格者であるシブーストの腕に邪悪な黒い霧を(まと)わせながら、その身を錠前へと向けられていた。

「もう片方の剣の方が見栄えが良いのにな」

その様を「うへぇ」と、気持ち悪そうに眺めながら、ゼガが一言。

「馬鹿言うなよ。あっちは父上のお気に入りだ。このネクロアインと違って、しょっちゅう見に来てるから無くなってたら速攻でばれるぞ」

これで我慢しろよ、と、くたびれたようにため息を交え、シブーストは剣を構える。

「――うおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

そうして、渾身の力を()め、白銀の刀身が振り下ろされた。


『――我が血の盟約により、ネクロアインよ、ひと時眠りたまえ――』


 刀身が錠前へと届く寸前、ぱきん、と、乾いた音がし、ネクロアインの刀身から刃が消え去る。

ただの刃無しの鉄棒と化した刀身は、がきりと鈍い音を立てて錠前とぶつかるも、それだけで。

「な、なんだぁっ!?」

想像外の衝撃の鈍さ、そして切れの悪さに、シブーストは驚きの顔を隠せなかった。

「おいおいシブースト、もう少し上手く振れよ。へったくそだなあ」

「馬鹿言うなよ。俺が振ったんだぞ? 外す訳ないだろ」

ゼガは相棒の不首尾を笑うが、シブーストは真面目な顔のまま、(いぶか)しげに刀身を見つめる。

見た目、普段と変わりないようにも感じられたが、腕を覆っていた黒い霧も薄れ、どこか力がなくなっているようにも感じられた。

(……斬るなって言うのか? お前には、これを切れないと)

何が起きたのか解らないながら、うっすら、剣がこの錠前を斬る事を拒絶したような気がして、じ、と、その邪宝石を眺めていた。



「――ふぅ、間に合ってよかったわ」

塔の上。いつもの部屋で、パンナコッタはほう、と、深い息をついていた。

「何が起きたのですか? 姫様」

侍女のカーリーが、いつもと様子の違う主に、何事かと問うてくる。

「ん……どうやらあの赤い髪の子、皇室の血筋らしいわ。ネクロアインを扱えていたようだから」

望遠鏡を片手に、その場にしゃがみこんで剣を見ている二人組を眺めながらに、パンナコッタは笑った。

「なんとまあ……では、わざわざ宝剣を持ち出して、この塔の錠前を破壊しようと?」

「そうみたいね。大胆な子だわ。でも、気付けてよかった。シュツルムバルドーは無理だけれど、ネクロアインなら昔、私も触ったことがあるからね」

望遠鏡を机の上に、そのままベッドへととてとて歩き、腰掛ける。

「では、さっき姫様が唱えてらっしゃったのは……」

「ネクロアイン専用のおまじないみたいなものよ。一時的に機能停止させて、ただのなまくらにしてしまうの」

便利でしょ、と、ちょっと楽しげに微笑みながら。

パンナコッタは窓をちら、と、眺め、また侍女の方を向く。

「皇族には傍系(ぼうけい)はないとされていたし、お父様もお兄様と私しか子供はいないはずだから……順当に考えて、お兄様の子供か誰かかしら?」

「外界との情報が遮断されていますと、こういう時に不便ですわね。世間は今、どのようになっているのか……」

皺じみた頬に左手をあてがいながら、カーリーは姫君の隣へと座る。

「世間だけじゃなく、お城の様子まで違っているかもしれないわね……お兄様、元気でらっしゃるかしら?」

ほう、と悩ましげに色の濃い瞳をうっとり緩め、パンナコッタは遠い過去の兄へと想いを馳せていた。



「うーん、どうしたもんか……」

結局、その日も諦めて自らの城に戻ったシブーストは、顎に手をやり考えながらも、その塔の事ばかりを考え、歩き回っていた。

「殿下、何か考え事ですかな?」

彼の私室へと続く回廊に差し掛かったとき、太目の体型の白ジャケットの中年男が話しかけてくる。

シブーストの教育係を申し付けられている男であった。

「いやなに、常に鍵のかけられた塔の事、お前は知っているか?」

一人で考えていても終わりは見えそうに無いからと、シブーストはひとまず、その教育係に問うてみる事にした。

もしかしたら、何か解るかもしれない、と、薄い希望を抱きながら。

「城の北にあるあの塔ですか?」

「うむ。どのような手段をもってしても、あの錠前が開く事が無い……と噂に聞いてな」

あくまで自分は関わっていないのだ、という前提で話す。

父皇に話しても何も教えてもらえないものなのだ。まして、宝剣を持ち出してすら開かないとなれば、ただ事ではない。

何かあるかもしれないからこそ、慎重に話を進める必要があった。


「そうですなあ……どうしても開かないというなら、それは開けないほうが良いもの、という事なのでしょう。殿下も興味をお持ちかもしれませんが、世の中にはそういった事も多いのです。忘れる事ですな」

しかし、男はたったそれだけ語り「急ぎますので」と、足早に去っていってしまった。

「なんなんだ、一体」

つれない態度に、シブーストもしょぼくれてしまう。

元々愛想の良い男ではなかったが、なんともつまらない逃げ方であった。


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