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趣味人な魔王、世界を変える  作者: 海蛇
3章 約束
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#E2-1.幽閉された皇女パンナコッタ

 人間世界中央部・帝都アプリコットの北。

ここには、古来より皇室に管理された塔があった。

魔王軍の侵攻に備える警戒塔より高く、そして厳重に警備されたそこは、無人の塔。

主を持たぬこの塔は、しかし、今日から新たな主を迎える事となっていた。


 皇族専用の馬車から降り立つは、亜麻色の長い髪を持つ美姫と、力強くも顔立ちの整った若き皇帝。

大人びた黒色のドレスとは裏腹に、姫君の顔は幼さを色濃く残し、その美貌を美しいよりは愛らしい方向へと印象づかせる。

「……お兄様」

姫君は不安げに、琥珀色に揺れる瞳を兄皇へと向ける。

「大丈夫だよ、パンナコッタ。何も怖い事はない。どうか……どうか、諦めないで欲しい。きっと、お前の幸せが見つかるはずだ」

そんな妹姫の髪を撫でてやりながら、長身の皇帝は、まるで恋人に笑いかけるように、優しく、瞳をじ、と見つめ、唇が触れてしまいそうなほど近くまで、顔を寄せた。

「ええ……大丈夫ですわ。パンナコッタは、辛くありません。最後に、お兄様に抱きしめていただいたのですから。私、幸せです」

そうしてそのまま抱き合い、互いの耳元に唇を当てる。

「これが例え今生の別れだとしても、私は、決してお兄様のことを忘れませんわ。アイリス様と、どうか、末永くお幸せに――」

「すまないパンナコッタ……無力な兄を、許して欲しい」

強く抱きしめあい、涙を流し。身を震わせて、兄妹は別れる。

その様に、その場に居合わせた侍従や兵士らも釣られて涙ぐんでいた。



 そうして、アップルランド第一皇女パンナコッタは、数名の侍従と護衛の兵を伴い、この塔へと幽閉された。

彼女が塔に入ってすぐ、唯一の入り口の扉に外から鍵がかけられ、そして、鍵を持った兄皇は、苦しげに、切なげに、今一度塔の窓から手を振る妹の姿を眼に焼きつけ、逃げるようにして馬車に乗り込んだ。



 このような事になってしまったのは、ひとえに、パンナコッタの容姿に問題があったからである。

とても見目麗しく、人の目を惹き付けるその容姿。

しかし、人ならば加齢と共に大人びていくはずのその顔はいつまでも変わる事無く。

彼女が大人として、レディとしてあまりに幼い容姿をしたままであった事が、それを妬んだある貴族の娘によって噂として広められ、やがて教会に知られるようになってしまった。


 教会組織は最初、パンナコッタをあくまで丁重に扱い、大国の姫君であるが故に慎重に調査をする事を、皇帝に誓っていた。

だが、そのようなものは所詮上辺だけのもので、実際には端からパンナコッタを『人の道をはずれ、不老不死となった魔女』と決めつけ、大帝国そのものを糾弾するためのいい材料とした。

当事、既にアップルランドは国家として非常に強力な体制を持っており、その軍事力・経済力は中央有数と言われていた。

教会からしてみれば、この辺りでそろそろ(くさび)を打ち込み、弱らせておきたかったのだ。

自分達でいいように操れるように、と。


 最初こそ抵抗し、教会から提案されたパンナコッタの幽閉には猛烈に反発していたシナモンであったが、やがてそれが周辺国に知れるに至り、パンナコッタを魔女だと糾弾する声は更に強くなっていく。

やがて国際的な圧力の前に、シナモンは屈せざるを得ないほどまで精神的に追い詰められ、苦渋の末、教会が正式に魔女であると断定する前に、国の判断で妹姫を幽閉させる事となってしまった。


 苦しみぬいた末の決断を妹に伝えるのは、兄であるシナモンには死に比するほどの苦痛であったが、当のパンナコッタは「そうですか」と、一言。

嘆いたり狂乱したりする事無く、ただただ、静かにそれを受け入れていた。

代わりに、彼女の身の回りの世話をしていた侍女やメイドらは涙を流し、主の代わりにとばかり、必死に懇願していたが。


 そうしてパンナコッタが幽閉される事によって、教会は『判別付かず』の判定のまま、調査結果を保留する事に決定。

これによって、大帝国は周辺国の圧力から解放される事となる。

だが、皇帝シナモンの表情は晴れることなく。

後世に至るまで『笑わない皇帝』として知られるように、その表情からは笑顔だけが抜け落ちてしまっていた。



 そうして幾十年が過ぎ去っただろうか。

人々の記憶からパンナコッタという名の皇女は忘れ去られ、皇室の間でもタブーとされていた為、自然、そんな事があったのすら、風化しつつあった頃。

塔を、二人組の若者が訪れていた。

一人は、濃い目の茶髪の青年。

眼が細く美形で、身体つきは細身だがよく鍛えられている。

そしてどこか悪戯好きそうな、子供じみた悪い顔が似合う男であった。

もう一人は、赤髪の青年。

がっしりとしていて背が高く、筋肉質な偉丈夫(いじょうぶ)である。

そんな二人組が、馬連れながら塔の入り口前に立っていたのだ。


「遠くから見てて解ってた事だが、相変わらず高い塔だなあ」

誰も立っていない、閉じられた塔の入り口。

人が住んでいるのかすら怪しい、ただひたすらに高いその塔は、若者達の好奇心を煽るのに十分な存在であった。

「何があるんだろうな、この塔。父上に聞いても教えてくれんし、何か秘密がありそうではあるが――」

いかつい赤髪の青年が、癖のある髪をわしわしと掻きながらに、隣の青年と同じように塔を見上げる。

「すげぇお宝が眠ってるとか? それとも、読んだら死ぬようなやばい本があったりしてな」

わくわくに眼をきらめかせる相方を前に、赤髪はじと眼で「そんな訳ゃねぇだろ」とツッコミを入れる。

「ゼガよう。もう少し考えてみろよ。こんだけ厳重に鍵がされてるんだぜ。やばいはやばいでも、開発に失敗した新兵器の成れの果てとか、なんかやばい魔族が封印されてるとか、そんな感じなんじゃねぇか?」

ロクなもんじゃねぇよきっと、と、赤髪が言うと、ゼガと呼ばれた青年は途端にバツが悪そうに後ろ髪を撫でる。

「シブースト、そんな事言ってたらお前……そんなんだから酒場の女の子に夢がないって言われるんだよ」

自覚しろよな、と、相方のリアリストっぷりを非難する。

「ほっとけ。女の子つったって、酒場にいるのは行き遅れの年増ばっかじゃねぇか。俺は年下が良いんだよ」

「お前から言わせれば年頃のかわい子ちゃんだってババアだもんな。権力使って幼女ハーレムとか作んなよロリコン?」

勘弁してくれよ、と、苦笑いする相方に、シブーストは眉を吊り上げ激怒する。

「誰がロリコンだ!! てめぇ、また言いやがったな! もう勘弁ならねぇ、ぶっ飛ばしてやる!!」

「おお、やるかシブースト! こいよてめぇ、またこてんぱんにしてやらぁ!!」

二人、揃って拳を握り、向かい合う。


「……」

「……」

そうしてしばしにらみ合ったかと思えば。

「――ぷっ」

「――だっはっはっはっ」

二人、顔を押さえ頭を押さえ、笑い出していた。

この二人は、それ位なら許せるくらいの親友同士であった。



「あら……?」

そんな二人を見つけ、不思議そうに見ている娘が居た。

美しい亜麻色の長い髪。整った、それでいて幼い顔立ち。

この塔の主、パンナコッタ皇女その人であった。

黒のロングドレスが低めの背丈を上品に飾らせ、その長い髪を彩る白のリボンは、亜麻色のウェーブを一層美しく引き立てていた。

「どうかなさいましたか、姫様」

傍仕えの年配の侍女が、珍しく明るげな表情で窓の外を見る主を喜ばしく思いながら、傍へと寄っていく。

「塔の外にね、人がいるの。二人。人がいるのを見かけるのは、久しぶりだわ」

楽しげに笑いかけてくる皇女に、侍女は頬を緩め、いとおしげにその手を自らの(しわ)じみた手で包み込む。

「姫様……解っていらっしゃるとは思いますが」

「ええ、大丈夫よ。見る事が出来ただけで、十分だから」

きっと自分の主は窓の外に顔を出したいに違いない。

下の者達が誰であれ、手を振るなり、声をかけるなりしたいに違いない。

侍女はそんな主の心境を察し、しかし、それでもそれができないのをきちんと理解している主に、涙ぐむ。

「もう、なんで泣いてしまうの、カーリー」

懐からリンゴの花柄のハンカチーフを取り出し、侍女の涙を拭うパンナコッタ。

「申し訳ございません、姫様。この歳になると――抑えるものも、緩くなってしまいまして」

かすれた声で頭を下げながら、侍女はすん、と、鼻を鳴らす。

「ふふっ、歳のせいではないわ。貴方は、子供の頃から泣き虫だったもの」

しかし、そんな侍女に、姫君は優しく笑いかける。

まるで懐かしい物語を思い出すかのように。

「姫様……」

「カーリー、久しぶりに一緒に寝てくれるかしら? 絵本を読んであげるわ。抱きしめて眠ってあげる」

自分より年上の出で立ちの、年下の侍女に笑いかけながら。

パンナコッタは楽しげに、その白髪交じりの頭を撫でてやっていた。


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