#11-2.邪宝剣ネクロアイン
帝都から少し離れた上空。雲間から覗き見るは、金色の竜とその義娘であった。
「苦戦してるようね、シブースト皇帝は」
はるか下の地表を眺める教主カルバーンは、しかしそれでも鮮明に映るその戦場の変移に苦々しく唇を食む。
「歴戦の猛者であっても、新しい戦術には案外弱いもの……いや、これは戦術なんてものじゃないわ、ただのごり押しよ」
上空から見渡す限り、ゴーレム軍団は迂回を企てたりする事はなく、ひたすら直進あるのみで最短ルートで帝都を目指していた。
ゴーレムの破壊力と数のみをあてにしてのごり押し。
普通ならありえない無理無謀な戦法が、しかしゴーレムの質と量を伴えば何より有効な戦術に映ってしまうのはなんという皮肉か。
自分達が苦労して色んな戦術や兵種を考え実戦向きになるまで鍛えたりしたのに、南部はあんな鉱物の化け物で無理矢理突っ込めばそれで勝ててしまうのだという。
あれだけ考えたのは一体何だったのか、と、カルバーンは若干、やるせない気持ちにもなった。
同時に、そんな事を許してはならないと、きつく睨む。
恐らく街壁外の帝国軍はそう時間掛からずに瓦解するだろうと、カルバーンは予想していた。
賢明な皇帝はそこで無理はせず、街の中での戦闘が始まるに違いない。
そうして、障害物の多い地形でゴーレムの動きを更に緩慢とさせた所を城からの砲台や魔法で狙い撃ちにして叩き伏せる。
そういった戦術を取るのではないかと思った。恐らくそういう三段構えの作戦があるのではないかと期待していた。
しかし、街中を見る限り、まだ市民の避難が済んでいないらしい。これはいけないのではないかと思った。
政治において何より民を慮る事で知られるシブースト皇帝である。
民衆に危険が及ばぬように最大限の配慮をするに違いない。なら、市民が退避し終えるまで皇帝は退かないのではないか。
突然、今までと違う轟音が鳴り響いた。どこかの街壁が崩れたのだ。
見ると、ゴーレム達を抑えていた右翼が突破されていた。
崩壊した街壁を乗り越えようとするゴーレムを必死になって押し留める帝国の魔法兵達。
真横から襲撃を受け、中央の部隊も雪崩を打って崩れ始める。
「いけない……お義父さん、降りて!!」
『うむっ』
ゴーレムに襲われるシブースト皇帝の部隊が見えた。
退けなかったのだ。このままでは帝国の命運にも影響してしまう。
様子見のつもりできていたが、事こうなっては仕方ない。助けに行かなければいけないと思ったのだった。
皇帝はゴーレム相手に果敢に挑みかかっていた。
「なめるなよ石くれがっ!!」
ザン、と飛び掛り、自分に迫っていたゴーレムの足を斬りつける。
鈍い音と共にバランスを崩し倒れたゴーレムのコアを、瞬時に破壊した。
その動きのすばやさは現役の兵にも劣らぬ程で、普段の緩慢さなど微塵も感じさせず、迫り来るゴーレムを次々斬り捨てていった。
「陛下、右翼が壊滅致しました!! すぐに撤退を!!」
「民の退避がまだ終わっておらん。ここで時間を稼ぐ」
将軍の言葉など意にも返さず、皇帝は宝剣を片手に、迫り来るゴーレムの群れに自ら飛び込んでいった。
「陛下っ!!」
百メートル。ゴーレムは自分達の中心に突如躍り出てきた人間に攻撃しようとする。
「ネクロアインよ、俺に力を寄越せ!!」
皇帝の叫びと共に、掲げられた宝剣の魔宝石は怪しい光を放つ。
『古代魔法……デスマーチ――』
皇帝が宝剣を振り、それが告げられた後には、もう何も残っていなかった。
攻撃しようとしていたゴーレム達は、突如襲い掛かった見えない風に切り刻まれ、地形もろとも粉々に砕け散っていた。
古代魔法『デスマーチ』。
術者の周囲全てを切り刻む神速かつ不可視の風の刃を放ち、術者以外の全てを皆殺しにする広範囲魔法である。
その威力は絶大で、例えドラゴンであろうとその風刃に巻き込まれた存在は問答無用で切り刻まれる為、発動したが最後、範囲内の全生物は即死する。
「はぁっ……はぁっ、これで、ある程度は潰せたか……?」
しかしながら、強すぎる反面、使用時の反動は重く、また、敵味方識別なしに殺してしまう危険極まりない魔法である為、使い所が非常に難しいという難点を抱えていた。
皇帝であるシブースト本人が敵陣の真っ只中に突っ込まなければ使えないという致命的過ぎる欠陥があり、このような差し迫った状況でもなければ恐らくは使われる事はなかったはずである。
実際問題、今彼は荒い息を整えきれないまま、強いめまいに片膝をついてしまっていた。
「くそ、やっぱ俺もロートルだな。体力がついてきてねぇ。たった百メートルばかし走っただけで息が切れるとは……」
しかし、休んで居る暇などなかった。確かにデスマーチによってかなりの数のゴーレムが消し飛んだが、それによって空いたスペースに、左翼右翼のゴーレムが穴を埋めようと飛び込んできたのだ。
ゴーレムの最大の強み、それは、質を伴った圧倒的な数による蹂躙である。
デスマーチによって蹴散らしたゴーレムなど問題にもならぬとばかりに、次々と押し寄せてくるのだ。
その数は千や二千というものではない。倒した端から戦列に穴埋めされていく。キリがなかった。
「……参ったなこりゃ」
古代魔法は、連発できないのも問題であった。
エリーシャがグラビトンを連発できないのと同じで、皇帝もデスマーチを連発する事はできない。
たった一度の発動で魔力の大半を費してしまっていて、それが多少なりとも肉体の疲労にも影響を与えているらしかった。
それでもなんとか立ち上がり、迫り来るゴーレムから逃げようと走り出す。
見れば、既に左翼も瓦解し、外壁が崩れ始めていた。
将軍の指示の元、残った中央の部隊が決死の覚悟でゴーレムを攻撃して足止めしているが、これもそう掛からず蹴散らされるだろう、と皇帝は考える。
自分も含め、生き残った兵達は左翼右翼双方からくるゴーレムに囲まれ、最早逃げ道もない。
質と数が伴うとこんなにも脅威なのかと、不思議と皇帝は面白く感じてしまい、笑ってしまった。
自然、足が止まる。これは勝てないのだと、自覚してしまった。退路などどこにもないのだ。
どんな魔族相手でも諦める事のなかった彼だが、魔王を前にしても怯まなかった彼だが、しかし、同じ人間の作った兵器を前に、初めて絶望というものを感じたのだ。
だが、幸い跡目を継ぐシフォンもいる。政治的にはもう全て任せてもいい位には成熟していた。
ヘーゼルという善い娘と結婚したし、いずれは子にも恵まれるだろう。
そう考えれば、彼にとってはここで死ぬ事はさほど不安でもなかった。
このような形で皇帝の座を渡すのははなはだ遺憾ではあったが、少なくとも他の皇族は既に退避を終えている。
街の民も自分達の犠牲と共に脱出できているだろう、と考えるならば、被害は最小限に抑えられたと言える。
自分が死ぬのは作戦的に大失敗に違いないのだが、ロートルの自分など、いつかは消えなければいけないと彼は思っていたのだ。
もう、ゼガの時代に生きた英傑など必要ない。新たな英雄がどこかで生まれ、そして育っているはずなのだから。と。
ゴーレムが追いつく。四方を囲まれていた。
皇帝は笑っていた。何せ久しぶりの戦場であった。
懐かしいパーティーメンバー達の姿が見えた気がした。
だが無気力のままくたばるつもりはないぞ、とばかりに宝剣を構え、ゴーレムに挑みかかろうとしていた。
――直後、強い風が吹いた。